7話 天才
「オセロットさん! 俺にも剣教えてくれ!」
師匠が俺の家に泊まるようになってから数日後、フェイが師匠に土下座した。俺が汗だくで素振りをしているのを見て自分もやりたくなったらしい。見ていてやりたくなる訓練風景ではなかったと思うんだが。
フェイとアルトはつい先日成人し、同時に結婚した。流石に成人すると二人共服装に問題があったようで、フェイは似合わないスカート、アルトはズボンに変わっている。フェイは男勝りな山賊女という感じで、アルトはボーイッシュな少女といった印象だ。世の中間違っている。
もっとも、結婚はしても性格は全然変わっていない。
「ふむ。それは構わないが、カースが金を出している以上、フェイ君にも同じ程度の対価を貰わなければ教えられない。不公平になるからな。君は結婚したばかりだろう? 何かと金も時間もかかるはずだ。もう少し落ち着くまで待っておく事をすすめる」
「えー!? 俺は今やりたいんだよ! なーなー、いくら払えば教えてくれるんだ!? 払うから! すぐ払うから!」
「……悪いところが似たな」
「元からだと思いますが」
フェイは困り顔のアルトにいくらまで出せるか聞いている。結婚してもいきなり大人にはならないな。まだ子供だ。
二人は成人した時に羊数頭と土地を分けられている。授業料を出せるか出せないかで言えばだせるだろうが、俺が師匠に支払ったのは自分の土地と引換えに買った銀時計だ。同じだけ払おうとしたら二人も土地を手放さなければならないだろう。そんな事をしたら二人も村の外で石像に囲まれて暮らすハメになる。
俺は別に好きにすれば良いと思ったが、良心的な師匠のありがたいお説教をもらい、フェイは渋々新生活が安定するまで待つ事を約束していた。
不満そうなフェイに、俺は優しく声をかけた。
「フェイ」
「……なんだよ」
「そろそろ一人称は『私』に変えとけ。このまましわくちゃのばーさんになっても『俺』だったら誰も得しないぞ」
「カースの馬鹿ヤロー!」
フェイは俺の頬を殴り飛ばして走り去った。平手ではなくグーで来るのが流石だ。
「カース、今のはひどい。めっ」
アルトも俺に可愛らしく怒った後、フェイを追いかけていった。師匠が非難がましく言った。
「君はもう少し人の気持ちを考えた方がいい」
「フェイの気持ちは修行ができずガッカリ五割、悲しさ三割、怒り二割程度。慰めるか励ますかが適切な対応だったでしょう。「フェイが落ち着くまで俺も修行せず待っているから、一緒に始めよう」とでも言えば、フェイの性格からして自分のせいで俺に我慢をさせる事に申し訳なさを感じて「いいよ、カースは先に始めろよ」と返して気持ちは収まったでしょう。アレで根は良い子ですから。無意識に優しい言葉を期待していたところに、スカートを履くようになり、アルトと新婚生活を始め女性としての自覚が出始めた心を砕くような無遠慮な言葉をかけられて怒った、といったところですね」
「……そこまで分かっていて言ったのか。タチが悪いな」
言葉を選んで優しく気遣っているとそれが当然と思うようになって、こいつは何をしても自分に優しくする、と付け上がり傲慢に命令するようになるからな。イジメられっ子を慰めて助けてやると、いつの間にか俺がそいつに虐められる様になるのだ。優しい言葉の分だけ罵倒が返るのは心にくる。本当に、前世は周りにクズしかいなかった。
今世では言いたい事を言いたいように言って生きていくと決めている。
さて、そんな事より修行だ。
師匠によれば、迷宮は種類によって出てくる魔獣や構造が全然違うので、その辺りについて中途半端に教えると逆効果になるそうだ。生兵法は怪我の元、というヤツだろう。
よって、修行内容は基礎能力の向上と、対応力を上げる事に終始する。様々な地形での走り込み、素振り、模擬戦。そして壊力と神速の習得訓練。
模擬戦ではひたすら色々な武器の攻撃を捌く。師匠は一番得意な獲物は片手剣だが、鞭も投石も槍もハンマーも体術も十分使える。とにかく色々な攻撃を経験しておき、実戦での予想外の攻撃で固まるのを防ぐためだという。片手剣同士の模擬戦ばかりをしていたら、太刀や大剣、ナイフぐらいなら対応範囲かも知れないが、例えば鞭との戦い方については無知なままだ。魔獣がお行儀よく規格統一された剣で斬りかかってくるならそれでいいが、そうもいかない。
俺も師匠ばりのウエポンマスターを目指したいところだが、一つずつ鍛えていくのが良いと言われ、適正が高い片手剣からにしている。威力、取り回しの良さ、射程、値段などの問題で、迷宮の近接戦では一番よく使われているという。確かにあれこれ手を出して全て片手落ちに終わるより、一つずつ確実に習熟させていった方が良さそうだ。
壊力と神速……要するに火事場の馬鹿力と走馬灯現象の訓練だが、割と命懸けだった。
「火事」場の馬鹿力というだけあって、火事や地震で柱の下敷きになって、普通ならとても重いものを動かさないと命が危ない! という時になると、脳のリミッターが外れて100%中の100%を発揮できるようになる。
走馬灯現象も同じで、高いところから落下するとか、刃が自分の首に飛んでくるとか、一瞬の判断が生死を分けるような時に世界がゆっくりに見える。
詳しい原理までは覚えていないが、要するに命の危機を脱するための反応な訳だ。
習得の訓練も命賭けになる。
ある時は、川沿いで走り込みをしていていきなり滝壺に突き落とされた。
俺は頭から水に突っ込んでいき、冷静に水底に手をついて頭を打たないようにして、普通に岸に這い上がった。岸で待っていた師匠が聞いてくる。
「どうだ、何か掴んだか」
「駄目ですね。驚いただけです」
「ふむ」
残念だが、これは特に意味もなくやった事がある。危機感はまるで無く、神速に目覚める事も無かった。
そもそも死にそうになって恐怖を覚える事自体あまりない。怖いといえば怖いが、近所の犬にめちゃくちゃに吠えられたぐらいの怖さだ。それで走馬灯現象が起きたら寝ても覚めても神速状態だろう。
またある時は、師匠が投げた大岩の下敷きにされた。全身が潰れるギリギリの重さで圧迫され、死にはしなくても苦しいものは苦しい。死に物狂いで岩を押しのけようとしたが、どうにもならなかった。しばらくもがいた後、壊力の兆候が無いのを見て取った師匠に岩をどかしてもらい、解放される。ああ、空気が美味い。
「これも駄目か」
「げほ……指輪のせいでしょうか。死なない安心感があるのは大きいと思うんですが」
「いや、むしろカース自身に問題があるように思える。かなり過激で効果的な事をしているからな、習得の兆候ぐらいはあってもおかしくないんだが。死の恐怖に耐えているというより、死への恐れそのものが無いように見える。少し普通ではないな。昔何かあったのか?」
「前世でヤン、ツン、クーの三拍子揃った彼女に滅多刺しにされて死にました」
ヤンデレ+ツンデレ+クーデレからデレを抜いた奴だった。今思えば、あの頃の俺は彼氏というよりも飼い犬だった気がする。
「前世……転生者だったのか。通りで大人びている訳だ」
「驚かないんですね。転生者ってけっこういたりするんですか」
「転生者は珍しいが、少し探せば一人二人は見つかる。気にするほどの事でもない」
言われるまでも無く気にしていない。
「恐らく前世の強烈な死によって感覚が麻痺しているのだろう。冒険者になるならそれが良い方向に働く事は多いが……壊力、神速の習得には足かせになるな」
「なんとかなりませんか」
「なる。手っ取り早くは覚えられないようだが、時間をかければどうにでもなる」
そう言って、師匠は俺に酒を飲ませるようになった。アルコールが回ってリラックスし、理性が緩んだ状態でイメージトレーニングをしていると、才能があればその内できるようになるらしい。
イメージするのは常に最強の自分。
死ぬほど味わった熊のような剛力。
危険を嗅ぎつけると物凄い勢いで逃げていくラティの素早さ。
俺は熊だ。強くて当然だ。大木も素手でなぎ倒せる。しかし鼠でもある。矢の雨をくぐり抜け、弾丸を見切る。強くて速い、俺TSUEEEEE!
しかし、所詮はイメージ。ちょっと妄想したぐらいで脳のリミッターを外せるほど俺は幸せな脳みそをしていない。なかなか習得の兆しは見えてこなかった。
現実と空想の区別がつかない頭のおかしい野郎ならすぐにイメトレの成果が出るのかも知れないが、普通の人間のイメージ力はそんなに強固ではないのだ。
「カース! 壊力嵐迅覚えたぞ!」
「なんだって?」
師匠に弟子入りして一ヶ月、漠然と訓練の成果が出てきた頃。アルトをお供に朝食中に乱入してきたフェイがワケの分からん事を言い腐った。
「師匠?」
「いや、教えていないが」
「ですよね。フェイ、もっと上手い嘘にしろ」
「嘘じゃねーよ! カースが滝から落とされたり岩に潰されたりしたって言っただろ? 真似したらできた。ほらほら」
「!?」
フェイは家の入口にある「すふぃんくす像」を片手で持ち上げて見せた。十五の女の細腕が自分と同じぐらいある石像を持ち上げているのはちょっとしたホラーですらある。こいつマジか。
滝壺と岩潰の話をしたのは五日前。師匠が十数年かけて習得できなかったヒト族の奥義を五日で覚えやがった。
師匠の魂が抜けているので、代わりに囲炉裏で燃える火のついた木の切れ端を投げた。フェイはすふぃんくす像を持ったままもう片方の手で壁にかかっていたナイフを素早く取り、流れるような動きで火と木を真っ二つにした。確かに同時に使いこなしている。
わあ……すごーい……俺の努力は一体……
「なんだよいきなり! 俺が……ワタシが何かしたか!?」
「フェイはすごいなあ。ぼくにはとてもまねできない」
「え? そ、そうか? えへへ」
日々をいい加減に生きている俺と違い、フェイはアルトと共に村で真面目に仕事をこなしている。余った時間を使ってチョロッと練習しただけでコレである。
これが本物。これが天賦の才。心が折れそうだ。百人に一人の才能とはなんだったのか。
……いや! そうだ! 壊力嵐迅と剣の才能は別だ! まだ負けてない!
「師匠、しっかりして下さい! 大丈夫です、あの、経験とか技術とか、アレですよ、総合力なら圧倒的に勝ってるんですから!」
「あ、ああ。そうだ。そうだな」
肩を揺さぶって励ますと師匠の魂が戻ってきた。
「あー、うむ、素晴らしい才能だ。フェイ君も冒険者になるつもりなのかな?」
「え? ならないけど」
「え? ならないのか」
意外だ。こういうの好きそうだと思っていたが。
「羊の世話あるしさ、畑もほっとけない。迷宮は街にしかないんだろ? 村離れらんないから」
「ふむ」
「それにたぶん、冒険者になるとアルトほっとく事になっちゃうからさ。一緒に潜るのは無理だろ」
「おっ、熱いね。ひゅーひゅー」
適当に冷やかすと、イケメンな若妻は顔を真っ赤にした旦那に引っ張られて退場していった。
フェイは才能があるようだが、壊力を覚えたところで畑を耕すぐらいにしか役立ちそうもない。神速に至っては役立つ場面が想像できない。なんだかな。
それからフェイは数日に一度剣の訓練に参加するようになった。師匠曰く、同じ相手とばかり模擬戦をしていると変な癖がつく。強者から教えを受けるだけでなく、実力の近い者同士で戦うのも良い訓練になるそうだ。
理屈は分かるが、実力が近いとは言い難かった。
最初の模擬戦で、俺はフェイに完敗した。
お互い木剣を使った一本勝負だったが、ユルッユルで素人目にも隙だらけの構えのフェイに油断した次の瞬間、獰猛な肉食獣のように飛びかかられ頭を叩き潰すような強烈な一撃を脳天に喰らった。もちろん即死判定。即死判定どころか指輪が無かったら即死していた。俺が死なないのを知っている(老化は知らない)フェイは容赦がない。
フェイは才能の塊だった。毎日農作業と羊の世話をして、少しだけ余った時間で俺とちょっとした模擬戦をしているだけなのだが、毎日訓練漬けの俺より段違いに成長が速い。
何も教わっていないにも関わらず、対戦中の俺の動きから剣の型や体さばきを見て盗み、昇華させ、みるみる強くなる。師匠は世界に一人いるかいないかの剣の天才だと言っていた。俺が剣道部部長クラスなら、フェイは宮本武蔵クラスだろう。いやそれより酷い……凄いかも知れない。
壊力嵐迅は火事場の馬鹿力と走馬灯現象。筋力が上がれば剣速も威力も上がる。思考速度が上がれば対応力や見切りもブーストされる。俺がコツコツトレーニングして稼いだアドバンテージは簡単に覆された。壊力嵐迅に世界トップクラスの剣の才能が揃えば鬼にステルス戦闘機だ。
しかしまあ、剣の腕が立っても勝負に勝てるとは限らない。勝率だけ見れば俺が圧倒している。
砂で目潰ししたり、死んだフリから奇襲をかけたり、「あっ、ドラゴン!」と背後を指差して振り返った隙に斬りかかったり、逆光で目潰ししたり、落とし穴を掘ってハメたり、口に含んでおいた塩水を吹きかけて目潰ししたり、糞を投げつけ怯ませたり。割となんとでもなる。
勝てばよかろうなのだ。師匠も手段を選ばない姿勢が素晴らしいと褒めてくれる。冒険者にお座敷剣術は必要無い。
ところが悲しくも素晴らしい事に、フェイは戦闘センスまで高かった。
ある日卑怯戦法もネタが尽きてきて苦し紛れに網を投げたら、バックステップでかわしながらつま先で土を蹴り上げて目潰ししてきた。目潰しするのには慣れていても、されるのには不慣れだった俺はモロに喰らってしまう。
瞼の裏側の異物感に幼稚園の頃の砂遊びの思い出が鮮やかに蘇り、その思い出ごと脳天を叩き割られた。初戦以来久々のクリーンヒットだ。
こいつ、とうとう俺の戦法のラーニングまで始めおった。
「てめっ、やりやがったな白髪コラァ! 染色すんぞ!」
「うるせー金髪! 脱色してやろうか! いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!」
「上等だ! もう一戦だコラァ!」
「おお、いいぜ来いよ!」
「言ったな!? オラ作戦タイムだよしばらく待ってろ! ……あ、時間大丈夫か?」
「あ、そういやアルトがそろそろ飯作ってる頃だわ」
「じゃあまた今度な、次までに考えとくから。早く行ってやれ」
「分かった。またなカース、オセロットさん」
そう言って背を向けたフェイに斬りかかったが、振り返りもせず返し技で腹を突かれ悶絶した。
ダメだ隙が無い。完全に読まれてる。これアカンやつや。
それから案の定、卑劣戦法まで使いこなし始めたフェイに負けが込み始めた。勝利に喜び踊るフェイ。手を掴まれ踊りに巻き込まれて目を回すアルト。そしてゲロ吐きながら地面に這いつくばる俺。
おかしい。俺の修行のはずがフェイの修行になっている。どうしてこうなった。




