96 龍王の咆哮
「展開せよ! 『陰陽頭領役・四神相応・絶対結界』!!」
ソウガが叫ぶと、東西南北に青龍・白虎・朱雀・玄武の巨大な幻影が出現。それらが光の障壁となり、膨張しようとする虚無の爆発を物理的に押し包んだ。本来なら国一つを飲み込むエネルギーが、わずか数十メートルの空間に圧縮される。
『グ、ヌ……!? コノ、ワタシヲ……トジコメル……ダト……!?』
「黙れ。……我が結界の中で、押し潰されるがいい」
ソウガが涼しい顔で扇子を閉じる動作に合わせ、結界がギリギリと収縮し、虚無の主を締め上げる。
「今だ、ジラルド殿!」
「承知! 天よ、裁きの光を! 『聖王剣・グランドクロス・パニッシャー』!!」
ジラルドが剣を振り下ろす。天空から巨大な光の十字架が落下し、結界の中に囚われた虚無の主に突き刺さる。強烈な浄化の力が、虚無の再生能力を根こそぎ焼き払った。
『ギャアアアアアアアッ!!!』
「トドメだ! 『王技・エデンズ・ブレイブ』!!!」
カシューがブースト全開で突撃する。機神剣が回転し、超振動による破壊エネルギーを纏った一撃が、虚無の主の核防壁を粉々に打ち砕いた。
三王の完璧な連携により、虚無の主の外殻は崩壊した。だが、その中心で剥き出しになったメリグッシュの本体は、まだ死んでいなかった。
『オ……オノレ……ッ! 人間風情ガァァァァッ!!』
泥のような姿になりながら、周囲の物質を暴食し、再構成を始める悪魔。その執念は、まさに災厄そのものだった。
『ワタシハ……災禍ノ女王! 道連レダ……貴様ラ全員、虚無ノ底へ引キズリ込ンデヤルゥゥゥッ!!』
泥の巨腕が膨れ上がり、カシュー達を飲み込もうと迫る。王達が迎撃の構えを取ろうとした、その刹那。
「――いや、お前はここで終わりだ」
凛とした声が戦場を切り裂いた。その声の主はカリナ。一瞬の衝撃で体勢を崩していた彼女だが、既に立ち上がり、その瞳には強い決意が宿っていた。
「私の全魔力、そして最強の相棒の力を借りて……引導を渡してやる!」
カリナが刀を地に突き刺し、左手を頭上に掲げる。虹色の『精霊王の加護』に加え、輝く巨大な魔法陣が幾重にも展開された。
「雷鳴よ、王座を照らせ
天穹よ、極光の道を拓け
黒き天を裂き、白銀の腹に力を宿す
覇を戴く龍王、万雷を統べし者
我はその名を呼ぶ
畏れではなく、覚悟をもって
契約は今、魂と魂を雷で繋ぐ
降臨せよ、天災の化身
――顕現せよ
カイザードラゴン・アジーン!!」
ズオオオオオオオオッ!!
空間が割れ、巨大な黒龍がカリナの背後に顕現した。その威容は、悪魔の邪悪さとは一線を画す、生物の頂点に立つ者だけが持つ「覇王」の風格。
「召喚に馳せ参じました、母上」
重厚で、しかしカリナへの絶対的な敬愛に満ちた声が響く。
「最終局面だ。お前の最強の力を借りるぞ、アジーン!」
「はい、我が力存分に振るって下さい」
アジーンの巨体が輝く光となって小さな、力が凝縮された鎧に変化し、それがカリナを包み込む。次の瞬間、彼女の姿が変貌した。
背中には、光さえも吸い込む漆黒の龍の翼。腰鎧の背からは、鋼鉄をも砕く強靭な龍の尾。頭部には二本の龍の角を模したサークレット。そして全身を包むのは、龍の鱗をドレスのように仕立て上げた、美しくも禍々しい『黒龍の聖衣』だ。
『ナ……ンダ……ソノ、チカラハ……ッ!?』
本能的な恐怖を感じ、メリグッシュが後退る。
「さらばだ、災禍伯メリグッシュ・ロバス」
カリナが翼を羽搏かせた瞬間、彼女は消失した。否、速過ぎる。音速を超え、瞬きの間にメリグッシュの懐へと潜り込んでいたのだ。振り上げられた拳に、凄まじい精霊力と黒龍の力が収束する。
「これで……終わりだ! 『咬龍天翔覇』!!!」
左拳から放たれたのは、単純にして至高のアッパーカット。だが、その衝撃は物理の域を超越していた。拳から放たれたのは、天をも穿つ極光の柱。黒龍が天へ昇るような漆黒のオーラと、精霊王の虹色の輝きが混ざり合い、全てを飲み込む光の奔流となってメリグッシュをその衝撃波で天高くカチ上げた。
『ギ、ギャアアアアアアアアアアアアッ――――!!!!』
断末魔の叫びは、光の中に消えた。メリグッシュの体は、光の奔流に削り取られ、分解され、原子レベルで消滅していく。
ズドォォォォォォォンッ……!!!
光の柱が空の雲を突き抜け、成層圏まで到達してようやく霧散した。後には、雲一つない青空と、静寂だけが残された。
カリナがゆっくりと残心を解く。『黒龍の聖衣』が粒子となって解除され、いつもの姿に戻るのと同時に、傍らに再びアジーンが寄り添った。
「ありがとう、アジーン。お前の力の御陰だ」
「いいえ、母上のお役に立てて何よりです。それではまた」
満足げな声を残し、黒龍は光の粒子となって送還されていった。カリナの足元に、カラン……と乾いた音が響いた。
落ちてきたのは、巨大な黒い結晶。裏の階級の悪魔の『闇の魔法結晶』だった。あれほど強大だった災禍伯メリグッシュ・ロバスの、それが唯一の残骸だった。
「……終わったな」
カリナが結晶を拾い上げる。
「お見事だったよ、カリナ」
カシュー王が『機神剣・エクス・マキナ』を肩に担ぎ、笑った。
「相変わらず凄まじいな、アジーンの力は。あのカイザードラゴンを完全に手足のように操るとは、君が友人で、我が国の特記戦力で良かったと心底思うよ」
「はは、ありがとうカシュー。アジーンも張り切ってくれたみたいだな」
カリナが微笑むと、ジラルド王も厳格な顔を崩して頷いた。
「礼を言うぞ、カリナ。そしてここに集った英雄達よ。そなたらの働き、ルミナスの歴史に刻もう」
「いえ、こちらこそ感謝します、陛下」
カリナに続き、カグラ、セリスにサティアが恭しく礼をする。そして、ソウガ王が扇子を閉じ、熱っぽい視線でカリナに近づいた。
「カリナ殿……。最後の黒龍を纏う姿、恐ろしくも美しかった。やはりそなたは私の……」「おーい! おーい、みんなー!」
ソウガが良い雰囲気を作ろうとした瞬間、瓦礫の向こうから元気な声が響いた。『シルバーウイング』のエリア達と、『ルミナスアークナイツ』のカーセル達が、数人の人影を連れて駆け寄ってくる。
「エリア! カーセル! 無事だったか!」
「当たり前でしょ! ほら、ベルガーさんの奥さんと娘さん、無事に保護したわよ!」
エリアが指差す先には、やつれてはいるが、外傷のない女性と少女の姿があった。どうやら戦闘の混乱に乗じて、地下牢から救出に成功したらしい。彼女達は怯えながらも、助けてくれたエリア達に感謝の涙を流している。
「よかった……無事で」
安堵するカリナに、エリアが伝える。
「ベルガーさんはエデンに保護されてるんでしょ? この人達も、すぐにエデンへ送ってあげないと」
「ああ、そうだな。カグラ、カシュー頼めるか?」
「ええ、任せて。エデンの職人達の研究所で、ベルガーさんには働いてもらうし、感動の再会をさせてあげるわ」
カグラが優しく微笑み、親子に歩み寄る。
「そうだな、優秀な技術者はエデンにとって必要だ」
カシューもその決定に異論はない。
こうして、ガリフロンド公国を揺るがし、世界を巻き込もうとした災禍伯メリグッシュ・ロバスの『虚無の儀式』は完全に阻止された。悪魔の野望は潰え、離れ離れだった家族は再び一つになることができる。
カリナの手の中で、闇の魔法結晶が静かに光を反射していた。空には、戦いの終わりを祝福するように、美しい虹が架かっていた。
◆◆◆
ドゥーカス公爵邸の廃墟。
かつて栄華を極め、悪魔の巣窟と化したその場所は、今や瓦礫の山となっていた。だが、その瓦礫の下から聞こえるのは、絶望の呻き声ではなく、正義が執行される足音だった。
「動くな! 抵抗しても無駄だ! エデン騎士団の名において拘束する!」
屋敷の地下、広大な実験施設では、エデン王国騎士団副団長ライアンが陣頭指揮を執り、逃げ惑う研究員や私兵達を次々と追い詰めていた。
「くそっ、なんでこんなことに……!」
「団長であるカーズ様が行方不明の今、この騎士団の綱紀を緩めるわけにはいかんのでな。貴様らが弄んだ命の重さ、その身で償ってもらうぞ」
ライアンは厳格な表情で手錠をかけさせ、部下達に指示を飛ばす。本来の団長であり、カリナの兄(という設定)でもある聖騎士カーズが不在の中、彼が守り抜いてきた騎士団の正義が、今ここで執行されていた。
その横では、サティアとルミナスアークナイツの面々が、壁一面に並べられた培養カプセルの解放作業に当たっていた。
「さあ、もう大丈夫ですよ。光の下へお帰りなさい……」
サティアがカプセルに手をかざし、浄化の光を流し込む。 パシュン、という音と共にロックが外れ、閉じ込められていた精霊のパーツや、力を奪われていた下級精霊達が光の粒子となって解放されていく。地下施設が、柔らかな光で満たされた。
『ありがとう……ありがとう……』
解放された精霊たちの感謝の思念が、サティアの頬を優しく撫でて天へと昇っていった。
◆◆◆
地上、屋敷前広場。そこには、今回の騒動の責任者とも言えるガリフロンド公国の大公、ヴィクトールの姿があった。彼は脂汗を滝のように流しながら、ルミナス聖光国のジラルド王と対峙していた。
「ヴィクトールよ」
「は、はいぃぃっ! ジラルド陛下!」
ジラルドの重厚な声に、ヴィクトールはビクッと体を震わせ、ハンカチで額を拭う。
「今回の件、ゴートスの暴走とはいえ、貴様の監督不行き届きは免れぬ。捕らえた組織の者、および私兵共は、公国の法に則り、最も厳しき罰を与えるよう要求する」
「も、勿論でございます! あのような不届き者共、極刑に処しても足りぬほど! 必ずや、公正かつ厳正に裁いてみせますとも!」
ヴィクトールは何度も頷いた。彼にとって、自分を脅かしていたゴートスという目の上のタンコブが消えたことは、何よりの安堵だった。ジラルドの要求を飲むことなど、自分の保身に比べれば安いものだ。
その様子を、少し離れた場所から見つめる青年がいた。ゴートスの弟、スコットだ。彼は崩れ落ちた生家を見上げ、複雑な表情を浮かべていた。兄の狂気、一族の罪、そして失われた栄光。
「スコットよ」
そこへ、ジラルド王が歩み寄った。
「はっ、ジラルド陛下……」
「顔を上げよ。……ヴィクトールには話を通してある。奴が貴様の後見人となる」
「え……大公殿下が、ですか?」
スコットが驚いてヴィクトールの方を見ると、大公は「うむ、まあ、そういうことだ。頼りにしているぞ」と、王の手前、鷹揚にしかし内心はビクビクしながら頷いてみせた。
「貴様は新たな姓を名乗り、一から出直せ。ドゥーカスとしての罪は消えぬが、これからの行動で償うことはできる」
「……はい」
スコットは涙を堪え、深く頭を下げた。
「この命、尽きるまで公国のため、そして世界のために捧げます。……カシュー陛下、ソウガ陛下、そして……」
スコットの視線が、瓦礫の山から降りてきたカリナ達に向けられる。
「カリナ殿に皆様。兄の暴走を止め、私に明日をくださり、本当にありがとうございました!」
スコットの深い感謝に、カリナは照れくさそうに鼻をかいた。
「気にしないでくれ。君が立派な領主になれば、それでいいんだ」
◆◆◆
戦後処理の方針も、その場で迅速に決定された。ガリフロンド公国は今回の騒乱で軍事機能が麻痺している。治安維持と復興のため、地理的に最も近い陰陽国ヨルシカが、軍を一時駐留させることになったのだ。
「我が国の陰陽師達が、瓦礫の撤去から新たに結界の構築まで手伝いましょう。ご安心を」
ソウガ王の申し出に、ヴィクトールも領民達も安堵の声を上げた。広場の外には、いつの間にか大勢の公国市民が集まっていた。彼らは長年、ドゥーカス公爵の圧政と不気味な噂に怯えて暮らしていたのだ。その元凶が消え去った今、彼らの顔にあるのは不安ではなく、爆発的な歓喜だった。
「おお……悪魔が消えたぞ!」「ドゥーカス邸が落ちた! 俺達は解放されたんだ!」「ありがとう、英雄様達ーっ!!」
わっと湧き上がる歓声。帽子が投げられ、抱き合って喜ぶ人々。その光景を見て、カシュー王が満足げに頷く。
「うん、いい顔だ。これこそが、戦いの成果だね」
「ええ。人々の笑顔こそが、何よりの報酬です」
サティアがカシューの言葉に同意する。
「……うんうん! みんな嬉しそうね! やっぱり頑張ってよかったわ!」
カグラも扇子をパタパタさせながら喜び、明るく賛同する。彼女の長い戦いも終わりを告げたのだ。
もちろん、これで全てが終わったわけではない。『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の支部はまだ世界各地に残っている。だが、今回の勝利で組織の求心力は完全に崩壊した。各国が協力して情報を共有し、虱潰しにしていけば、その壊滅も時間の問題だろう。




