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キリがないとかない

掲載日:2026/06/08

最近久しぶりに母方の実家に行ったのですが、その時に祖父の過去についての話題となり、

祖父は昔はかなりのパチンカスだったと知りました、一日の午前で二十万程稼いだけど、午後もパチンコに行き二十万すべてパチンコに戻っていったという話があり、その時にパチンコってキリが無いなと、

思いましたが、キリが無いって何なんだと思いました。

例えば、掃除とかもどんなに綺麗にしても掃除が終わった瞬間から汚れるし、いじめをなくそうと授業の、

道徳の時間に呼び掛けても、心に響いてるかもわからないし世界中のすべての人に呼び掛けれているわけでもないしなど、思い浮かべればすべてのことが、まるでキリが無いかのように思えますが、

生きることにキリはあるのかと考えたとき、それは死ぬことだとわかります。

この様に人々は絶対的に強いられるものと自分で限度で決めれることを無意識に分けて考えてしまっている、そもそも人は物事の本質的や真実なんて理解することなんてできないから物事や概念に意味や理由を一つでも持ってしまえばその瞬間から元々キリなんてとっくになくなってるということだ。

つまりはすべてのことにキリが無いとか無いと考える。

今回はそんなキリが無いということについて吟味する。

まず始めはきりがないは無いから近い意味合いの言葉とは。

私はキリがないとか無いと言いました、では何と言うのが限りなく近いのか、見切りのつけどころをわかっていなくて決めきれてないこと、ということから簡略的なキリ(物事の切れ目)が、ない(わからないから決めきれてない)と言う言葉に簡略されそれが今では

、キリがないとは単純に終わりがないと言う言葉まんまの脳死の意味になり、キリがないと物事に見切りをつけられていないから決められないと言う言葉の意味が全く別のものになってしまったのではとかんがえました。つまり、近い意味ではキリがないと物事に見切りをつけられていないから決められないと言う言葉になると考えた。

結論は、絶対に避けることの出来ない終わりぬきにして、きりがないんじゃなくて物事は自分できりをつけるべし。

今回書いたのあくまで個人的考察と意見です。



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