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五話 脱鼠の如く

 何度もカース少年を貴重なキノコや木の実の群生地に誘導し、私の後を追う事に慣れさせ、最後はイン=ディ遺跡へ誘導し、入口を開けさせる。そんな計画を立てていた。

 遺跡から指輪以外を持ち出すには、あの亀裂では小さすぎる。どうしても入口を開ける必要があった。


 魔族が遺跡調査に来たという話を聞いた時、私は焦った。遺跡調査に来るような魔族は二種族。そして銀髪の魔族はそのうちロトカエルのみ。

 ロトカエルは古い魔神、ルフェインが創造した魔族である。種族的特性として魔力の視認、大量生産、操作はできるが、肝心の消費手段を持っていない。つまり魔法を使えない。魔法を使うためには、何らかの魔力を消費する道具を使用する必要がある。

 そこでロトカエルはよく魔道具を手に入れるために遺跡や迷宮へ遠征する。今回もそれだろう。アーティファクト争奪の競争相手ができてしまった。


 遺跡の入口を開けるのはカース少年でもロトカエルでも構わない。カース少年ではなくロトカエルにすり寄って乗り換えるべきか? と思ったが、ロトカエルは魔力が視える。つまり、白鼠(この体)に入っている私(魔神)の魂(魔力)が視える。得体の知れない何かに憑依されている鼠は警戒されるだろう。実際、ロトカエルの少女は私を変な目で見ていた。

 結局私はカース少年に乗って遺跡へ行く事になったが、途中で熊に襲われ反射的に家に逃げ帰ってしまったため、翌日へ持ち越しになった。


 カース少年がやっと指輪の力の一端を理解した翌日、私は彼と共に遺跡へ向かい、そこで瓦礫の山を目にして愕然とした。

 ありえない。一体何が起きたというのか。


 魔法物質合金で骨組みを造られた遺跡は滅多な事では壊れない。魔族や隕石ごときに壊されるほどヤワな造りはしていない。

 ……いや。思い返せば、ウタウスの指輪を取りに行った際、遺跡が崩れ始めていたのがまず不自然だった。あの時、既に兆候はあったのだ。


 小さな体を活かして瓦礫の中を探し回ったが、アーティファクトは見つからず、骨組みも何故か抜き取られたように消失していた。

 何故だ。

 分からない。

 魔神の誰かが関わっているなら可能といえば可能だが、そうする理由に思い当たらなかった。


 カース少年の調査によれば、時系列的には、


 ①ロトカエルが遺跡に到着

 ②衝撃波の発生、遺跡の崩壊

 ③ロトカエルの撤退


 という順序で進んだようだ。

 誰かが、何かが遺跡を破壊した。それにロトカエルが巻き込まれた。

 それは骨組みとアーティファクトを消失させ、去った。


 何かが起きた。あるいは起きている。私の思いもよらない何かが。

 私が生態系の頂点から去ってからの二年間に何があったのだろうか。

 何が起きたにせよ、それのせいで私はまた復活から遠ざかった。恨み言の千や万はくれてやりたい。


 私が意気消沈している間に、馬鹿の一つ覚えのように遺跡の残骸をひっくり返していたカース少年はようやくウタウスの指輪のリスクに気付いた。

 即ち、老化。


 ウタウスの指輪はあらゆる負傷、病などに対する絶対的再生能力を付与する代わりに、再生に応じた老化を与える。

 三日で治るかすり傷を治せば、三日分老いる。

 半年で完治する怪我を治せば、半年分老いる。

 負傷部位や病の種類によって変動するが、基本的にはそうなる。更にそれに加え、日常的に倍速で老いるというペナルティまでついている。


 装備者が若ければ老化というよりも成長だが、意外と聡明だったカース少年は生活の中のちょっとした事からリスクについて正確に理解した。

 理解したカース少年がとった行動は、指輪を指ごと切り離す事だった。まるでソーセージでも切るように、一切の迷いなくナイフで自分の指を切り落としたその決断力は賞賛に値する。もっとも、切り落とした指は瞬間再生し、指輪はその指に空間転移して元通りになったのだが。


 無駄である。魔神の技術をもってしてもウタウスの指輪は外せない。それがどうして人間に外せるだろうか。破壊はほぼ不可能で、例え別次元へ追放しても装備者も一緒に追放される。呪いの指輪は外れないのだ。


 壊そうとしたり熱で溶かそうとしたりと一通り試し、指輪が外れないと悟ったカース少年は、じわじわと迫る確実な死に絶望するかと思いきや、「まあいいか」と言い放ち、指輪に構うのをやめてそれまで通りに暮らし始めた。危機感が全く感じられない。

 こいつは頭がおかしいのではないかと思ったが、その通りである。カース少年は頭がおかしい。納得だった。


 指輪の機能を切り替えれば「寿命を犠牲にした回復力」か「回復力を犠牲にした寿命」かを選べるのだが、教える必要もないだろう。なぜ鼠がそんな事を知っているんだと疑われ、立場を悪くしそうだ。


 指輪も他のアーティファクトも入手の見込みが無くなり、私の残りの寿命はいよいよ不味い。

 しかし、寿命よりも差し迫った危機が訪れていた。

 それは何か。


 発情期である。


 普通、鼠には発情期がない。

 動物に発情期があるのは、生まれてくる弱々しい子供が育ちやすい時期を選んで出産するためである。

 しかし鼠は非常に死にやすい生物であるため、種を存続させるためには絶えず繁殖し続ける必要がある。そのため発情期がない、というか常に発情状態になっている。

 ところが私の種族ネズミには発情期がある。おかげで発情期になるたびに怯え、発情期が来れば興奮した雄鼠から逃げ回り、鼠と交尾する屈辱を回避するため、湧き上がる性欲との戦いを強いられる。

 一生発情期ならば、恐らく早々に膝を屈し、身も心も畜生に堕ちていただろう。下手に発情期と発情期の間の急速があるばかりに、いつまで経っても発情期に慣れず、苦しみ続ける。

 恐らくこれは「畜生道:鼠の刑」を私に宣告したあん畜生の嫌がらせだ。ありがた過ぎてぶち殺してやりたくなる。


 昼間のカース少年が起きている間は肩に乗って人の威を借る鼠になっておけば安全。

 夜が問題だ。カース少年が寝静まると、どこからともなく野鼠がやってきて私の尻を狙ってくる。


 今日もまた、死闘が始まった。

 カース少年が敷いた毛皮の上で安らかな寝息をたて始めて三分もしない内に、私の聴覚は襲撃者の足音を捉えた。少し遅れ、風に乗って雄鼠の体臭が私の鼻を刺激し、体が疼く。くっ、発情なんかに絶対負けたりはしない。


 雌鼠(私)の臭いを確実に追尾し、時々立ち止まりながらも確実に雄は近づいてくる。

 一匹の雄鼠が家の入口に現れ、様子を伺うように立ち止まった瞬間、私は物陰から跳躍した。


 前歯を剥き出し、齧歯類の柔軟な体を最大限に生かした捻りを加え、跳躍と落下の勢いを乗せ、無防備な雄鼠の首を噛み千切る!

 これぞ魔神時代に教養として培った運動力学を最大限に駆使して開発し、前歯を剣のように鋭く削り上げる事によって殺傷力を増したマウスアーツの基本技「鼠牙破斬」である。

 雄鼠は一撃で首を深々と切り裂かれ、血を溢れさせながら鳴き声も上げられず痙攣し静かに息絶えた。


 ここからが地獄になる。最初の一匹が呼び水になったように、森の方から、村の方から、小さな同族の気配が活発に感じられる。

 私は息を荒げながら木陰から走り寄ってきた雄から逃げ出し、闇に乗じて村へ向かった。鼠は人間を恐れる。森よりも、寝ているとはいえ人間が多い村の方が逃げ切りやすい。


 冷ややかな月の光に、発情した鼠の血走った一対の赤い目がギラリと光る。柱の根元に。水瓶の陰に。ゴミ捨ての端に。数はそう多くないが、一匹一匹の存在感は強い。

 まだ番っていない雄どもが鼻をヒクつかせ、雌を探している。私は臭いを嗅がれないよう風下を取りつつ、足音を殺して慎重に村の中心へ向かった。いくつか目星をつけてある避難場所になんとか潜り込んでしまえば後は朝まで自分の体の疼きに耐えるだけで済む。


 息を殺して気を張り詰めていた私は、背後からの足音に気づいて振り返った。そこには鼻息荒く獣欲を剥き出しにして迫る雄鼠の姿が!

 毎日のトレーニングで筋密度が高まった、私の太くてたくましい尾が唸る。雄鼠の足の下に体を滑り込ませ、尾を相手の尾の根元に巻きつける。そして相手の突進の勢いを利用し、投げ飛ばした。

 これぞ魔神時代に教養として培った運動力学を最大限に駆使して開発し、鼠の姿になって得た尻尾という器官を最大限に鍛え上げる事により実現したマウスアーツの組み技「尾負い投げ」である。

 水たまりに着水し泥水をはね上げた雄鼠は驚いて正気に帰り、混乱して逃げていった。


 脅威排除完了。避難場所まであと少し……いや、しまった。

 今の音で周囲の雄鼠達の注意を惹いてしまった。雌に飢えた肉食系雄共が辺り一帯から一斉に群がってきた。いくら発情期とはいえ、飢えるにもほどがある。魔神による性欲操作を感じざるを得ない。


 逃げる逃げる逃げる。よし、一昨日作っておいた避難場所に……あ、中に先客のカップルが。雄の鼠が「え? 3P? いいよ来いよ」というイヤらしい目で見てくる。お邪魔しました。

 振り返る。雄の鼠が三匹追ってきている。三対一では発展途上のマウスアーツでは荷が重い。

 また逃げ出す。やめろ、他の雌の所へ行け。


 私は次の避難場所の前に雄がうろついているのを見て方向転換をした。ドアの下の隙間に潜り込み、民家に侵入する。寝静まった民家に人の気配は薄く、後ろからアグレッシブな雄鼠達が「げへへ追い詰めたぜ子鼠ちゃん」と言わんばかりに続いて追ってきた。

 そろそろスタミナが切れてきた。ここで逃げきれなければ捕まって生命の営みが大繁盛してしまう。


 私は部屋の一つに飛び込み、ベッドの柱を駆け上って、寝ている人間の頬を懸命に尻尾で叩いた。

 そうしている間に追跡者も部屋に入ってくる。小動物が床を走る軽快な足音の輪唱は悪魔の調べ。


 う、うわあああああああああああああああ!

 アルト! アルト少年! 起きるんだ! 早く! 早ーく!


「……ん。ラティ? どうしたの」


 アルト少年が眠そうに目をこすりながら起き上がると、天をつく巨大生物の覚醒に驚いた雄鼠達が飛び上がって驚き、哀れな鳴き声で喚きながら逃げ去っていった。

 危なかった。九死に一生を得た。


 私を両手で優しく持ち上げ、胸元にそっと乗せて毛布の端をかけてくれるアルト少年は私の癒しだ。

 大天使アルト少年の姉と母は大の鼠嫌いで、見敵必殺の構えをとっている。ほんの二日前逃げ込んだ時は危うく箒で叩き殺されそうになった。その時はアルト少年の懇願で命拾いしたのだが、代償に彼の家庭内の立場が悪くなったのは目に見えて分かった。

 そんな事をもう一度起こす訳にもいかないので、なるべく頼るまいと思っていたのだが、背に腹は変えられなかった。


 寝ているカース少年を起こすと御不興を買って次の日のエサを抜かれる。

 フェイ嬢は寝相が悪く、うっかり潰されかねない。

 頼れるのはアルト少年しかいないのだ。


 黒髪の守護天使(♂)の平らな胸の上で部屋の外に聞こえる鼠の気配に怯えながら一夜を越した私は、日の出前になって鼠達が住処に退散し、アルト少年の家族が起き出してくる前にそっと抜け出してカース少年の家に戻った。

 こんな逃走劇があと三日は続くのだ。私が無事でいられるかどうかは、きっと魔神も知らない。

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