19 二子玉川 ーショウゴー
二子玉川の改札を出て直ぐ、大きな円柱の近くにカエは立っていた。
何故か彼女の周りだけ清涼感のある膜で覆われているように見える。
お待たせ、と声をかけると今来た所、とはにかんだ笑顔にヤラレる。
短い電話はしていたけれど、会うのは約一週間ぶりだ。なんか、照れる。
「凄い人だな」
思わず呟くと、私も、びっくりした、言った声が遠のく。
人の流れに押されたカエを直ぐに掴んでこちらへ寄せる。
……本当は抱き寄せたかったけれど、まだ、早いよな。
年上なのに年下みたいに感じるカエは、多分、付き合うのが初めてなんだと思う。
抱き寄せたい気持ちと我慢な気持ちと揺れ動いて、早口で言い訳の様に言った。
カエがきゅっと手を握ってきた。
穏やかな笑みを浮かべて、今日はよろしくお願いします、と言った。
そして前を向く彼女の髪がぴこぴこ動いている。
触りてー
喉がヒリつく感覚をぐっと抑えて、今日もだろ、と言った。
そうでした、ぺろっと舌を出したその顔。
ぜってー、俺の考えてる事なんて分かってないよな。
気づかれない様に息をついて、顔を上げた。
「飯、食いにいくか」
「うん!」
嬉しそうに頷いたカエを連れて、人の波を潜りながら屋台が連なる道へ出た。
焼きそばにたこ焼きにフランクフルトにお好み焼き。
「ショ、ショウゴくん、買いすぎじゃ……」
「なんで?」
「両手に余っちゃうし」
おっと、そうか。食べながら歩くのはダメなんだ。
ショウゴは脳内のメモに上書きしていく。
「分かった。ベンチねーからここでいい?」
一本の街路樹を囲う様に配置してあるコンクリートに腰を下ろす。カエはう、うん。と戸惑ったように頷いて、ショウゴの隣にちょこんと座った。
「どれ食べる?」
「あ、まだお腹すいてないから、ショウゴくん先に食べて」
「? 分かった」
一先ずお好み焼きからやっつけるか。
バクバク食べていくショウゴを、ほわー、とカエは見つめている。
「食べる?」
最後の一切れを差し出すと、いい、いい、と顔の前で手を振っている。
そしてちょっと俯いて顔を赤らめている。
ショウゴはピンときた。
さっとお好み焼きをやっつけて、たこ焼きを開ける。
一口先に放り込み、同じ串でまた差して、カエの前に出す。
カエの目がもう一つの串をちらっと見たが、ショウゴはお構いなしに自分が食べた串のたこ焼きを「ん」とさらに出す。
カエは意を決したようにおずおずと口を付けた。一口で入らなくて、慌てて串とたこ焼きの入ったプラケース引き寄せる。
……ショウゴの手に重ねながら。
小さい口がん、ん、と咀嚼して嚥下していく様は、ちょっとばかりでなくショウゴには目に毒だった。
間接キスがどうのとか思ってんだろうな、と内緒で揶揄ったら手酷過ぎる反撃。
どうにも目のやり場に困ってどうしようもなくなった時、
ドンッ ドドンッ パラパラパラ
「始まったね」
「あ、ああ」
呪縛から逃れて、花火の方を見る。
矢継ぎ早に上がる花火を暫し眺めた。
************
花火は1時間で終わって、なんだか早かったね、と腰を上げたカエを引き留めて、駅、混んでっからもう少し空いてから帰ろうと、屋台で今度はカエが食べたい物を買ってまた同じ場所に戻って食べた。
ベビーカステラの袋を抱えて美味しそうに食べているカエは、同じ丸の固形なのに先程とは打って変わって子供のようだ。
美味い? と聞くとうんうんと頷いた。
ぴこぴことカエの髪も動く。
ほぼ無意識に馬の尻尾に手を出してしまった。カエが固まる。
「あ、わり。あー」
可愛いから触っちまった、なんて言えねぇ。
「あー、んー、いいよな、その髪」
「あ……ありがとう」
嬉しそうに笑ったカエを見て、ショウゴはよし、今だ、と思った。
電話での約束を言うのだ。
付き合って下さい? 違うな。
付き合おう? ってもう付き合ってるし。
なんて言ったらいいんだ。
「カエ」
「は、はい?」
あ、名前呼んだの、今日初めてか。
名前を呼んだだけで顔を赤らめているカエを見ていたら、自分の焦りがすっと引いていった。
「これからも、一緒にいような」
するっと言えた。
カエはベビーカステラの袋を握り締めてうんうん、と頷いている。
「ありがとう……」
その言い方が、言葉に対してのありがとうじゃなくて、言ってくれてありがとう、だった。
潤みを持ったカエの声を聞いたら、段々と恥ずかしくなってきた。
「……照れる」
「……嬉しい」
時に凄く素直でストレートなカエに手が付けられない。
「あんま、見んな」
あの潤んだ目で見ているであろうカエを見ないように言うと、嬉しそうに喉を鳴らした。
だめだ、これ以上ここにいたら。
「帰るか」
「うんっ」
ぶんっと大きく頷いたカエの髪が跳ねる。
また触りそうになる自分の手を握って抑え、代わりに腰を上げたカエの手を握った。
言い訳は無し。黙って駅へ向かう。
屋台はまだ行き交う客の為に店を開いている。絶え間無く続くモーターの音に、店子の呼び声。赤い提灯に照らされて、笑い合う人々。
脇を見ると、ぴこぴこと髪を振って歩くカエがいる。
来年も来よう、俺と一緒に。
そんな気障な事はやっぱり言えないのだが、心には固く誓った。
ぎゅっと手を握る。
気付いて笑う彼女の笑顔が、堪らなく愛しかった。




