18 二子玉川 ーカエー
気合が、入らない訳がない。
薄い水色に細かい白のストラップが入ったノースリーブのシャツワンピース。
髪は本当は下ろしたかったけれど、暑くて汗でペッタリするのはやっぱり嫌で、後ろで一つに纏めた。
ポニーテールまで高くは上げられない。
もう高校生じゃないから。
でも、上げた方がいいのかな。
そっちの方が、ショウゴくんに、合う?
「〜〜〜〜っ」
そんな事考える自分が恥ずかしい。
鏡を見る。ちょっと顔を赤らめて、への字に口を結んでいる自分。
「……」
カーエーとリビングから母の声がする。
「なーにー」
「本当に浴衣じゃなくていいの?」
リビングに顔を出すと母・陶子が残念そうに言っている。
「うん、人凄いと思うし」
「でも」
「9月のお祭りの時にも着れるから」
「そう?」
花火は浴衣でイチコロなんだけどなーと母がなにやらぶつくさ言っている。
「じゃ、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい。遅くなるようだったら送ってもらいなさいよ」
へ? は、う、とへどもど言っている娘を、はいはい、遅れないようにね〜と返答は聞かずに追い出した。
奥手なのは誰に似たんだか。って。
娘が恋をしたらしいと伝えた相手がへどもどしてたので、きっとあちらだろう。
くふふ、と笑いが込み上げてその笑顔のまま洗濯物をやっつける。
来年は夫婦水入らずで花火が見れるかもしれない。そしたら浴衣で、イチコロじゃ。
陶子はまたぐふふと笑った。
エレベーターに乗っている間に心を落ち着かせる。母には言ってないのに何でバレてるんだろう。しかも、応援されている……みたい。
居心地の悪さを感じながら、エレベーターを出る。駅へと下りながら身体が揺れるたびぴょんぴょんと跳ねる髪に、気恥ずかしさと喜びと不安。
等々力の駅に着いて、電車を待つ間にはっとする。そして次の瞬間、いや、要らなかった、と胸を撫で下ろした。
いつもは有る右手に、楽器が無い。
忘れた! と思ったのだ。
でも今からは要らない。だから持って無くていい。大丈夫。心の中で何回も繰り返す。
それぐらい、楽器無しのお出かけなんて、ここ数年した事がなかった。
二子玉川行きの電車が来て乗る。結構もう混んでいる。揉まれないように入り口に近い隅に陣取った。
数分もしない内に上野毛に着く。
ドアが開いた時に、一瞬狐が見えた。
(狐?!)
ドドドと人が流れて来てドアが閉まり、人と人の隙間から駅を見ると、狐のお面を被り、浴衣を着た男の人がベンチに座っていた。
一瞬にしてまた景色が流れて、狐は消えて行く。何だか、この世の物でないような。
目を凝らしてもう一度見るのだが、もう狐は何処にも居なかった。
不思議と怖くはなかった。
お面を被っているのに、人待ち顔に見えたから。
「お待たせ」
「ううん、今来た所」
二子玉川の改札を出て太い円柱の側で待っていたら、数分もせずショウゴがやって来た。
「凄い人だな」
「うん、私もびっくりした」
駅を出るのでさえもゆっくりとしか歩けない。少し離れそうになって、ショウゴがすかさず手を繋いでくれた。
「ありがとう……」
「いや、はぐれるといけないから」
言い訳の様に早口で言うショウゴに、もしかして、緊張してるのかな、と思った。
今更のながらにこの人は年下だった、と気付いた。いつもリードしてくれるから忘れていた。もしかしたら初めてなのかも知れない。
……恋人とのデート。
カエはきゅっと手を握った。
それに気付いてショウゴがこちらを見る。
「今日は、よろしくお願いします」
「今日も、だろ」
「そうでした」
ショウゴがいつもの笑顔になる。
何か食いにいくか、と聞いてくれた。
カエはうん、と嬉しそうに頷いた。
いつもより高い位置に上がった髪の毛が、ぴょこぴょこと揺れた。
狐の人、もう一つの物語と連動しています。
もしよろしければ「もっさいおっさん〜」の後日談へ遊びに行ってみて下さい^_^




