6話 師匠
前世の小さい頃、よく粘土で遊んだ。灰色の粘土をコネて色々な形にするやつだ。
蛇とボールを作るのが得意だった。真っ先にその二つが挙がる時点で芸術センスはお察しである。
粘土はコネるだけで手の油分が吸われてパッサパサになるデメリットがあるが、メリットとしていくらでもやり直しができる事が挙げられる。削り過ぎたら付け足せばいい。大胆にちぎって、大雑把に変形させていても、その内モノになる。
その点、最近始めた石工は難しい。まずノミと金槌を使うため、慎重にやらなければ指を叩き潰したり、爪を割ったりしてしまう。
削りすぎても付け足す訳にはいかず、力や角度を調節して削らないとすぐにヒビが入ったり割れたりする。
最初の作品は熊を作ろうとしたが、熊のような何かにすらならず、失敗するたびに全体を小さくして体裁を整えようとする、という事を繰り返したため、いつのまにか一抱えある大理石の塊が握りこぶしほどの大きさになっていた。
パーツが多いと難しいという事が分かったので、二作目はモアイ像にした。モアイ像ならちょっとぐらい欠けていたりヒビが入っていたりしても失敗に見えないだろうというは予想は正しく、一応それっぽく仕上がった。ただし流線型を作るのが難しかったので妙に四角っぽい。大理石の像を売ろうと思って始めた彫刻だがハマッてしまい、遺跡跡での探索は隕石・財宝探しよりも手頃な大きさ・形の大理石探しになっていった。
俺の家の回りにはみるみるモアイ像や全然怖くないガーゴイル、セルフダメージ加工トーテムポールが増えていき、二ヶ月もすると魔術師の家のような異界めいた妖しい雰囲気が漂うようになった。
幾つか売ろうとした事もあったが、俺が作る石像は全て大きい。移動がモットーの行商人は軽く小さく売りやすい商品を求める傾向にある。重くかさばり、珍しい造形だが出来の悪い石像は買い取れないと言われた。もっと小さく作れば買い取ると言われたが、小型化する腕前なんぞあるはずもなく。
売れなくても石工自体が楽しくなってしまったのでやめられない止まらない。延々と奇怪な石像が家の周りに溢れていくようになったわけだ。
「そういや、昨日村に冒険者が来たの知ってるか」
「初耳だな」
ある日、アーサー王の選定の剣を模した石像を三百シアンで買ったフェイが思い出したように言った。
あまり村に寄り付かない俺には、村に誰それが来た、という情報は大抵アルトかフェイ経由だ。
「また遺跡でも探しに来たのか」
「いや、なんか怪我して引退したらしくてさ。隠居先探して旅してるんだとさ」
「ほほう。会ってみるか」
「今は確か村長の家に泊まって……ちょ、待てよ俺も行く。これ運ぶの手伝えよ、カース、カァース!」
フェイは石像を引きずって持っていこうとしたが、重くて動かない。アルトが顔を真っ赤にして押して手伝っているが役に立っている気配はまるでなかった。
二人を放置して久しぶりに村へ行く。以前は突き刺さった村人達の視線は感じられない。最早見るのも恐ろしい、という感じだ。最近家を禍々しくビフォーアフターしたせいか、ますます避けられるようになっている。
冒険者はすぐに見つかった。村長の家の前の広場の端の木陰に片膝を立てて座り込み、果物を齧っていた。
異質な男だった。年齢は三十前半だろうか。濃い紫色の短髪に、黒い目。美形ではないが、不細工でもない顔立ちは、しかし無駄肉が少なく引き締められたたくましさがある。シンプルなデザインのレザーメイルの上からでも伺える肉体も同じだ。細マッチョというヤツだろう。
一年の大半を肉体労働に費やすこの村の住民も、もちろん相応の筋肉がついている。この男がそれと違うのは筋肉のつき方だ。同じぐらいの筋肉量でもインパラとライオン並に違いを感じる。やはり冒険者というだけあって戦うための筋肉をつけているのだろう、果物を齧っている姿にさえそこはかとない威圧感がある。傍らに置かれている鞘に収められた剣も威圧に一役買っているのだろうが。
まとめると軽装の剣士、といった評価になる。前世でも今世でもお目にかかった事がない人種だ。
「こんにちは。ちょっとお話いいですかね」
「ん? ああ、構わんよ」
声をかけると、冒険者は気さくに頷き、手で隣を示した。ありがたく座らせてもらう。
肩のラティが物欲しげに鳴くと、冒険者は果物をもう一つ取り出し、放って寄越した。
「食べさせてやるといい。俺は引退冒険者のオセロットだ、よろしく。君は……魔術師カースかな?」
「ちゅー」
なんだそれは。
ラティ、今笑ったか? 黙ってリンゴ齧ってろ尻尾引きちぎるぞ。
「魔術師ではないです。たぶん」
「鼠を使い魔にして、魔獣を石に変えて見せしめに家の周りに飾っているという噂は?」
「それは嘘八百……いや五百……百……嘘八十ぐらいですね」
そう言うとオセロット氏は笑い、果物が喉に引っかかったのかむせた。
「君は古代語の言い回しが上手いな。不意打ちだった」
「古代語はネイティブなので。それはそれとして冒険者だったと聞きましたが、冒険者ってのはどんな感じなんですかね」
「なんだ冒険者志望だったのか、通りで」
オセロット氏は納得した様子だった。
「そうだな、冒険者と言っても色々あるからな。一まとめにどんなものかは言えないが……迷宮で魔獣を倒しアイテムを拾ってくる職業、だな。危険は多いが楽しいぞ。一応は遺跡を探すトレジャーハンターの事も冒険者と言う、というかそっちが語源なんだが、遺跡は少ないからな。カース君も迷宮冒険者を目指してるんだろう?」
「え? いえ別に。どちらかといえば遺跡の方ですが」
「なんだそうなのか。まあ遺跡は謎解きと古代語だらけと聞くからな。若いうちから知識を蓄えておくのは良い事だ」
「もう若くは無いですけどね」
「そんな事はないさ、まだ十八ぐらいだろう? オッサンに比べれば十分若い」
「実年齢十六、肉体年齢十八、精神年齢四十一ですが。若いですか」
「…………?」
困惑された。そりゃそうだ。
このあたりの突っ込んだ話をすると長くなるので軌道修正する。
「それでその魔獣とやらを倒すのが仕事なんですか? 魔獣と動物は違うんですか」
「ああ、魔獣は……まあ、普通の動物と同じような奴もいれば生き物とは思えん変な奴もいるが、倒すと消えるんだ。こう、パッとね。その時にアイテムを残したり、近くにアイテムが湧いたりする。それを拾って売って生計を立てる訳だな。魔獣は迷宮にしかいないから、冒険者は全員迷宮に潜るのさ」
「へえ」
なんともファンタジックな話だ。ゲーム的に考えれば倒したモンスターが消えるのは表示したままにするとデータ容量を喰うからなんだろうが、現実にそういう事が起きるのはどんな理屈なのか。
「冒険者というか退治屋とか回収屋って感じですね」
「おっと、勘違いは良くないな。まあそういう名前が相応しい冒険者が多いのは否定しないが、冒険者の究極の目的は迷宮の攻略なんだ」
「ほう」
攻略。まあ、攻略されない迷宮なんて聞いた事はない。ファンタジーの定番的に。
俺は特別心動かされる事もなかったが、オセロット氏の語り口には急に熱が入った。
「迷宮もその攻略で得られるモノもピンキリだが、最大規模の迷宮を完全に攻略するととんでもないモノが手に入る。突破報酬とか、完全討伐報酬とか、色々な言い方はあるが。どんな質問でも一つだけ完璧な答えが得られる、とか。島一つを消し飛ばす魔剣が手に入る、とか。不老の存在になれる、とか。夜空に光る星の一つに到達できる、とか。なあ、夢があるじゃないか? しかもこれが童話でも神話でもないんだ。実際、三十年前だったか、大迷宮を攻略したある冒険者チームが砂漠化した故郷を緑溢れる地に変えた実例がある。魔神ですらできるか怪しいものだ。
出自を問わず、迷宮の攻略を完遂すればスラムの住民でさえそんな事ができる。こんなに素晴らしい物は他に無いだろう?」
「でも相応のリスクはある訳ですよね」
水をさすと、オセロット氏は言いよどんだ。
「それは、まあ、多少はな」
「夢破れて引退する場合もある訳ですし。怪我ですか?」
痛いところを突かれたようだ。
「膝に矢を受けてしまってな。歩くだけなら問題ないんだが……引退冒険者はカース君が思っているほどは多くないと思うぞ」
「その代わり死ぬ人が多いんじゃないですか?」
「鋭いな。確かに誰かの死を聞かない日は珍しかったが。逆に言えばそれほどのリスクを犯しても追い求めるものが迷宮にはあるという事だ」
「結局、命懸けなんですよね」
「……そうだな」
「命懸けなんですか。いいですねぇ、迷宮」
「あ、この話の流れで?」
何やらびっくりされた。
なんだ。俺が迷宮をディスってるとでも思ったのか。そんな事は全然無い。むしろ滾ってきた。
命懸け。いいじゃないか。どうせ放っておいてもあっという間にジジイになる呪いがかかっているのだから、この際パァッと景気良く寿命を使い尽くしてしまうのも面白そうだ。
怪我も、死も、俺にとっては恐れるものではない。一般人にそれがリスクになるのなら、俺はその分有利になる。
よし。迷宮に行こう。冒険者になろう。
そう決めた。今決めた。
一度決まれば話は簡単だ。まずは、
「師匠! 弟子にして下さい!」
「師匠!?」
弟子入りだ。
土下座して頼み込み、ゴリ押して弟子にしてもらった。
今すぐ迷宮に行きたかったが、その前に先達の教えを受けてみたくもあった。弟子入り。修行。頭の中に漫画や小説のオモシロトレーニングが浮かぶ。
初対面で拝み倒された師匠は困っていたが、嫌そうではなかった。
師匠は用心棒として腕を売り込みに来たのだが、村長とはまだ交渉中で、別の雇口があるなら……俺が授業料を払い、屋根を貸すならそれでも良いという事だ。
何しろここの村は平和で、盗賊は出ないし、凶作の年に森から迷い出てくる猛獣は村の狩人が追い返せる程度。用心棒を雇う必要性は薄い。
別の村へ就職口を探そうにも、路銀は無限ではない。早く腰を落ち着けられるならそれに越した事は無い。という打算の他に、せっかく培った冒険者のノウハウを誰かに伝えたいという理由もあったらしい。
師匠は冒険者としての腕前は中堅の上の方だというが、名前が売れている訳ではない。腕はあっても名が無ければ弟子を集めようにも集まらないというのが実情だ。冒険者志望で弟子入りしたい、授業料も払う、というのは渡りに船だったようだ。
「ささ、狭くて汚いところですが」
「……ああ」
早速我が家に師匠を招待すると、顔を引きつらせていた。すみませんね、本当に狭くて汚いんですよ。石屑ぐらいは片付ければ良かったか。
一番良い毛皮に座ってもらい、その正面に正座してお話を伺う。
「師匠。修行は明日からという事ですが、どのような修行をするのか予定をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「熱心だな。ふむ、そうだな、冒険者はまず腕っ節が無ければ話にならない。明日はひとまず基礎能力を見て修行の計画を立てるつもりだ。どの武器が合いそうか、どの戦法が合いそうかを見極める。だから詳しい話は明日のそれが終わってからでなければできない訳だが、大雑把な方針として『壊力』か『神速』の習得を目指したい」
「壊力と神速とは?」
師匠は真顔で答えた。
「ヒト族の固有スキルだ」
「固有スキル!」
何だその素敵な響きは。言葉だけでテンションが上がる。
「壊力は人間が無意識にかけている肉体の制限を外し、爆発的な筋力を発揮するスキルを指す。大体普段の三倍になると思えばいい。神速は高速思考をするスキルだ。これを使うと世界がゆっくりになったように感じる」
「なるほど……」
「なんだ、急に盛り下がったな」
ただの火事場の馬鹿力と走馬灯現象じゃないですか。ガッカリだよ。もっと、こう、ファンタジーな、魔力を高めるとか闘気を操るとか、そっち系を期待してたんだが。
「どちらか一つを習得で一人前、両方を習得で中堅、同時に発動できれば『壊力嵐迅』となり一流だ。もちろん武器や体術の腕前が伴っている事が前提だが」
「師匠は壊力嵐迅とやらは使えないので?」
「才能が無かったんだろうな。習得に足踏みしている内に怪我を負ってこの様さ」
そう言って師匠は自嘲した。
翌日、早朝。干し肉と砕いた木の実をいれた簡単なスープを摂った後、俺は重りを体につけてめちゃくちゃに走らされた。森、草原、湿地、川の流れの中。普段は弓ぐらいしか持ち歩かないので、重り付きのランニングはキツかった。指輪は体力回復まではしてくれないのだ。涼しい顔で並走していた師匠は流石と言う他ない。
その後、疲れきった状態で剣を握らされた。木を削って作った即席の槍、投石、蔦の鞭、拳などで攻撃され、ひたすら守ってみろ、と言われた。もちろん、全然対応できない。
俺は狩りの経験は豊富だが、狩りというものは正面切って獣と切った張ったをするものではない。痕跡を追い、罠を仕掛け、待ち伏せ、遠距離から一方的に狩るものだ。近接戦といえば弱った獣に止めを刺すぐらいしかない。
慣れない事をして体力と集中力を使い果たし、地面に倒れるように転がった俺に、師匠は満足げに言った。
「カース、君は才能がある」
「あ、そうなんです?」
「百人に一人の才能だ。脅威を正しく捉え、慎重に見極めようとしながら、大胆に行動できる。素晴らしい素質だ。剣を持った動きも悪くない。がむしゃらでもなく、何かを意識した動きを感じた。剣か体術でも齧った事があるのか?」
「高校の時に柔道の授業がありましたね。後は漫画知識で重心の安定を意識したのと、次の一手を意識して動きを連携させるように頑張ったぐらいです」
「……最近の若者の言葉は分からん。だが、悪いものではなかった。それと一つ、気になることがあるんだが、」
「アザとか切り傷が消えてるのはコレですね」
何を言ってくるのか予想はできていたので、分かりやすく実例を見せた。
自分の手のひらにナイフを突き立て、貫通させる。あ、やばい超痛い。指先で良かったか。
涙目でナイフを引き抜くと、傷口は一瞬で塞がった。
師匠は呆気に取られていたが、すぐに再起動した。
「あー……うむ。その指輪が魔道具なのか? いや、アーティファクトと見た。どこで手に入れたかは聞かないでおこう」
「森で拾ったんですよ。これ、そんなに凄いんですか」
「本当の事を言いたくないなら言わなくてもいい。それほどの高速治癒魔法は見た事がないな」
曰く、治癒系の魔法は魔法の中では珍しくないが、効果の高いものでも大怪我から完治まで一日はかかるという。指輪の治癒は三秒かかっていない。異常だ。その分のリスクを説明すると同情された。
ちなみに人間か魔族が作った魔法アイテムを魔道具、魔神が作った魔法アイテムをアーティファクトと呼んで区別するらしい。アーティファクトは魔道具よりも段違いに効果が高いのですぐに分かるそうだ。鉄の槍とグングニルぐらいの差がありそうだな。
「アーティファクトって売ったらいくらぐらいするんですか」
「呪われて外れないんじゃなかったのか?」
「興味本位です」
カースのカースアイテムの気になるお値段は。
「そうだな。安いアーティファクトで大体二千万シアン。その指輪はリスクも考えて……一億から一億五千万シアンじゃないか。外す方法が見つかれば百億は超えるだろうな」
「うひぃ」
俺は一億シアンを指に嵌めているのか。一シアンは約一円。日本円換算で一億円。そんな大金も品物も持ったことがない。
高すぎて現実感が無かった。八万シアンぐらいの方が生々しくて分かりやすい。
そんな高級品を見せびらかしていても盗まれる心配が無い事は利点だ。何しろ外れないし、切り落としても戻ってくる。だから……そういえば歳を取りすぎて自然死した場合はどうなるんだろうか。骨と皮になって骸骨っぽくなっていくのか、死んで外れるのか。ゾンビ化もありそうだ。どの道ロクな事になりそうにない。
まあ今からそんな事を考えていても仕方ない。なるようにしかならない。今は修行だ。




