嬉野楓佳
「ハンカチ……返し忘れちゃったな……」
浮世離れした雰囲気の男子生徒と別れた私は、無事入学式の行われる第一体育館にいた。
第一体育館は、私が通っていた中学校の体育館などとは比べ物にならないほど大きく、むしろこんなに大きな体育館で何をするんだろう? という疑問さえも浮かんでしまうほどでした。
中に入ると、私と同じ新入生の方々がたくさんいて、初めから用意されていた椅子にそれぞれ座って談笑していました。
談笑している姿を見ても、みなさん上品で、とても私が入り込んでいいような世界には思えませんでした。
座る席は、とくに規定はないため、私はそんな空気から少しでも離れられるよう、端っこの方に、一人で座ることにしました。
「はぁ……入学式のときからこんな調子じゃなぁ……」
思わずため息を吐き、沈んだ気持ちでいた時でした。
「隣、いいかしら?」
「え?」
不意に声をかけられ、私は驚いた表情を浮かべながら、その声の方向に視線を向けました。
するとそこには、同い年とは思えないような、綺麗な女の子がいました。
明るい色に染められた長い髪は、軽くウェーブがかかり、顔には、薄らとですが、化粧をしています。
そのどれもがオシャレで、本当に同じ高校生なのかさえ分からなくなりそうです。
「あ、えっと……どうぞ!」
「ありがとう」
そう言うと、彼女は笑顔を浮かべ、私の隣に腰を下す。
そして、笑顔のまま、自己紹介をしてくれました。
「初めまして……よね? 私は嬉野楓佳。よろしくね」
「わ、私は姫宮佳織です! その……高校からこの黎明学園に入学することになりました! よろしくお願いします!」
「そんな緊張しなくてもいいのに。同い年でしょ? それよりも、高校から編入って珍しいわね」
「その……いろいろありまして。実は、私はこの学園で唯一の一般学生なんです……」
「そうなの!? あ、そう言えば、今年から一般学生をテスト入学させるって話を聞いたような……。なるほどねぇ……あ、佳織って呼んでいい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「それじゃあ佳織ね。佳織も、同い年なんだし、敬語なんかじゃなくて、普通に話してちょうだい。私のことも、楓佳でいいから」
「う、うん」
「よし!」
楓佳は、私の返事を聞いて、嬉しそうに笑った。
「あ、それじゃあ、佳織はこの学園のこと、よく知らないのよね?」
「うん、そうなんだ。ここに来る途中も、なんだか怖い人たちに襲われて……」
「ちょっ……大丈夫だったの!? それ、今まさに私が教えておこうかと思ってたような事態じゃない!」
「だ、大丈夫だよ。たまたまその場にいた、男子生徒が助けてくれたから」
「へ? 男子生徒が? SPじゃなくて?」
「うん、男子生徒」
私の言葉に、楓佳は呆気にとられたような表情を浮かべた。
すると、楓佳は何かを思い出したような様子で、私に訊いてきた。
「もしかして……それって、黒髪のすごいイケメンじゃなかった?」
「え? う、うん。確かに、なんだか浮世離れした綺麗な人だったけど……」
私には、イケメンとかそう言うのはよく分からないけど、でも確かに、あの男子生徒はカッコイイと思った。
「佳織……アナタ、運がよかったわね。たぶんその人、世界トップの大財閥、月神グループの御曹司、月神麗夜よ」
「月神……麗夜……さん。あ、たしかに、襲ってきた人もそう言ってたような……」
「ならアタリね。でも、麗夜さんかぁ……それなら、助けてくれたって話も嘘じゃないかも」
「どういうこと?」
私は、思わずそう楓佳に尋ねると、楓佳は答えた。
「さっきも言ったけど、麗夜さんは、月神グループの御曹司で、昔からいろいろな組織に命を狙われてたらしいの。それは、この学園にいる生徒なら、一度くらいは経験していることだから、おかしくはないんだけど……」
どうしよう。いきなりこの学園で頑張って行ける自信を喪失しそうです。
「でも、麗夜さんは、私たち以上に危険な目に何度もあってるの。まあ一度も誘拐されたことはないらしいんだけどね。それらの理由が、麗夜さん自身が強すぎたかららしいわよ」
「強すぎた?」
「そう。まだこの学園に来たばかりの佳織は知らないだろうけど、月神麗夜と言えば、容姿端麗、文武両道、才色兼備……とにかく、何でもできるって噂の、とんでもない人よ。この学園の生徒は、少なからず護身のために、武道をやってる人が多いんだけど、麗夜さんはあらゆる武道を修めたらしいわ」
「それじゃあ楓佳も?」
「そうね、私は合気道をやってるわ」
「わぁ! かっこいい!」
「そう言われると恥ずかしいわね……。と、とにかく、そんな麗夜さんだから、佳織を助けてくれたって言われても、信じることができるのよ。ちなみに、麗夜さんは、【黎メン】の一人よ」
「へ? れ、レイメン?」
突然出てきた知らない単語に、首を傾げる。
「【黎メン】っていうのは、この黎明学園に在籍している、超美形集団のことよ。別にチームってわけでもないし、それぞれが関わり合いがあるわけでもなくて、私たち他の生徒が勝手にそう呼んでるだけなんだけどね」
「ほへぇ……」
なんだか、私の住む世界とは、本当に違うんだなぁ、ということを実感させられます。
「とにかく、佳織が無事でよかったわ。この学園に通うからには、そう言う危険もあるってこと、知っておいてちょうだいね。ちゃんと警備隊もいるんだけど、どうしても完全じゃないから……」
「う、うん。気を付けるよ」
どこか現実味がないと思いながらも、実際に襲われた……というより、巻き込まれた私は、微妙な表情を浮かべ、そう返事をするのだった。