1.春――宿屋の息子から宿屋の従業員へ
◎桜月 21日
今日から実家の宿屋の受付の仕事を手伝うことになった。
覚えることがたくさんあってうんざり。しかも母さんに「いきなり今日から日誌を書くようにとは言わないから、代わりに日記を書くように」と言われた。はぁ、めんどくさー。
つか、日記なんか書く意味ある?
◎桜月 22日
今日も昨日と同じ受付の仕事をした。疲れた。
◎桜月 23日
今日も昨日と同じ受付の――。
◎桜月 24日
今日も昨日と同じ――。
◎桜月 25日
今日も――。
◎桜月 26日
昨日と同じ――。
◎桜月 27日
受付の仕事をした。
◎桜月 28日
今日は母さんに日記の不意討ちチェックをされた。
しかも「なんでもいいから毎日最低3行は書きなさい」と言われた。めんどくさー。ってか勝手に読むなよ。
あー、明日から何書こう……。
◎桜月 29日
今日は午後からちょいちょい1人だけで受付の仕事をした。といっても、まだ母さんに最終確認をしてもらいながらだけど。
他に書くことが無いから自己紹介でも書こ。名前はエルク・フレルス。16歳。カレッシュ村という周りを緑に囲まれた小さな村に住んでいる。
お、これなら3行なんて楽勝だな。続きは明日にしよ。
◎桜月 30日
今日も昨日と同じ受付の仕事をした。営業スマイル、意外と疲れるな……。以下、自己紹介の続き。
現在、俺はカレッシュ村にある実家の小さな宿屋の受付を手伝っている。
そんな俺の将来の夢は騎士! ――と思っていたが、騎士になるには教養も必要らしい。今さら無理だと思い、騎士になる夢は諦めた。
◎青葉月 1日
仕事は昨日と一緒。以下、続き。
騎士は無理だから冒険者になって、魔物討伐とかいろんな依頼をこなしていきたい! と思って自己鍛練はしているけど……しばらく冒険者にはなれなさそうだ。
その妨害はもちろん、宿屋の手伝いをしているからだ。
そんなことを親父にグチったら「冒険者になりたいなら料理ができるようにならんとなぁ。よし、明日から厨房で早朝特訓だ!」と満面の笑みで言ってきやがった。はぁ……、夢がさらに遠くなった気がする。
◎青葉月 2日
今日は早朝特訓という名の料理の手伝いをさせられた。受付は昨日と一緒。以下、続き。
親父の早朝特訓、めんどくさいけど続けた方が良さそうだ。さすが厨房を担当しているだけあって、正しい食材の知識と調理法についての説明が次から次へと出てくる。この知識を身に付けていれば旅に出た時、余程の事がない限り野垂れ死ぬことは無いだろう。
それにしても親父、見た目は熊みたいにゴツいのによくあんな細かい作業ができるな。ちょっと尊敬するよ。
◎青葉月 3日
今日も朝は料理の手伝い。受付は簡単な手続きなら1人でも任されるようになった。以下、続き。
冒険者になりたい俺が何故、実家の宿屋を手伝っているのか。それは今まで働いていたミリアさんに赤ちゃんができたからだ。
ミリアさんはすごくいい人だから「臨月までお仕事やります」と言ってくれたけど、もしものことがあってからでは遅い。だから俺がミリアさんの代わりに入ることになった。
◎青葉月 4日
仕事内容は昨日と同じ。以下、続き。
従業員全員――というか俺達家族全員「無事に元気な赤ちゃんを産んでもらいたい」ということで一致して、ミリアさんには産休に入ってもらったが……。
宿屋の手伝いをすることが決まった時、一瞬、一生実家で働かなきゃいけないんじゃないかと不安になった。
◎青葉月 5日
仕事は昨日と一緒。ただ、明日から忙しくなりそうだ。うへぇ……。以下、続き。
俺には兄貴がいる。宿屋は兄貴が継ぐから、俺の代わりに誰かが入ってくれれば俺は自由の身だ。
実は宿屋を兄貴だけに押しつけてしまうことに、申し訳なく思っていた。
でも、兄貴が「宿屋のことは気にするな。俺は宿屋を継ぎたくて継ぐんだから、お前はお前のやりたいことをやればいい」と言って背中を押してくれた。その言葉を聞いた時、スッゲー嬉しかった。