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は!

あうあう。おにいちゃん…おにいちゃん…。おっきくって、あったかくて、その温もりを感じられるのが夜だけなのが残念。

起こしちゃ悪いから、そんなに強く抱きしめてもいい訳じゃないし。ああ、でも。おにいちゃんの眠りが深ければ深いだけわたしからおにいちゃんへの愛も深くなる。今夜は何処までいけるかな…? ふふ。


ああー、寝顔、かっこいいなあ。わたしとは比べ物にならないね。肌も綺麗ですべすべ。シャープな顎にそそられてしまう。


いいなあ…至福の時間だ…。


…。……。

………。


っは、そうだ、今日は違うんだ。ぼんやり眺めているのもいいけれど、今日こそはおにいちゃんの部屋に監視カメラを付けようと思って一式を持ってきたんだ。

カメラは高かったけど、それだけの価値がある。こ、これさえつければ…あうあう、き、着替えシーンだって余裕で見学できちゃう。上なんか当たり前だし、もしかしたら下だって…あうあう、たまらないな。無線はお金的に買えないし有線は無理なので、毎晩記録メディアを取り換える必要があるけれど、まあ大丈夫。よし、さっさと取り付けてしまおう。

場所は下調べで決めてある。あまりに物のない部屋なので悩んだけど。輪の形をした蛍光灯を覆う…なんていうんだろう、カバー的な、四角いそれの上に設置する。重量バランスを取るために、文鎮も準備している。何かのはずみで落っこちないといいなあ。

食卓からちゃぶ台を持って来て、その上に乗る。それでも割と腕に乳酸の貯まる作業だったが、何とかおにいちゃんを起こすことなく無事完了。ふふ。


じゃあ、おにいちゃん今日はこれでばいばい。おやすみのキスを頬にして、わたしは部屋を後にする。



明日からおかずに困らない、というか肴があぶれるような状況だろう。楽しみだ。




私は覚醒した。布団との別れを惜しむことなく起き上がり、カーテンを開けた。眠くないわけでは無いが、一度目が覚めるともう一度は寝られない、二度寝できない体質なのだ。

挿し込む朝日が目に入り身体を起こし、頭とは全く別に眠っているようだった動きが張りを取り戻す。ついでに窓を開け、朝の冷たい空気を取り込むことにした。

深呼吸をし十分に眠気を追い払った後、制服に着替える。夜中の内に回しておいた洗濯物を干し終わったら、朝食の準備だ。

私達は夏子や枝子先輩のように、学校へ行くためにここを間借りしているわけでは無い。此処に住んでいる。母親がなく、父は遠くへ単身赴任。父の稼ぎで生活してはいるものの、面倒を見てくれる人間が居ないので自分達で朝食などを作るのだ。炊事洗濯は私の仕事。

朝ご飯が出来ても珍しく兄貴が起きてこないので不思議に思いながらちゃぶ台の前で待っていると、そろそろと襖が開いた。そして、これまた珍しく小さな声であいさつ。


「にーちゃんおはよう」


おはようと返し、二人そろったのでご飯を食べる、食べようとした。


「怒ってない?」


昨日あれから、帰って来たばかりの兄貴をきっちりしめて、部屋を荒らされている時の恐怖をこんこんと説いた。だからか、今日は控えめなのだろう。

怒っていない事を告げ、もう二度とするなとくぎを刺す。


「うん、ごめんなさい。でもねにーちゃん、俺、本当に荒らしたりはしていないんだよ。そりゃ下着は二、三枚失敬したけど、あんなに沢山は取ってな――」


その話をするな。

兄貴は何か言いたげな顔で、しかし口を噤んだ。


嫌なことはすぐに忘れたい。誰しもそうではないだろうか。




「不思議だと思わないか? 下着が増えてるんだぜ?」

「…ああ」

「そんなにいっぱい取ってないし、ましてや部屋を荒らしてもいない。あんなにひどく怒らなくてもいいと思うんだ」

「…」

「なあ?」

「…でも、盗ったんだろ?」

「……うん」


満と枝子の会話。何気ない会話。

満はただ話しているだけだが、それを聞いている枝子には様々な思いがある。あえてそれを明確にもしないし、満に告げたりすることもない。それは枝子が大人だからというわけでは無くて、思っている内容が内容だからである。

口に出して良い事と、悪い事。口にしたら都合が良くなる事、悪くなる事。

枝子が大人だからそれを分別しているのではない。枝子は決して大人ではないし、むしろ子供だ。自分の欲望を制御しきれていないという点に大きな理由を抱えている。もちろんそれ以外にだって大人になり切れていない幼稚な子供だ。

では何故思ったことを素直に口に出さないのか。

それは、関係の悪化を恐れているからだ。

枝子はこのまま満と仲が悪くなることを望まない。出来ることなら一緒に笑っていたいし、仲良くしていたい。


だから言わない。


それは果たして、今の失敗した社会が生んだ歪みの為だろうか。



「こんにちはー」


こんにちはの交換をして、昼食の時間が始まる。


「お兄ちゃんはどうして顔を腫らしているんですか?」

「夏子ちゃんほんとにやってるのか…」

「…にーちゃんに冗談で夜這いをかけたら返り討ちにあったんだ」

「本人が良いと言っているので放っておいています」


お弁当に、定食に、色とりどりの料理を囲みながら会話が進む。


「にーちゃんはまだお兄ちゃんに向かってお兄ちゃんと言う気にはならないのかい?」

「うるさいぞ変態」

「黙れ」

「に、にーちゃんお兄ちゃんに向かってそんな…」

「夏子、勘違いしてはいけない。こいつは下着泥棒だ」

「え、…そうなんですか?」

「いや、ち、違う」

「ほう? 違う、と」

「私としても聞き捨てならないな」

「いや待て、話し合おう」


進むにつれて、―何かちょっと思うところがあっただけなのだろう。だがしかし、個人の小さな鬱憤が相乗し場の空気が流れるように悪くなる。


「ふん、嘘吐きなど大嫌いだ。悪い夏子、私は先に戻る。不愉快だ」

「正直に言わない貴様の心理がわからんよ。新居ちゃんに同じだ。私も戻ろう」

「や、あの、違うんだ」


原因は満にある。当たり前だが、満の言い訳は虚しく無視され新居も枝子も行ってしまう。

さすがにまずかったか、と。後輩への体面を気にしたあまり潔くない行為に走ったのは卑怯だったか、と満は反省した。少しばかり遅かったが。

満の凹んだ空気を感じたのだろうか、夏子が声をかけた。


「…お兄ちゃん?」

「ん?」

「盗んだんですか?」

「まあ、ね」


今素直に出たのは、新居への謝罪の気持ちからか。それともどうでもいいという投げやりな気持ちか。


「それで、怒られて?」

「うん。この顔もね」

「ちょっと、酷いです」

「だよね、酷いよね」

「ええ。仕方ないかもですけど、やり過ぎです」


どちらにせよ、満は自身にとって予想外の感想を聞かされる。


「他人を使って言い訳までしようとして、最低だ」

「最低…? ん?」

「なに? 軽蔑されちゃったかな、俺」

「あ、ああ、違います! 酷いって言ったのは、お兄ちゃんじゃなくてにーちゃんです。あれ? あのええと、お兄ちゃんの事を悪くいったんじゃないんです」

「…え?」


驚くのは満。思うのは夏子。


「だって、下着のくらい…。わ、私なら、おっお兄ちゃんにだったらいくらだってあげます!」


爆弾のような、それこそ変態にも近い発言は。


「うぇ、えええ!? いやっ、でも、て、ていうか夏子ちゃん何言ってんの!」

「あ、う、お、お兄ちゃん」

「夏子ちゃん変な考えは捨てた方が」

「お兄ちゃん、私は、お兄ちゃんのことが好きです」


誰を傷つけるのか。


満は返答に詰まり、何もしゃべれずにいる。


「私だったら、私だったらお兄ちゃんのしたい事させてあげられるし、何回だってお兄ちゃんって呼んであげられます。お兄ちゃん」

「夏子ちゃ」

「お兄ちゃん。私は貴方の事が好きです、好きなんだよ。お願いだよ。応えてください」




「どうしたんだ、夏子」


新居は、隣を歩く友人が食後から調子が悪そうに物憂げな態度をとることを気にしていた。


「…何が?」

「なんだか元気が無いように見えてな。」

「そう? そうなのかな。元気ないかな」


見かねて声をかけたが、大分ぼんやりとしている。


「調子が悪いようなら、明日休んだほうが」

「大丈夫」


新居の言葉が遮られる。つい今までぼんやりとしていたはずの夏子には、明確な意思が宿っていた。


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