表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/44

11 等々力〜大井町

 

 カンカンカンカンとパンプスを鳴らして降りる。


 階下一階分を降りた所で鍵を掛けたか不安になった。一瞬迷ったが踵を返してまた上がる。

 急いでいる時に限って覚えていない。

 覚えていないけれどもだいたい鍵は掛かっている。

 掛かっているけれども…


 ガチャガチャ


(ほらねっ)


 掛かっているけれども確認しないで行くと不安ばかりが残って仕事にならない。

 だからタエ子は必ず確認しに行く。


 再び階段を降り、エントランスも走り抜け等々力への道を走る。

 駅へと続くT字路まで走りきれるといいんだけど。


(体…力……ほし…)


 耐えきれず途中で早歩きに切り替えるが、左腕の時計を見て、有無を言わずまた走り出した。


 改札をもどかしく通ってタエ子と同時に駅へ入ってきた大井町行きに乗り込む。

(セー……フ……)

 息絶え絶えに車内のポールに掴まった時だった。



「ご乗車〜ありがとうございます。

 この列車は〜大井町行きです」



  ぶわっとタエ子の体温が上がった。


(あの人だ……!)


 タエ子は慌てて俯く。

 改札から一番近い車両に乗ったので、車掌室からここはばっちり見えてしまう。

 タエ子はにまにましてしまう顔を必死で堪えた。

 なんだかんだと続けてアナウンスしている声を、寸分たがわず聞き取ろうと耳を傾けているが、内容は入ってこない。

 興奮のし過ぎである。


 でも、でも、とぷるぷる震える。


(戻ってきたんだ……嬉しいっ)


 そう思った瞬間、

 へにゃっと笑ってしまった。


「次は………」


 アナウンスが途切れてタエ子も含めて乗客が、ん? と思った途端アナウンスが再開した。


「次は〜 尾山台〜 次は〜 尾山台〜」


 なんだ、気のせいか、みたいな雰囲気が充満して、皆また各々の世界に入っていく。


 タエ子も尾山台を過ぎた辺りから平常心を取り戻して、真っ直ぐ車窓の風景を見るともなしに眺める。

 でもアナウンスが流れるたびに目元が緩むのはどうしても止められなかった。


(大将に報告しなくちゃ)


 疑って申し訳ありませんでした!

 大将凄い!

 次回行った時は奮発して高いお酒にしよう、祝杯だ!


 そんな事を思いながらえいっと弾むように自由が丘で降りた。






 ************





 今日もケンはつつがなく乗務を遂行していた。

 日曜の乗務は久し振りの大井町線という事もあり、……昨日の事もあり、相当気合を入れて出社したのだが、何事もなく終わり拍子抜けして今日を迎えたのだ。


 大井町駅まで到着、後任者へ業務交代をし、また発車していく大井町線を見守って駅控え室に戻る。

 今から三十分の休憩を取ってまた乗務する。手洗いを済ませ、休憩室の椅子にドスッと座った。


「疲れたか?」


 声を掛けて来たのは今日ペアを組んでいる上原運転士。通称、うえさん。乗務歴二十年のベテランだ。


「いえ、すみませんでした」


 アナウンス、一度だけ詰まった事を謝ると、上さんは、いや、と笑った。


「珍しいなと思っただけだ。東横の圧に揉まれて帰ってきて疲れが出たかとね」


(流石に上さんは気付くか…)


 ケンは苦笑いする。


 運転士は基本的に安全な運行をするべく運転に専念しているのだが、上さんの様にベテランになってくるとペアの車掌の声色でトラブルを察知するらしく、休憩時間に細やかにフォローしてくれる。新人の時は迷いまくっていて、上さんにだいぶ教えてもらったものだ。


「何か気になる乗客でもいたのか?」

「あー、いえ、アナウンスのタイミングを間違えそうになって詰まりました」

「東横とはまただいぶ違うからなぁ」

「そうですね」


 そうこうしている内に乗務十五分前になる。

 さて、と。と立ち上がった上さんが、困ったら頼れよ、と言って先に出て行った。


(あー……誤魔化したのバレた……)


 がっくりと項垂れた。


 例の人が居たのだ。

 例の、あれだ。


 最初は気付かなくて、走り込んで来たから駆け込みのアナウンスでもしようか、でも停車時間内に入っているからセーフか、と思ったぐらいだった。


 俯いて顔を赤らめ若干震えていたので、気分が悪いのかと注視していたら、尾山台のアナウンスの所で、へにゃっと笑った。


 その顔をみてフラッシュバックしたのだ。


 その人の声は〜


「やめい!」


 叫んではっと周りをみる。

 幸いにも誰も居なかった。


(だーーーー!)


 顔が赤くなる。


(なんなんだよっ)


 帽子を顔に被ってため息をついた所でノックがあった。


片桐(かたぎり)、十分前」

「っすみません!」


(上さんに手間とらせちまった! しっかりしろ!)


 もう一度手洗いを済ませて上原運転士に続く。

「来週、飲み、な。時間作れよ」

「……はい」

「さ、切り替えて行くぞ」

「はい!」

 よし、と笑って上さんは所定の位置に歩いて行った。



 大井町線がホームに入ってくる。

 先程まで乱れていた鼓動が落ち着いている。

 ゆっくりと停車した車両から乗客が足早に出て来た。

 上さんの心遣いに、感謝した。




タエ子だけだと短くて、ケンも繋げてみました。


タエ子さんの破壊力、凄いみたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
私もつられて、ニマニマしてしまいました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ