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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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95  災禍伯メリグッシュ・ロバス

 ガリフロンド公国、ドゥーカス公爵邸の広大なエントランスホール。吹き抜けの巨大な空間は、今や現世と魔界の境界線と化していた。


 大階段の頂点に立つ災禍伯メリグッシュ・ロバス。彼女が優雅に扇子を開いた瞬間、その背後から溢れ出した魔力は、ホール内の空気全てを重油のように粘つく殺意へと変えた。肌に突き刺さるようなプレッシャーに、並の兵士なら立っているだけで心臓が止まるだろう。


「もう既にご存じでしょうけど、我が名は災禍伯メリグッシュ・ロバス。さあ、始めましょうか。私のための、そして貴女達のための……最期の舞踏会を!」


 メリグッシュが指を鳴らす。それだけで世界が歪んだ。


ディザスター(優雅なる)エレガンス(災厄)


 言葉と共に顕現したのは、魔法という枠を超えた災害そのものだった。天井の巨大なクリスタルシャンデリアが瞬時に融解し、紅蓮の豪炎の雨となって降り注ぐ。  


 同時に、鼓膜を劈き、視神経を焼き尽くす紫電の落雷が空間を乱舞する。そして、床の隙間からは吸い込めば肺が腐り落ちる致死性の猛毒瘴気が噴き出した。本来あり得ない三つの複合災害が、逃げ場のない嵐となって四人を襲う。


「くっ、いきなりなんてものを……! 来い、サラマンダー! ヴァジュラ!」


 カリナが叫ぶ。虹色の『精霊王の加護』が激しく輝き、炎精霊の巨大な蜥蜴と雷の虎王が顕現した。サラマンダーが大口を開けて豪炎を飲み込み、ヴァジュラが咆哮と共に数万ボルトの落雷をその身に吸収する。


「ギィィィッ!!」「グガァァッ!!」  


 精霊達が悲鳴を上げる。相殺しきれない熱量と電荷が彼らの体を焼き焦がすが、それでも主を守る壁となり、災害の直撃を防いだ。


 だが、物理的な破壊を防げても、忍び寄る毒は止まらない。紫色の毒の瘴気だけは、生き物のように意思を持って彼女達を包み込み、呼吸を奪おうとする。


「甘いわよ、クソ悪魔!」


 カグラが扇子を一閃させる。  


「相克術・風禍払い!」  


 カグラの扇から放たれた清浄な突風が、とぐろを巻く瘴気を物理的に吹き飛ばし、ホールの空気を強引に浄化する。


 視界が晴れた、その一瞬の隙。


「あら、どこを見ていらして?」


 メリグッシュの声が、不自然な方向から響いた。大階段にいたはずの彼女が消失している。


ナイトバット(夜蝙蝠の)ダンス(舞踏)


 背中の翼を羽搏かせ、影から影へと瞬間移動する神速の機動。音もなく、気配もなく、瞬きする間に、彼女は前衛を務めるセリスの背後、完全な死角となる空間に出現していた。


「まずは貴女から……ヴェルヴェット(深紅の)クロー()!」


 メリグッシュが優雅に指を振るう。爪が届くよりも早く、空間そのものに「切断された」という結果が刻まれる。不可視かつ防御不能の因果律干渉斬撃が、セリスの無防備な首筋へと走る。


「……ッ!」


 セリスの歴戦の直感が、死の警鐘を鳴らした。目で追っていては間に合わない。思考するよりも早く、身体が反応する。


「ヴァニッシュ・スラスト!」


 完全な回避は不可能。ならば攻撃で相殺する。セリスは振り返りざまに神速の突きを放ち、不可視の斬撃の軌道を切っ先一点で強引にずらした。


 ガギィィィンッ!


 硬質な金属音が響き、セリスの肩口の鎧が紙のように弾け飛ぶ。


「ぐっ……!」  


 薄皮一枚斬られ、鮮血が飛ぶ。致命傷は避けたが、衝撃でセリスの体勢が崩れる。


「ほう……。人の身で私の爪を逸らしますか。褒めて差し上げましょう」


「逸らすだけではありません。次は切り刻んであげます!」


 セリスが踏み込む。体勢を立て直し、守りではなく攻めを選択する。  


「ソニックセイバーダンス!」  


 音速の剣舞。残像すら残さない目にも止まらぬ六連撃がメリグッシュに襲い掛かる。だが、悪魔はそれを優雅なステップで――まるでダンスのパートナーのように、紙一重で、本当に薄紙一枚の差で躱し続けた。


「遅い、粗い。そして……無粋ですわ」


 剣先がドレスを掠めることすらできない圧倒的な技量差。メリグッシュがドレスを翻す。漆黒の布地が鋼鉄の刃と化し、死の旋風となる。


グレイスフル(優雅なる)リーパー(死神)


 舞うような回転から放たれた数百の連撃が竜巻となってセリスを襲う。全方位、360度からの同時攻撃。逃げ場などどこにもない。


「うぐぅっ……! がぁっ……!」


 捌ききれない。剣で弾き、体術で躱すが、それでも数が多過ぎる。セリスの体中に無数の切り傷が刻まれ、鮮血が舞う。膝をつきかけたセリスを、慈愛の光が包み込んだ。


「セリスさん!」


 サティアが悲痛な声を上げ、メイデンロッドを掲げる。


「セイントリー・ミラクル・アマリア!」


 瞬時に慈愛の光がセリスを包み込み、裂けた皮膚を縫い合わせ、失われた活力を充填していく。


「助かります、サティアさん」


「回復? 小賢しいですわね……ならば!」


 メリグッシュが翼を大きく広げ、ホール全体を漆黒の闇で覆い尽くす。


ブラック(闇の)カーテン()


 光が消えた。  


 視界が奪われるだけではない。上下左右の感覚、距離感までもが狂わされる絶対的な闇の領域。自分の手足の位置さえ定かではない虚無の空間。    


 ヒュンッ! ザシュッ!  


 「くっ!」「きゃあっ!?」


 暗闇の中から、メリグッシュの嘲笑と、肉を裂く音が響く。カリナが、カグラが、見えない爪によって刻まれていく。カリナ達が互いの位置すら把握できない中、悪魔の爪だけが確実な殺意を持って襲いかかる。


「くそっ、どこだ!? 反応できない!」


「落ち着いて、カリナさん!」


 サティアの声が、闇の中でも凛と響く。


「私の光は、闇になど屈しません! ルクス・サンクティッシマ!!」


 カッッッ――――!!!!


 闇を物理的に焼き払うほどの、爆発的な神聖光が炸裂した。ガラスが割れるような音と共に『闇の帳』が砕け散り、ホールの闇が消し飛ぶ。光を嫌って空中に退避したメリグッシュが、ドレスを焦がしながら初めてその美しい顔を歪めた。


「……っ、無粋ですわねその光。少し……目障りですわ」


 彼女の爬虫類のような瞳が、妖しく、そして甘美に輝く。


エンプレス(女帝の)チャーム(魅惑)


 視線と微笑みだけで相手の脳髄を犯し、精神を支配する魔眼の光が、カリナ達四人を捉えた。  


 ドクンッ!  


 四人の心臓が跳ねる。


「跪きなさい。女王の前ですわ」


 強烈な精神干渉。英雄クラスの自我すらも塗りつぶし、魂の根底から隷属を強いる絶対服従の命令。脳内に甘い痺れが走り、膝が折れそうになる。だが――四人は歯を食いしばり、微動だにしなかった。彼女達の体の周囲に、見えない防壁がバチバチと火花を散らして抵抗している。


「……は? どういうこと?」


 メリグッシュが呆気にとられる。


「はぁ……はぁ……、そんなものは、効かない……ッ!」


「あら残念。私達はね……守られているのよ!」


 カリナ、サティア、カグラの三人は平然としているわけではない。必死に耐えているのだ。だが、彼女達には妖精族の側付による状態異常完全耐性の加護がある。魅了も、精神汚染も、呪いも、加護が焼き払う。セリスもサティアの聖女の加護下にあるため、即座に精神防壁が展開され、魔眼の支配を弾き返す。


「な……ッ!? 私の魅了が、通じない……!? ありえませんわ!」


「隙ありッ!」


 動揺した一瞬。それを歴戦の戦士達が見逃すはずがない。


「行くぞカグラ!」


「ええ、合わせるわ!」


 カリナが飛翔する。手にした刀には、風と雷と光、三色の輝きが宿っていた。


「三属性合成魔法剣技・天雷光翼陣(てんらいこうよくじん)!」


 風で舞い、雷で加速し、光の刃を形成する超高速の飛翔斬撃。同時に、カグラが九枚の符を展開する。


「陰陽術・式神雷帝招来!」


 四方八方から巨大な雷の龍がメリグッシュに噛み付く。


「ぐ、うぅぅぅッ!?」


 メリグッシュは咄嗟に障壁を展開する。  


 ガガガガガッ!!! 


 激しい衝突音。障壁が軋む。だが、カリナの聖属性を含んだ一撃は障壁ごと彼女のドレスを切り裂き、カグラの雷龍がその身を焼いた。


「きゃああああぁッ!?」


 どす黒い鮮血を撒き散らし、黒焦げになりながら床に着地したメリグッシュ。その美しい顔が、屈辱と怒りで醜く歪んでいく。余裕の仮面が剥がれ落ち、悪魔の本性が露わになった。


「下等な存在が……女王に、刃を向けるなど……! 殺して差し上げますわ……ええ、必ず……何度でも……!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!  


 屋敷全体が振動し、床に亀裂が走る。彼女を中心に、爆発的な魔力が渦巻く。


「奥義・アポカリプス(終焉の)レディ(貴婦人)


 巨大な魔法陣がホール全体を覆い尽くし、立っているだけで全身の骨が軋むほどの重力増加と、魔力が枯渇していく侵食領域が発生する。精霊王の加護で弱体化しているはずなのに、これほどまでの底知れぬ力を見せつける。それが序列二位、災禍伯の実力だ。


「ぐっ……体が、重い……! 魔力が吸われていく……!?」


「なんて禍々しい魔力なの……!」


 セリスが剣を杖にして膝をつきかける。カグラの符が重力で地に落ちる。立っているだけで体力が削り取られていく。加護の力で守られているはずなのに、このままでは全滅する。その絶望的な状況下で、聖女の声が響き渡った。


「負けないでください! 私達の光は、こんな闇には屈しません! オーロラ・セイント・シャイン!!」


 サティアの背後から虹色のオーロラが広がる。それは重力と呪いを中和し、仲間達の士気を限界まで引き上げた。体が軽くなるどころか、力が溢れてくる。一瞬の勝機。ここしかない。


「ああ、そうだなサティア! ここで決めるぞ!」


 カリナが歯を食いしばり、刀を上段に構える。


「来い、シャドウナイトにホーリーナイト!」


 その背後に、屈強な影の騎士と光の騎士が召喚され、剣に力を貸す。


「一気に行くぞ! 闇×光・対極融合魔法剣技・明暗相滅刃(めいあんそうめつじん)!」


 光と闇、相反する属性を極限まで高め、一点に収束させてぶつけ合わせる対極の必殺技。セリスもまた、自身の最強技を放つ構えを取る。


「今の我が剣に断てぬものなどなし……! 奥義・ヘヴンフォール・レイブレード!」


 天から降り注ぐ極光のような聖属性の斬撃。


「相克陰陽融合術・五行相克・破邪顕正!」


「ランス・オブ・ザ・セイクリッド・メイデン!」


 カグラの五属性を束ねた破壊光線と、サティアの純白の光槍も同時に放たれる。


「小賢しいぃぃぃッ! ディアボリック(悪魔女王の)グランド・ワルツ(大円舞)!!!」


 メリグッシュは絶叫し、自身の全魔力、全生命力を解放して迎え撃つ。闇の暴風が荒れ狂い、四人の光と衝突した。


 カッッッ――――!!!!


 エントランスホールが白一色に染まり、轟音と共に屋根が吹き飛んだ。


 光が収束した時、そこには片膝をつき、ドレスがボロボロになったメリグッシュの姿があった。全身から血を流し、誇り高き角の片方が折れている。だが、彼女の瞳には狂気じみた光が残っていた。


「……ふふ……あは……素晴らしいですわ……本当に……」


 メリグッシュはよろめきながら立ち上がり、背後の執務室への扉へと後退る。


「災厄は……一つ潰しても……必ず、次が生まれますのよ……」


「待てッ!」


 カリナが追いかけようとしたその時、メリグッシュの姿が黒い霧となって霧散し、執務室の中へと吸い込まれていった。直後、執務室の中から、世界そのものが凍りつくような、絶対的な『虚無』の気配が溢れ出した。



 ◆◆◆



 執務室の内部。  


 そこには、かつての契約者、ゴートス・ドゥーカスがいた。


「メリグッシュ! その傷はどうした!? 侵入者にやられたのか?!」


「ふふ、そうね。思ったよりも厄介な連中……。でも、私にはまだお前がいる。さあ、ここで悪魔との契約、果たしてもらうわ……!」


「な、何を!? ぐあああああああっ!!!」


 メリグッシュの手がゴートスに伸びる。これまでにゴートスに注いだ悪魔の力と精霊から奪った力と、ゴートス自身を生贄に、メリグッシュは彼を取り込み融合し、失った力を補う。


 ゴートス、その姿は既に人ではなかった。メリグッシュと融合し、彼が望んだ「王」としての姿――『虚無の主(ヴォイド・ロード)』へと変貌していたのだ。メリグッシュの自己強化のための存在が、不完全ながら、その姿を再びエントランスホールに現した。


 それは人の形をした巨大な「穴」。顔はなく、背中には空間を削り取る六枚の刃。


『オ……オオ……オオオオオ……』


 虚無の主が咆哮し、腕を振るう。  


 ヒュンッ!!!  


 ただそれだけの動作で、屋敷の半分が音もなく消失した。床も、壁も、空気さえも。「最初からそこには何もなかった」かのように、完璧な「無」がそこにあった。防御不能、回避不能。触れれば終わりの絶対的な死。


「まさか融合したのか? なんてデタラメなんだ……!」


「物理攻撃が通じないわ! 術も吸い込まれる!」


 カグラの術も、セリスの斬撃も、すべてが虚無に触れた瞬間に消滅する。カリナ達が防戦一方になる中、虚無の主のその胸の剝き出しの(コア)が激しく脈動し始めた。周囲の瓦礫が浮き上がり、塵となって核へと吸収されていく。


 『虚無の大爆発(ビッグ・クランチ)』。  


 自身の崩壊をトリガーに、ガリフロンド公国全土を連鎖的に消滅させる攻撃の予兆だ。不完全な存在は長く現界できない。メリグッシュ・ロバスの儀式は不完全、だが全てを道連れに悪魔の主の復活のエネルギーを求める。


「させるか!」


 カリナが走ろうとするが、度重なる激戦で足が一瞬もつれる。間に合わない――そう思われた瞬間。


「――諦めるにはまだ早いぞ、英傑達よ」


 凛とした声と共に、三つの偉大な影が屋敷の扉から姿を現した。


 エデン国王カシュー。ルミナス国王ジラルド。陰陽国ヨルシカ国王ソウガ。


 連合三国の王が、この最終決戦の場に介入したのだ。


「お前達、よく追い詰めた。だが、ここからは王の仕事だ!」


 エデン国王カシューが、魔導機構が組み込まれた大剣『機神剣・エクス・マキナ』を構える。その刀身が駆動音と共に展開し、青白い魔力光を帯びて唸りを上げ始めた。


「ここらで王の務めを果たさせてもらおう。この世界を穢す悪魔よ、神罰を受けるがいい!」


 ルミナス聖光国国王ジラルドが、輝く聖剣『デュランダル』を天に掲げる。その刀身からは、直視できないほどの神聖な光が溢れ出す。


「ふっ……カリナ殿の美しき顔に、これ以上(すす)をつけさせるわけにはいかないからな」


 陰陽国ヨルシカ国王ソウガが、優雅に、しかし周囲の空間が震えるほどの凄まじい闘気と魔力を纏って扇子を開く。


 そして三人の王が同時に動いた。

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