12 Tel ーナズナ・カエー
8話の続きです。
「ただいま〜」
「おかえり」
ぱたぱたとリビングに入ってくるカエに母、陶子が声をかける。
「何か食べる?」
「大丈夫、本番前に少し入れたから。あ、でもヨーグルトは食べたいかも。まだある?」
「そう思って取って置いたわよ」
「やったっ」
着替えてくるね〜 と自室へ行ったカエの様子に、いい事あったな? と陶子はほくそ笑んだ。
冷蔵庫から牛乳パックを出し、八角小鉢にとろりとヨーグルトを垂らしこむ。
カスピ海だかなんだかの菌を使って作った牛乳パックのヨーグルトの中に、ジャムを入れて食べるのが山本家の定番だ。なくなる前に新しいパックにたらし込めば出来るお手軽さも気に入っている。
今日はすもものジャムを入れた。
Tシャツと短パンに着替えたカエの前に小鉢を置いて、
「で、どうだった?」
と聞くと、カエはえ? とぎくっという顔をした。
「本番よ」
「あ、ああ……」
スプーンを口にくわえながら明後日の方向を向いて目を泳がせているので、これは何かあった、と陶子は思った。
「本番は、本番は……あまり良くなかった」
カエは言いながら、頭が真っ白になったのを思い出したので眉が歪む。
「ふうん、緊張したの?」
「してない」
「じゃ、次頑張ればいいんじゃない?」
「……そうだね」
音楽の事をよく分かっていない母に詳しく話しても仕方なし、と早々に話を畳むカエに、母は別のアプローチを試みる。
「で、その後いい事あったんでしょ」
んぐっと喉をつまらしたカエに、やぁね、吐き出さないでよ? とお茶を渡す。
渡されたお茶を飲みながら目を白黒させている娘に母はニマニマしている。
「別に、何も」
「そぉお?」
「あ! ナズナちゃんに連絡しなきゃ!」
パクパクと食べてごちそうさま〜と脱兎の如く自室に入ってしまった。
こりゃ相当だ、と陶子はニマニマした。
今まで音楽ばかりやってきた子が、嫌な本番を忘れるぐらいのいい事を掴んできた。
そんなの、一つしかないわー
とニマニマが止まらない。
(お父さんに報告しなきゃ! あ、でも報告したら不味い、かな?)
でもこのニマニマを共有したーい、といそいそと電話を取る。腹に一物抱えられない母であった。
ああ、びっくりした。とカエは自室に戻って息を吐く。
母の突っ込みに返し手がなく、逃げる様に戻って来てしまった。
でも、と思う。
(まだ何も始まってないから……言うこと無いし……)
そう思っていると、カエの机の上で携帯のランプがチカチカしていた。
そうだ! ナズナちゃん!
逃げる口実ではなく報告義務がある事を思い出し、慌てて携帯を取った。
プルルッ
「カエ?」
「は、早いね、ナズナちゃん」
「当たり前でしょ、待ってたんだから!」
「ごめんごめん、遅くなって」
「遅くなるような事してたんじゃ無いでしょうね〜」
「遅くなるような事って?」
「……いや、いい。分かった」
「?」
「とにかく、連絡先は交換できた?」
「出来たよ、ありがとう、ナズナちゃん。打ち上げの事も」
「いいって、ちょっと金管の奴らには絡まれたけどね」
「絡まれたって、どうゆう事?」
「なんでカエは来ないんだーって。カエは知らないだけでモテるんだよ?」
「そんな事ないよ、話した事もないし」
「カエは高嶺の花だからねー」
「何それ」
「ハードル高いって事」
「良くわかんないよ、モテた事も無いもん」
「まあまあ、で? 付き合うことになった?」
「あ……たぶん、まだ」
「ええ?! 連絡先交換したんだよね?」
「うん」
「一緒に帰ったんでしょ?」
「うん、家まで送ってくれた」
「えええ?! ……まって、カエ、質問に答えて」
「は、はい」
「彼は音楽に興味が有りますか?」
「……無いと思います」
「連絡先はすんなり交換してくれましたか?」
「はい」
「名前はお互い苗字で? それとも」
「し、下の名前です」
「……手は繋ぎましたか?」
「つ、繋ぎました」
「繋いだのっ?」
「は、はい」
「キスはしましたか?」
「いいえ!!」
「よかった、そこまで手は早くなかったか」
「??」
「わかった。カエ、今から彼に連絡しな」
「ええ? 今から?」
「そう。十中八九、彼はもうカエと付き合ってると思ってる」
「ええ?! 何も言ってないのに?」
「告白してなくても、いい雰囲気なんでしょ? きっとそうだよ。それでいいならいいけど、でもカエはハッキリしておいた方がいいと思う」
「ハッキリ……」
「カエが言うか彼に言ってもらうか知らないけど、ちゃんと付き合う宣言をお互いにする事」
「うう、今、言わないとだめ?」
「カエの性格上、今、言わないとだめ。うじうじして自分でこじらせて次に会うときに別れ話になってたらシャレにならないよ」
「それはいやっ……あ……」
ナズナちゃんがふふっと電話越しに笑った。
「本音でたね」
「うー……はい」
「電話する事」
「はい」
「よし。じゃ私に付き合った報告は明日でいいからね」
「OKしてくれなきゃ報告出来ないかも……」
「それは無い」
「でも……」
「興味ない所にわざわざ来ないよ、男って」
「え?」
「音楽に興味なくてもカエに興味があるから来たの、彼は」
「……」
「もーー、い・い・か・ら! 電話せい! じゃね!」
プツンと切られた携帯をあわあわと机に戻した。
学生コンサートの後はだいたい、打ち上げ=ご褒美飲み会、といって飲みに繰り出します。
ここが良かった、悪かった、失敗したとかワイワイやりながら、他の楽器の人とも交流するんですね。
普段余り話さない楽器の人とも話せるチャンスなのです。
金管の奴ら、はですね。
まぁ主にトランペット、トロンボーン、ホルン辺りかな?
徒党を組んでカエを攻略しようと思っていた訳です。
肩透かしくらってナズナに詰め寄った、と。
金管はその他にテューバ、ユーフォニアムとありますが、この方達は性格的にカエに声をかける事はないのではぶきます。
いつか楽器別の主な性格をかけたらいいな、と思っています。




