ー1ー
「まあまあ可愛いはずのこの二人に、彼氏がいないのは何故なのかしら・・・」
ドーナツをほうばりながら、駅の改札へ向かう人波を眺めてミサトは呟いた。
「片っ端から声掛けてみれば?数打ちゃ当たるかもよ?」
目の前を通りすぎる人々を目で追いながら、しかめ面で冗談口調でユウキは答えた。
二人は地元の女子高に通う2年生。
期末テストが終わり、駅前のドーナツ屋で知恵を絞り考えていた。
「そんな言い方したけど、なかなかそれいい考えね・・・何故皆やらないのかな?私を含めてだけど」
しばらく考えていたのか、沈黙が続いた。
「わかった!流行らないからよ!」
突然、ミサトが自信ありげに答えた。
「いい、ただ恥ずかしいからだけじゃないのよ、だって恥ずかしい事も流行れば皆がやる世の中よ、太い眉だらけの時代もあった訳だし!」
「よし、じゃあ流行りを先取りして実行ね!」
ユウキがそう言うと、ミサトは目の前を歩く男子を物色し始めた。
「とは言ったもののぉ、ミサト、冗談よ!ちょっとそんなにじろじろ見て、止めなよみっともない・・・ならもっとさりげなく見て・・・あ!あの人、カッコいい」
ユウキの目の先に、あれ、ちょっとイケメン??背も高く背筋が伸びた一際輝く男子が颯爽と通りすぎた。
きっとユウキ以外の誰が見ても、その例えに偽りはないだろう。
「ユウキノッてきたわね!じゃあユウキ、行ってよし!」
「え?私はいいって」
いざ実行と考えると、かなり恥ずかしい。こりゃダメだ。
「何言ってるのよ、流行りを一番に先取りできるのよ、譲ってあげるから行きなさいよ」
「何訳わからない事言ってるの...」
「ほら、早く、行ってしまうわよ!ユウキ、一生後悔するかもしれないよ!」
「え?な、何よそれ・・・」
重い足取りで店を出ると、ユウキは半ばゲーム感覚で、しかしかなり勇気を振り絞り、その見知らぬ彼を追いかけた。
"少々早足で彼に近付く。
見るからに優しそうな彼、いやっ、近くで見るとますます私好みだわ!
心臓は、これでもかと言うほどドキドキしている。
この間乗った富士急ハイランドの高飛車に匹敵するほど。
射程距離内に近付くと、心の準備を整える。
何故こんなことしてるの?
一瞬雑念(正しい考え?)があたまをよぎる"
「あのぉ!」
とりあえず、大きな声で叫んだ。
彼がこちらを振り向いた。
「これ、落としました?」
バックから適当な物を掴み、彼に差し出していた。
「いや、それは僕が落としたんじゃないな・・・」
ユウキの手のひらに乗った口紅を見ながら彼は答えた。
「あ、これ、私のかも!」
「やっぱり?」
「あははははー」
あっけなく逆なんは成功した。
ユウキは獲物を持ち帰り、誇らしげにミサトに報告した。
「こちら、友達のミサトです。彼は、シンジ君!」
「初めまして!」
元気に挨拶すると、ミサトは目を細めてユウキに合図を送った。
きっと
ーなかなかやるじゃないー
とでも思ってるのだろうと想像がついた。
「じゃあ、次は私の番ね!バイチャ!」
ミサトはそう告げると、
発射!
と言わんばかりに、外に飛び出して行った。
しばらくたってもミサトは帰って来ない。
すると、ユウキの携帯がブルッと反応した。
ー頑張ろうとやってみたけどあんなのムリ!あんたよく出来たわね?
今回は私の負けね、この埋め合わせはまたの機会に!じゃ!ー
ミサトからのメールだった。
ーえー!やられた・・・ちょっと頑張ろうって、いっぱい頑張れよ!ー
ミサトへメール返信。
ミサトミサイルは、命中することなく人波の中へ消えていったのだった。
「ハハハ、二人とも面白いね!ユウキはチャレンジャーだなぁ」
ミサトとの一部始終を話すと、シンジは笑いながらそう言った。
「いやいや・・あなたが通ったからやる気になったのよ、こんなのとてもとても・・・」
私は、自分で言うのも何だが、好奇心旺盛だ。とりあえず興味があったら何にでもチャレンジしてしまう。
失敗が怖い訳ではないが、何となく見えない何かに守られているような気がして、そんな気持ちが、躊躇したとき私の背中をポンと押してくれる。
背中を押してくれるのは、会ったことが無いが、でもいつも心にいる、
私の父だった。
ーある中年男性の、奇妙な出来事ー
「俺はやっぱり日本人だなー」
スマートフォンの画面に映るニュースを見ながら、独り言を呟いた。
原発推進派だったアメリカが、新しく原発を作ることを見直すという記事を見ていた。
アメリカが原発推進を止めた理由は、ネバダ州に建設中だった核廃棄物最終処理施設が白紙になってしまったからだ。
今までは、処理施設が作られる計画の元、アメリカは原発推進派だったが、単純に、処理施設ができなくなった今、原発を作り続けるのはリスクが高すぎるとの決断である。
私はアメリカを誤解していた。
原発を他国に売る技術を持つアメリカと日本は、売る側が反対したのでは示しがつかない。
いわば金儲けのために原発を推奨していく立場になっているのだと思ったが、アメリカは、きちんとした大人の考えを持っていたことが分かった。
ーゴミ箱がないのだから、ごみの出ないものを買って使おうー
アメリカは、そんな当たり前の考えを持っていた。
一方の日本は、最終処分場など全く作れる見通しもなく、重大な原発事故を起こしておきながら、まだ原発に頼ろうとする。
理由は、夏の猛暑に対応できないから。
ーゴミ箱は無いけど、お腹が好いてるから好きなもの食べようー
少し先の未来の事も全く考えられない、その場しのぎの子供のような考え方しかできない日本。
情けないが、今の自分も、そんな日本のような日本人だった。
41才にもなり独身で、好き勝手に生きてきた。
サラリーマンで給料もそこそこもらっておきながら、パチンコや飲み代に必要以上に金を使い、貯金もない。
先の事を全く考えられない日本人だった。
「はあ...」
私はため息をつきながら、電車のホームで、一人ボーッと動かない電車を眺めていた。
西武線と、JRの駅に挟まれた線路に、炎天下の中、一台の車両が、静かに止まっている。
誰もいない車内は、サウナ風呂のように暑いに違いない。
駅のホームにいて、どうでもいい目の前の景色を分析するほど、余裕と暇をもて余している。
普段は力なく満員電車に押し込まれ、通勤するのみ。回りを見る余裕などない。
そんな毎日の要である仕事は、それなりにやりがいはあるが、余裕なく働いてきた。
そして41才になり、病気になった。
良く晴れた平日の昼間に会社をさぼり、こうして適当に電車を待っているが、同僚も理由を聞けばきっと許してくれるだろう。
私はホームのベンチで、目に写る景色をぼっーと眺めていた。
診断を受けたのは先日の事だった。
喉の調子が悪く、食べ物がうまく飲み込めない時があり、よくむせる。
タバコの吸いすぎで喉がやられたくらいに思い、病院に行く事にした。
喉を調べたところ何ともない。
総合病院だったため、念のため神経内科という診療科に見てもらうようそちらに回された。
何ともないのに違和感があるのがおかしいらしい。
「最近息苦しいなど感じたりしますか?」
「息苦しい、ですか?」
自分は息苦しいんじゃないか? なんて考えた事もなかった。
あまりピンとこない質問だった。
「とりあえず、今度幾つかの検査を行います、予約を取って下さい」
仕事のスケジュールを確認して、医師の指定する日と照らし合わせながら、そう、知っておかねばならない肝心な質問を思い出した。
「その、何か病気の疑いがあるのでしょうか?」
「念のためなのですが一つ疑いのある病気があります」
「それは何でしょうか?」
「運動ニューロン疾患です」
運動神経の病気の総称である、
運動ニューロン疾患
その中でも、一番厄介な病気、
筋萎縮性側策硬化症(ALS)
後日の精密検査の結果で、私はそう診断された。
全身の運動神経が徐々に言うことを効かなくなり、最後には呼吸が出来なくなるという病気だ。
最初に手足が動かなくなるという症状が出るのが普通だが、私の場合は、喉の筋肉の異常からだった。
このパターンは進行が早い場合が多く、やがて呼吸が出来なくなり、自力で生きる事が出来なくなるそうだ。
この病気はいずれにしろ全ての運動神経が麻痺し、体を全く動かせなくなるらしい。
進行の過程からして、あと1~2年で呼吸が出来なくなるかもしれないという事だった。
何て辛い病気なのだろうか。
俺は、あとどれくらい正常な人間として生きられるだろう。
こうして会社をサボってみても、どこにも行きたい場所は無かった。
暑い中、何となく行くところと言えばパチンコくらい。
死ぬ前の貴重な時間さえもパチンコで潰そうというのか!と自分に腹が立った。
「仕事もしたくない、行く所もない、いっそう、自殺でもしようか・・・」
俺の人生っていったい何だったのだろう。
独身で守るものは何も無く、真面目に働いてはいたが、なんの生き甲斐もなくその日暮らしのような生活だった。
今日もこうして時間があるのに行く場所がないなんて、毎日を適当に過ごしていた証拠だ。
考えているうちに、自分に無性に腹が立ってきた。
死ぬまでの貴重な時間を無駄に過ごすだけだったら、今自殺した方がましだ!
私はホームに立ち、電車のいない線路へゆっくり歩いた。
すると、ホームが何故か騒がしかった。
ボーッとしていたせいか、今まで気付かなかったのだが、自分が飛び込もうとしている線路を皆が覗き込んでいたのだ。
「おい、電車来たぞ!」
誰かが叫ぶと、ざわざわと更にあたりは騒がしくなった。
見ると、線路上には背広を着た男性が倒れていた。
気を失っているか、私と同じ、自殺志願者なのか、わからなかったが、私はそのまま線路に飛び降り、線路に横たわる彼に駆け寄った。
「あなた、大丈夫ですか?」
声をかけると、反応がない。
そしてちょっと酒クサイ、という事は、誤ってホームから落ちて気を失ってしまったのか。
「ちょっと!しっかりしてください!」
私は思い切り力を入れて彼の体を担いだ。
少しよろめいたが、ホーム付近まで上げられれば、多くの人が引っ張り上げてくれる。
私は、力いっぱい彼の体をホームに担ぎ上げた。
彼のずっしりと重い体が急に軽くなったかと思うと、数人の男性が、引っ張り上げていた。
「あなたも早く!電車が!」
横を見ると、電車は2~30メートル先まで来ていた。
「早く!」
先ほど救出した男性を引っ張り上げていた団体の中で、余った2人の男性が私に手を伸ばしてくれた。
私は思わず一人の手に捕まり、身をあずけたが、私の体重を支えきれず、フラフラとこちらに落ちそうになった。
私はとっさに彼を突き飛ばし、それと同時に線路上にしりもちをついた。
中央線の電車は、私の座る線路を何も無いかのように通過していった。
私を引っ張り上げようとした彼の、最後に見せた申し訳なさそうな表情は、今でもはっきり覚えている。
目尻が下がり、今にも泣きそうな表情だった。
藤子不二雄の漫画に出てきそうな、申し訳なさをオーバーに描いたような、そんな表情だったな...。
ーあっちの世界ー
「君は英雄になったよ、ニュースでも大きく取り上げられ、駅には君の勇気を称える石碑まで建ち、ハチ公と同じような待ち合わせ場所になるだろう」
もっとも、自殺しようとしていたから出来た事だ。
生きたい気持ちがあったら、ビビってできなかっただろう。
「さて、今日ここに集まって頂いた3人ですが、皆、人を助けて命を落とした人たちです」
そう言えば、ここは一体どこなのだろう。
もしかして、死後の世界だろうが、イメージとだいぶ異なる。
さっきから話しているこの男は、何となく駅にいる車掌さんのような格好をしている。
こじんまりとした部屋に、木で出来た長椅子があり、こうして全体を見渡すと古い小さな駅の待ち合い室みたいだ。
そこに私と、その他2名が座っていた。
「あの、ここは一体何処なのでしょう?もしかして駅の事務所かなにかですか?という事は助かったのかな・・・」
「いえ、貴方はおなくなりになりました。ここですか?ここは八十八分室という所で、あなたたちはここに振り分けられてきたのです」
「やっぱり死にましたか、でここは八十八分室ですか」
「そう、百ある部屋の中の八十八番目の部屋です」
「百も部屋があるのですか?」
「その通り、そこからの説明ですか・・分かりました、いいでしょう、そもそもこの部屋制が始まったのか、9200年前の・・・」
別に聞いたつもりはないが、車掌さんによる長い説明が始まった。
要約すると、1日に死んだ人達を百に振り分ける部屋があり、ここは八十八番目の部屋らしい。
この部屋は人を助けて命を落とした人が集められているのだという。
1日に3人か。
多いのか少ないのかわからないなー。
「・・という事です、ご理解頂けたでしょうか」
「あと、もう一つ質問ですが、これって日本だけですか?」
この部屋にいる人は、3人とも日本人だった。
「ああ、あなたから見たら二人とも日本人に見えますが、魂には、なに人とかは無いので、他のお二人は貴方に都合のいいように見えているだけです」
「そうなんだ。あ、初めまして、どちらの国から来たのですか?」
隣の女性に声をかけてみた。
「え?見てわかりませんか?日本ですよ!失礼しちゃうわ!」
見ようによっては、タイ人の様にも見える彼女を、怒らせてしまった。
あちらの隅に座る男性は、見ようによっては、インド人にも見える・・ヒゲ濃いなー、今度は間違いない、インド人だ!
あいさつは、ナマステーだったっけ・・。
「あー、今日はたまたま皆さん日本の方ですね・・・」
車掌は独り言のようにサラッと言った。
"え?声かけなくて良かったー"
「では本題に入ります、今日こちらに集まって頂いた3名は、勇敢にも人の命を救って命を落としてしまいましたので、あなた方には特例が出ております」
「特例?どんな?」
「はい、一週間戻って、好きな事ができる特例です」
「ほう、具体的には?」
「ですから、一週間戻って好きな事ができます」
「何でもいいのですか?」
「そうです」
「この紙に希望を何でも書いてください」
一枚の何でも無いA4コピー用紙を渡された。
一億円持って、遊ぶ。
そう記入すると、車掌に渡した。
「場所は日本でいいですか?」
「はい」
「では、簡単に使い途を記入お願いします」
"使い途まで書くのか!"
税金が使われる訳でもないだろうに。
だが死後の世界だし、やはりちゃんと書いた方がいいのだろう。嘘を書いてもこの人達にはきっとばれてしまうだろうし。
「この人どう思いますか?」
二人の審査官は、希望が書かれた用紙と、マサオの人生経歴に目を通しながら頭をかいた。
「うーん、一億円の使い道は、バチンコ、飲み代、寄付ですか・・・
寄付は一億円という大金で、余るだろうからとりあえず書いたのでしょう」
「この人は本当に人を助けたヒーローですか?」
「この場合は特別措置として再生して頂くしかないですね」
「そうですね、私もその方が良いと思います」
車掌風の男二人は、何やらひそひそ話を終えて、皆に話始めた。
「えー、八十八分室の皆さん、先ほど皆さんのご要望を頂きました。では、次の場所に移動してください」
駅員風の男の一人が、手のひらをマサオの前にかざし、マサオだけその場に留めさせた。
「あなたは残って下さい、話があります」
「はあ」
「八十八室に来た方は、今後生まれ変わる際に世の中の見本となるように活躍してもらわねばならないのですが、貴方は、このまま先に進んでも、まったく見本にはなれません。
従って、再度41年地球で人生をやり直してもらいます」
「何ですかそれ?」
「ですから、審査の結果、貴方は再生措置という事に決定しました」
「ちょっと待ってください、また、よ、41年ですか?それは長すぎる、お断りですよ!それに、また同じ人生を繰り返すに決まってるでしょ!」
自分で言って少し恥ずかしかった。
「その辺はご心配なく。うまく再生できるようにこちらで少々コントロールさせていただきます」
「いやいや、断る!」
「ですからー、もう決定しております。断れません。では、さようなら」
「あんたの" ですから"の使い方ムカつくなー!ちょっと待って!わかった書き直すから!ちょっと、ちょっとちょっと・・・」
私はすべての記憶を消され、現世に戻された。
1970年10月24日に戻り、再度自分の人生をやり直したのだ。そして気づけば、41年の月日があっという間に経っていた。
私は、41才になり、やっと人並みの幸せを手に入れた。
会社で真面目に働き、少し遅いが結婚し、まとまった貯金ができ、それを元に家も建てた。
私の人生を振り返ると、とても順調だった。パチンコや賭け事もやらない。
若い頃少しやったことがあるが、何故か一度も当たったことがない。
ギャンブル、酒、女遊びもしない。
女遊びも若い頃試してはみたものの、全くモテず、遊べた試しがなかった。
まるで人生の見本のような生き方をしてきた。
だが、ここに来て自分が病に犯されていることが分かった。
alsという病気だった。
現代の医学では直す事はできない難病で、深刻な病気らしい。
先日、医者の告知を受けた。
「私の幸せは始まったばかりだというのに、妻に何て話せばいいのだろう」
駅のホームで、私は絶望感に浸っていた。
ーそもそも、私の人生は楽しいものだっただろうかー
学生時代は主に勉強を中心に生きていた。
いい大学、いい会社で働くという事を目標に、今思えば友達と楽しく遊ぶのも我慢してきた。
楽しかった思い出は、高校、大学に受かったことくらいしか浮かばない。
結婚生活は楽しかっただろうか?いや、楽しいというよりも、責任が重くのし掛かり逃げ出したいという方が本当だった。
親を安心させるために自然と親好みの女性を探し、適齢期に式を挙げた。
後は、忙しい仕事に追われる日々。
そうか!
今、いや、今さら、ふと大事な事に気づいてしまった。
私のように安定した会社、家庭があるということは、強い麻薬を常習しているのと同じではないだろうか?
端から見て順風満帆、安定した生活というその甘い中毒にはまれば、そこを簡単に抜け出すことはできない。
仕事は一流企業のサラリーマン。仕事が楽しかった事も少々あるが、ほとんどの場合がお金のため我慢し、神経をすり減らし、戦っていた。
会社で楽しかった思い出なんて、何かあったかな。
唯一思い浮かぶのは・・・ヤクルトオバサンの笑顔!
なな、何て事だ!
本当に、私はこの仕事をしていて良かったのだろうか?
一度、そば屋を営む友人に一緒に店をやらないか?と誘われたが、丁度仕事で問題が起きていて詳しく話も聞けなかった。
私には自然豊かな場所で、小さな店を経営するという夢もあり、その友人とはそんなことを話し合ったりもしていた。友人はそば屋を一人で立ち上げ、成功している。
安定した会社に就職するということは、イコール、楽しい人生を送るということではなかった。
それは、人生における様々なチャンスをことごとく棒に降ることができる強い毒性を放ち、可能性を秘めた人間も、なんの変鉄もない単純な人生を作り上げる人間に変えてしまうのではないか?
今はそんな気がしてならなかった。
私はボーっとしながら、ホームを歩いた。足は線路の方向に向かっている。
「もう、いっそ死んでしまおうか」
そんなことを考えながら、線路に向かうと、そこには人だかりができており、みな、ホームから線路を覗き込みざわついていた。
人混みをかき分け、線路上を見るとそこにはすでに一人の男性が横たわっていた・・・。
「お疲れさまでした」
気がつくと、古い駅の待合室のような場所にいた。
ーどこかで見た様なー
「お帰りなさい、41年間ご苦労様でした、あなたとしては、まあまあいい人生でしたね」
「あ...」
思い出した。私は人生をやり直していたんだ。
「ここは・・・八十八銀行!」
「そうです、いや、違います、八十八分室です」
今まではすっかり忘れていたが、ここに戻ったら思い出す、そういう仕組みになっているんだろう。
「それではマサオさん、もうお分かりですね、この用紙に希望を書いてください」
私は考えた末、記入した。
「どう思いますか?」
二人の審査官は、マサオの希望用紙に目を通しながら頭をかいた。
「一億円の使い道は、一度当てたいバチンコ、一度モテたいキャバクラでの飲み代と寄付ですか。
寄付は一億円という大金で、余るだろうからとりあえず書いたのでしょう」
「41年で何も学んでないですねぇ、この人の人生の無駄遣いはハンパ無いな!」
「この場合は再度特別措置として再生して頂くしかないですね」
マサオは自ら手をあげてアピールした。
「ハイハイ!私もその方が良いと思います!」
「しかし貴方にだけこんなに時間を与える事はできません、今回は3度目だし、手続きの関係上、10年減らして31年の再生期間と言うことで進めていきます...」
私は再度人生をやり直す為に、41年前と同じ事を用紙に記入した。
今回の人生は自分に納得行くものじゃなかったからだ。
まあ、それは前回もだが、こうなったら納得行く人生を送りたい!
図々しくも、そう思っていた。
二度で合計、一世紀足らずの人生を生きてきて思ったことは、人生をうまく生きるということは、とても難しいことだ、ということだった。
「そんなことは何も80年生きなくたって、普通は気づくんだろうな・・」
ー三度目の人生ー
俺はこの出会いに運命的なものを感じていた。
そして彼女との出会いは突然やってきた。
電車の中、彼女は東京駅で乗り込み、たまたま座席に座る俺の目の前に立った。
その時の彼女は、髪が長く、プロポーションがいい、ジーパンがとても似合うオシリだなーという印象だった。
旅行帰りだろうか、多くの荷物を持っていた彼女は、較的満員の電車で窮屈そうだった。
彼女がひとつの荷物を棚にあげようとした時、
「あ、ごめんなさい!」
もうひとつの荷物が俺の足元で倒れて中身が少し散らばった。
足元に散らばる小物を俺は機敏に拾い集め笑顔で彼女に手渡した。
「どうぞ、あ、これもあなたのですか?」
もうひとつ、可愛いパンダの耳みたいなのが付いた定期入れが落ちていて、それを彼女に渡す際、書かれた名前がちらりとみえた。
「未来さんか・・・」