92 銀翼と光弧の輝き
タワー中心部でカリナ達の激闘が終わる頃、外の戦場も激しさを増していた。
谷に湧き出る改造モンスターと、武装した信者達の波。だが、その防衛線は鉄壁だった。エデン王国騎士団副団長ライアンが指揮する部隊と、聖光国から派遣されたルミナス聖騎士団の本隊が連携し、敵の増援を片っ端から粉砕していたのだ。
「ここは我らが食い止める! 精鋭部隊は予定通り、左右の研究棟へ!」
ライアンの号令が響く。それに応えるように、白銀の鎧を纏ったカーセルがメンバーと動き出した。
「右の研究棟は僕達ルミナスアークナイツが引き受ける。エリアさん、左は頼んだよ!」
カーセルが柔らかくも芯のある声で告げる。その後ろには、愛槍を手にしたカイン、護符を構えたユナ、そして静かに祈りを捧げながらロッドを握るテレサが続いていた。
「ええ、任せてカーセル。そっちも気をつけてね!」
「ああ、行こうみんな。世界の悪に聖なる光の鉄槌を下す時だ!」
カーセル率いるルミナスアークナイツの精鋭達は、一糸乱れぬ動きで右側の第2研究棟へと殺到していった。それを見届けたエリアは、自身の仲間達へと振り返った。
「さあ、私達も行くわよ! 『シルバーウイング』の実力、見せてやりましょう!」
「おうよ! 暴れるぜ!」
「うむ、遅れはとらん!」
「はぁ……野暮な男達ね。エリア、私の護衛は頼んだわよ!」
アベル、ロック、セレナがそれぞれの武器を構え、タワーの左側に位置する第1研究棟へと突撃を開始した。
「入り口の雑魚は我々が引き受けます! 皆様は中へ!」
研究棟の入り口を固めていた敵兵に対し、カグラの配下である『相律鎮禍連』の精鋭達が呪符と式神を操って突撃する。彼らが切り開いた血路を、エリア達四人が駆け抜けた。
「ありがとう、助かるわ! 行くわよみんな、遅れないでね!」
副団長エリアの指示で、シルバーウイングは研究棟の内部へと侵入した。
内部は薄暗く、不気味な魔力光に照らされていた。通路の奥から、改造手術を施された異形の兵士達が襲い掛かってくる。
「罠はないぜ。最短ルートで突っ切る!」
スカウトのロックが先陣を切る。彼は二本の短剣を逆手に持ち、風のように敵の懐へ飛び込んだ。
「――クイック・スラスト!」
目にも止まらぬ高速の刺突。右手の短剣が敵のガードを弾き、左手の短剣が喉元を正確に貫く。血飛沫が上がるよりも早く、ロックは既に次の敵へと跳躍していた。
「邪魔だッ! どけ!」
続いて戦士アベルが、その巨体に似合わぬ速度で踏み込む。背負った巨大なバトルアクスを軽々と振り回し、通路を塞ぐ敵の群れを一薙ぎにした。
「――ワイド・クレーバー!」
ブンッ! と空気が爆ぜる音と共に、鋼鉄の斧刃が横一文字に閃く。重装歩兵の鎧ごと吹き飛ばされた敵兵達が、壁に叩きつけられてぐしゃりと潰れた。
「燃え尽きなさい。――ファイア・ボール!」
後衛からはセレナが杖を掲げる。先端の宝石が赤く輝き、巨大な火球が放たれた。それは生き物のように敵陣の密集地帯へと飛来し、着弾と同時に激しく炸裂した。爆炎が視界を奪い、敵の連携を分断する。
破竹の勢いで最奥部へと到達した彼らが目にしたのは、カリナ達が見た光景と同じく、無数のカプセルに囚われた精霊のパーツだった。
「なんて趣味の悪い……。美しさが台無しじゃない」
セレナが不快感を露わにしつつ、魔法でカプセルを破壊していく。エリアの精霊剣とアベルの斧も唸りを上げ、瞬く間に全てのカプセルが割られた。解放された精霊の光が、天井を抜けて空へと昇っていく。
その時だ。
ズシンッ……ズシンッ……!!
研究室の床が震え、奥の搬入用ゲートが内側からひしゃげた。鋼鉄の扉が紙くずのように引きちぎられ、巨大な影が姿を現す。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
耳をつんざく咆哮。現れたのは、身長3mを超える巨躯。黒光りする筋肉の塊のような肉体に、典型的な二本のねじれた角、そして背中にはコウモリのような巨大な翼を生やした怪物だった。下級とはいえ、正真正銘の悪魔――男爵級の個体だ。
「貴様ら……我が主の計画を邪魔するか……!!」
悪魔は鼻から硫黄の臭いがする蒸気を噴き出し、ギョロリとした赤い目で四人を睨みつけた。その口調は知性を感じさせるが、底知れぬ悪意に満ちている。
「我が名は、男爵バルガス・ゾッド! ここを貴様らの墓場としてくれる!」
バルガス・ゾッドが踏み込むと、床のタイルが弾け飛んだ。魔法や小細工はない。ただ純粋な、圧倒的な暴力の塊としての突進。
「来るわよ! アベル、受け止めて!」
「おうッ! 防御なら任せろ!」
アベルが巨大な戦斧の柄を短く持ち直し、盾のように構えて全身の筋肉を硬化させる。
「――ヘヴィ・スマッシュ!!」
防御一辺倒ではない。相手の拳を迎え撃つようなカウンター気味の強打だ。
ドォォォォンッ!!
悪魔の丸太のような拳と、アベルの戦斧が正面から激突した。衝撃波が走り、周囲の実験器具が粉々に砕け散る。アベルの鋼鉄のブーツが地面を削り、数メートル後退する。
「ぐググッ……! 馬鹿力め……重いな!」
「アベルが押されるとは……!」
ロックが驚愕するが、すぐに援護に回る。
「させるかよ! ――シャドウ・リップ!」
ロックの姿が揺らぎ、影のように悪魔の背後へ回り込む。 死角からの斬撃。アキレス腱を狙って二本の短剣を交差させ、一気に切り裂く。
ギィンッ!
だが、短剣は硬すぎる皮膚に阻まれ、浅い傷しかつけられない。
「小賢しい羽虫めッ!」
バルガスが巨大な腕を裏拳のように振るう。ロックはステップ・エッジでギリギリ回避するが、その風圧だけで肌が切れそうだ。
「硬いし速いな! これが悪魔かよ!」
「怯まないの! 私達にはカリナちゃんの『精霊王の加護』があるわ!」
エリアが叫びながら剣を構える。彼女達の体は、カリナが付与した虹色のオーラに包まれていた。その光は味方の身体能力を底上げし、同時に悪魔の力を抑制している。
「確かに……体が軽い! それに、あいつの動き、見た目より鈍い気がするぜ!」
「カリナちゃんの愛の力ね! なら、私も本気でいくわよ! ――サンダーチェイン!」
セレナが杖を高く掲げると、バチバチという音と共に稲妻の鎖が生成された。雷光の鞭がバルガスの巨体を打ち据え、その肉体を焼き焦がす。加護の影響で魔法抵抗が落ちている悪魔は、雷撃に焼かれて動きを止める。
「グガアアアッ!? 貴様らァァッ!」
「今よ! アベル、ロック!」
「おう! 喰らえ! ――クラッシュ・エッジ!」
アベルが跳躍し、斧に衝撃波を纏わせて叩きつける。命中点から破壊の波動が広がり、悪魔の肩の骨を砕いた。
「貰ったぜ! ――ダブル・ファング!」
ロックが再び懐に飛び込み、砕けた装甲の隙間を縫うように、鋭い連撃で膝の関節を切り裂く。巨体がガクリと体勢を崩した。
「こ、この虫ケラどもがァァァッ!!」
バルガス・ゾッドが怒り狂い、滅茶苦茶に腕を振り回して暴れる。その暴風のようなラリアットが迫る中、エリアが静かに、しかし疾風の如く踏み込んだ。
「終わりよ、悪魔!」
エリアの瞳が鋭く光る。彼女の愛用する光の精霊剣が、虹色の光と聖なる輝きを帯びる。悪しき者を砕き、浄化する対魔の奥義。
「――ホーリークラッシャー!!」
エリアが剣を振り上げ、渾身の力で斬り下ろす。
ズヴァアアアアッ――!!
一閃。聖なる光を纏った刃は、悪魔の鋼鉄の皮膚を豆腐のように切り裂き、その太い首を深々と両断した。
「ガ、ハ……ッ……バカ……な……」
バルガス・ゾッドの首が宙を舞う。巨体は数歩よろめいた後、ドズンと音を立てて倒れ伏した。死体は黒い炎となって燃え上がり、悪魔の痕跡は完全に消滅した。
「ふぅ……。なんとか倒せたわね」
エリアが剣を振り、納刀する。額の汗を拭いながら、彼女は安堵の息を吐いた。
「さすが副団長! あの一撃、痺れたぜ」
「エリアにしてはやるじゃない。ま、カリナちゃんの加護のおかげだけどねー。ああん、力が湧いてくるわぁ……このまま一生洗いたくない……」
「セレナ、お前はまたそんなことを言ってるのか。気持ち悪いぞ」
アベルが呆れつつも、頼もしげに笑ってエリアの肩を叩いた。互いに信頼し合う仲間の笑顔。左研究棟の制圧は完了した。カプセルから解放された精霊の光が、エリア達を祝福するようにキラキラと降り注いでいた。
◆◆◆
一方、タワーの右側に位置する第2研究棟。こちらには、ルミナス聖光国出身の実力者達で構成されたAランク冒険者ギルド、『ルミナスアークナイツ』が展開していた。
「入り口の敵は我々が引き受けます! カーセル殿達は中へ!」
研究棟の入り口では、左棟と同様にカグラの配下である『相律鎮禍連』の精鋭達が、呪符と結界を駆使して敵の防衛部隊を釘付けにしていた。
「助かるよ。行こう、みんな!」
団長であるカーセルの号令と共に、四人が研究棟の内部へと突入した。
内部は薄暗く、不気味な魔力の気配が漂っている。通路の奥から、武装した信者兵や魔獣が襲い掛かってくるが、彼らの歩みは止まらない。
「雑魚に構ってる暇はねえよ。――クレセント・ムーン!」
槍術士のカインが、青銀の鎧を煌めかせながらスピアを大きく振り回す。
穂先が三日月のような鋭い軌跡を描き、その遠心力と真空の刃が通路を塞ぐ敵をまとめて薙ぎ払った。彼らが身につけているのは、ルミナスでの悪魔討伐の功績を称え、ジラルド国王陛下から直々に下賜された最高級の装備だ。魔力を弾き、刃を通さないその性能は、Aランク冒険者である彼らの実力をさらに引き上げている。
「右から来るわよ! 邪魔くさい!」
陰陽術士のユナが、桃色の髪をなびかせて符を投じる。
「――雷切符!」
放たれた符は空中でバチバチと放電し、雷の刃となって敵陣に飛び込んだ。着弾と同時に連鎖的な落雷が発生し、複数の敵を一瞬で感電・麻痺させる。
「みなさん、怪我はありませんか? ブレッシング・オブ・ヴァラー」
最後尾からは、神聖術士のテレサが支援魔法を唱える。 彼女の法衣から広がる温かな光が前衛の三人を包み込み、攻撃力と防御力を底上げすると同時に、恐怖心や疲労を拭い去っていく。
完璧な連携で最奥部へ到達した彼らは、そこで無数のカプセルに閉じ込められた精霊のパーツを目撃した。
「酷い……。精霊達をこんな風に扱うなんて」
カーセルが悲痛な表情で呟く。彼らは即座に行動を開始し、カプセルを次々と破壊していった。解放された精霊の光が、天井を抜けて空へと還っていく。
その光景を、冷ややかな視線で見下ろす影があった。
「ほう……、この実験場を荒らすネズミ共か。躾が必要なようだな」
空間が歪み、闇の中から一人の紳士然とした悪魔が現れた。身長は2mほど。筋肉質の野蛮な姿ではない。細身の体に漆黒の衣装を纏い、頭部には優雅にカーブした二本の角、背中には鋭利な翼を持つ。その手には、先端にドクロをあしらった杖が握られていた。
「我が名は、悪魔子爵ベルゼ・ナイメア。低級な悪魔とは格が違うことを教えてやろう」
子爵級悪魔。高い知能と強力な魔法を操る、上位の存在だ。
「消え失せろ、人間。――ダーク・スフィア」
ベルゼが杖を振ると、空間に無数の闇の球体が出現し、マシンガンのような勢いで四人に降り注いだ。物理的な衝撃だけでなく、触れた箇所を腐食させる呪いの弾幕だ。
「みんな、後ろへ! ここは僕が止める!」
カーセルが前に出て、ジラルド国王から授かった白銀の大盾『聖銀の壁』を構えた。
「――ファランクス・ガード!」
カーセルが盾を地面に突き立てると、光の防壁が展開された。
ドガガガガガッ!!
闇の弾丸が大盾に直撃し、激しい火花と衝撃音を撒き散らす。だが、カーセルの体は一歩も揺るがない。聖銀の輝きと、カーセル自身の高い防御技術が、子爵級の魔法を完全にシャットアウトしていた。
「流石は陛下から頂いた盾だ。これくらいの魔法じゃ傷一つ付かない!」
「チッ……小癪な」
攻撃を防がれたベルゼが顔をしかめる。その隙を見逃すルミナスアークナイツではない。
「ナイスだカーセル! お返しといくぜ!」
カインが床を蹴り、高く跳躍した。
「上空からのプレゼントだ! ――メテオダイブ!」
カインは天井近くまで跳び上がると、切っ先を下に向けて急降下した。重力と落下の勢いを乗せた必殺の一撃。ベルゼは杖を掲げて障壁を展開するが、カインの槍はその障壁ごと肩口を貫き、床に縫い付けた。
「グッ……!? 貴様ッ!」
「私も忘れないでよね! ――焔狐火!」
着地したカインと入れ替わるように、ユナが護符を振るう。放たれた妖艶な狐火は、まるで生き物のように軌道を変え、カインの一撃で怯んだ悪魔の背中へと食らいついた。
「ウオオオッ! 下等生物がァァッ!!」
ベルゼが怒りの声を上げ、周囲に衝撃波を放って炎を振り払う。だが、その動きには明らかな焦りが見えた。彼らの体には、カリナの『精霊王の加護』が付与されている。悪魔の力は抑制され、逆にこちらの攻撃は『存在特攻』によって、通常ではあり得ないほどの深手を負わせているのだ。
「効いてるわ! カリナちゃんの加護のおかげね!」
「ええ、今ならいけます! ユナ、合わせましょう!」
テレサが杖を掲げ、神聖な魔力を極限まで練り上げる。 ユナもまた、両手に強い陽の気を集中させた。
「生意気な悪魔にトドメを刺すわよ! テレサ!」
「はい! 行きます!」
カーセルが大盾で悪魔の反撃を完全に抑え込む中、二人の詠唱が重なる。
「邪を祓う陽光よ、弾丸となって敵を穿て! 陰陽術・破邪陽弾!!」
ユナの掌から放たれたのは、太陽の光を凝縮したような黄金の弾丸。それは闇を切り裂く一直線の軌道を描く。
「天より降り注ぐ裁きの光よ! 神聖術・ユディキウム・レイ!!」
同時に、テレサの魔法によって天井から巨大な光の槍が降り注ぐ。それは悪魔を浄化する絶対の輝き。
陰陽術と、神聖術。二つの「光」の力が一点で交差し、ベルゼ・ナイメアを挟み撃ちにした。
「ガ、アアアアアッ……!? この私が……子爵級の私がァァァッ!!」
カッッッ!!!
研究棟全体を白く染めるほどの閃光。光が収まると、そこには黒い灰となって崩れ落ちる悪魔の姿があった。子爵級悪魔が完全沈黙したのだ。
「やったね! 二人とも最高だったよ!」
カーセルが盾を下ろし、爽やかな笑顔で振り返る。カインも槍を回して背中に収め、口笛を吹いた。
「へっ、カーセルの鉄壁があってこそだ。俺達は好き勝手に暴れさせてもらっただけだぜ」
「当然の結果よ。……ま、カーセルの防御の御陰だけどね」
ユナが照れくさそうに頬を緩ませる。テレサは胸の前で手を組み、祈るように微笑んだ。
「みんなの連携のおかげです。そして……カリナさんの加護に感謝を」
その時。タワーの中央から轟音が響き、天井が吹き飛んだ。そして、遥か上空へ何かが射出されていくのが見えた。
「おい見ろよ! あれ、カリナちゃん達がやったんじゃないか?」
カインが空を指差す。
「ええ、間違いないわ。あの規格外の力……あの子達、本当にやっちゃったのね」
ユナが呆れつつも、嬉しそうに笑った。
「よし、僕達も合流しよう。……ルミナスアークナイツ、任務完了だ!」
カーセルの号令と共に、彼らは勝利の余韻を胸に、カリナ達の待つタワーへと急いだ。右研究棟の制圧もまた、彼らの完全勝利で幕を閉じたのだった。




