10 上野毛 ーケンー
酒呑みの続き…
「3週間後だって、二席設けておこうか?」
先程とはがらっと変わった口調で話しかけられて、
「いいよ、別に」
とぶっきら棒に返す。
「でもタエ子さんが言ってた車掌ってケンの事だろ? 急に東横線に行く事になって大変だって言ってたしさ」
「……」
「それで明日から大井町線に戻るから今日は一人お疲れさん会。そんな変則シフト、ケン以外にいる?」
ケンは黙って金目鯛の煮付けをつついている。
上司から急に言われて東横線に乗務したのは2週間前。現在東横線に乗務している女性車掌が半年後に育児休暇を取るので、その替わりにと、ケンに白羽の矢が立った。
ともかくやってみろとお試しの2週間、指導車掌と一緒にみっちりしごかれ、やっと解放されて今日に至ったのだ。
気分良く飲んでいた所に、突然自分の話が降って来て、このまんじりともしない雰囲気に黙って魚をつつくしかない。
ツトムは苦笑して手元のナスの煮浸しを盛り付ける。
刻んだ生姜を乗せて、村瀬さん、三番さんにこれ、とカウンターに出した。
「3週間後のシフト、確認しとけよ」
「休みだとしてもここに来るとは限らない」
「タエ子さんは来るから大丈夫だよ」
「俺の話だよ」
そう言ってケンは手に持っていたロックをぐびぐびっとあおって、ちっと舌打ちをした。
「あ、しまったっ、のんじまった」
「もう一杯やるか? 奢るよ」
今日はケンにとって自分にご褒美な日の筈だ。いつもは頼まない金目と森伊蔵。
「いや、いい。お冷くれ」
残念そうにお冷をちびるケンに、合うと思うんだけどな、とツトムは言った。
顔を上げるとツトムは手元から目を離さずに、笑みを浮かべながら言う。
「タエ子さんも必ず二合なんだよ、お前と一緒で」
「俺は翌日休みだったらもっと呑む」
そりゃ知ってるけどさ、と柚子のシャーベットをケンの前に置く。
「飲み方が似てるんだよ、合うと思うよ」
〆はお互い違うけどね、と笑った。
店を出て駅方面に歩いていく。
〝合うと思うんだけどな〟
ツトムの言葉がこだまする。
「あーーもう!」
頭をガシガシと掻きむしる。
(それどころじゃねぇんだよ、東横線攻略しなきゃいけねぇんだよ)
今回のお試しが通ったら3ヶ月後には本格的な研修期間に入る。
重々承知の上で乗務したのに打ちのめされた。
大井町線とは倍の車両、それに伴う乗客数の数、目視以外のモニター注視の数等、試し期間で直接携わる事は少なかったが、渋谷と横浜を繋ぐ大動脈の数の多さに圧倒されっぱなしであった。
「色恋なんざやってる暇ねぇよ…」
ぽつりと言った自分の声が思いの外残念そうだった。
その人の声は〜
やさしくて〜
あたたかくて〜
「だーーーーやめれ!」
ケンは頭をブンブンと振る。
「帰る! 俺は帰る! 帰って寝る!! 以上!!!」
そうでも言わないと帰ってから酒をあおってしまいそうだった。
出勤前日の酒は二杯まで。
東急電鉄に入社してから自分で決めたルール。
今日程その縛りを恨めしく思った事は無かった。
迷走の10話、こんな形になりました。
(迷走=10話だけで3パターン出来てしまったという話)
カエ達が順風な分、こちらは前途多難な感じ?
いや、カエ達も充分ジレてたか。。
もしかしてこの物語、ジレるのが必須なの…?




