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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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86  カグラ到着

 シルバーウイングとの手合わせから数日が過ぎた。


 その間、エデンの空は抜けるように青く、嵐の前の静けさを思わせる穏やかな日々が続いていた。カリナは連日、セリス達シルバーウイングの面々と共に汗を流していた。騎士団の演習場は、今や彼らの熱気で満たされている。


「――そこだッ!」「おっと、甘いです!」


 乾いた音が響き、二つの影が交錯する。木剣を振るうカリナの動きに、一切の迷いはない。対するセリスは流れるような剣捌きでそれを受け流し、鋭い突きを繰り出す。  


 かつてトップランカーとして鳴らしたカリナの戦闘技術は錆びついていない。だが、身体感覚というものは生モノだ。コンマ一秒の判断、呼吸のタイミング、筋肉の連動。それらを極限まで研ぎ澄まし、実戦の勘を磨くためには、信頼できる強者との立合いが必要不可欠だった。


「はぁ、はぁ……! 流石ですね、カリナさん。昨日の動きよりもさらに洗練されています」


「セリスこそ、鉄壁の守りだな。こじ開けるのに骨が折れる」


 息を切らせて剣を下ろすセリスに、カリナはタオルを投げ渡す。その光景を、ベンチで休んでいたエリア達は眩しそうに見つめていた。


「はー、いつもながらレベルが違うわね」


「そうだな、だがここに来てからの訓練で、我々も着実にレベルアップしている。そう悲観することはない」


 エリアの言葉にアベルが答えた。


「素晴らしいです。カリナさんと剣を交えるたびに、私達も引き上げられていくのを感じます。……まるで、シルバーウイング全体が進化しているようです」


 セリスは丁寧な口調で、心からの敬意を込めて語った。


「お互い様さ。お前達のような連携の取れたパーティと動くのは、私にとっても良い刺激になる」


 カリナは汗を拭いながら、自身の掌を見つめた。握りしめた拳に力が漲る。準備は整いつつあった。身体も、心も、そして仲間たちとの連携も。


 そして、ついにその日が訪れる。



 ◆◆◆



 エデン城、謁見の間。


 天井高く伸びる柱列と、磨き上げられた石床。その最奥に鎮座する玉座には、国王カシューが威厳を湛えて座している。  


 王の右側には、冷徹な知性を感じさせる側近のアステリオンが、左側にはエデンの騎士の一角、近衛騎士団長クラウスが、それぞれ彫像のように直立している。


 さらに広間の両脇には、エデンが誇る特記戦力達が並ぶ。  召喚魔法剣士カリナ、神聖術士サティア、そして『災害級魔法使い』エクリア。そして彼らの代行達。


  彼らの服装は個性的だ。カリナはいつものフリルのついたドレスコート、サティアは法衣、エクリアは愛用の白いローブ。エデンという国はPCの創った国らしく、個人の自由を尊重する気風が強い。謁見の場であっても、正装を強制されることはない。彼らにとって最も戦いやすく、自分らしい「いつもの格好」こそが、この場に相応しい姿なのだ。


 そしてその列には、セリス率いるシルバーウイングの面々も加わっている。彼らもまた、使い込まれた冒険者の装備をそのまま身に着け、歴戦の猛者としての風格を漂わせていた。


 重厚な大扉が、地響きのような音を立ててゆっくりと開く。広間に響き渡るのは、独特なリズムを刻む足音。


 現れたのは、大陸全土から集った一団だった。


 先頭を歩くのは、豪奢かつ可憐な衣装に身を包んだ、明るい茶髪の美女――カグラだ。  


 肩につくほどのミディアムヘアを揺らし、彼女は堂々と歩を進める。その身に纏うのは、北の大国陰陽国ヨルシカにおける相克術士や陰陽術士の正装だ。


 純白の狩衣をベースに、その上には鮮やかな紅の羽織を重ねている。下半身は動きやすさを重視した淡いピンク色の短い袴で、そこから伸びる健康的でスラリとした脚は、白のニーハイソックスと足袋で包まれていた。その意匠は明らかに東洋的であり、カグラならではの「和」の美意識が凝縮されている。


 その背後には、同じく和の装束に身を固めた精鋭達――相律鎮禍連(そうりつちんかれん)の約三十名が、一糸乱れぬ隊列で付き従っている。  


 彼らはカグラが手塩にかけて育て上げた術士部隊だ。それぞれが護符や錫杖、薙刀などを携え、その身からは静かだが濃厚な魔力が立ち昇っている。その瞳には、主君を守護し、あらゆる魔を祓わんとする鋼の意志が宿っていた。


 カグラは玉座の前まで進むと、優雅な動作で片膝をつき、深く頭を垂れた。それに合わせ、背後の相律鎮禍連の面々もザッ! と音を揃えて跪く。


「――大陸最北の地、陰陽国ヨルシカより、ただいま帰還致しました。カシュー陛下」


 凛とした、よく通る声。普段の砕けた口調とは違う、公式の場における礼儀正しい声音だ。カシューは深く頷き、王としての重厚な声を広間に響かせた。


「うむ。よくぞ無事で戻った、カグラよ。長旅、大儀であった」


 カシューの視線が、カグラと、その背後に控える精鋭達に向けられる。


「北方の情勢、ならびにヨルシカ国との調整、ご苦労だった。諸君らの帰還を、我々は心待ちにしていたぞ」


 それは互いの立場を尊重した、完璧なロールプレイだった。  


 公の場において、彼らは王と臣下であり、エデンの未来を背負う指導者同士だ。周囲の衛兵や文官達は、その荘厳なやり取りに固唾を飲んで見入っている。


 カシューは、視線を広間の脇に控えるシルバーウイングの面々へと向け、カグラに告げた。


「カグラよ。そこにいる者達を紹介しよう。我が国領内にあるチェスターの街を拠点とする精鋭ギルド、『シルバーウイング』の面々だ」


 名を呼ばれ、セリスが一歩前に出て優雅に礼をする。


「お初にお目にかかります、カグラ殿。シルバーウイング団長のセリスと申します。以後、お見知りおきを」


 セリスの丁寧かつ凛とした挨拶に、カグラも少しだけ顔を上げ、微笑みで返した。


「彼らは今回の事態に際し、共に戦うことを誓ってくれた心強い助っ人だ。諸君らも既に到着している彼らと連携し、作戦に備えてほしい」


「はっ。承知いたしました。頼もしい援軍、感謝に堪えません」


 カグラは恭しく応えた。


「旅装を解くがよい。連れてきた者達は、城内の客室へ案内させよう。シルバーウイング達と同じ区画だ。精鋭同士、話も合うだろう」


「はっ、ありがたき幸せ」


 形式的な謁見を終え、カグラが連れてきた相律鎮禍連の面々が近衛兵に案内されて退室していく。  


 カグラは立ち上がると、カシューにそっと目配せをした。カシューも微かに口元を緩め、頷きを返す。堅苦しい時間は、これで終わりだ。



 ◆◆◆



 場所は変わり、カシューの執務室。  


 扉が閉まり、完全に身内だけとなった瞬間――部屋に満ちていた張り詰めた空気が一気に霧散した。


「いやーっ、疲れた疲れたぁ! やっぱ堅苦しいのは肩が凝るわねぇ!」


 先程までの淑やかな態度はどこへやら、カグラは大きく伸びをしながら、ふかふかのソファに勢いよく身を投げ出した。狩衣の裾が乱れるのもお構いなしだ。


「おかえり、カグラ。元気そうで何よりだよ」


 カシューが王の仮面を外し、いつもの穏やかな友人の顔で微笑む。


「カグラさん、お帰りなさい」


「おう、久しぶりだなカグラ。北の飯はどうだったよ?」


 サティア、エクリアがそれぞれ親しげに声をかける中、カリナも腕を組んで近づいた。


「遅かったな、カグラ。待ちくたびれたぞ」


 ぶっきらぼうに言うカリナを見た瞬間、カグラの明るい茶色の瞳がキラリと光った。


「あら! 私の可愛いカリナちゃん! 会いたかったわ~!!」


 ガバッ!  


 カグラはバネのように跳ね起きると、カリナに抱きついた。


「ちょ、おいカグラ! 苦しいって!」


「ん~、やっぱりカリナちゃん成分を補給しないと調子が出ないわね! ちょっと見ない間にまた可愛くなったんじゃない? お肌もツヤツヤだし、ルナフレアにしっかりケアしてもらってるのね~」


 カグラはカリナを妹分のように――いや、愛玩動物のように撫で回し、頬ずりをする。カリナは「やめろ、子供扱いするな」と口では言いつつも、本気で抵抗はしない。


 カグラの温もりと、変わらないテンション。それらが、かつてゲーム時代に共に戦った日々を思い出させ、安心感を与えてくれるからだ。これもまた、彼女達なりの再会の儀式のようなものだ。


「ふふ……。カグラさんも相変わらずですね」  


 サティアが微笑ましそうに見守る。


 ひとしきりカリナを堪能したカグラは、ようやく彼女を解放し、ソファに座り直した。表情はニヤニヤしているが、その瞳には真剣な光が戻っている。


「さて、と。感動の再会も済んだところで、仕事の話をしましょうか」


 カシューが頷き、机の上に広げられた大きな大陸地図を指差す。そこには、いくつもの駒や書き込みがなされていた。


「ここからは僕が説明しよう」


 カシューは指示棒を手に取り、言葉を続けた。


「今後のスケジュールだけど……作戦開始は、カグラが帰還した今日から一週間後とする」


「ええ。それまでに旅の疲れを癒やして、シルバーウイング達とも連携の最終確認をしておくわ」


「ああ、頼むよ。……さて、作戦の第一段階だ」


 カシューの指示棒が、地図上の一点を指し示す。そこは、ドゥーカス公爵のいるガリフロンド公国領の南端に位置する、険しい渓谷地帯だった。


「一週間後、僕達エデン軍はここ――『ビィタールの谷』の南にて、ルミナス聖光国軍と合流する。ルミナスのジラルド王の話では、向こうも精鋭聖騎士団を派遣してくれるそうだよ」


「なるほど。エデンとルミナスの二か国合同軍の集結地点というわけか」


 カリナが腕組みをして頷く。ビィタールの谷は天然の要害だ。そこを制圧し、本拠地である公爵領へ攻め込むルートとなる。


「そして、その間にカグラの第二の故郷……北の大国ヨルシカの軍勢が動く」


 カシューは指示棒を地図の北側、ガリフロンド公国の国境付近へと滑らせた。


「北からガリフロンド公国へ侵攻を開始する。といっても、制圧そのものが目的じゃない。公国全土を、ヨルシカの術士達が展開する大規模な『結界術』で封鎖するのが狙いだ」


「敵の退路を断つと同時に、外部への被害拡散を防ぐ……ということね」  


 カグラが補足する。


「その通り。ヴォイド・リチュアル・サンクトゥムが何を企んでいるにせよ、奴らを公国の中に閉じ込め、外へ逃さない。その上で、僕達南の連合軍と、北のヨルシカ軍で一気に挟撃し、中枢を叩く」


「袋の鼠にするわけだな」  


 エクリアがニヤリと笑った。


「そういうことだね。僕達南の連合軍と、北のヨルシカによる大規模な包囲殲滅作戦だ。細かい配置や部隊の連携については、この一週間で各国の代表と話し合って詰めることになる。かなり忙しくなるけどね」


 カシューの説明に、全員が真剣な表情で頷く。いよいよ、決戦の時は近い。大陸の命運を賭けた戦いが始まろうとしているのだ。


 そんな張り詰めた空気の中、エクリアが身を乗り出し、目を輝かせた。


「へへっ、ようやく俺の出番だな! 一週間後か……待ち遠しいぜ! その公爵領に本拠地ごと、ド派手な魔法で更地にしてやるからな!」


 バチバチと魔力を溢れさせ、やる気満々で拳を鳴らすエクリア。彼女の脳裏には、敵陣のど真ん中で極大魔法をぶっ放す爽快なイメージが広がっているのだろう。しかし、カシューは冷ややかな目で彼女を見つめ、無慈悲に告げた。


「いや、エクリア。君は留守番だよ」


「……は?」


 エクリアの動きがピタリと止まった。時が止まったかのように静まり返る室内。


「な、なんでだよカシュー! 俺も戦えるぞ! ていうか俺が一番火力あるだろ!? 更地にするなら俺に任せろよ!」


「だからだよ。『災害級魔法使い』とまで呼ばれる君の魔法は危険過ぎて、味方まで巻き込むだろう?」


 カシューは呆れたように溜め息をつき、首を振る。


「今回の作戦は、ルミナスの聖騎士やヨルシカの術士達との混成部隊なんだよ? 緻密な連携が命の作戦で、君みたいな歩く戦略兵器を戦場に放り込んだらどうなる? 敵より先に味方が壊滅してしまうよ」


「そ、そんな……。上手くやるよ……多分」


「『多分』じゃ困るんだ。それに、エデンの守りも重要なんだよ」


 カシューは諭すように、しかし断固とした口調で言った。


「僕達主力が出払っている間、誰がこの国を守る? 万が一、敵の別動隊や悪魔がエデンを狙ってきたらどうするんだい? ……その時、国を守りきれるのは、君しかいないだろう?」


「うぐっ……!」


 カシューの正論と、持ち上げられた責任感に、エクリアは反論の言葉を失った。


「嘘だろ……。俺だけ留守番かよぉ……。みんなが暴れてる時に、俺だけお茶汲みかよぉ……」


 ガックリと項垂れ、この世の終わりのような顔をするエクリア。その悲壮感漂う姿があまりにも滑稽で、カリナとカグラ、サティアは顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。


「あはは! ドンマイ、エクリア! お土産話はたっぷり聞かせてあげるわよ!」


「留守は任せたぞ、エクリア。お前がいてくれれば、私達は安心して背中を預けられるからな」


「そうですね、エクリアさんが国防にいれば私達は後ろを気にせず攻め込めますから」


 シリアスな作戦会議の最後は、いつものような賑やかな笑い声で締めくくられた。彼らの絆は盤石だ。来るべき決戦に向け、エデンの英雄達は着実に歩みを進めていた。

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