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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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49話:英雄

――街。


かつて戦火に包まれたはずのその場所には、今、溢れんばかりの人が集まっていた。

瓦礫の撤去はまだ始まったばかりで、石畳の隙間には黒い煤がこびりついている。だが、そこに漂う空気は、絶望とは無縁の、どこか熱を帯びた、そして厳かな静寂を孕んでいた。


広場、大通り、そして崩れかけた建物の屋根の上にまで。

老若男女、あらゆる階層の人間たちが、息を潜めて一点を見つめていた。

彼らの視線の先、即席の壇とも言えないほど低い土台の上に、一人の青年が立っている。


オルシェ。


彼は着飾っているわけでも、演説を始めようとしているわけでもない。ただ、使い古された装備を身に纏い、静かにそこに立っているだけだった。それだけなのに、彼が動くたびに、彼が視線を巡らせるたびに、周囲の空気が重く、そして温かく震える。


誰かが、震える声で口にした。


「……英雄だ」


それは波紋のように広がっていった。

一人が言えば、それが確信となり、隣の者へと伝播していく。


「あの方が、私たちを助けてくれた」

「帝国から、あの地獄から、守ってくれたんだ」

「本当に……勝ったんだ。私たちは、生きているんだ……!」


向けられる視線は、多種多様だった。

救世主を見るような盲信。

命の恩人に対する、深い、深い感謝。

そして、自分たちの未来を託してもいいという、揺るぎない信頼。

その全ての感情が、濁流となってオルシェという一点に注ぎ込まれていた。


オルシェは、何も言わなかった。

押し寄せる熱い視線に気圧されることも、誇らしげに胸を張ることもない。

ただ、静かに、集まった人々を見つめ返していた。


その視線の先に映るのは、家族と再会して泣き崩れている母親の姿だ。

手を取り合い、自分たちが守り抜いた土を踏みしめて笑う若者たちの姿だ。

そして、傷を負いながらも、隣の者と肩を組んで前を見据える兵士たちの姿だ。


そこにあるのは、記号としての「民」ではない。

一人一人が悩み、苦しみ、それでも抗うことを選んだ、生きた人間たちの鼓動だった。


「……違う」


オルシェは、心の中で静かに呟いた。

英雄。

その言葉の響きは、あまりにも重く、そしてあまりにも孤独だ。

まるで、彼一人の力ですべてが成し遂げられたかのような錯覚を周囲に与える。だが、彼自身は誰よりも知っていた。この奇跡の裏側に、どれほどの不確定な要素が、どれほどの「意志」が介在していたかを。


オルシェは、ゆっくりと振り返った。


そこには、戦場を共にした仲間たちの姿があった。

リーヴは、刃の毀れた大剣を肩に担ぎ、騒がしい民衆を眺めながら不敵に笑っていた。その眼差しは、自分の役割を全うした者だけが持つ、清々しさに満ちている。


セレスは、少し離れた場所で冷静に周囲を観察していた。彼女の手元にはすでに、街の再建計画と思われる数巻の羊皮紙がある。感傷に浸る暇もなく、彼女はすでに「次」の戦い――復興という名の戦局――を見据えていた。


マリアは、混乱する人の流れを整理し、負傷者への配給を差配するために、すでに走り回っている。その背中には、英雄を崇める暇があるなら手を動かせという、彼女らしい実利的な力強さがあった。


サラは、親を亡くしたのかもしれない子供を優しく抱き上げ、その耳元で何かを囁きながら柔らかく笑っていた。その微笑みこそが、血に汚れた戦場を浄化する最後の希望であるかのように。


そして。

その背後には、名もなき兵たちがいる。

武器を握ったこともなかった職人たちがいる。

泥にまみれて食料を運び続けた農民たちがいる。


全員が、ここにいる。

全員が、自らの意志で一歩を踏み出した。

誰か一人が欠けていても、この景色に辿り着くことはできなかった。


「……俺じゃない」


オルシェは、小さく息を吐き出した。

熱狂する広場の声が、遠くの波音のように聞こえる。

彼は再び、前を向いた。

自分を「英雄」と呼ぶ人々の、その瞳の奥にある光を受け止める。

彼らが求めているのは、絶対的な独裁者でも、神のごとき救世主でもない。

自分たちが歩き出すための、確かな「象徴」なのだ。


ならば、その役割だけは果たそう。

だが、その功績を独り占めすることだけは、自分自身が許さない。


「……俺たちだ」


誰にも聞こえないほどの、微かな呟きだった。

だが、その言葉はオルシェの魂に深く刻まれた。

自分は、ただのきっかけに過ぎない。

不確定な未来を切り拓いたのは、ここにいる全員の、バラバラで、それでいて繋がっている意志の集積なのだから。


広場に、新しい風が吹き抜けた。

焼けた匂いは薄れ、どこか遠くから新しい土の香りが運ばれてくる。

英雄という名の偶像ではなく、一人の青年として、オルシェは民衆の叫びに応えるように、ゆっくりと右手を上げた。


歓声は、一段と大きくなった。

それは、誰かに与えられた平和を祝う声ではなく、自らの手で掴み取った明日を宣言する、鬨の声だった。


それでよかった。

オルシェは、眩しそうに空を仰いだ。

青い空はどこまでも高く、彼らが歩むべき道は、まだ始まったばかりだった。






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