2.夏~秋――宿屋の従業員から受付嬢に?
◎穂月 16日
青葉月6日からずっと忙しかったから、疲れすぎて日記を書く気力が無かった! 何が起きていたかというと――。
青葉月は、ハイキング目的のお客さんが多くて部屋がほぼ満室になり、夜遅くまで厨房の片付けを手伝っていた。
水月は、雨が酷くて雨漏りするわ、急な豪雨で予約外のお客さんが来て「あれが足り無いから買って来い」ってよくパシられたりして忙しかった。
海月~風月は主に避暑しに来るお客さんでほぼ満室。でもほとんどの人が日中に村の近くの湖へ涼みに行って夏期限定の出店で昼食を済ませてくれたり、夜は湖を見ながら近くの飲食店で食事を済ませて帰ってきてくれてたから、朝食の準備以外はそんなに忙しくはなかった。
夜の湖の何がいいのか知らないでいたら、母さんが「飲食店の従業員の人達が湖面にいくつもの虹色に光る魔道具を浮かべて幻想的な景色を作り出しているみたい。その幻想的な景色を見ながら食事をするのが大好評らしいよ」と教えてくれた。
で、朝食の準備以外で何が忙しかったのかというと、外の仕事だ。
外の仕事は、畑を荒らす野生動物を追い払ったり魔物の退治、草取りなどだ。
少し冒険者っぽいことができたのは良かったが、暑い日差しの中でやってたからもう、大変大変。
穂月中旬になってようやく落ち着いてきたってところだ。忙しかったがそのお陰か、受付と厨房の仕事はだいぶ出来るようになったと思う。
◎穂月 17日
仕事が終わってから、母さんがいきなり「女になりなさい!」とムチャぶりしてきた!
理由は「受付は笑顔第一! 笑顔は男より若い女の子の方がいい!」ということらしい。そうかもしれないが今さら性別を変えれる訳がない。
……これ以上、変なことを考えないでくれよ、母さん。
◎穂月 18日
今朝、母さんからいきなり女物の服を渡された。しかも問答無用で化粧もされ、強制的に着替えることに。ちゃっかりカツラまで用意してあるし……こんなもの、いつの間に買ってたんだ?
着替えを終えて鏡を見る。鏡を見てまず最初に思ったのが化粧の恐ろしさだ。俺の顔が特別中性的だったわけでもないのに、こんなにも女に化けるとは……。
顔と服装はすっかり女だが、体格が全然女らしく無い。……正直、気持ち悪い。
母さんも「これは……」ということで即、顔を洗い直していつも通りの格好で仕事をした。これで諦めてくれるといいんだけど……。
◎穂月 19日
今日は普通に仕事をした。
母さんから女装関係の話はなかったから諦めてくれたのかな? まぁ、あれだけ違和感があったんだから諦めてくれただろう。
でも、仕事終わりに「明後日からは気持ちを新たに仕事をするのよ」と言われたのが謎だ。その日に何か特別なことがある訳でもないし……。
あ、そういえば明後日でちょうど仕事を手伝い始めて半年になるからそういう意味で言ってきたのかな?
◎穂月 20日
謎は解けた。それは母さんが「明日からこれで女の子になるのよ」と言いながら幻魔石を渡してきたからだ。一体どうして幻魔石を持っているのか聞いたら「ひ・み・つ♪」と意味深な笑みを浮かべながらそう答えるだけだった。
いや母さん、これは「ひ・み・つ♪」で済む話じゃないって。だって幻魔石っていったら悪用されないよう国に認められた人しか所持及び使用することが出来ないものだよ? 俺、絶対国に認められてないでしょ。バレたらどうすんの?
俺の心配をよそに仕事後、「特訓するよ!」と言って幻魔石を使って若い女の子の姿になる練習をさせられた。ってかなんで母さんが幻魔石を使えるんだ?
疑問に思いそのことを聞くと、母さんが「今夜中に完璧な“女の子”になれなかったら、明日から女装した格好で仕事してもらうわよ」とはぐらかすように脅してきた。それだけは全力で避けたいから、母さんに言われるがまま幻魔石を使って顔と体型を母さんの言う通りの女の子になる練習をした。
服は前、女装する時に用意されていた服を着た。女物の服はキツくて動きにくいし、いくら見た目が女の子の姿になるとはいえ男なのに女物の服を着なきゃいけないなんて嫌だな……。
だから幻魔石で服まで再現するのはダメかと母さんに聞いてみた。そしたら「服まで再現するのは大変だし、魔力を消費し過ぎて魔力切れになった時、正体がバレるのはイヤでしょ?」と言われ、仕方なく女物の服を着ることに。
そのあと、女らしい言葉遣いや、しぐさなどを徹底的に叩き込まれた。
明日からの仕事、憂鬱だな……。
◎穂月 21日
今日は女として仕事をした。
ちなみに名前はリリシア・ハイント。母さんの遠い親戚の娘で、宿屋の仕事を手伝いに来ているという設定だ。
仕事中、いつ男だとバレるかヒヤヒヤしていたが、なんとか無事に1日乗りきれた。
乗り切れたはいいが、母さんに「これなら大丈夫ね。明日以降も頼んだよ」と言われた。
……バレときゃよかったかな。でも、バレたら「幻魔石を使ってまで女装する趣味があったのか」って周りに言われるよな……。
はぁ……、憂鬱だ。
◎穂月 22日
今日は夫婦で泊まりに来た高齢(70代後半くらい)のおばあさんにやたら声をかけられた。
「キレイだねぇ」や「私にもこんな可愛い娘がいたらねぇ」とか何度か言われ、「お付き合いしている人はいるのかい?」なんて聞かれた。
いないと言ったら「なら、うちの息子はどうだい?」と言ってきた! いやいや、おばあさんの息子っていったら俺とかなりの歳の差があるでしょ! 下手したら俺の親父と付き合うみたいなもんでしょ?
とりあえず「仕事を頑張りたいので今はちょっと……」と言ってなんとか断った。
◎穂月 23日
今日から2日間、冒険者のタインズさんが泊まることになった。これはチャンス! 聞きたいことが聞けるぞ。
元の姿に戻る時間も惜しいからリリシアの姿のままで、タインズさんが夕食を済ませて休憩している時に聞いた。以下、メモ。
・冒険者ギルドには入っておいた方がいい
(困った時に力を貸してくれることがある)
・武器や防具を買うならカーサディム商会
・なるべく野宿はしない
・野宿をするなら背後をとられないようにする
・野生動物や魔物、野草を食べるなら正しい知識を!
・常に正しい情報を入手するよう心がける
・都合のいい話には特に注意する
・魔術を使うなら魔力切れと残りの体力に注意する
(ひどい倦怠感から動けなくなる危険がある為)
とりあえずこんな感じ。
冒険者について話を聞いていたら、明日も夕食後に教えてくれることに! よっしゃー!
◎穂月 24日
昨日と同じでリリシアのまま、今日はタインズさんが剣術について教えてくれた。
長剣と短剣の扱い方やメリット・デメリット、不意討ちする時に使える隠密向きの動き方などを分かりやすく丁寧に教えてもらった。
わざわざ俺のために時間を割いて教えてくれたタインズさんに、お礼として母さんがお茶うけ用に作っていたクッキーを渡した。そしたらめちゃくちゃ喜んでくれた。
◎穂月 25日
今日は焦った。何に焦ったかというと、タインズさんのお見送りの時の発言だ。
タインズさんは「この2日間、君と過ごした短い時間の中で、僕は君の冒険者になりたいという気持ちを抱きながらも宿屋の仕事を頑張っている姿に惹かれてしまった。どんなことがあろうと、僕が必ず君を守る。だから僕と一緒に冒険の旅に出よう!」と、突然俺に真剣な表情で言ってきた。つまり告白!
一瞬、冒険者になれる誘惑に負けそうになったけど、そもそも俺は男だからこのままだと同性愛になる! それは絶対にムリ!
でも正体をバラす訳にはいかないから、「冒険者になりたい気持ちはありますが、今はこの仕事にやりがいを感じているんです」と言ってお断りした。そしたらタインズさんは目に見えて落ち込んでしまった。
なんて声をかけたらいいのか分からず、とりあえず母さん仕込みの満面の笑みで「またいつでもいらしてください。今度は旅のお話も聞かせて下さいね。旅の無事を祈ってます!」と言ってタインズさんの手を握った。
そしたら「ありがとう! 必ずまた会いに来るよ」と言ってタインズさんが俺を強く抱きしめてきた! 反射的に突き飛ばしたくなったが、なんとか堪えた。
そのあと、タインズさんは落ち込んでいたのが嘘のように嬉しそうな表情で旅立っていった。
仕事が終わってから母さんに「リリシアって罪な人ねぇ~。好きでもない男の人を本気にさせるなんて」と言われた。
どうやらタインズさんは、俺がいないところで母さんに「こんな僕に興味を持ってくれたのは彼女が初めてなんです。もっと彼女と一緒にいたい」と言っていたらしい。
「そんなことになるなら男に戻るぞ」と言ったら「それはダメ~」と即答された。くそー。
◎穂月 26日
今日はリリシアとして買い出しに行った。
帰りに男3人組に声をかけられた。「近くにどこか泊まれるところはないか?」と聞かれたからうちの宿屋へ案内した。
仕事を終えて元の姿へ戻るために自分の部屋へ向かおうとしたら、男3人組の1人に「ちょっと話し相手になってくれ」と、声をかけられた。
男3人組の部屋に入ると濃い酒の臭いがした。相当飲んでいたらしい。部屋には酔いつぶれたのかイスに座ったまま寝ていたり、酔っぱらってそのままベッドへ倒れこんだような寝相をしている他の2人がいた。
で、声を掛けてきた男は俺の身体を遠慮なく見るなり突然、両肩を掴んできた。しかも強引に押し倒そうとしてきた!
これはヤバイと思い、俺はくしゃみを装って思いっきり相手の顔面に頭突きをした。男は一発ノックアウト。
そのあと、俺のせいだとバレないように酒の飲み過ぎで転んでしまったかのように物をセッティングしてから部屋を出た。
……本当に女だったら絶対ヤバかったな。
◎穂月 27日
昨夜の一件で今朝はちょっと騒がしかったが、無事に男3人組を送り出した。
ことの真相を母さんに言うと「ミリアちゃんじゃなくて本当によかったよ」とホッとしていた。
俺も同感だ。華奢なミリアさんじゃ、大変なことになってただろうな。
◎穂月 28日
今日は何事もなく平穏に終わった。平穏に終わったから書くことが無い……。
あ、一昨日思いっきり頭突きをしたからたんこぶが出来てた。触ると痛い。
そういえば明日、村の収穫祭があるな。……休み貰えないか交渉してみよ。
◎穂月 29日
今日は収穫祭。残念ながら休みはもらえなかった。くそー。
今年は親父が屋台を出した。屋台は結構賑わっていた。賑わっていたから手伝いに駆り出された。……何故かリリシアとして。
手伝っている時、何人かの男が話しかけてきた。軽く流していたけど、時たま告白的な内容が聞こえてきたな。リリシアって意外とモテるらしい……。リリシアになってからまだ1週間ちょっとしか経っていないのにな。
◎穂月 30日
リリシアがモテる理由がわかった。それは母さんが「リリシアはかわいいし、気が利くし、料理もできて本当にいい子だよ」なんて吹聴しまくっているかららしい。
母さん、俺がリリシアをやめたあと、どうなっても知らないよ?
◎楓月 1日
今日は風が強かった。そんな中、母さんになぜか丈の短いスカートをはいて買い出しに行けと言われた。
俺は必死にスカートを押さえながら買い出しに行くはめに。
……母さん、一体何を求めているんだ?
◎楓月 2日
今日は雨。たいしてやることがなくて暇だなー、と思っていたら数人の男どもがポツリポツリとやって来た。
話す内容はやはり告白的なことばかり。中には何故かエルクを誹謗中傷してくる輩もいた。
そういうヤツには遠慮なく「ムリ!」と言ってやりたかったが、母さんが「店の評判を落としたらただじゃおかないよ!」と目で無言の圧力をかけてきたからできなかった。くそっ……。
◎楓月 3日
一昨日、強い風(恐らく木枯らし1号?)が吹いてから気温が下がり始めてきた気がする。そろそろ紅葉を見に来るお客さんで忙しくなるかな? 村の近くの森は紅葉の名所として有名だし。
あ、その前に休み欲しいな。
◎楓月 4日
交渉してみたら休みを貰えた! それで今日は仕事が休み!
せっかくの休みだから家で存分にだらけようと思ったが、タインズさんの話を思いだし、隣街の冒険者ギルドに行って仮登録をしてきた。
あぁ、早く冒険者として活動したいなぁ。
◎楓月 5日
今朝、親父が階段からうっかり足を滑らせて落ちてしまった!
幸い、骨折はしてないが念のため2週間は安静にするようにと医者に言われたそうだ。
そういう訳で2週間、親父の指示のもと、調理を母さんと俺でやり、後片付けを俺と兄貴ですることになった。
後片付けの為に兄貴と厨房で2人っきりになると、兄貴がそわそわしだした。どうしたのか聞いたら「女の子と2人っきりってなんか緊張する」と言われた。
……明日から厨房で兄貴といる時だけ元の姿に戻ろう。
◎楓月 6日
厨房で片付けをしている時、兄貴と昔のことを話した。そういえば2人だけで話すのって久し振りだなぁ。
明日は予約の団体が来るから忙しくなりそうだ。親父がいなくても上手くまわせれるよう、頑張らないとな。
◎補足
《幻覚魔導石》
通称、幻魔石。幻視・幻聴・幻味・幻嗅などにより、存在しないものを存在しているように感じさせることができる魔道具。