始まりは唐突に
バチィンッ!
「っ!」
鋭い痛みが、私の頬を襲う。
すると、私をぶった伯母は、蔑んだ目で私を見てきた。
「アナタ、最近調子に乗ってるんじゃないかしら?」
そう言うと、倒れた私の髪の毛を掴み、無理やり顔を伯母の方へ向けさせられる。
「いい? 誰のおかげで中学を卒業できると思ってるの? 出来損ないの妹の子供である、アナタをわざわざ育ててやってるのよ? それなのに……」
一度そこで言葉を止めると、再び伯母は私の頬を叩いた。
「高校に行きたいですって? 冗談じゃない。何で私たちが義務教育でもない高校にアナタを入学させなきゃいけないのよ。アナタは、卒業したら家から消えてもらうんだから」
「……」
叩かれた頬を押さえながらも、私は後悔した。
……やっぱり、ダメだよね……。
バイトから帰った私は、お爺さんとの会話を思い出し、思わず伯母に高校に行きたいことを告げたのだ。
その結果、こうして伯母にぶたれているわけだ。
「ねーねー、お母さん。私お腹空いたんだけど」
痛む頬を押さえ、顔を俯かせていると、そんな声が聞こえてくる。
声の方に視線を向けると、茶色に染めた髪の毛を豪華なアクセサリーで飾り、少し厚めの化粧を施したイマドキの女の子といった、華やかな少女が食卓に座っていた。
彼女の名前は平中由美。
伯母さんの娘さんで、私と同い年の女の子。
でも、私と違って、オシャレで可愛い女の子です。
ただ――――。
「ゴメンね、由美ちゃん。今用意するわね」
「ありがとう! ……それで、アナタはいつまでそうしているつもりかしら? いい加減目障りで消えて欲しいんだけど?」
「ご、ゴメンね……」
由美ちゃんからも、当然の如く私は嫌われている。
頬を押さえながら立ち上がり、顔を洗いに洗面所まで移動すると、さらに由美ちゃんは言葉をつづけた。
「それにしても……あと少しでアナタとおさらばだなんて、清々するわね。とっとと一人で勝手に野垂れ死んでればいいのよ」
「こら、由美ちゃん。そんなはしたない言葉遣いをしてはいけませんよ?」
「はーい」
「……」
由美ちゃんは、来月からお金持ちが集まる『黎明学園』に入学するらしく、そのときを楽しみにしていた。
そのわけは、黎明学園でお金持ちの男性を探し、何としてでも由美ちゃんのお父さんの会社である平中商社を大きくするために取り込むためだからだそうです。
平中商社は、大企業というほど大きくはないのですが、それでも黎明学園でより大きな企業の方とつながりを持つことによって、どんどん商社を拡大していくといった考え何だとか。
そんなことを思いながら、リビングの扉を開けようとすると、一人の男性が扉を開け、入室してきた。
「あっ……その……」
「消えろ。邪魔だ」
男性は、私の方に一度も目を向けることなく、食卓へと向かい、伯母さんや由美ちゃんに話しかけると、先ほどの無表情さがウソに思えるような笑顔で話していた。
男性は、伯母さんの旦那さんで、平中商社の社長……平中太郎さん。
この家に来てから、太郎さんには一度も顔を見てもらったことがなく、ぶたれたりしたことはないけど、それでも一番冷たい態度で接せられてきました。
思わず、唇をかみ、顔を俯かせる。
そして、平中家の団欒を遠目に見ながら、私はそっとリビングを後にするのでした。
◆◇◆
それは唐突にやって来た。
「お迎えに上がりました、姫宮佳織様」
「はぁ……」
中学を卒業し、家から追い出されることになった私は、荷造りをしていたところ、突然黒服の男性にそう言われました。
荷造りと言っても、私の所持品などあってないようなものなので、すぐに済んだのですが……。
「えっと、どちら様ですか?」
今は、伯母さんたちは外出しており、家には私しかいない。
伯母さんは、帰ってくるまでに家を出ていなければ、不法侵入として訴えるとまで言われていたのですが、まさか出ていく直前にこのような来客があるとは思ってもいませんでした。
しかも、目の前の黒服の男性は、上質なスーツを着ているので、おそらく上流階級のかたでしょう。背後には、黒塗りのリムジンが停まっています。
黒服の男性は、無表情ながらも驚くほど整った顔立ちで、整えられた黒髪とスーツ姿も相まって、非常にカッコよく見えました。しかも、顔だちから察するに、私と同い年くらいに見えます。
怪訝な表情を浮かべながら、私がそう訊くと、黒服の男性は表情を変えることなく説明してくださった。
「佳織様には、これより【黎明学園】に通っていただきます」
「……………………へ?」
再び唐突な言葉に、私は間の抜けた声を出してしまった。
だが、黒服の男性は気にした様子もなく続ける。
「黎明学園は、巨大財閥の御曹司をはじめ、企業の社長令嬢や政治界の重鎮のご子息など、財力に富んだ方々が通う学園です」
「はぁ……」
説明を聞いただけでも分かるように、超貧乏人である私とは、縁のない世界です。
なぜ、そのような学園の関係者が私を?
そんな疑問を感じ取ったのか、黒服の男性は答えてくださりました。
「そのような黎明学園ですが、実はとあるプロジェクトの試験運用として、佳織様にはぜひ黎明学園に入学していただきたいのです」
「プロジェクト……ですか? えっと、それはいったい……?」
「一般の方々の入学です」
「え!?」
黒服の男性の言葉に、思わず私は驚きの声を発する。
「先ほども申し上げましたように、黎明学園は上流階級の方々が通う学校です。ですが、上流階級の方々内だけでの交流では、視野は広がりません。一般の方々の意見を聞いたり、交流を持つことによって、上流階級の方々は見聞を広げられるのです」
「はぁ」
「そこで、その試験入学者として、佳織様に入学していただきたく思い、こうしてお迎えに参りました。また、黎明学園は全寮制ですし、入学金、授業料、教科書代など、必要なものすべてはこちらがご用意いたします」
「ち、ちょっと待ってください! どうして私なんですか!?」
そう、その話を聞けば聞くほど、私が選ばれた理由が分かりません。
私なんかよりも、もっと適任者がいるはずなのに……。
そんな私の言葉を聞いた黒服の男性は、少しだけ笑みを浮かべた。
「運がよろしかった……そう思ってくださいませ」
「え?」
「……それで、佳織様。大変恐縮なのですが、決断を今すぐしていただけないでしょうか? 実は、入学式は明日に控えておりまして……」
「ええっ!?」
本当に急な展開で、私は驚きの連続です。
でも……この黒服の男性の言葉が本当なら、私は高校生になれるということになる。
あのお爺さんに出会って、再び私の中に芽生えた高校生になりたいと想い。
まだまだ勉強したい。
友だちだって欲しい。
唐突に訪れた幸運に、胸に抱いていた高校に行きたいという思いは強くなり、私は意を決して黒服の男性に告げた。
「あ、あの! ぜひ、私を連れて行ってください!」
そう言うと、黒服の男性は再び笑みを浮かべ、綺麗なお辞儀をした。
「かしこまりました、お嬢様」