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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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90話:十年



――十年が過ぎた。


リーヴは、かつて砦の防壁だった石積みの端に腰を下ろし、どこまでも続く空を見上げていた。

視線の先に広がる光景は、彼が最初にこの場所へ足を踏み入れた時の記憶とは、似ても似つかないものへと変貌している。

かつてそこにあったのは、雑草が生い茂り、乾いた風が砂を巻き上げるだけの荒れた大地だった。戦いと略奪が日常であり、土の色さえもどこか血生臭さを帯びていた場所だ。


だが、今は違う。

地平線の際まで幾何学的な模様を描いて広がる豊かな畑。その間を縫うように、銀色に光る水路が縦横無尽に走り、大地に生命の脈動を伝えている。

遠くを見渡せば、等間隔に配置された新しい村々の屋根が陽光を反射し、調理の火から昇る幾筋もの煙が、穏やかな午後の空に溶け込んでいた。


「……変わったな」


リーヴは、誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。

かつて彼の指に馴染んでいた剣の柄は、今では握ることさえ少なくなっている。戦場という狂気が、ここではあまりにも遠い昔の物語のように感じられた。


――内側。


農地は、まるで意志を持つ生き物のように、年を追うごとに外へ外へと領域を広げていった。

それに合わせるように、人の数も増え、家の数も増えた。

この国において、増えるということは混乱を意味しない。それは単に、設計図に新たなパーツが書き加えられるだけの、整然とした拡張であった。


村の広場や通りでは、子供たちの甲高い声が絶えることはない。

その傍らで、親たちは黙々と、しかし確かな充足感を持って働いている。

休憩中の農夫たちが交わす言葉は、かつての絶望に満ちた呻きとは無縁のものだ。


「……もうすぐ、二人目が生まれるんだ」

「そうか、めでたいな。ここなら、何の心配もなく育てられるからな」


彼らは英雄でもなければ、特別な志を持つ者たちでもない。

ただ、明日も今日と同じように太陽が昇り、働けば食料が得られ、眠れば安全が保証される。その「普通」の生活を、当たり前に享受しているだけだ。

だが、その当たり前こそが、この大陸において最も手に入りにくい贅沢であることを、彼らは骨の髄まで理解していた。


――外側。


しかし――門の向こう側、かつてこの地を支配し、あるいは対立していた外の世界は、全く別の時間を刻んでいた。


帝国は、崩れた。

かつて大陸最強を誇った軍事国家は、内側から腐り落ちるようにして瓦解した。

二つの隣接する国々も、すでに地図の上からは消え去っている。

残っている国もいくつかはあるが、それらはもはや国家としての体裁を辛うじて保っているだけの、中身を失った空殻に過ぎなかった。


崩壊の理由は、あまりにも単純だった。


人がいない。


戦争に負けたわけではない。天災に見舞われたわけでもない。

ただ、その国を支えるべき人間が、一人残らず消えてしまったのだ。

国境を守るべき兵も。

行政を司るべき役人も。

物を造り、インフラを支えるべき職人も。

知恵と技術と体力を持った「まともな者」たちは、沈みゆく船から逃げ出す鼠のように、例外なく北を目指した。


後に残されたのは、どこへも行けない無能な者と、現実を直視できない支配者、そして、かつての栄光にしがみつく老いた者たちだけ。

組織が組織として機能するための最小単位すら維持できなくなったとき、国は静かに死んだ。


――門前。


オルシェの国の門の前には、今日も長蛇の列ができている。

十年前と変わらない光景だが、並んでいる者の質はさらに変化していた。


誇り高かったはずの鎧を脱ぎ捨て、みすぼらしい平服に身を包んだ元帝国の将校。

使い古された道具箱を命よりも大切そうに抱えた、異国の熟練職人。

かつての官庁から持ち出したであろう、実務能力を証明する書類を握りしめる元役人。


彼らは、かつての地位も名誉も、この門の前ですべて捨て去ることを誓っている。

一人の男が、オルシェの前に進み出た。


「ここで、働かせてほしい。どんな端役でも構わない」


オルシェは表情を変えず、ただ短く頷くだけだった。


「中へ」


――選別。


鑑定の手順は、十年という歳月を経てさらに研ぎ澄まされ、もはや一瞬で完了する。


通す者。

弾く者。


その峻別は絶対であり、例外はない。

しかし、弾かれた者でさえ、この場所に文句を言うことはなかった。

彼らには分かっているのだ。

ここは、自分自身の価値のみが通貨として通用する場所であることを。

まともにやれる者、役に立つ者、明日を造る意志のある者。それだけが残り、それ以外を容赦なく振り落とすことで、この国の絶対的な安定が保たれていることを。


――外の末路。


かつて街道を脅かしていた盗賊たちは、いつの間にか姿を消した。

騎士団が討伐したわけではない。

盗賊が略奪する相手そのものが、この大陸からいなくなったからだ。

食える相手がいない土地で、盗賊という商売は成立しない。彼らもまた、飢え死にするか、あるいは武器を捨ててオルシェの門に並ぶかの二択を迫られた。


私利私欲に走った「ゴミ貴族」たちも、同様の末路を辿った。

搾取する相手である平民がいなくなり、自分たちの贅沢を守ってくれる兵も消えた。

最後に彼らに残されたのは、誰もいない荒れ果てた領地と、金としての価値を失った貴金属の山だけだった。

奪う力さえ持てなくなったとき、支配者はただの「何もない老人」へと成り下がった。


――リーヴ。


リーヴは、防壁の上に立ったまま、横に並んだオルシェに問いかけた。


「……結局、一度もまともに戦わなかったな」


オルシェは視線を遠くの農地へ向けたまま、少しだけ間を置いてから答えた。


「必要なかった」


その言葉は、冷徹な事実として響いた。

剣で殺すよりも、槍で貫くよりも、確実に相手を消滅させる方法。

それは、相手が必要とするすべての機能を、こちら側がより高い品質で提供することだった。

競い合い、奪い合うのではなく、相手の存在理由そのものを奪う。

生存効率という名の暴力は、どんな兵器よりも残酷に世界を塗り替えた。


――ラスト。


門は今日も、規則正しく開閉されている。

太陽が昇り、沈むのと同じ、不変のサイクル。


来る者は、来る。

来ない者は、消える。


その単純な二択の連鎖が、大陸のすべての歴史を上書きした。


この国は、もう止まらない。

誰かが意志を持って進めているわけではなく、世界がこの「構造」を求めて勝手に流れ込んでいるからだ。


武力ではなく、時間で勝った世界。

効率という神に守られたこの場所は、もはや何者にも揺るがされることはなかった。

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