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31 回想 ーショウゴー

 



「だー!! やってらんない!!」


 姉のアヤネが帰宅早々、先に帰って自分の部屋でゲームに明け暮れていたショウゴの耳を叫びながら引っ張る。


「やめっろって、んあぁ!!」


 画面上で上に下にと角度を変えながら走っていたスノボーがコースを外れていく。


「やめろっ、ばか!! 今のトリック最高点叩きだしたとこだったのによっ!!」

「それどころじゃない」

「これ以上に何がそれどころじゃない?! ふっざけんなっ」

「ふざけてんのはアンタの方よ。データセーブしないと電源切るわよ」


 さっきの一声とは一転して氷のような声に、もうどうでもいい、という気持ちと、積み重ねたトリックの技点数の加算データを瞬時に天秤にかけてさっとデータをセーブする。

 姉の脅しに屈服した感、満載になったショウゴは、コントローラーを投げ出して床に転がった。


「誰が寝ていいっつった」

「なんなんだよ、なんの用だよ」

「アンタの彼女の事よ」


 その言葉にがばりとショウゴは身体を起こす。


「まさか、家に電話あった?」

「無いわよ」

「あんだよ……」


 期待が外れてまたショウゴは床に寝転んだ。


「話はまだ終わって、ない」


 ない、という声と共にドスッと姉の(かかと)がショウゴの鳩尾辺りの横っ腹に入った。


「ぐほぉ!!」


 おかしな声を上げ、くの字に身体を曲げて身悶えをする弟に、姉は横髪と同じ長さで切りそろえた前髪をぐいっとかき上げて冷たい目で見下ろす。


「二十秒以内に体裁整えてリビング集合。従わない場合は母さんに有る事無い事吹き込む」


 そう言い置いてスタスタと部屋を出て行った。


 残されたショウゴは久々に入ったかかと落としにカハッと息を吐きながら身体をもぞりと起こす。


 姉がカエの事を気にかけていたのは知っていたが、ずっと茶化したように話していたのでショウゴも適当にあしらっていた。


 有名なラジオ局に就職して二年目のアヤネは、平日は朝から晩まで帰って来ず、シフト制の休みの時はやはり毎回ぱっと外に出て遊んでくる、いつ休んでいるんだというようなキャリアウーマン。


 出勤時間もまちまちなフレックス制の会社で、最近は朝ぐらいしか顔を合わせる事はなかったのに、こんな土曜の午後三時過ぎに、しかも家に居るのは滅多にない事だ。


 後、十秒! という鋭い声にのそりとショウゴは部屋から出る。


 階段をのろのろと降りてリビングのドアを開けると、いびつな輪のドーナツが山のように皿の上に積み上げてあった。


 あ……


 アヤネは台所でヤカンに火をかけている。


「コーヒー牛乳、ココア、どっち」


 その言葉も懐かしく、気恥ずかしくてショウゴは身体を横に向けたままアヤネに背を向けてイスに座り、コーヒーでいい、と言った。


 ふーん、とアヤネは言い、沸いた湯をドリッパーに注ぎ入れて二人分のコーヒーを作った。


 遠回りしてわざわざショウゴの正面のイスに座ると、ショウゴにはミルクがたっぷり入ったカフェオレを差し出し、自分の分にはブラックにコーヒーシュガーをひとさじだけ入れてかき回し、手元に置いて口をつける。


「コーヒーっつったのによ」

「それがアンタのコーヒーよ。砂糖なし、立派にコーヒー」


 昔、小学校の頃、土曜の昼日中、姉はよくホットケーキの粉でドーナツを作ってくれた。

 母がパートに出ていて土曜出勤が多く、土曜の昼は作り置きの弁当を置いていってくれたが、お菓子のストックは切れる事が多かった。そんな時、アヤネがいつも作ってくれたのがドーナツ。でも、元来の性格がおおざっぱな為、形はいつもいびつなドーナツ。


 ショウゴは黙って、いびつなドーナツを一つかじる。少し固くて、ほんのり甘い。


「彼女に会えなくなったんでしょ」


 もさもさと食べていると、いきなり核心を突いてきた。ショウゴは黙って食べる。


「とうとう振られた、か」

「ちげーわッ」

「でも音楽に盗られたんでしょ」

「……」


 ショウゴは黙ってアヤネを見た。


 顎のラインで切りそろえた髪の毛をすこしうるさそうにかき上げながら、頬杖をついてドーナツをぱくついているアヤネには、昔、音大生と付き合っていた過去がある。


 コンサートの一件からカエが音大生だと知った姉は、顔を合わせるたびにちょいちょいこっちの事を聞いてきてウザかった。が、もしかしたらこういう風になる事を予想していたのか? と今なら思える。


「やーな予感してたのよねー、音大生って聞いてから」

「別に、カエは姉貴の元カレとは違う」

「ま、ね。そうでしょうね。性格は断然彼女の方がいい子そうだものね」

「ちょ、会わせてないのになんで知ってる?」


 カエをまだ家に連れてきていないのに、なんでアヤネが知ってるのか、見当がつかない。

 まさか、尾けたのか? 引き気味に姉を見ると、バカじゃないの、と白い目で逆に見られた。


「アンタの携帯が水没して使えなくなった時、心配して家の電話にかけてきたのよ。で、私が取った」

「聞いてねーしっ!」

「そりゃ、ないしょね〜 って約束したもの。いい子ねー、カエちゃん。ちゃんと今まで黙ってたか」

「なんだそれ……変な事言ってねーだろうな」

「カエちゃんが最初から数えて何番目の彼女かって?」

「ねーちゃん!!」

「言うわけないでしょ、そんな悲しませる事。まー、困ったら連絡して〜とは言っといたけどね」

「んだよ……」


 それにしても、いつもはきりっと釣り上がっている猫目を少しだけ和らげて、アヤネが苦く笑った。


「取っ替え引っ替え子供のように遊んでたショウゴが、本気になった子が音大生とはね……」

「あんだよ、文句あんのかよ」

「無いわよ。それよりも、本気ならアンタも覚悟決めなさい」

「んあ?」


 アヤネは珍しく居住まいを正してこちらを見た。目が茶化してなく、真剣で、こんな風に見られた事は未だかつてなく、ショウゴは気付かれないようにそっと息を飲む。



「彼女が本気で音楽をやっていく子なら、ショウゴと音楽を天秤にかけた時、音楽を取るわよ」



 なんだその、私と仕事とどっちが大事、みたいな女子的例え。……と、いつものように茶化す事は出来なかった。


 実際、今、その状態なのだ。


 カエから、大学内の大事なオーディションが控えていて、練習に集中したいから、しばらく会うことは出来ない、と、電話で言われたのだ。


 電話は? と聞いたら、すごく間が開いた後、取るの難しいかもしれない。と言われた。


 メールは? と立て続けに聞いたら、すぐに返せないかもしれないけれど、大丈夫。と、こちらにはすぐに返事をした。


 それにホッとして、わかった、がんばれ、と言って切ったはいいが、その後、上手くメールも打てなかった。


 今まですぐに電話もメールも返ってきてたから、気にせず出来た。

 たわいのない事を何も考えずにかけれた。

 でも今は考えてしまう。


 今、メール打っていいか。

 邪魔にならないか。

 集中を妨げる様な事は、したくない。


 ショウゴだって大事なビリヤードの試合が重なった時は一切女との連絡を取らずに集中した。ウダウダ言う当時の彼女がウザくて、喧嘩して別れた事もある。

 それぐらい、一つの事に集中したい時は、何もかも遮断して一番やりたい事に時間を当てたい。

 それぐらい、ショウゴにだって分かる。


 だから、メールすら、上手く書けない。


 でもそうすると、今度は会いたい気持ちと、嫌われたくないとの焦燥で、自分の心をコントロール出来なくなってきた。



 待つ、というのが、こんなに苦しいものだとは知らなかった。

 今まで普通にあったカエとのやり取りがプツリと無くなったときの消失感。



 気がつくと携帯を開こうとして手に持っていて、二つに折りたたんである端末を、開くか開かないかぐらいの微妙な加減に片手で開け閉めをし、結局ため息をついてベッドに投げる日々。


 いつの間にか、カエが、ショウゴの中で、大きい存在になっていた。



「本来なら彼女を黙って見てあげてるのが一番なんだけどね。こればっかりは理屈じゃないから」


 頭で分かっていても、と小さく呟く姉を見ると、横を向いてその後の言葉は何も言わなかった。


 ショウゴも何も言わずただ黙っていると、チロっとこちらを流し見たアヤネは、とにかく! と、突然大きな声を出して立ち上がると、おもむろにキッチンペーパーを棚から出して、皿に盛られたドーナツをざらっと全部乗せて包む。


 ビニール袋に入れてさらに紙袋に入れると、ショウゴの前に置いて、言い放った。


「一人で考えてたっていいことなんてない。最近、自由が丘(シー・ウォーター)にも行ってないんでしょ? 先人たちの知恵を聞いてきな。業種違ったって、たぶん、プロ目指す人はきっと同じ思いを、どこかで抱えた事があるはずよ」



 だからっ、行った行った!


 姉はそう言うと無理矢理手土産を持たせ、ショウゴを家から追い出したのだった。










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