4.冬――変態君から○○へ !?!?
◎柚月 6日
リリシアの正体を話してからも、俺はリリシアの姿で看病をすることになった。母さんいわく、「見慣れた姿をしていた方がお客さんも落ち着くはず」だからと。
……でも俺の方が見た目と中身の違いをどんな風に見られているのか気になって落ち着かないよ。はぁ……。
今日のクラートさんはだいぶ調子が良くなったらしく、昼からは軽く運動をしていた。
セルムさんは夕方にはベッドから身体を起こして食事をとれるようになった。その後にクラートさんから「あとは私がかわりますのでどうぞ、お休み下さい。少し2人だけで話したいこともありますので」と言われて交代した。
夜、ラウゼスさんが戻ってきた。ラウゼスさんは体調不良ではないみたいで良かった。
そういえば、今日のセルムさんは普通に男に見えた。やっぱり疲れてたのかな?
◎柚月 7日
ヤバイ……、衝撃過ぎて何から書こう……。
結論から言うと、俺が王女付きの“侍女”になることになった。“侍従”じゃなくて“侍女”……複雑な気分だ。
何故こんなことになったかというと、クラート様達がとんでもないお方々だったからだ。
クラート様とラウゼス様は貴族で騎士様だった!
でもってセルム様はなんと王族の方だった! しかも王女様! 素性を隠すために幻魔石を使って男になりすましていたそうだ。本当の名前はセフィーネ様。俺の1つ上の17歳だ。
看病していた時に本来の女の子の姿に見えたのは、高熱で体力を消耗し魔力を回復することができず、魔力切れを起こしていたことで幻魔石が機能しなくなってしまったかららしい。
クラート様達はセフィーネ様の見聞を広めるための旅をされていたそうで、旅の途中でリリシアの噂を聞いたからうちの宿屋に来たらしい。
実際に会ってみて「この子ならセフィーネ様の侍女にどうだろうか?」なんて話にまで発展していたと。それで、リリシアという人物を調べるために1度、宿屋を離れたそうだ。
でもセフィーネ様が高熱を発してしまったため、クラート様とラウゼス様は話し合いをし、ラウゼス様は調査の続きを、クラート様はセフィーネ様をうちの宿屋で休ませる為に戻るという別行動をとることに決めたそうだ。
セフィーネ様を背負って宿へ向かっている時、クラート様は誰かにつけられていることに気付き、宿屋に着いてから追跡者を捕らえようと考えていたそうだ。
しかし、自分まで高熱を発してしまい、それができなくて5日の襲撃事件がおきてしまったという。
それは置いといて昨日、クラート様達は侍女の件をどうしようかと魔道具を介して王都にいる国王陛下をはじめ、国の重鎮の方々と話し合っていたそうだ。
色々な意見が出ていたそうだが、「性別が男で、人の目を欺いていた人物を王女専属の侍女にするのは不味いのでは?」という意見が大きな課題となっていたそうだ。しかし、セフィーネ様が「私は良いと思いますわ。幻魔石の使用を国が認めているので悪い人ではないと証明されていますし。それに彼が“侍女”としていてくれれば私を狙う人は油断するでしょう」というようなことを仰ったそうだ。
「確かにそうですが……セフィーネ様がお気にならないのでしたら」という流れになり、俺に王女様の侍女になってくれないかと話がきたというところだ。
家族に相談したら「是非ともお受けしなさい。侍女としてだけでなく、きっとエルクの武術のこれからに期待して声をかけて下さったんだから」と背中を押してくれたから、お受けすることにした。
よく考えたら王女専属の騎士のような役割をさせてもらえるんだからある意味、騎士になる夢が叶ったようなものだよな。なんか今さらだけどスゴいことになっているんだと実感した。
違う形で夢が叶うことに喜びを感じながらクラート様達のお部屋へ行き、お受けすることを報告した。
報告し終えると、クラート様が急に「言っておくが、もしも君の行動でセフィーネ様の身に何かあればどうなるか……わかるな?」と、めちゃくちゃ恐い顔をしながら仰ってきた。……正直、殺されるかと思うくらい恐かった。
でもここでビビってたらきっと信頼して貰えないと思った俺は「俺……いえ、私の命に代えてでもセフィーネ様をお守りすることを誓いますっ!」とクラート様の目を真っ直ぐに見ながら腹に力を入れて声を張りながら言った。
すると近くにいらっしゃったラウゼス様が1拍おいて「くくっ」と小さく押し殺すように笑う声が聞こえてきた。えっ、この笑い声はどういう意味だ? 俺、なんか変なこと言った? うわぁ……どうするべきだったんだ?
そう思っていたらクラート様がさっきまでの恐い顔が嘘のように「ハッハッハッ」と声をあげながら笑みを浮かべた。その後すぐに、「明日から覚えてもらうことがたくさんあるから、今日はしっかりと休みなさい」と言われて、クラート様達の部屋を出ることになった。
で、現在、頭の中を整理するために日記を書くに至っているが……結局、俺はなんで笑われたんだろう? わからない。
◎柚月 8日
今日はラウゼス様から侍女としての設定と侍女の仕事内容(ラウゼス様の奥様の侍女の仕事内容を参考にしたもの)の説明を受けた。覚える事がたくさんだ……。
設定については「メモとして書き残すことは禁止」と言われているから書けないのがつらい……。
侍女の仕事内容は化粧、髪結いなどの身の回りのお世話から衣装・ 装飾品・靴などの管理とからしい。それにプラス普通の侍女じゃない俺は、有事の際にセフィーネ様をお守りすると。
といっても、常にセフィーネ様の近くには数人の騎士の方々が配置されるから余程のことがない限り出番はない。……あれ? 俺、幻魔石を使ってまで侍女になる意味ある?
まぁ、「備えあれば憂いなし」って言うから、万が一に備えて気を抜かずにいないとな。
それよりも問題なのが化粧や髪結いだ。化粧や髪結いなんてリリシアの時は幻魔石を使って化粧・髪結い済みの姿になってたからやったことがない。これは前途多難だな……。
説明を受けた後、ラウゼス様から「君はよくアイツの殺気にあてられても気を失わなかったな」と言われた。昨日のクラート様の恐い顔は俺に殺気を向けていたからのものらしい。
そのクラート様だが、実は「死の狩人」という二つ名があると。クラート様の殺気に当てられたものは人だけでなく魔物ですら失神してしまい、失神している隙に命を狩ることからその名がついたそうだ。スゲェ……っつか俺、クラート様に殺されそうになってた !?
そんなことを考えていたら「加減をしていたとはいえ、腰を抜かすことなく逆に見返すとは。よほど肝が太いのか、鈍感なのか。ふふっ、昨日の返答もそうだが、とにかくおもしろいヤツだな、君は」と言われてしまった。
これは……どう捉えたらいいんだ? 一応、侍女の件の取り消しは無いからマイナスではないと思いたいが。
とりあえず、昨日のクラート様の問いに対する返答がおかしくて笑われたということは分かった。……おかしなことを言ったつもりはないんだけどなぁ。
◎柚月 9日
今日はラウゼス様に礼儀作法と教養を、セフィーネ様からは髪結いや化粧について教えていただいた。
礼儀作法は宿屋の仕事で接客してたからある程度は大丈夫だろうと思っていたが、全っ然大丈夫じゃなかった……。
教養はもう、洒落にならないくらいヤバかった……。
髪結いは後ろへ1本結びにする練習をした。それが出来ると今度は上下左右位置を変えて結ぶ練習をした。ブラシでといたあとの状態を保ったまま結うのは結構難しかった。
化粧はどこにどれを使うかを教えていただいた。セフィーネ様が「普段は侍女の方にしていただいているのでうろ覚えなのですが……」と仰っていたが、全くそんなことを感じさせない詳しい説明をしてくださった。
いくつもの化粧道具が出てきたから覚えるのは大変だった。しかも出てきた化粧道具は最低限の物だけらしく、まだまだ化粧道具があるのかと思うともう覚えるのが……。女の人ってよくこんなにもたくさんの道具を使い分けられるよな。
あ、そういえば今のセフィーネ様の侍女の方は、高齢ということで俺と入れ替わりでお辞めになるらしい。……大ベテランさんの後任がこんなド素人の俺で本当にいいのか?
不安に思い、ラウゼス様にそのことを聞いたら、俺以外にもう1人“普通”の侍女がつくそうだ。よかった~。
◎柚月 10日
今日も礼儀作法と教養、髪結いと化粧について教えていただいた。
礼儀作法と教養については兄貴も一緒に学んだ。
化粧はセフィーネ様のお顔に実際に化粧をさせていただいた。化粧をしている時に思ったんだが……セフィーネ様はとても綺麗なお顔だから化粧なんてする必要は全くないと思うんだけどなぁ。
でも王女という立場上、身だしなみとしてしてないといけないんだろうな。
とにかく、俺の化粧でセフィーネ様のお顔を台無しにしてしまわないよう頑張らないと。
◎柚月 11日
今日は礼儀作法と教養、髪結いと化粧に加えて、クラート様から武術だけでなく、初級魔術についても教えていただいた。
武術の方は今まで教えてもらった内容の応用やクラート様と模擬戦をした。
魔術の方は、教えてもらう時いきなり「君はどの程度の魔術を扱えるんだい?」と聞かれた。正直に「魔術は使ったことがありません」と言ったらすごく驚かれた。
どうやら“幻魔石を使える=魔術も使える”と思っていたそうだ。クラート様はガックリと肩を落とされたが直ぐに気を取り直し、魔術の基礎基本を教えて下さった。
覚えることがたくさんありすぎて頭がパンクしそうだが、騎士見習いになったような気分を味わうことができる嬉しさが勝って苦にならない。よし、明日も頑張るぞ!
◎柚月 12日
今日も俺が侍女になるための指導をしていただいた。大変だけど、お受けすると言ったからには全てできるように頑張るぞ。
夕食後、少し休憩をしていると母さんに「あんた、セフィーネ様のことをどう思ってるの?」と聞かれた。どうって……とても優しくて綺麗なお方だと思っているけど。
そう言ったら「そうじゃなくって……。もう、昔っからそういう話には疎いわねぇ。もしかして本当に変態君なのかしら」なんて言われた。心外な! 俺は見た目通り中身もちゃんと男だって!
そう言おうとしたら「まぁ、まだ若いし……」と言って去って行った。
どういう意味だ? ってか、そもそもどういう答えを求めていたんだ? 謎だ。
◎柚月 13日
17日に王都へ行くことが決まった。本格的な冬の寒さが訪れる前に王都へ戻る為らしい。その為に俺とリリシアが村を出る理由をラウゼス様から説明していただいた。
俺の場合は、ラウゼス様達と一緒に旅に出たいということを理由に17日にラウゼス様達と一緒に村を出るというものだ。
リリシアの場合は、もともと仕事が忙しくなくなる白月半ばまでのお手伝いと決めていたから、予定通り実家へ帰るというものだ。
そういう訳で今日は侍女になるための指導を受ける前に、リリシアとしてお世話になった人達に挨拶をしに行った。
ほとんどの人が「寂しくなるねぇ。またいつでもおいで」と言ってくれて嬉しかった。でも、騙していることを正直に言えなくて申し訳ない気持ちになった。
俺としてもお世話になった人達に挨拶をしておきたいところだが、「同じ時期に2人が挨拶にまわるのは不審に思われるかもしれない」と、ラウゼス様から指摘されたからやらないことに。
それで追加として、「旅人のラウゼス様達から刺激を受けて、旅に出たい気持ちで一杯になり挨拶を忘れていた」という設定も加えておこうということになった。
……みんなに恩知らずなバカ息子というレッテルを貼られてしまう気がしてならないが、仕方ない。時間を見つけて少しずつお世話になった人達に旅の途中で見つけたという設定で贈り物でも贈ろうかな。
◎柚月 14日
今日は午前中に侍女としての姿になる練習をした。
練習の後、クラート様達から「連日頑張ってくれているから疲れているだろう。身体を壊してはいけないから今日の午後から明日いっぱい、しっかり身体を休めなさい」と言われた。
というわけで午後からは気分転換がてら、隣街へ冒険者ギルドの仮登録を取り消してもらったり、王都へ行く前に必要なものを買い揃えに行った。
買い物中にふと、王都へ行ったらしばらく家族と会えなくなってしまうということに気付き、感謝の気持ちを込めて家族にプレゼントを贈ることにした。
親父には使いやすくて切れ味の良い包丁を、母さんには上品なデザインが施されていて様々な場面で使えそうなネックレスを、兄貴には帳簿をつけるときに使える書き心地の良い万年筆とインクを買った。16日に渡そう。
◎柚月 15日
王都へ行くための荷造りをした。
その後は長年使っていた自分の部屋を掃除した。懐かしいものが見つかったりして途中、掃除の手が止まったりしたがなんとか終わらせた。
終わってから改めて部屋を見ると「あぁ、俺はもうすぐここを出て行くのか……」と少し寂しい気持ちになった。
◎柚月 16日
今日はクラート様達と一緒に、セフィーネ様の侍女になるにあたっての最終確認をした。
夕食後、この前買ったプレゼントを家族に渡した。みんな喜んでくれて良かった。
渡した後、家族でいろんな思い出話をした。嬉しかったこと、楽しかったこともあれば、心配や迷惑をかけたこともあった。本当にいろんな事があった。
家族っていいなって改めて実感した。
さてと、今日で日記を書くのは最後だ。少し寂しい気もする。
一時的に書けていない時期もあったが、そのまま書くのをやめてしまうことなくよく今日まで書き続けられたなぁ。
これで日記は終わるがもし、向こうで書く時間があったらまた日記を書いてみようかな。
最後まで読んで下さりありがとうございます!