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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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64話:選択

――広間。


そこには、戦いのあとの凄惨な破壊の痕跡はない。

ただ、重く、淀んだ空気が物理的な圧力となって、その場にいるすべての者を縛り付けていた。

壁にかけられた古いタペストリーが、開け放たれた窓から入り込む夜風に吹かれ、不気味に蠢いている。


オルシェは、腰の剣に手をかけることさえしなかった。

力を見せつけるための威圧も、勝者の特権としての嘲笑も必要ない。

ただ、そこにある圧倒的な現実を突きつけるだけで十分だった。


「選べ」


低く、静かな声が広間に落ちた。

怒声でもなければ、脅迫でもない。

だが、その一言が放たれた瞬間、場にいた領主の家臣たちが、まるで心臓を掴まれたかのように身を強張らせた。


領主の目が、激しく揺れ動く。

暗闇に射し込むわずかな月光が、彼の顔に浮き出た冷や汗を不気味に照らし出していた。

周囲を見渡しても、自分を助けてくれる者はいない。これまで忠誠を誓っていたはずの騎士たちは、武器を置かされ、地面を這いつくばっている。


逃げ場は、どこにもなかった。


「従うか、消えるかだ」


単純な二択。

余計な装飾を削ぎ落とした、あまりに簡潔な宣告。

だが、その選択肢の間には、底知れぬ深淵が横たわっている。

中間は存在しない。

妥協も、先延ばしも、この場では許されない。


命を繋ぐために、すべてを投げ出して従属するのか。

それとも、かつての誇りとともに、この歴史の舞台から静かに消え去るのか。


領主の乾いた唇が、かすかに震えた。

彼は、目の前に立つ青年の瞳の奥に、一片の慈悲も、あるいは一時の激昂もないことを悟った。

そこにいたのは、ただ冷徹に結果を求める「国家」の意志そのものだった。


「……従えば、どうなる。我らからすべてを奪い、家畜のように扱うつもりか」


掠れた声。

それは、恐怖を押し殺し、かろうじて保っていた最期の尊厳だった。


オルシェは、迷わず答えた。

その答えは、事前に決まっていたかのように、滑らかに口から出た。


「そのまま統治しろ」


一瞬、広間の空気が凍りついた。

領主だけでなく、傍らに控えていたリーヴさえもが、わずかに眉を動かす。

略奪、処刑、あるいは傀儡の設置。

これまでの「戦争」という常識が予測していた答えとは、あまりにかけ離れた言葉だった。


だが、それが甘さではないことを、オルシェの次の言葉が証明した。


「ただし――」


オルシェの目が、鋭利な刃のようにわずかに細まる。


「腐れば、即座に切る」


短く、冷たい。

そこに、かつての知己に対する配慮や、個人的な恨みなどの感情は微塵も混じっていない。

完全な支配による奴隷化ではない。

領地を管理する権限も、日々の判断も、これまで通り領主に委ねるという。


一見すれば、それは自由が残された寛大な処置のように聞こえる。

だが同時に――それは逃げ場のない、地獄の始まりでもあった。


「俺たちが求めるのは、安定した流れだ。お前がこの地を健全に回し、民を飢えさせず、滞りなく機能を維持するなら、これまで通りの地位を保障しよう。だが、保身や私欲に走り、仕組みを詰まらせるなら……その時は、代わりを用意するだけだ」


判断も、責任も、そしてその結果も。

すべては自分自身に返ってくる。

失敗の言い訳を「支配者の理不尽」に転嫁することさえ、もはや許されない。


領主の喉が、ゴクリと音を立てて鳴った。


理解してしまったからだ。

これは救済でも、情けでもない。

自分はただ、新しく生まれた巨大な仕組みの一部として、最も効率的な「部品」であることを証明し続けなければならない。

試されているのだ。

息を吸うことさえも、国家という冷徹な計算式の一部として許可されているに過ぎない。


沈黙。


どれほどの時間が流れただろうか。

窓の外で夜鳥が鳴き、篝火の火が爆ぜる。

その短い時間のなかで、一人の男のこれまでの価値観が、音を立てて崩れ去っていった。


やがて――。


力なく、ゆっくりと、男の頭が下がった。

かつて冠を戴いていたその頭が、冷たい床に近づいていく。


それが、彼の選んだ答えだった。

誇りを捨て、安寧を捨て、ただ一つの機能を果たすための歯車になることを、彼は受け入れた。


「……了解した」


オルシェはそれだけ言うと、背を向けた。

ひれ伏す男に言葉をかけることも、その忠誠を確かめることもない。

ただ、次の作業へと向かうため、彼は淀みのない足取りで広間を後にした。


その背中を見送りながら、領主は震える拳を握りしめていた。

奪う側と、奪われる側。

その境界線が、今、完全に固定されたことを、彼は肌で感じていた。

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