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1話 世にも奇妙な齧歯類

 ある日、昼下がりの森の中。獣道を見下せる木の枝に登って猪でも通りかからないかと弓を構えながら張っていたら、なぜか鼠が物凄い勢いで駆けてきた。

 流石にあのサイズは射れないし射っても一銭にもならないからスルーだな、と思っていたらいきなり鼠が宙を舞い、何かキラキラしたものを落とした。なんだなんだと目を凝らす内に鼠を追って狐が現れる。狐は獲物に夢中で全く警戒していなかったので、とりあえず射殺しておいた。


 木から飛び降り、痙攣している狐を担ぎ上げ、ぷるぷる震える鼠を見下ろす。


「なんだこの鼠」


 薄汚れていたが、よくよく見ると体毛が白かった。アルビノって奴か。迷彩が命綱の森の中で白なんて目立つ色ひっさげてよくここまで生きてこれたもんだ。普通ここまで大きくなる前に死ぬ。

 そんな白鼠が持っていたあのキラキラは何なのか。落ち葉の間に落ちた物を拾ってみると、指輪だった。不思議な灰色の光沢の指輪だ。何か模様が彫ってあるようだが、薄暗い森の中ではよくわからない。なんで指輪持って追いかけられてたんだ。鼠にヒカリモノを集める習性なんてあったか?


 試しに右手の中指に嵌めてみる。少し大きいかと思ったが、案外ぴったり嵌った。


「ちゅっ!?」


 そこで白鼠が鳴き声を上げた。振り返ると鼠が俺に向かってガサガサ這ってきていた。前脚が一本動いていない。怪我をしているらしい。

 というかこの白鼠はなんでこっちに来るんだ。普通逃げるだろ。


 街の方ではどうか知らないが、村で鼠は害獣だ。なんてったって食糧を喰い荒らして糞と病気をバラまく。

 踏み潰して欲しいならそうしてやろう、と片足を上げかけたところでふと思う。普通の鼠ではなく、レアな白鼠なら売れるんじゃないか。

 汚れを綺麗にしてやればちょっとした小物二、三個分にはなりそうだ。


 金になるなら殺す必要もない。俺は白鼠を拾い、なぜかしつこく指輪を嵌めた指に噛み付いて暴れるのを抑えてポケットに押し込み、狐を木の枝に縛り付けて血抜きと解体を始めた。

 今日はそこそこの収穫だ。












 現代日本の都会で死んだと思ったら、どこかの田舎の村に生まれ変わっていた。

 体は大人から幼児へ。髪は黒から金へ。言葉が違えば習慣も違う。魔法もあるらしい。眉唾だが。

 生まれ変わりの理由も、ここがどこかもどうでもいい。人生をやり直すチャンスだ、と思った。


 前世はゴミのような人生の果てに無様な死に方をした。我慢して耐えて譲って自分を殺して、人に親切にして優しくしてきたが、それで報われた事は一度もなかった。正直者が馬鹿を見る無情な社会でひたすら苦しんできた。「真面目な良い人」は「豚の餌」の言い換えに過ぎない。

 今度はそうはならない。やりたい事をやりたいようにやって生きてやる。そのせいで早死するとしても、だ。何かに耐え続ける苦しい人生を長々と過ごすよりずっと良い。


 ある日、村の年上のガタイの良い子供に因縁をつけられ、昼食のパンを取られたので、お礼に顔面にストレートを叩き込んだ。もちろんその後ボッコボコにされた。腫れ上がった痣が二週間消えなかった。

 ある年、麦が不作だった。クッソ不味い芋で冬を越す事になったが、不味くて食べたくなかったので食べなかった。春が来る前に餓死しかけた。

 ある時、なんとなく楽しそうだったので滝壺に頭から飛び降りた。思ったよりも浅かった水底に頭を打って気絶した。運良く浅瀬に流れ着いていなければ死んでいた。酷い頭痛と高熱で三日寝込んだ。

 ある時、面倒臭い農作業をサボるようになった。サボッた分の食事を減らされたので、その分を補うために狩りを覚えた。誰も教えてくれなかったから自分で試行錯誤するしかなかった。


 そんな事ばかり繰り返して十三年、今では立派な村一番の問題児。ほとんど村八分状態だ。クレイジーなサイコ野郎だと思われているらしい。俺もそう思う。


 狐の肉は臭くて喰えないので、皮だけ剥いで残りは地面に埋める。肉片をひとかけらポケットに近づけると、白鼠はすぐに顔を出して奪い取り、貪った。食べ終わると催促するように見上げてくる。餌付け早すぎィ! こんなに警戒心薄くてよく生き残れたもんだ。野生の勘で俺に敵意が無いと見抜いたのかも知れんが。 


 皮を持って村に戻る途中、川に寄った。ひんやり冷たい清流で手にべっとりついた血を洗い流す前に、指輪が川に落ちないように一度抜いてポケットに……抜いて、抜い、ぬ、ぬ、ぬ?


「あれ? やべっ、抜けない」


 マジかこれ。ぴったり嵌まりすぎて全然抜ける気配が無い。指を水でふやけさせてみたり、ヌルヌルする血ですべりを良くしてみたりしても抜けない。力づくで引っこ抜こうとしたら指輪の前に指が抜けそうだった。

 こいつは駄目だ。指ごと切り落とさないと抜けそうにない。特に意識もせずなんとなく嵌めてみた結果がこれである。まさか一生このままなのか。なんとかすればなんとかなりそうではあるが。


 というかこの指輪は何なんだ。森の中で誰かが落とした物を白鼠が拾った、とかそんなところだと思うが。

 川縁の日差しに指輪をかざして見ると、何が彫ってあるのか良くわかった。ほっそりした歪んだミイラのような彫刻だ。針で刺したような細かい穴もパラパラ空いている。


 なにこれ怖い。

 よーく目を凝らしてみても、やはりミイラに見える。人間のミイラだ。これが手で、これが顔で……あれこれ顔か? 向きを変えると萎びたイチジクにも見える。じゃあこれ足か? 枯れ木っぽくも見える。あれ? なんかよく分からなくなってきた。枯れ木とイチジクの実なのか?


 ……まあ何でもいいか。枯れ木でもミイラでも大差ない。ただの彫刻だ。

 宝石は嵌っていないし、材質は不明だが貴金属っぽくも見えない。売れそうに無い。嵌めっぱなしでも特に問題は無いだろう。誰かがこの指輪を見てそれは私のものだ、なんて言いだしたらその時に考えればいい。それに案外寝ている間にポロッと外れているかも知れない。


 村の外れと森の境にある家に戻ると、誰もいない殺風景なワンルームが暖かく迎えてくれた。水瓶一つ、木の実を入れた袋が一つ、天井からぶらさがる干し肉が何枚か、鉄製の鉈とナイフが一本ずつ、砥石一個、毛皮数枚、布一枚、薪束、鍋一個、銀製の懐中時計。あとは今着ている服と弓矢が全財産だ。

 俺は半年前に十五歳になり、成人して親から独立しているが、畑は持っていない。父から独立と同時に土地分けされた畑は銀製の懐中時計と引換えに手放した。欲しかったから仕方ない。


 毛皮の上に座り込み、薪の束から堅めの一本をとって、鉈とナイフで加工を始める。白鼠を入れる籠が必要だ。いつまでもポケットの中に押し込んでおいたら布を食いちぎって逃げられてしまう。

 どうせすぐ売るんだから作りは雑でいい。とにかく逃げられなければOKだ。

 何か静かだと思ってポケットの中を見てみると、白鼠は呑気に眠りこけていた。なんだコイツ。人に慣れすぎだろ。もしかしてどこかで飼われていて脱走したのか。


 しばらく作業して籠が半分ほど出来上がってきた頃、外から子供の話し声と足音が近づいてきた。俺は叫んだ。


「留守だァ! 来んな!」


 だが来た。白髪碧眼の元気溌剌フェイ少年と、黒髪黒目の大人しいアルト嬢だ。

 おじゃましまぁす! と邪魔にしかならない叫び声を上げたフェイは自分の家であるかのように勝手に棚から毛皮を引っ張り出してどっかり座り込み、邪魔にならないようおじゃまします、と小声で言ったアルトはフェイの隣にちょこんと座った。


「何が留守だよいるじゃん」

「居るって言ったら来るだろ」

「うん」

「何も言わなくても来るだろ」

「うん」

「留守って言えば来ない可能性に賭けた」

「馬鹿なの?」

「俺も言った直後にそれは思った」


 アルトが俺の言葉にちょっと笑い、俺と目が合うと慌てて口を手で抑えた。そんなに怯えなくてよろしい。いくら俺がクレイジーサイコ転生者でも、子供に笑われたぐらいでいきなり噛み付いたりはしない。基本的には。


「毎日毎日よく飽きもせず来るな」

「カースの話面白いもん」

「面白いか……?」


 前は童話やらラノベやらの話をしてたから分かるんだが、最近は前世の苦しみしかない七転八倒記しか話してないぞ。

 ちなみに前世の記憶については特に隠してもいない。


「とにかく、今は作業中だ。どっかいけ」


 削った木屑をフェイに向けて息を吹きかけて払い、パーツのサイズ合わせをする。でかいな。もうちょい削るか。


「何作ってんの? バリスタ?」


 木屑まみれになっても意に介さず、フェイは興味深々といった御様子。


「なんで俺がバリスタ作るんだよ」

「え? 村を襲う盗賊を退治するためとか」

「そんなんある訳ないだろ。ラノベの読みすぎだ。……俺のせいか、すまん。これはただの籠だ」

「籠。何か捕まえた?」


 せっせとフェイについた木屑を取っていたアルトがぽそっと呟いてきょろきょろ周りも見回し、俺の膨らんだポケットに目を留めた。


「リス?」

「いや白鼠。よし分かった、コイツ貸してやるからしばらく黙ってろ。集中できん。逃がすなよ」


 ポケットから白鼠の首元の皮をつまんで渡すと、アルトは目を輝かせた。


「わあ……!」

「それが白鼠? 白くなくない?」

「この子、汚れてるから。カース、水少しもらうね」


 アルトが優しく白鼠を湿らせたハンカチで拭ってやっている間に、籠のパーツの削り出しと組み立てを終える。円筒形の籠はちょっとグラグラしたが、こんなもんだろう。白鼠はアルトに鼻先を拭われても、フェイに腹を指で撫でられてもなすがまま。暴れて逃走しそうには見えない。

 綺麗になって少しケバ立つ白毛皮を取り戻した白鼠を籠に入る。白鼠はきょろきょろと周りを見回した後、くたっとその場に伏せ、赤い目でじっと俺を見つめた。フェイが籠を揺すっても、床にしがみつくだけで、慌てて走り回ったり鳴き喚いたりしない。


「なにこいつ動けよ。つまらーん」

「この子、ケガしてる。そっとしといてあげようよ」


 怪我のせいなのか? その割には弱っている様子はない。あえて動かずこちらを観察しているような、そこはかとない不気味さを感じるんだが。

 しばらく赤い目を見返してガン付け合っていたが、アホらしくなってやめた。鼠の考えなんて分かる訳がない。というか鼠に考える脳みそがある訳がない。


「なあ、村で誰か鼠飼ってるって話知らないか」

「鼠ィ? さあ。なんで?」

「人馴れしてるみたいだからな。誰かのところから逃げたんじゃないかと」

「聞いた事ない。けど、私たちが知らないだけで、誰か飼ってたの、かも」

「そーか。知らんならいい」

「……村でみんなに聞けばいいのに」

「村で俺と話そうなんてモノ好きはお前らぐらいだよ」

「ゴンさんは?」

「親父には畑売った時に縁切りされてる」


 息子の成人祝いに大切な先祖伝来の土地を分け与えたら、三日でこんな田舎の村ではクソの役にも立たない銀時計に変えてきたのだからキレて当然だ。それについては心の底から謝ったが、全く反省しなかったので三行半である。


「鼠飼ってる人なんていないんじゃない? いや知らんけど、普通見つけたら殺すし。その白鼠はどうすんの? 太らせて食べるの?」

「なんでだよ。誰か物好きに売って……ああ、フェイかアルトが欲しいならやってもいい」

「ちゅ!?」


 俺が籠に木の実のカケラを入れてやりながら言うと、フェイは身を乗り出した。


「え、くれるん? 欲しい!」

「千シアンな」

「金とんの!? 大人気なっ!」

「馬鹿お前、子供だからってねだれば何でも貰えるなんて思うなよ」

「カースと俺の仲じゃん」

「断る。むしろ俺がタダでやると思ったのか」

「すごい説得力」


 アルトが深く頷いている。いやそこまで納得されるとそれはそれで。守銭奴になった覚えはないんだが。

 フェイは腕組みして唸り始めた。


「千か。千かー。アルト、いくらある?」

「え? えっと、七百、かな」

「俺百しか無いわ。カース、八百で」

「断る。千」

「んだよ負けろよぉー。いいじゃん二百シアンぐらい。俺がめっちゃ白鼠欲しがってるの分かってるだろ。見ろこの欲しいですオーラ」

「見えん。俺だってめっちゃ千シアン欲しいわ」

「フェイ、フェイ、もう駄目だよ。ああなったらカースは絶対譲らない」


 アルトはよく分かってる。俺が一度こうと決めたら、俺以外の誰にもそれを覆せないし覆させない。例えこのたった二百シアンの値引き拒否のためでも命をかける。今度の人生はほんの少しの後悔も残したくないのだ。

 親父には最後まで理解されなかったが、まあ理解できる方が異常だろう。理解して欲しいとも思わん。馬鹿な生き方だと笑えばいいさ。


「俺たち以外に誰が買うんだよ。みんなカースに顔も合わせないだろ。な、売っとけ? 売れなきゃ一シアンにもならないんだからさぁ」

「いっちょ前に交渉の真似事か。無駄だ、お前らが買わんなら行商人にでも売る」

「ぐぬぬ……」


 フェイは悔しそうに引き下がった。

 子供の「欲しい」は大抵は衝動的なもので、どうせ手に入れても数日ですぐに飽きて死なせてしまう。フェイにとっては逆に金が足りなくて良かったのかも知れない。今ここで全財産はたいて買ってくれたら俺は嬉しいが。


 アルトが世話焼きスキルを発動して、肉ばかり食べている俺のために持参した塩と野菜くずでスープを作りはじめた。暇になったフェイは勝手に籠を開けて白鼠にかまい始める。ところがさっきの大人しさは何だったのか、フェイに掴まれた白鼠はめちゃくちゃに暴れ、一目散に俺のポケットの中に逃げ込んだ。布越しに白鼠がぷるぷる震えているのを感じる。


「フェイ、髭か尻尾引っこ抜こうとしただろ」

「んな事するわけないじゃん。なんか前脚変な方に曲がってたから引っ張ってみただけ」

「鬼か。それは逃げる」

「ええ? カースが好きだからすり寄ってったみたいに見えたけど」

「捕まえる時指食いちぎられそうになったんだがそれは」

「食べちゃいたいぐらい好きって言うじゃん?」

「馬鹿、甘噛みってレベルじゃなかったぞ。見ろこれ噛み跡が……無いな」


 何度も指に歯を突き立てられた覚えがあるが、傷跡一つなかった。

 マジか。甘噛みだったのか。あれが。かなり痛かったんだが。本気で噛まれてたら指もげてたな。

 という事は出会った時から懐かれてたのか? 畜生でも命を助けられた恩は分かるのか。

 スープの匂いを嗅ぎつけたのか、白鼠がポケットから顔を出したので聞いてみる。


「お前、俺の事好きなのか?」

「ちゅー」


 あっ! こいつ首横に振りやがった……!


「ね、鼠に、ふ、フられ……!」

「いや身震いしただけだろ。笑いたきゃ笑えよ」

「あはははははは! ざまああああああああ!」

「何笑ってんだぶっ飛ばすぞ」

「理不尽!」


 フェイはスープを作り終わったアルトと一緒に帰っていった。気が付けば外が暗くなっている。現代日本と違い、俺の家に限らず夜の民家に明かりはない。明かりをつけておくための燃料がもったいないからだ。俺はスープを啜ってさっさと寝ようとして、白鼠が赤い目でじっと見てきているのに気がついた。

 変な鼠だ。妙に大人しいし、人の言葉が分かっているような反応を見せているような気がしなくもなくも……


 人の言葉が分かるなら高く売りつけられそうだ、と考えている内に、俺はいつのまにか眠っていた。

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