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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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89  敵陣突入

 号令と共に、カリナ、カグラ、セリスの三人は、重力の枷を解き放った鳥のように空を駆けた。  


 上級歩方技術『空歩』。虚空を足場として蹴り、神速の勢いで谷底へダイブする。風切り音が耳元で唸りを上げ、眼下には禍々しい紫色の霧が晴れたばかりの敵本拠地が迫る。


「着地するわよ! 派手にいきなさい!」


 カグラの愉しげな声と共に、三人はタワー前広場の石畳へと、両足に魔力を集中させ隕石の如く着地した。


 ズドォォォォォンッ!!


 凄まじい衝撃波が広がり、敷き詰められた石板が波打つように砕け散る。もうもうと舞い上がる土煙の中、三つの影がゆらりと立ち上がった。


 その轟音に、広場を埋め尽くしていたヴォイド・リチュアル・サンクトゥムの防衛部隊が、何事かと一斉に振り返る。


「な、なんだ!? 空から降ってきやがった!」「ば、バカな……谷の結界はどうした!? あの絶対防御が破られたというのか!?」「どうやってここに入り込んだ!? 警報も鳴らなかったぞ!」


 敵兵達は驚愕と混乱に包まれていた。絶対の自信を持っていた砦の入り口が、音もなく突破されたことが信じられないのだ。  


 だが、彼らの不幸はそれだけではなかった。迎撃しようと構えた武器――精霊の力を歪めた『反転精霊装備』が、まるでただの鉄屑のように黒煙を上げていたのだ。


「う、うわぁぁぁ! 武器が……勝手に爆発したぞ!?」「反転精霊砲が全滅だ! 魔力を込めた瞬間に暴走しやがった!」「強化外骨格も動かねえ! ただの重りだ!」


 先程、カリナが発動した『精霊王の加護』。その絶対的な権限によって、精霊の力を歪めるシステムは存在そのものを許されず、内側からショートし、既に爆散していたのだ。武器を失い、動かない鎧に閉じ込められた彼らは、ただの烏合の衆と化している。


 狼狽する敵兵達を見渡し、カリナは不敵に笑った。彼女の体から溢れ出る虹色のオーラが、この空間の精霊法則を完全に支配している。


「無駄だ。貴様らのその不愉快な玩具は、精霊王の御名において排除した。もはや貴様らは、ただの重い鎧を着た案山子に過ぎない」


 その言葉が合図だった。カグラが扇子をパチリと閉じ、冷徹な瞳で敵を見下ろす。その口元には、獲物を前にした捕食者のような艶然たる笑みが浮かんでいた。


「へえ、武器が壊れてお困りのようねぇ。……なら、遠慮なく掃除させてもらうわ。私の可愛いカリナちゃんの(世界)を汚す害虫共だもの」


 カグラは懐から四枚の護符を取り出し、優雅に宙へと放った。


「出でよ、我が下僕達! 陰陽術・四神招来! ――ちゅん太郎! 亀次郎! 虎吉! 竜之介!」


 パァンッ! とカグラが柏手を打つと同時に、護符が燃え上がり、巨大な四体の式神が顕現した。


 空を焦がす朱雀のちゅん太郎が、大きく息を吸い込み、扇状に広がる超高熱の炎を吐き出した。朱色の業火が逃げ惑う前衛部隊を飲み込み、悲鳴を上げる間もなく灰へと変えていく。  


 後退しようとする別動隊には、玄武の亀次郎が巨大な水塊を生成して「圧」として叩きつける。数トンもの水圧が、動かない強化外骨格ごと兵士達をひしゃげさせ、地面に埋め込んだ。  


 混乱する敵陣の中へ、雷光を帯びた白虎の虎吉が疾走する。その鋭い爪と牙は、兵士達の心臓を正確無比に貫き、次々と絶命させていく。  


 そして青龍の竜之介がとぐろを巻き、暴風を巻き起こす。竜巻と化した風の中で真空の刃が乱舞し、密集していた改造モンスターの群れを肉片へと変えて吹き飛ばした。


「ぎゃあぁぁぁッ!?」「ひ、ひぃぃッ! なんだこの化け物たちはぁぁッ!?」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。その中を、一陣の清冽な風のように駆け抜ける影があった。シルバーウイング団長、セリスだ。


「皆様の罪、その身で償っていただきます」


 彼女の瞳に迷いはない。白銀の剣が美しい軌跡を描く。


「ソニックセイバーダンス!」


 音速めいた速度で繰り出される乱舞。目にも止まらぬ剣閃が、襲い来る改造モンスターの首を次々と刎ね飛ばしていく。返り血すら許さぬその動きは、まさに剣の舞踏。


「スラッシュエッジ! からの――ツインカッター!」


 鋭い斬り上げで敵の体勢を崩し、即座に左右への二連撃。鋼鉄の鎧ごと肉体を両断する。


「数が多いですね……なら、これで! ハリケーンエッジ!」


 セリスは回転しながら剣を振り抜き、広範囲の衝撃波を発生させた。周囲を取り囲んでいた兵士達が、纏めて薙ぎ払われ、吹き飛んでいく。


 容赦のない殺戮。敵が人間であろうと、この世界を脅かす「悪」である以上、彼女達は一切の慈悲を見せない。それが、過酷なこの世界で長い時間を生き抜いてきた彼女達の「覚悟」であり、日常なのだ。


 だが、カリナは違った。彼女は唇を噛み締め、自身に向かってきた敵兵の剣、予備の剣だろうか、震える手で構えているそれを紙一重でかわすと、愛刀の(みね)を強烈に叩き込んだ。


「ぐはっ……!?」


 首筋に衝撃を受け、敵兵が白目を剥いて崩れ落ちる。


「出ろ! シャドウナイト、ホーリーナイト!」


 カリナの召喚に応じ、漆黒と純白の騎士団が影から湧き出るように現れる。彼らは剣を抜きつつも、カリナの意志を汲み取り、決して刃を向けない。関節技で敵を取り押さえ、投げ飛ばし、あるいは盾で殴打して気絶させていく。


「来い、フロストリア!」


 さらに氷の精霊女王を召喚。猛烈な冷気の結界、氷嵐環(ひょうらんかん)を展開し、逃げ惑う研究員や非戦闘員達の足を凍りつかせ、その場に縫い留める。命までは奪わず、あくまで無力化に徹する戦い方だ。


 その様子を見たカグラが、燃え盛る敵の残骸の前でふっと息を吐き、冷ややかな視線を向けた。


「……甘いわよ、カリナちゃん。こいつらは害虫よ? 生かしておけば、また同じことを繰り返すわ」


「分かっている。だが……」


 カリナは倒れた兵士を見下ろし、刀を血振いして納刀した。


「私にはまだ、人間の命まで奪うことはできない。……それに、情報を聞き出すためにも捕虜は必要だ」


 それは建前であり、本音でもあった。カグラは少しだけ目を丸くした後、いつもの蕩けるような笑顔に戻った。


「んふふ、いいのよ。それがカリナちゃんの優しさだもの。……汚れ役は、私とセリスお姉さんが引き受けるわ」


 広場の敵をあらかた無力化した三人は、タワーの厚い装甲扉をカグラの『相克術・岩砕(がんさい)』で粉砕し、内部へと侵入した。



 ◆◆◆



 タワー内部のエントランスロビーは、外観の無機質さとは対照的に、祭壇のような異様な雰囲気に包まれていた。  


 壁面には冒涜的な紋様が刻まれ、禍々しい紫色の光が脈動している。その中央。石造りの大階段の上に待ち構えていたのは、フードを目深に被った数名の幹部達だった。彼らは侵入者を目にすると、信じられないものを見るように目を見開いた。


「き、貴様ら……どうやってここに入り込んだ!?」


 中央に立つ幹部の男が、裏返った声で叫んだ。


「外の防衛部隊はどうした!? 谷の結界だって、そう簡単に破られるはずが……!」


「セキュリティ? ああ、あの紙クズみたいな結界のこと?」


 カグラが扇子で口元を隠し、冷ややかに嘲笑う。


「あんなもの、蹴飛ばせば壊れるわよ。……それより、アンタ達、何が目的よ。精霊を犠牲にして、一体何をしようって言うの?」


 カグラの問いに、男は我に返ったように表情を歪め、両手を広げて天を仰いだ。


「浄化だ。精霊などという不確定な力に頼る穢れたこの世界を、大いなる『虚無』の儀式によって『無』へと還すのだ。それこそが真の救済……! 苦しみも悲しみもない、完全なる静寂!」


「そのために悪魔と手を組んだのか? 世界を売り渡してまで?」


 カリナの怒気を含んだ問いに、男は顔を歪めて笑った。


「悪魔? ハハハッ! あんなものは道具に過ぎん! 全ては偉大なる『虚無』へ至るための薪! 取り返しのつかないこと? 否! これこそが唯一絶対の真理なのだぁぁッ!!」


 狂信。  


 言葉が通じないどころか、生物としての根本的な価値観が断絶している。その言葉を聞いた瞬間、カグラの表情から一切の感情が消え失せた。先程までの妖艶な笑みは消え、そこにあるのは絶対零度の殺意のみ。


「……そう。狂ってるわね」


 カグラは冷たく吐き捨てると、指先だけで印を結んだ。


「死になさい。――相克術・炎爆(えんばく)


 ドォォォォォンッ!!  


 刹那、幹部達の中心で圧縮された魔力が一点爆発を起こした。悲鳴を上げる暇すらなかった。紅蓮の炎が彼らを骨の髄まで焼き尽くし、一瞬にして灰へと変える。後に残ったのは、床に焼き付いた焦げ跡だけだ。


「さあ、先に進むわよ」


 塵一つ残さず消し去ったカグラは、タワーの上層へと続く階段を見上げた。螺旋状に続く長い階段が、闇の中へと伸びている。


「階段か……。面倒ね」


「空歩で一気に駆け上がろう」


 カリナが短く告げ、三人は再び地を蹴った。螺旋階段の手摺りや壁を足場に、重力を無視して跳躍する。何百段もある石段を、ほんの数秒で駆け抜けていく。



 ◆◆◆



 最上層に位置する実験室へと到達し、扉を開けた瞬間、カリナは息を呑んだ。


 そこは、まるで精霊達の墓場だった。広大な部屋には無数のカプセル型容器が並んでいる。その中には、精霊そのものではなく――切り刻まれ、加工された精霊のパーツが保存されていた。  


 美しい翼、輝く結晶の心臓、魔力を帯びた瞳。それらはただの素材として扱われ、実験のために保管されているのだ。


「ひどい……。なんてことを……!」


 セリスが口元を押さえて絶句する。カリナの胸に、かつてないほどの激しい怒りが込み上げた。精霊に愛された彼女にとって、これは最大の冒涜だ。


「……壊すぞ! こんなもの、残しておいていいはずがない!」


「ええ、やりましょう!」


「勿論よ!」


 カリナが刀を抜き、セリスが剣を構え、カグラが扇を広げる。三人は嵐のような勢いで実験室を駆け巡った。ガラスが砕け散る音が響き渡り、培養液が床に溢れ出す。破壊されたカプセルから、囚われていた精霊の欠片達が光となって解放され、天へと還っていく。


 全てのカプセルを破壊し終えた時。部屋の奥、玉座のような椅子が置かれた空間から、歪な拍手が響いた。


「素晴らしい手際だ。まさかここまで到達するとはね。人間にしては上出来だよ」


 空間が歪み、一人の男が現れた。  


 いや、それは人間ではない。漆黒の燕尾服を優雅に着こなし、白手袋を嵌めているが、その頭部には巨大な山羊の角が生え、背中からはコウモリのような皮膜の翼が伸びている。肌は死人のように青白く、瞳は爬虫類のように縦に裂けた金色。  


 男は胸に手を当て、芝居がかった仕草で一礼した。


「我が名はアモ・フォン。偉大なる災禍伯メリグッシュ・ロバス様に仕える公爵なり」


 滲み出る魔力は、先程の狂信者達とは次元が違う。悪魔の表の最上位と言われる公爵、アモ・フォン。


「ここは我が主の大事な実験施設でね。勝手に壊されちゃ困るんだよ、下等生物の諸君」


 アモ・フォンが指を鳴らすと、周囲の空間から無数の黒い波動――『虚波(きょは)』が発生し、カリナ達を襲った。触れたものを無へと帰す、悪魔特有の破壊の波だ。


「くっ!」


 カリナが刀で弾き飛ばし、セリスが瞬時に反応する。


「ホーリークラッシャー!」


 聖なる光を纏った一撃で、迫りくる虚無の波動を相殺する。だが、衝撃で三人は後方へと押し戻された。


「ここは私がやるわ」


 カグラが一歩前に出た。その手には、これまでとは違う、禍々しくも神聖な気が練り込まれた、紫色の特別な護符が握られている。


「カリナちゃんとセリスさんは先に行って。……この悪魔、私が祓う」


「カグラ、一人で大丈夫か? 相手は公爵級の悪魔だぞ!」


「誰に言ってるの? 私はエデン筆頭相克術士、カグラよ」


 カグラは振り返り、悪戯っぽく、しかし絶対的な自信に満ちたウィンクを送った。そして再び悪魔に向き直った瞬間、その背中から立ち昇るオーラが爆発的に膨れ上がった。


「それに……私の可愛い妹分を傷つけようとした罪、万死に値するわよ。悪魔風情が!」


 その言葉には、底冷えするような殺気が込められていた。


「……ふん、人間風情が威勢のいいことだ」


「カグラ……分かった。頼む!」


「カグラさん、ご武運を!」


 カリナとセリスは頷き、奥の扉――首謀者がいるであろう部屋へと走った。アモ・フォンがそれを追おうと手を伸ばすが、カグラが素早く印を結ぶ。


「相克術・熾槍(しそう)!」


 ドゴォォォンッ!  


 悪魔の足元の床が砕け、紅蓮の炎を纏った槍が数本、地面から噴出した。アモ・フォンは舌打ちをしてバックステップでかわす。


「おっと、よそ見は厳禁よ? さあ、ダンスの時間だわ。地獄の底まで付き合ってもらうわよ」


 カグラが扇子を開き、口元を隠して妖しく笑う。対するアモ・フォンも、燕尾服を整えながら嗜虐的な笑みを浮かべた。  


 超越者同士の戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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