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3.秋~冬――受付嬢から変態君に !?

茜月(あかねづき)18日


 久しぶりの日記。今年は珍しく木枯らし1号が吹いたあと、気温が下がり始めたと思ったら再び楓月(かえでづき)中旬まで暖かい日が続き、下旬になってから本格的に気温が下がり始めたから、例年より紅葉の時期が遅れて昨日まで紅葉を見に来るお客さんで忙しかった。


 親父は怪我から1週間ちょっとで仕事に復帰した。本人は「これくらいのケガなんざもう治ってるって」と言って医者の指示より早く復帰したけど、あれから時間があればなるべく厨房を手伝うようにしている。




◎茜月 19日


 今日、リリシアとして買い出しに行ったら近所のマーシャおばさんに会った。

 「リリシアちゃんが来てからお宿は右肩上がりじゃない?」と聞かれた。

 とりあえず「そういうのはちょっと分からないので」と言って帰って来たが……実際のところどうなんだろう?




◎茜月 20日


 昨日マーシャおばさんに聞かれた、俺がリリシアとして働き始めてから売り上げは良くなっているのか、を母さんに聞いてみた。

 そしたら「ちょっとだけ売り上げは伸びたけど……」と言われた。

 ……もっと頑張らないとな。




◎茜月 21日


 今日は予約していた旅人3人組が泊まりに来た。2人は30代半ばの男の人で、1人は20歳になるかどうかぐらいの男の人だ。

 言葉遣いがすごく上品だったから貴族かな? 所々に高そうなものを身につけているし。年上の2人が若い人を護衛しているような感じかな?

 そんな人達がどうしてこんな辺鄙(へんぴ)なところにある宿屋へ予約してまで来たんだろう? 隣街にはうちの宿屋より大きい宿屋があるが……ちょっと不思議だ。




◎茜月 22日


 昨日の3人は昼から村の中を歩き回ったり買い物をしただけみたいだ。

 タインズさんのように気軽に話を聞きたいけど、ただの旅人じゃなさそうだからやめておこう。何かあった時、恐いしな。




◎茜月 23日


 今日は3人ともほとんど部屋にいた。

 時々フロントに置いてあるパンフレットや地図を見に来たりしていたから、これからどこに行くかの相談でもしているのかな?

 俺も混ぜてもらいたいなぁ、なんて気持ちがあるが、身分が違うだろうから無理だな……。




◎茜月 24日


 今日は初雪。これから雪かきをしなきゃいけないと思うとイヤだなぁ……。

 そういえばあの3人、雪を見て驚いていたな。雪を見るのは初めてなのか?

 明日の朝になったらもっと驚くだろうな。




◎茜月 25日


 予想通り、積もった雪を見て3人とも驚いていた。

 3人のうち、年上の低音の良く響く声の人が雪道用の靴を買いに行き、雪まみれになって帰って来た。所々、泥もついていたから転んだらしい。仲間の2人もそれに気付いて笑っていた。

 和やかな空気を壊さないようにそっと雪まみれの人に「お洋服のお洗濯をいたしますよ」と声をかけたら、何故か若い人だけ驚いた顔をしていた。そんなに意外だったかな?




◎茜月 26日


 今日、3人の外出の手続きをしていたら「君は何か武術などの訓練をしているのかい?」と若い人に聞かれた。

 一瞬、俺が男だとバレたかと思ったがそうじゃなく、昨日「お洗濯しますよ」と声を掛ける為に俺がそっと近づいていたことに、声を掛けるまで気付かなかったからだそうだ。

 確かに和やかな空気を壊さないよう、タインズさんに教わった隠密(おんみつ)向きの動きでそっと近づいたが……。たったそれだけで分かるなんてすごいな。

 とりあえず「以前泊まられた冒険者の方に少しだけ教えていただいたことがあります」と答えておいた。




◎茜月 27日


 今日は夕食後、3人のうち背が1番高い年上の人から「武術に興味はあるかい?」と聞かれた。興味があると答えたらなんと教えてくれることに! よっしゃーっ!

 でも仕事があるから親父と母さんに許可をもらわなきゃいけない。

 早速、聞いてみたら「この時期はそんなにお客さんは来ないからいいよ」と言ってくれた! ありがとう、親父、母さん!

 ということで、明日から武術を教えてもらえることになった! あぁ、早く明日にならないかなぁ。




◎茜月 28日


 今日は体術の基礎基本を教えてもらった。教えてくれたのは、年上の背が1番高いクラートさんだ。

 教えてもらってる時、「女の子にしては飲み込みが早くて良いね」と言われ、一瞬ヒヤリとした。

 明日から怪しまれない程度に下手くそなふりをした方がいいかもしれない……。


 そういえば自己紹介をしたら「やっぱり」と言われた。リリシアってそんなに有名になってるのか?

 そうだ、忘れないように他の2人の名前も書いておこう。年上で低音の良く響く声の人がラウゼスさん。綺麗な顔立ちをしている若い人がセルムさん、と。




◎茜月 29日


 今日は剣術の基礎基本を教えてもらった。タインズさんに教えてもらったこと以外はほとんど独学でやってたから、すっごく勉強になった。

 だだ、クラートさんに「おもしろい剣筋をしているね」と言われてしまったのがちょっと恥ずかしい……。




◎茜月 30日


 今日はクラートさんを相手に模擬戦をした。今まで対人戦はしたことが無かったからすごく良い経験になった。

 練習の後、明日から数日行くところがあるから練習できないと言われた。

 残念だけど、3人は何か目的があって旅をしているんだろうから仕方ない。




柚月(ゆずつき) 1日


 今日は仕事をしたが、本当に暇だった。暇だったからエルクとして村のお年寄りの家の周りの雪かきをしてきた。

 雪かきをした後、時間があったからちょっと森へ行ってみた。

 森へ行くと3人分の足跡があった。もしかしてあの3人か? と思って少し辿(たど)ってみたが誰にも合わなかった。当たり前だけど、ちょっと残念。




◎柚月 2日


 今日も暇だったからお年寄りの家の雪かきと宿の掃除をした。

 その後は教えてもらった体術と剣術のことをひたすら復習したり、クラートさんをイメージして対人戦の練習もどきをしてみた。




◎柚月 3日


 クラートさんが汗だくになりながらセルムさんを背負って戻ってきた。

 旅の途中でセルムさんが高熱を発してしまったから、先にクラートさんがセルムさんを背負って戻ってきたようだ。ラウゼスさんは後から来るそうだ。

 セルムさんをベッドへ寝かせると今度はクラートさんが高熱で倒れた。村の医者を呼ぼうとしたが、クラートさんが「薬を持っておりますので大丈夫です」と言って(かたく)なに断るから呼ばないことになった。

 とりあえず2人を同じ部屋のベッドへ寝かせ、たいして仕事(やること)の少ないの俺が看病することになった。




◎柚月 4日


 昨日の夜中、2人とも熱がまだ高めだったからタオルを冷やしなおすために何度か起きたりした。だから疲れてるのかな……。

 今日、看病してたらセルムさんが女の子に見えてきた。念のため熱を測ったが平熱。眠たいわけでもないし……もしかして本当に女の子……? いや、でもあのベッドに寝かせたのはセルムさんだし……。

 やっぱり気付かないうちに疲れが溜まってきてるのかな?




◎柚月 5日


 やっと落ち着いた……。まだ、頭が混乱しているから日記に書いて整理しよう。まずは何があったか。


 夜、クラートさん達のいる部屋を出ようとした時、突然部屋の窓ガラスが割れた。しかもその割れた窓から人が入ってきた!

 とっさに俺は近くにあった氷水の入ったバケツを思いっきり侵入者に投げつけた。しかし侵入者は出ていこうとしない。

 だから今度はクローゼットから木製ハンガーを取りだして数本投げつけた。そしてお客さん用のバスローブを投げて視界を奪った隙に足を引っ掛けて転ばし、侵入者の首の辺りめがけて最後のハンガーを思いっきり叩きつけた。侵入者は伸びて動かなくなった。


 クラートさん達に被害がなくて良かったとホッとしたのも束の間、突然背後から「見事だ」と声がした。

 驚き振り返ると、そこには俺に剣先を突きつけるクラートさんの姿があった。一体どうしてこんなことになっているのか分からずにいると、「君は一体何者なんだね? “変態君”」と言われた。そこでようやく理解した。

 何故、俺が変態君と言われたのか――それは俺が(エルク)の姿でリリシアの服を着ていたからだ。侵入者にハンガーを投げつけていた時に幻魔石がハンガーに引っ掛かって取れてしまったらしい。

 で、いくら侵入者を()したとしても、見知らぬ女装した男を簡単に信用できるわけがない。

 この状況でどうやって信用してもらおうかと必死に考えていると、親父と兄貴がそれぞれフライパンと(ほうき)を手にして現れた。

 2人が来てくれたお陰で俺が怪しい者ではないことは証明できた。

 しかし変態君疑惑がまだ解決してない。「君はその……女装をする趣味があるのかい……?」と遠慮がちに聞かれた時、「そうです」と幻魔石のことを隠すために言わなければと思う自分と、「この先ずっと変態君というレッテルを貼られたままなのは絶対にイヤだ!」と思う自分が対立して何も言えなくなってしまった。


 そこへ母さんがやって来て、あっさりと俺が幻魔石を使いリリシアとして働いていたことを言ってしまった! 母さん、何考えてんの !? 俺、国に幻魔石の使用を認められてないでしょっ! とツッコミたくなった。

 案の定、クラートさんに「証明書を見せてください」と言われてしまった。どうするんだろうと思いながら母さんを見ていると、母さんは1枚の紙を取り出した。

 それを見たクラートさんは納得した様子で頷いていた。……マジで俺、国に幻魔石の使用を認められていたらしい。


 後で母さんに聞いたら、俺が冒険者になった時にきっと役に立つだろうと思って俺に言わずに手続きをしていたらしい。

 確か幻魔石の使用を国に認められる為には試験があって、その試験の内容はほとんど明かされていないんだよな。分かっているのは使用者の人柄を見るために本人に内緒で一定期間生活を監視されるというものだったが……。

 俺の知らないところでそんなことをされていたと思うと、試験期間中に変なことをしてなかったか不安になってきた。まぁ、無事に認められているから大丈夫なんだろうけど……今更ながらメチャクチャ恥ずかしく感じてきた。


 話を戻そう。


 クラートさんを納得させた後、クラートさん達に違う部屋へ移動してもらったり、侵入者を縛って村の自警団の人に引き渡したりした。そして割れた窓に板を打ち付けて塞ぎ、日記を書くに至っている。


 それにしてもクラートさん、まだ本調子じゃないハズなのにそれを感じさせない身動きが出来るなんてすごいなぁ。

 ……あ、しまった! 変態君じゃないですって言うタイミングを逃してた。どうしよう。

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