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3話 衝撃の震え


 結局、白鼠は放し飼いする事になった。そのうちフラリといなくなるかと思いきや、二ヶ月経ってもまだ住み着いている。

 最初は雄かと思って「ラット」と呼んでいたが、不満そうに鳴くのでまさかと思って股間を見たら雌だった。それから「ラティ」に改めたが、まだ不満そうに鳴く。面倒になったのでずっとラティ、ラティと呼んでいたら、その内諦めたらしく、ラティと呼んで反応するようになった。

 そう、名前に反応する。それほどラティは賢い。


 来いと言えば来るし、そこにいろと言えばそこにいる。犬並の知能はあるらしい。小さな脳みそで大したもんだ。

 特に最近は俺が狩りに出かけると肩に乗って一緒についてきて、珍しいキノコや木の実の群生地が近くにあると駆けていって鳴き声を上げ、教えてくれる。おかげで食糧集めが捗る捗る。世話をする手間がかからず、狩った獲物の要らない内臓や筋張った肉をくれてやるだけでこれだけ働くのだからもう手放せない。

 フェイはもう飽きて興味を失っているが、アルトは未だによくラティの汚れを拭いてやったり、菓子を持ってきて食べさせてやったりしていた。


「カース、森に遺跡あるの?」


 ある日、いつものようにやってきて、ラティの尻尾に青いリボンをつけてやっていたアルトが思い出したように聞いてきた。

 遺跡。マヤ文明のピラミッド。戦う考古学者。そんな物があるならぜひ行ってみたいが、生憎見た事はない。森の奥には入った事がないので無いとも言い切れないが。


「知らん。いきなりどうした」

「昨日ここの森の遺跡調べるとか言って村に魔族がぞろぞろ来たんだよ。みんな銀髪ですげーカッケーの」

「ちゅー!?」

「魔族?」


 この世界には人間の他に魔族がいるらしい、というのは聞いた事がある。なんか人間に翼が生えていたり、手から火を出したりするらしい。

 胡散臭い。魔神やらアーティファクトやら、ファンタジーな噂話は時々聞くが、実際に見た事は一度もない。本当にそんなモノがあるのか怪しい。

 中世そこそこの世界では手品が魔法と言われたり、感染症が悪魔の仕業と言われたりする。どうせその類だろう。


「銀髪なのか? 白じゃなくて」


 白なら珍しくはない。フェイの髪が白だし、俺の金髪も光の加減によっては銀に見えなくもない。流石にアルトのような黒髪は間違えないだろうが。


「銀色だった。カース疑ってるだろ。ホントに魔族なんだって、俺の勘違いじゃないぞ、自分で魔族って言ってたし」

「その理屈だと俺が魔族って名乗ったら魔族になるだろーが。まあ見に行くか」


 俺が立ち上がると、ラティが足を駆け上って定位置の肩に乗った。

 銀髪の魔族は本当に魔族かどうか。見極めてやろうじゃないか。


 フェイとアルトは川へ遊びに行くというので、一人と一匹で村へ行く事になった。

 村に入るのは親父に勘当されて以来、一年ぶりだった。行商人と取引するために入口あたりまでは月一ぐらいで行くが、中に入った事はない。

 害獣避けの柵の切れ目、簡単な門から村に入ると、村人の視線が一斉に集まった。驚愕、嫌悪、懐疑、恐怖、敵意。大歓迎だ。

 歓迎はしてくれても寄っては来ないようなので、そのまま無視して堂々と村を歩き、銀髪を探す。この村の住人の髪は黒か白か金。フェイとアルトが白を見間違えた可能性もあるので、白髪を見つけるたびに舐めまわすように見て見覚えがあるかどうか確認した。見られた奴はあからさまに怯えた様子で逃げていった。

 全く、失礼な連中だ。協調性皆無の奇行は山ほどした記憶があるが、理不尽な暴力は振りかざした事ないぞ。


 村の人口は二百人ほど。広さも大した事はない。少し歩いていると、すぐに異邦人を見つけた。村長の家の前の広場で、銀髪の一団が立派な馬車を囲んでたむろしている。

 確かに銀髪だった。白じゃなかった。光の加減でもなかった。髪に銀でも混ぜたような、しかし驚くほど自然で、染色したような違和感が無い。すんなりとそれが地毛だと納得できる。種族的特徴なのか髪をセットしているのか、女性は全員髪がひと房重力に逆らって上を向いている。

 上着+ズボンかスカート姿が基本の村人の中で、滑らかで高級そうな生地の紺色のローブを着た彼らは目立った。何やら古びた地図を囲んで相談しているが、どこか静謐で神秘的な雰囲気のせいで誰も近寄らずに遠巻きにしている。

 親近感を感じるな。あっちは畏れられていて、こっちは恐れられているが。


 銀髪は本物のようだが、だからといって魔族とは限らない。魔族と名乗るからには魔法の一つや二つ見せて貰わなければ信じられない。

 銀髪集団の大人は真剣な表情で話し合っていたので、言いくるめやすそうな子供を選んで近づいた。馬車から木箱を下ろしている銀髪の少女に声をかける。彼女も前髪がひと房空を目指していた。


「こんにちは。俺はこの村に住んでる者だが、言葉は分かるか」

「分かりますが。何か用事でも」


 少女は木箱を下ろす手を止め、冷たい無表情で俺を見た。平坦な声は感情を読ませない。まるで精巧な機械のようだ。

 なんだこいつ、全然子供らしくないぞ。変な奴に声かけたか。

 いやまあいいか。俺だって変な奴だ。


「実は君達が本当に魔族なのか疑っている奴がいてな。見た目はそれらしいが、魔族と名乗るだけで実際は……あー、その、立場によっては村に問題が起きるんじゃないかと……えー……めんどくさいな。魔法が見たい。魔族なんだろ? 見せてくれ。見物料なら払う」


 上手い口上が思いつかなかったのでストレートに要求した。球種と紅茶と会話はストレートが一番だ。

 少女はゆっくりと俺の顔と肩に乗って髭と尻尾をゆらしているラティを見て、それから会議中の大人達をちらりと見た。


「……私達が魔法を使う為には魔法具が必要ですが、魔法具は大切な物ですので、必要な時以外使ってはいけないしきたりになっています」

「なるほど。どうすれば見せてくれるんだ?」

「申し訳ありませんが、部外者の方にはお見せできません」


 無機質な声で事務的な回答を頂いた。

 出たよ自称魔法使いの常套句「今はお見せできません」。その言葉が出てきただけで半笑いになる。

 ファンタジーなんか無かった。現代日本の虚偽だらけの情報社会で生きてきた経験が告げている。これは詐欺師ですわ。


「そうか~、見せられないのか~。じゃあ仕方ないな! ああ仕方ない! それで他に何かできないんですかね? ん? 魔道具を使う以外に?」

「他にですか。そうですね、魔力を視て操れます」

「ふっ……」


 出たよ霊感(笑)。自称魔法使いとか霊能者は都合が悪くなったらすぐコレですよ。便利な言葉ですね、霊感とか霊視とか。

 邪気眼をwwwwwwwwww持たぬ者にはwwwwwwwww分wかwるwまwいwwwwwwwwwwww


 頭沸いてる詐欺師集団の相手をするほど暇ではない。俺は半笑いのまま礼を言ってその場を離れた。

 昨日仕留めた猪の肉がまだ残っているから、今日は狩りをしなくていい。特にやることもないし、水遊びでもしようか。














 森の奥から流れてくる川は森を抜けると村のそばを通り、草原を蛇行して地平線に消えていく。あまり大きな川ではないが、小さな村を養えるだけの水量を持つ重要な水源だ。かといって溺れるほどの水量も無いため、子供の格好の遊び場になっている。俺の格好の遊び場にもなっている。


 川を遡って森に入っていくと、フェイとアルトが遊んでいた。アルトが長い黒髪をうなじでまとめ、スカートの端を持ってぱちゃぱちゃやって涼んでいる横で、フェイが片っ端から石をひっくり返していた。


「フェイは何やってんだ」

「見ろこれめっちゃ赤い蟹いたんだよ、珍しいだろ。他にもいないか探してんの。カースも手伝え」


 そう言ってフェイは蟹を突き出した。甲羅を掴まれた真っ赤な甲殻の蟹が哀れにもがいている。


「あー、川の蟹は食べるものによって色が変わるんだ。あとは環境、周りの色によっても変色する。偶然赤くなる食べ物ばっかり食べて赤っぽい環境で暮らしてたんだろ。品種そのものは珍しくもない」

「マジで?」

「たぶん。うろ覚えだしこの世界の蟹にも当てはまるかは知らん」

「じゃ、新種かも知れないんだな?」

「うぬぼれんなよ、お前程度の奴が見つけれる蟹なんてとっくに誰かが見つけてるわ」

「分かんねえだろそんなん。それに新種見つけたら自分の名前つけれるんだろ? 俺自分の名前つけてみたい」

「学名の事か? それは俺の世界の話だ。こっちの世界の生物学に学名なんてないんじゃないか」


 じーさんばーさんの青空教室しか教育制度が無い村では、得られる知識はたかが知れている。案外街へ行けば高度な学問もあるのかも知れないが、国民への教育制度の徹底がされていない時点でお察しだ。

 もっとも、フェイとアルトは俺の教育? を受けているため、村では飛び抜けて賢い。ただしアインシュタインやらローマ帝国やらの前世でしか通じない話もしているから、その手の話を一般人にしても「誰それ?」「どこの国?」だろう。フィクションとしか思われない。


 アルトとフェイにある事ある事吹き込みながら赤い蟹を探し回り、見事に空振りに終わったがそこそこ楽しかった。日も暮れてきたので帰り道につく。

 この森には熊や狼といった危険な動物がいるが、獣道と縄張りの印を避ければまず遭遇する事はない。普通の村人の二人でも、最近森の民と化しつつある俺が先導する事で安全な帰宅が保証される。とはいえ、今回は川沿いに帰るだけなのだが。


「じゃあ、その柔道と柔術はどう違うんだ?」

「柔術を元にして、スポーツ寄りに作り直されたのが柔道だな。確か戦後ぐらいの、あー、俺が死んだ時より六十年ぐらい前の……ナントカカントカって人が創始者だったような。日本、中国? ……アジアの人だ」

「説明グッダグダ」

「こんな細かい話覚えてるわけないだろ。浮気未遂が半年ずっと噂話のメインディッシュになる村とは違うんだよ。毎日どんだけ大量の情報にさらされてたと思、うお!?」

「おわ!」

「ひゃ!?」

「ちゅー!?」


 突然、空気の震えに体を叩かた。森の中を何か空気の壁めいたものが駆け抜けていったようで、木々が大きく揺れて葉が舞い散る。鳥たちがやかましい鳴き声を上げながら一斉に飛び立ち、その鳴き声を押しつぶすように一拍遅れて爆発音が聞こえた。

 にわかに森が騒がしくなる。四方八方から動物たちの慌てふためいた鳴き声が響き渡り、空気が浮き足立つようだった。


「な、なんだ今の!? 地震ってやつか!?」

「地震で空気は揺れないからな。今のは衝撃波、だと、思、う、が……衝撃波? 衝撃波なのか?」

「カ、カースが分からないなら。私たちも分からないよ。これ、大丈夫なの?」


 びくびくして縮こまり、アルトはフェイの後ろに引っ付いておどおどしながら上ずった声で言った。

 衝撃波と言えば戦闘機だ。マッハを突破した戦闘機の動画は見た事がある。しかし電球すらないこの世界に戦闘機があるとは思えない。

 空を見上げるが、木の枝葉が邪魔するせいで茜色の夕暮れを背景に鳥が飛び回っているのがチラチラと見えただけだった。飛行機雲は見えない。

 戦闘機じゃないなら何が衝撃波を起こしたんだ。原爆とか水爆でも衝撃波が出るらしいが、戦闘機よりもありえん。もちろん、地震でも無いし竜巻でもない。衝撃波は音速を超えないと出ない事ぐらいは知っている。自然現象で音速を突破するなんて――――

 ……あ、隕石か。

 隕石か!?

 隕石だ!


「隕石だこれ。衝撃波来たのはあっちの方だったよな? 行ってみるか」

「は? 隕石!? それ恐竜絶滅させたんだろ? 絶対ヤバいやつじゃんか! やめろって! 死ぬ死ぬ死ぬ!」

「ビビり過ぎだろ……ラティの方がまだ落ち着いてるぞ。それに隕石っつっても大きさによるからな。怖いなら俺だけで行く」

「え、か、帰ろうよ。怖いし、もうすぐ暗くなるし」

「馬鹿お前、だから暗くなる前に行くんだよ。誰かに先越されて隕石取られたらどうすんだ。隕石だぞ隕石。欲しいに決まってるだろ」

「そんなのお前だけだよ! やめとけ、マジでやめとけ! 蒸発する!」


 パニックになっている二人は俺の腕にしがみついて止めてきた。ええい鬱陶しい。巨大隕石の衝突で雲を突き抜ける高さの大津波が起きて空気が燃え上がり海が沸騰して全部蒸発して海底が見え、なんて語って脅かした結果がこれだよ。中途半端に理解したせいかワケの分からない怖がり方をしている。

 あまりにしつこく二人がぐいぐい村の方へ引っ張ってくるので、つい突き飛ばしてしまった。尻餅をついた二人は俺の方を見て愕然としている。


 な、なんだ。今のはお前達が悪いだろ。無理やり引っ張らなければ俺だって突き飛ばさなかったさ。だから俺をそんな目で見るな。恐ろしいものを見るような、そんな目で……あれ。視線がズレてる。俺を見てない?


 振り返る。


 熊がいた。


 荒く獣臭い息を吐き、血走った目をして、見るからに混乱状態だ。その熊が、俺とその後ろの二人を睨んでいる。

 まずい。まずいなんてもんじゃない。おそらく衝撃波騒動のせいで、熊もパニックに陥ったのだ。でなければこの安全な川沿いの道で遭遇するはずがない。

 しかも混乱して、興奮している。攻撃する気満々だ。


 熊に会ったら興奮させないように刺激せずゆっくり立ち去るのがセオリーだが、もうたっぷり刺激されてしまっている。

 熊避けスプレーなんて持っていない。イチかバチ逃げるしかない。三方に分かれて逃げれば二人は逃げられるだろう。

 命の危機では即断即決が物を言う事を俺は身を持って知っている。


「バラバラに逃げろ!」


 咆哮して仁王立ちになり、怪物的なその威容を見せつける熊からダッシュで離れ、叫ぶ。肩に乗っていたラティが即座に反応し、物凄い勢いで森の奥へ消えていった。

 そうだ、ラティを忘れていた。これなら生存率は四分の三だ。あとは運任せになるが……

 そこで俺は二人が失禁して放心している事に気付いた。俺の声に全く反応しない。青を通り越して白くなった顔で熊を見上げているだけだ。


 まずい、二人は逃げられない!

 担いで逃げたら確実に追いつかれて殺される。というかもたもた担いでいる間に殺される。

 ただでさえ熊の足は鈍そうな見た目からは想像できないほど速い。

 逃げ切りたければ二人は置いていくしかない。

 しかしそうすれば二人は確実に死ぬだろう。

 それは……

 ……いや、それでもいいか?

 二人を囮にすれば、ほぼ確実に俺は逃げ切れる。

 逆に俺がここで残って二人を助けようとしても、まとめて凶暴化した熊にミンチにされるだけだ。

 俺はいつ死んでも後悔しないが、別に死にたいわけではない。

 俺は十字を切って二人の横を走り抜け――――


「……やっぱ駄目だ!」


 ――――ようとして急ブレーキをかけ、反転して助走をつけ、ナイフを抜いて熊に飛びかかった。

 ここで見捨てたら一生後悔する。一秒でも長く二人を守ってなぶり殺しにされる方がマシだ!


 全体重をかけ、ナイフを首元に突き刺そうとした俺に熊は野性的な超反応を見せた。野太い腕が無造作に薙ぎ払われる。血のように紅い夕日に凶悪な鉤爪がギラリと光り、俺の腹を深々と引き裂くと同時に吹っ飛ばした。


「ごあ!」


 一撃で三メートルは吹っ飛ばされた。地面に転がり、無様に倒れる。

 怪我の状態なんて見なくても分かる。一瞬頭が真っ白になるほどの激痛と、車に撥ねられたような体の芯に響く衝撃だった。一矢むくいる事すらできずに致命傷だ。即死じゃなかっただけ上出来か。


 だが、まだ立てる。膝に力を込めると、驚く程簡単に立ち上がれた。

 熊は興奮しているが、俺も極限状態だ。痛みも恐れも感じない。


「おら、来いよ! まだ俺は死んでねぇぞ!」


 熊と二人の間に立ちふさがり、筋肉の塊相手にはあまりにも頼りないナイフを構えて吠える。それに応え、熊はハエでも叩くように容易く俺の頭を叩き潰した。

 頭が爆発したかと思った。回避も防御もできない、森の王者の一撃だ。強制的に地面とキスさせられるが、俺はすぐにまた立ち上がった。

 二度も立ち上がるのには流石に驚いたのか、熊が怯んだように動きを止めた。俺も二度立ち上がれるとは思わなかった。特に二度目は頭蓋骨が砕ける音を聞くという、体験したくない貴重な体験までしたが、人間は案外丈夫にできているらしい。


 もう二十秒は経ったか。それだけ二人の寿命は伸びた。しかしまだ二人は動けないようだ。

 ああ、まだやれる。俺が立ち上がる限り、二人は死なない。二度耐えたんだ、三度目だって、四度目だってある。こんな「我慢」なら悪くない。

 腹をかっさばかれようが、頭を潰されようが、物理法則をぶっちぎってもいい、ゾンビになっても俺は貴様の前に立ちはだかり続け……


 …………

 …………

 ……いや。

 待て。流石におかしくないか。

 熊が俺を睨んだまま動こうとしないので、少し冷静さが戻ってきた。


 鉤爪つきの筋肉の塊で頭をモロに殴られて生きていられるワケがない。


 右手と左手で頭と腹を触る。

 痛みはなく、臓器に触れた感触もない。腹をちらっと見ると、怪我すらなかった。

 え? なんだこれ。


 直後、またベアパンチを喰らって吹っ飛ばされた。

 野郎、隙をうかがってやがった。


 今度は首がちぎれた感覚がして意識が飛びかけたが、それだけで死ねそうな痛みを超えた激痛は一瞬で去る。

 立ち上がる。今度ははっきり熊が怯んだ。熊から目を離さず、首元を触る。骨と肉には届かず、肌の感覚しかしない。

 なんだこれは。俺は幻術でもかけられているのか。


 熊がじりじりと距離をつめ、警戒するように軽く殴ってきた。軽く、とは言っても前回の攻撃と比べてだ。もちろん俺が避けられるものではない。肩から腹にかけてザックリ肉を切り裂かれ、あまりの痛みに体が勝手に激しく痙攣する。

 が、俺は見た。右手の中指に嵌めていた指輪が鈍く光った途端、傷が時間を巻き戻すように一瞬で塞がるのを。痛みは過ぎ去り、痙攣が止まる。


 これか。

 この指輪か!

 よくわからんが死なない!

 死なないならこっちのもんだ!

 へへへへ、誰がてめーなんか。てめーなんか恐かねぇ!


「野郎、ぶっ殺してやぐばぁ!」


 筋肉の鎧があっても目は弱い。ナイフで目玉をぶちぬいてやろうとしたが、普通に殴り飛ばされ内臓をぶちまけた。

 そうだった。死なないが、別に強くなってはいない。避けられないしガードできないし攻撃すればカウンター。結局はなぶり殺しだ。

 文字通り「死ぬほど」の痛みはあるが、死なないならこんなに楽な事はない。熊が飽きるまでとことん付き合ってやろう。

 ほら来いよ。殺せよ!


 しかしそれ以上はなかった。

 熊は何度殺しても立ち上がる俺を見て、興奮よりも恐怖が勝ったらしい。じりじりと後ずさり、背を向けて小走りに去っていった。

 勝った。

 ……勝ってはいないか。いやそんな事はどうでもいいな。


 俺は大きく息を吐き、まだ放心している二人の頬に往復ビンタをして正気に戻す作業を始めた。

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