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八話 迷宮不可避

 カース少年の修行が始まって半年。街へ移住する事になった。修行は半端も良いところであるが、フェイ嬢に負け続けて疲れてしまったらしい。


「このカース、やると決めた事は何がなんでもやる……! やるが……! やる気が無くなったらやめる……! それが自由であるという事……!」


 とは彼の言である。

 最後の一ヶ月は手も足も出ていなかった。模擬戦で負け続け、オセロット氏との修行も代わり映えのしないメニューが続き、確実に成長はしているが目に見える成果が出ていない。元々刹那的で飽きやすいカース少年なのだから、むしろ半年続いたのを褒めるべきだろう。


 移住先は最も近く、近隣で最も大きな迷宮都市、ニャルトニャ。カース少年はいよいよ冒険者としての一歩を踏み出す事になる。私としても望むところである。カース少年が動かなければ、行商人の馬車に密航しようかと思っていたところだ。

 ニャルトニャには知神がいる。なんとか助けになってくれないか訪ねてみるのは一つの手であるし、それが空振りに終わればそのまま迷宮に潜れば良い。ひとまずカース少年に寄生して様子を伺いつつ、有望な冒険者がいればそちらに媚びを売って乗り換え、無害なマスコットを装い迷宮最奥にたどり着いた時に報酬を横取りする。これがベストだろう。

 手段を選んではいられない。カース少年以上に私は寿命が短い。既に肉体的にはピークに達しているのを感じる。後は転がり落ちるのみ。人間を踏み台にして踏みとどまれるなら、もちろんそうする。


 即断即決、カース少年は修行を切り上げると決めたその日の内に身支度を始めた。ちょうど行商人が来ていて、翌日に出発するのは都合が良かった。

 布袋に少ない荷物を詰め込んでいくカース少年に、村から戻ってきたオセロット氏が声をかけた。


「一応君が村を出る事は村長に伝えたが……相変わらず嫌われているな」

「大丈夫です。俺もあのクソ爺は嫌いです」


 そう言いながら、カース少年は水竜の胃石を袋に大切に入れた。

 ふとした拍子に目利き技能もあるオセロット氏にフェイ少年から貰い受けた赤い石の正体と価値を教えられてから、カース少年はますますこの石を大切にするようになった。彼にしては珍しく、売るつもりはまったく無いらしい。


 この赤い胃石は水竜の血中に溶けている発熱魔法物質ムスペリウムが胃壁から染み出し、胃石に付着、コーティングされた物。水竜はこれによって体温を上げ、胃や腸内の細菌の働きを良くし、体調を維持している。触るとほのかに暖かい。大量の胃石から表面のムスペリウム層を削り取って集め、精製し、結晶にすれば高熱を発する道具の素材になる。

 が、一つだけではちょっとした暖房器具程度にしか使えない。それでも人間はけっこうな値をつけているようだが。

 人間は工業的に魔法物質を精製できない。それ故に珍重するのは理解できるが、哀れみすら感じる技術の低さである。


「それと、これは返そう」

「なんですこれ」


 カース少年は金貨を数枚握らされて戸惑った。


「修行が途中だからな。最後まで見きれなかった分の返金だ」

「ああなるほど。ではありがたく」


 特に遠慮する事もなく、金貨をポケットに突っ込んだ。金にがめつい割に扱いが雑である。

 その晩遅くまで、カース少年は木の実をツマミにとっておきの酒を開け、オセロット氏と語り合った。刹那的に生きているカース少年と、夢を追いかけて迷宮に潜り続けていたオセロット氏は話が合う。語っても語っても話題は尽きなかった。

 村に来た当初よそ者扱いだったオセロット氏は、クレイジーサイコ転生者を手懐けた事で評価が上がり、引き続き村に受け入れられる事になっていた。カース少年から狩りと森の歩き方も教えられており、狩人見習い兼非常勤用心棒、といった立ち位置になるそうだ。オセロット氏がこの先どうなろうと私の神生に影響する事はなさそうだが、彼にはよく菓子や果物を分けて貰った恩がある。せいぜい幸せに暮らしてもらいたい。


 翌朝、カース少年を見送りに四人の人間が村の入口に集まった。私は定位置の肩の上だ。行商人が馬に馬具をつけている間に別れを済ませる。


「短い付き合いだったな」

「でも楽しかったです。ありがとうございました」

「こちらこそ」


 オセロット氏とカース少年は堅く握手を交わして離れた。アッサリしたものだ。まあ交わすべき言葉は昨晩の内に済ませている。こんなものだろう。

 次に前に出たのはフェイ嬢だ。


「本当に行くのか?」

「嘘な訳ないだろ、ここまで来て」

「いや、カースだし。やっぱやめたとか言いそうでさぁ」

「確かに」


 カース少年は深く頷いていた。ここで納得するのが彼らしい。


「どれぐらいで帰ってくるんだ?」

「帰る予定は無いな。向こうに住むつもりだ」

「本当かよ……三、四年前も『俺エルフになる。森で生きるからもう帰らない』とか言って森に入ってった事あったよな」

「あったな」

「一ヶ月で戻ってきたよな」

「森の冬は寒いんだ」


 フェイ嬢は「コイツ冬になったら帰ってくるんじゃないか」という顔をしていたが、がばりと豪快にハグして背中を叩き、後ろに下がった。

 交代にアルト少年が前に出て、柔らかな微笑みを浮かべながら焦げ茶色の革製肩掛けカバンを渡した。


「お薬と、干し芋と、ハンカチ、入れてあるから。街に行って、良かったら、使って。それからラティに」


 聖者アルト少年は干しぶどう一粒と、干しぶどうの甘い匂いがする小さな首にかける袋を私にくれた。ありがたい、ありがたい。私の体脂肪の半分は彼が作ったと言っても過言ではない。

 私の体毛を優しく撫で、奥ゆかしく微笑んでいるアルト少年の顎を、カース少年は少し考えた後がっしり掴んだ。

 ああ、またいつもの奇行が始まった。大天使の顎が握りつぶされないかとハラハラする。

 ……ハラハラするだけだが。止めようとして私が握りつぶされるのは御免こうむる。


「アルト」

「何?」

「泣け」

「え」

「泣ける時に泣いとけ。その内泣きたくても泣けない時が来る」

「……でも。大人は泣かないものだって、村長が」

「あんなクズ野郎の言う事は聞くな。俺はアルトの泣いてぐっしゃぐしゃになった顔が見たい。ほら泣け、それとも泣かされたいか?」


 カース少年の言い草にアルト少年は笑い、笑って、その笑顔が段々崩れ、ぼろぼろ涙をこぼし始めた。


「ずっと、一緒だったのに……!」

「俺がいなくても頼りになり過ぎる嫁がいるだろ。ほら」


 カース少年は座り込んでしまったアルト少年の頭をくしゃっと撫で、フェイ嬢に任せた。

 奇行ではなかった。こういった気遣いを普段からしていればさぞモテるのだろうと思うが、全て分かった上で馬鹿ばかりやってこそのカース少年である。早死しそうだ。色々な意味で。


 フェイ嬢にアルト少年が慰められている間に、最後の一人との別れである。気後れした様子で咳払いをして前に出たのは……誰だこの男は。


「街へ行くそうだな。勘当はしたが、この話はしておくべきだと思ってな」


 どうやらカース少年の父らしい。

 そう思って見れば面影が……無い。ある訳が無かった。金髪碧眼でほっそりしたカース少年に対し、カース父は紫髪黒目のガチムチ。何もかもが似ていない。

 カース父は酷く深刻そうに、ゆっくりと語り始めた。


「実は……ずっと隠していた事がある。母はお前を産んだ時に逝ってしまったと言っていたが、本当は」

「親父の子供じゃないって事と多分普通の生まれ方してないって事は分かってるけどそれ以外何かある?」

「」


 そして語り終わった。

 まあ、こうなるだろう。

 カース少年は固まっているカース父にさらりと言った。


「なんだ無いのか。ヘソ無いし、家に母親がいた形跡も噂も全く無いし、わざわざ改めて言われなくても少し考えれば分かる。本当の親には興味無いし自分が何者かもどうでもいい。親父は気にし過ぎだ」

「そ、そうか……そうか?」


 カース父は困惑していた。

 私は子供を持ったことが無い。故にカース父の気持ちは分からないが、カース少年が奇妙な感性をしている事ぐらいは分かる。歪んでいると言ってもいい。比較的凄惨な前世だったようなので、それの影響が大きいのは間違いないが、その因縁を引きずっていると言うべきか、因縁を振り切って行き過ぎたと言うべきか。

 まあどちらでも良い。私はメンタルセラピストでは無いし、仮にそうだったとしてもカース少年をケアするつもりは無い。私は自分の事で精一杯なのだ。カース少年の心を癒す余裕があれば私事に費やす。

 ただ、魔神に戻った暁には……カース少年に借りを返すのはやぶさかではない。借りだと思ってもいなさそうだが。


 取らぬ鼠の皮算用をしている間に、行商人の準備とカース少年の別れは終わったようだった。カース少年が荷台の端に腰かけると、行商人が馬の首元を叩いて馬車を出す。

 カース少年が手を振ると、見送りの三人も手を振った。私も前脚を振り、思い出深い村に別れを告げる。


 さあいざ行かん、迷宮都市ニャルトニャ。

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