93 制圧完了、次の戦場へ
激闘を終え、カリナ達は半壊したタワーを降りた。天井の大穴から差し込む陽光が、戦いの終わりを告げている。
タワー前の広場では、それぞれの研究棟を制圧した『シルバーウイング』と『ルミナスアークナイツ』の面々が待っていた。
「おーい、カリナちゃん! 派手にぶっ飛ばしたわね! それに団長もカグラさんもお疲れ様です」
シルバーウイング副団長エリアが手を振りながら駆け寄ってくる。その鎧には戦闘の痕跡が残っているが、表情は晴れやかだ。
「ああ、そっちも無事だったみたいだな」
カリナはエリアに対して笑顔で返す。
「エリア達も無事のようですね。強敵はいませんでしたか?」
「団長、悪魔の男爵が出て来ましたよ。でもみんなで討伐しました!」
「それは良い経験でした。訓練の成果が出ましたね」
セリスの言葉にエリア達は誇らしげに胸を張った。
「カーセル達はどうだったんだ? そっちにも悪魔が出たのか?」
「うん、こっちには悪魔子爵が出たよ。でも陛下からの報酬の武具や加護の御陰で被害は最小限で討伐できた。それにしても……、あの塔の天井の大穴には驚いたなあ」
ルミナスアークナイツの団長カーセルが、苦笑しながら見上げる。彼らの背後では、エデンとルミナスの騎士団が慌ただしく動いていた。投降した信者兵や、動けなくなった研究員達が次々と拘束され、護送用の馬車へと乗せられていく。ビィタールの谷は、完全に連合軍によって制圧されたのだ。
「強敵でしたが……。皆様、お疲れ様でした。それで……この方は?」
テレサが、カリナの後ろで居心地悪そうに立つ男に気づく。
「彼は錬金術師のベルガーだ。ここの研究を人質を取られて無理矢理強いられていたんだよ。このままエデンで保護することになった」
カリナが短く説明し、一行はそのまま谷の南側に展開している本陣へと移動を開始した。
◆◆◆
谷の南の本陣では、エデン国王カシューと、ルミナス聖光国のジラルド国王が並び立ち、戦況を見守っていた。戻って来たカリナ達を迎えると、両王は満足げに頷いた。
「よくやった、カリナ、カグラ、セリス団長。そして他のシルバーウイングのメンバーに王国騎士団もだ。見事な働きだった」
「うむ、我らが誇る聖騎士団にルミナスアークナイツも見事だったぞ。被害報告がほぼ皆無とは、驚嘆に値する」
カシューとジラルドが労いの言葉をかける。カリナは居住まいを正し、王族に対する礼儀をもって、連れて来たベルガーについて恭しく敬語で報告を始めた。
「両陛下、ご報告があります。ドゥーカス公爵と災禍伯メリグッシュ・ロバスが、彼の家族を人質に取り、非道な研究を強要しておりました。彼が持つこの資料は、敵の拠点を示す重要なものです」
「なるほど……。許せぬ話だ。無関係な家族を巻き込むとは、貴族の風上にも置けぬ」
ジラルド王が憤りを露わにし、ベルガーに憐憫の視線を向けた。そこで、カグラが一歩前に進み出て、主君であるカシュー王に恭しく、しかし力強く進言した。
「カシュー陛下。この者の身柄ですが、我がエデンにて保護させていただきたく存じます。彼もまた被害者であり、重要証人。私が責任を持って、相律鎮禍連の部隊に護送させます」
カシューはカグラの目を見て、深く頷いた。
「うむ、良かろう。カグラ、手配を頼む。丁重にな」
「はっ! ありがとうございます」
カグラはベルガーに向き直り、安心させるように微笑んだ。
「聞いた通りよ。あなたはエデンが全力で守るわ。家族のことも任せなさい」
「あ、ありがとうございます……!」
ベルガーが涙ながらに連れて行かれるのを見送り、ジラルド王が側近に指示を出した。
「捕縛した者達は護送馬車でルミナスへ連行せよ! 我が国の法で厳正に裁く! 奴らの反転精霊装備は全て焼却してこの世に残すな!」
広げられた資料には『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の各地の支部の場所が記されていた。
「まだこれだけの拠点があるというのか……」
「ですが、今は兵を分散させる時ではありません」
ジラルド王の反応に対し、カシュー王が冷静に分析する。
「うむ。支部の潰滅は、この資料を元に各国と連携して行うべきだろう。我々が今なすべきは、この元凶を断つことだ」
その時、カシューとジラルドが耳に装着していた通信用のイヤホン型魔道具が淡く光った。
「ジラルド王、カシュー王。聞こえるか?」
カシューが魔道具を操作し、周囲にも音声が聞こえるように設定する。響いてきたのは、若く、理知的で威厳に満ちた声だった。
「うむ、聞こえているぞ。ソウガ王よ、そちらの状況はどうだ?」
通信の主は、陰陽の国・ヨルシカを治める若き王、ソウガだった。
「我がヨルシカ軍は、既にガリフロンド公国を完全に包囲した。要所に結界を張り、ネズミ一匹逃がさぬよう封鎖済みだ。ドゥーカス公爵の私兵達が混乱している様子も、式神を通じて確認している」
若くして国を背負う賢王らしい、冷静沈着な報告。そして、ソウガの声色が少しだけ熱を帯びたものに変わった。
「こちらの星読みの術で其方の戦況は見ていたぞ。……流石だな、カリナ殿。そなたの戦う姿は美しく、そして鮮烈だった。やはり私が心惹かれた女性だ」
ソウガからの、王の威厳の中にも隠しきれない情熱がこもった賛辞。周囲のセリスやカグラが「あらあら」と生温かい視線を向ける中、当のカリナはキョトンとして、しかし王に対する礼儀を崩さずに答えた。
「恐縮です、ソウガ王。……あ、『精霊王の加護』の輝きのことでしょうか? 確かにあれは結構派手に光りますから戦場でも目立つのですね。遠くからでも見えていたとは、やはり凄まじい力です」
『…………』
通信の向こうで、ソウガが絶句する気配がした。王の愛の告白に近い言葉を、カリナは「ゲームのエフェクトが派手で目立つ」という程度の話として受け取ってしまっていた。
「……ふっ、まあよい。そういう飾らないところもまた、そなたらしい」
ソウガは苦笑混じりに気を取り直したようだ。続けて、もう一人の大切な存在へと言葉を向けた。
「カグラ姉上も、お見事でした。姉上の術の冴え、勉強させていただきましたよ」
「ふふっ、立派な王様になっても可愛いものね、ソウガ君」
カグラが嬉しそうに笑う。ソウガは彼女を実の姉のように慕っている。
「皆の到着をこのまま待つ。この世界の膿を出し切る時だ」
ソウガ王の力強い言葉に、こちらの士気も上がる。通常であれば、激戦の直後に進軍など無謀だ。兵は疲れ、魔力は枯渇しているはずだからだ。だが、今の連合軍に「疲労」という言葉は存在しなかった。
「サティア、皆の状態はどうだ?」
カシュー王が問いかけると、後方支援に回っていたサティアが、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「はい、陛下。大規模浄化魔法、および回復結界の展開は維持しております。皆様のお怪我も癒え、体力も充実しているかと存じます」
その奥ゆかしくも力強い言葉。彼女の献身的な広範囲回復に加え、カリナの『精霊王の加護』が兵士達の活力を無限に湧き上がらせていたのだ。消耗ゼロ。士気は最高潮。まさに無敵の進軍である。
カシュー王がジラルド王と視線を交わし、大きく頷いた。 そして、王としての威厳を込め、全軍に向けて声を張り上げた。
「よし……行くぞ! 目標、ガリフロンド公国、ドゥーカス公爵邸! このまま休むことなく一気に攻め落とす!」
「全軍、進めぇぇッ!!」
ジラルドとカシュー、二人の王の号令が谷間に高らかに響き渡る。
「「「オオオオオオオオッ!!!」」」
大地を揺るがす勝鬨と共に、エデン・ルミナス連合軍、そして歴戦の冒険者達が動き出した。ベルガーの家族を救うため、国を守るため、そして世界を脅かす悪を滅ぼすため。
最強の布陣が、決戦の地へと雪崩れ込んでいく。
◆◆◆
ビィタールの谷を制圧したエデン・ルミナス連合軍は、休むことなくガリフロンド公国へ向けて進軍を開始した。
先頭を行くのは、エデンが誇る魔導戦車隊。その巨体が唸りを上げるが、速度は並走するルミナス聖騎士団の軍馬に合わせて調整されている。
その隊列の中央、ひときわ巨大な装甲指揮車両、戦車隊隊長ガレウスの車内。運転席ではガレウスがハンドルを握り、助手席側には二つの広々としたシートが並んでいる。そこに座っているのは、エデン国王カシューと、ルミナス聖光国のジラルド国王だ。
「……驚いたな。これほどの鉄塊が、馬車よりも揺れぬとは」
ジラルドが革張りのシートを撫でながら、感嘆の声を漏らす。
「お気に召しましたか、ジラルド殿。外見は無骨ですが、乗り心地は最高級になるよう設計させております。エデンの科学力の結晶です。悪路だろうが、コップの水一つ溢しませんよ」
カシューが恭しい口調で応じ、サイドテーブルのドリンクを勧める。
「恐れ入った。我が国の魔法技術とはまた違う、独自の進化……。カシュー王、貴国との同盟は正解だったようだ」
「はっはっは、勿体ないお言葉です。後ろの者達も、窮屈ではないか?」
カシューが臣下を気遣う主君の顔で振り返る。後部座席には、行きと同じ並びでカリナ、カグラ、サティアが座っていた。だが、その状況は少々特殊だった。
「ん~、カリナちゃんのお肌、相変わらずスベスベ~♡ 戦いの後でもいい匂いがするわぁ」
「ええ……本当に。カリナさんの温もりを感じていると、心が洗われるようです……」
右からはカグラが頬をすり寄せ、左からはサティアが腕を絡めて密着している。二人の美女に挟まれ、もみくちゃに愛でられているカリナだが、いい加減この対応に慣れている本人は至ってマイペースな表情で窓の外を眺めていた。
「なあ、二人ともちょっとくっつきすぎじゃないか? まあ、この車は空調も効いてるし、暑くはないからいいけどさ」
「あら、カリナちゃんが可愛すぎるのがいけないのよ?」
「ふふ、役得ですね」
カリナは「全くこいつらは」といった様子で肩をすくめ、車窓の外に見えてきた景色に目を細めた。ガリフロンド公国の国境線だ。
◆◆◆
国境付近に到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。公国全土を覆うように、薄紫色の巨大な結界ドームが展開されていたのだ。
「あれがヨルシカの国宝級結界、陰陽術・『天蓋封縛』か……。相変わらずデタラメな規模ね」
車を降りたカグラが、空を見上げて呟く。結界の前には、和風の装束に身を包んだヨルシカ軍が整然と陣を敷いていた。その最前列で待ち構えていたのは、若き王ソウガと、二人の男達だった。
「ようこそお越しくださった、カシュー王、ジラルド王。そして……」
ソウガの視線が、カグラとカリナに向けられる。
「カグラ姉上、それにカリナ殿。無事な到着、嬉しく思う」
「久しぶりね、ソウガ君。立派な結界じゃない」
「ええ、ネズミ一匹逃しませんよ。……カリナ殿も、相変わらず美しい」
ソウガが熱っぽい視線を送るが、カリナは王族に対する礼儀を崩さず、結界を見上げながら答えた。
「恐縮です、ソウガ王。……ですが、この規模の結界を維持されるとは、素晴らしい魔力制御です。これならば誰も逃げられませんね。非常に効率的で素晴らしい策かと」
色気も何もない、戦術的な評価と敬意。ソウガは一瞬言葉に詰まったが、ふっと小さく笑って頷いた。いつものことだともう分かっているからだ。
「……礼を言う。さて、紹介しよう。こちらがガリフロンド公国の大公、リチャード・ヴィクトール殿。そして、隣にいるのがスコット・ドゥーカス殿だ」
紹介された二人のうち、豪華な衣装を着た初老の男――大公ヴィクトールは、ジラルドの顔を見るなり脂汗を流して縮こまった。
「ジ、ジラルド陛下……! こ、この度はとんだ不始末を……! わ、私は何も知らなかったのです! まさかゴートスがあのような……!」
「面を上げよ、ヴィクトール」
ジラルドの静かな、しかし威圧感のある声に、大公はヒェッと声を上げて震え上がった。
「私は、ヴォイド・リチュアル・サンクトゥムの情報からゴートスが首謀者だと判明した際、すぐに忠告したはずだ。『ドゥーカス家を孤立させ、管理を徹底せよ』とな。貴様が煮え切らない態度を取るから、事態がここまで長引いたのだぞ」
「も、申し訳ございません……! で、ですが、ようやくあやつと絶縁いたしました! その証拠に、こうしてスコットを保護しておりましたので……!」
大公はペコペコと頭を下げながら、隣の青年を指し示す。気弱で決断力に欠ける彼の性格が、今回の暴走を許した一因でもあるが、最後の最後で保身のためにスコットを囲っていたようだ。対照的に、その隣に立つ青年――スコット・ドゥーカスは、毅然とした態度で前へ出た。
「お初にお目にかかります。スコット・ドゥーカスと申します。……この度は、兄ゴートスが皆様、並びに世界に対して取り返しのつかない大罪を犯したこと、弟として深くお詫び申し上げます」
スコットは深々と頭を下げた。質素な身なりだが、その瞳には知性と強い意志が宿っている。
「顔を上げよ。……確か、貴様が本来の当主になるはずだった男か」
「はい。兄は本来、病弱で伏せってばかりおりました。ですが数年前、急に活力を得て……それと同時に私を公国から追放したのです」
「その背後に、悪魔の力があったということか……」
カシューが納得したように頷く。優秀な弟を追い出し、悪魔と契約して健康と権力を得た兄。典型的な転落劇だ。
「スコットは、ヴィクトール殿が密かに保護していたようだ。彼は兄の異変にいち早く気づき、独自に調査を進めていたのだ」
ソウガが口を添える。ジラルドはスコットを見据え、厳かに告げた。
「スコットよ。今回の件、ドゥーカス家の罪は重い。本来ならば一族郎党、極刑は免れぬ」
「……覚悟しております」
「だが、元凶はゴートスと、それを唆した災禍伯だ。貴様のような有能な若者を失うのは惜しい」
ジラルドはカシューとソウガに視線を送り、二人の王が頷くのを確認してから言った。
「提案がある。我々がゴートスとメリグッシュ・ロバスを討った暁には、貴様が新たな当主となり、領地を治めよ。……ただし、『ドゥーカス』の名は捨ててもらう」
「え……?」
「その穢れた名を捨て、新たな家名を名乗り、一から出直すのだ。それが出来るか?」
それは、実質的な温情と、再起のチャンスだった。スコットは震える手で拳を握りしめ、涙を堪えて力強く答えた。
「はい……ッ! 必ずや、汚名を雪ぎ、民のために尽くす良き領主となります! ご温情、感謝いたします!」
方針は決まった。ソウガが扇子を広げ、背後の結界を指し示す。
「では、参ろうか。『天蓋封縛』は味方の通行を阻害せぬ。このまま公爵邸へなだれ込む」
カシュー王が全軍の前に立ち、具体的な作戦を伝達する。
「よく聞け! これより突入を開始する! ライアン率いるエデン王国騎士団と、ルミナス聖光国騎士団は、屋敷を包囲し、出てくる私兵共を殲滅せよ!」
「「「「「はっ!」」」」」
「『シルバーウイング』と『ルミナスアークナイツ』は、屋敷内に突入し、ベルガーの妻と娘を救出。その後は遊撃に回れ!」
「「「「「承知しました!」」」」」
「そして……カリナ、カグラ、サティア、セリス! そなたらは最大戦力だ。屋敷の最奥にいる元凶、ドゥーカス公爵および災禍伯メリグッシュ・ロバスを討ち取れ!」
「「「「御意!」」」」
カシュー王が剣を抜き放ち、高らかに号令を下した。
「これが最後の戦いだ。ドゥーカス公爵邸を制圧し、囚われた人質と精霊を救い出すのだ! 全軍、突撃せよッ!!」
ソウガが開いた結界の門を通り、エデンの戦車隊とルミナスの騎馬隊、そしてヨルシカの陰陽師部隊が、怒涛の如くガリフロンド公国領内へと侵入していく。
目指すは丘の上に聳える不気味な洋館、ドゥーカス公爵邸。全ての因縁を断ち切るための、最終決戦の火蓋が切って落とされた。




