83 カリナ先生爆誕!
執務室を後にしたカリナは、城を出て城下町の西区へと向かった。
活気あふれる街並みを抜け、西区の一角に広大な敷地を構える「エデン王立学園」。そこは次代を担う騎士や術士を育成する機関であり、今は多くの若者達が集う場所となっている。
石造りの立派な正門をくぐると、そこは若きエネルギーに満ち溢れていた。広大なグラウンドでは、騎士科の生徒達が模擬戦で汗を流し、魔法科の生徒達が標的に向かって呪文の詠唱を繰り返している。
「ほう……。なかなかいい動きじゃないか」
カリナは立ち止まり、鋭い眼光で生徒たちの訓練を見つめた。平和ボケしているかと思いきや、どの生徒の瞳にも真剣な光が宿っている。各地の悪魔の脅威が伝わっているせいか、危機感を持って修練に励んでいるようだ。
「こら、そこの君!」
その時、背後から女性の声がかかった。振り返ると、そこには一人の女性教師が立っていた。落ち着いた色のローブを纏い、栗色の髪の間からはぴんと立った猫の耳が、背後からはしなやかな尻尾が揺れている。猫人の獣人だ。
「授業中にフラフラしてどうしたの? 迷子? それともサボりかしら?」
彼女はカリナをジロジロと上から下まで見回し、少し呆れたように息を吐いた。どうやら、その容姿の幼さから新入生か何かと勘違いしているらしい。
「ああ、いや。私は生徒じゃ……」
「言い訳はいいわ。まったく、最近の子は……。君、専攻は?」
問答無用で話を遮られ、カリナは少しむっとしたが、面倒なので短く答えることにした。
「召喚術だ」
「召喚術?」
その単語を聞いた途端、教師の表情が少し曇った。同情というか、哀れみというか、なんとも微妙な反応だ。
「……そう。あそこは今、大変だものね。人気も下火だし、先生も苦労してる。……サボりたくなる気持ちも、わからなくはないけれど」
彼女はため息交じりに呟くと、気を取り直したように微笑んだ。
「私はリディア。私も召喚術科の担当教師よ。さあ、教室まで案内してあげるから、観念してついてきなさい」
「……案内してくれるなら助かる。だが、一つ訂正させてくれ」
カリナはリディアの隣を歩きながら、淡々とした口調で告げた。
「私はサボりの生徒じゃない。今、召喚術科で教えているリーサは私の代行だ」
「え? リーサ先生が君の代行?」
リディアが目を丸くして、猫耳をピクリと動かす。
「ああ。私はエデンの筆頭召喚術士であり、特記戦力のカリナだ。リーサはこれからのエデンの戦力として、後進の召喚術士を育てるという重要な使命を帯びて派遣されている。だが、苦労していると聞いてな。様子を見に来たんだ」
「えっ……ええええッ!?」
リディアが素っ頓狂な声を上げ、尻尾がブラシのように逆立った。彼女は信じられないといった様子で、まじまじとカリナの顔を凝視する。
「う、嘘でしょう!? 『あの』噂のカリナ様!? だ、だって……こんなに可憐な美少女じゃない! もっとこう、屈強な大女だとばかり……!」
「そんなイメージなのか……。だが本物だ」
カリナが呆れ半分に答えると、リディアは「し、失礼しました!」と慌てて姿勢を正した。
「ま、まさかご本人がいらっしゃるなんて……。で、でも良かった。リーサ先生、本当に大変そうで……。カリナ様からの重大な使命というプレッシャーもあるのでしょう、生徒達がなかなか言うことを聞かなくて、精神的にかなり参っていらっしゃるんです」
「……やっぱりか。あいつ、真面目過ぎるからな」
リディアの案内で校舎に入り、廊下を進む。
やがて、突き当たりの教室の前でリディアが足を止めた。「ここです」と目配せされ、カリナはそっと中の様子を伺った。
「――ですから、精霊との契約には、まず心の波長を合わせることが重要で……」
教壇には、以前よりも少し痩せたように見えるリーサが立っていた。必死に声を張り上げているが、その声は教室の喧騒にかき消されそうになっている。
「あー、また精神論かよー。めんどくせー」「つーか召喚術って地味じゃね? ファイアボール一発撃った方が速いって」「リーサ先生、もっと派手な召喚獣出せないんですかー? カリナ様ならもっとすげーの出すらしいじゃないですか」
生徒たちは私語を交わし、リーサの話をまともに聞いていない。完全に学級崩壊の一歩手前だ。リーサは今にも泣き出しそうな顔で、教科書を握りしめている。
――プチッ。
カリナのこめかみで、何かが切れる音がした。
「……リディア先生。開けてくれ」
「は、はい!」
カリナの剣呑なオーラに押され、リディアがドアを開ける。カリナは足音高く教室へと踏み込んだ。
「あ? 誰だおま……」
一人の男子生徒が文句を言おうとした瞬間、カリナは教壇の横にあった分厚い黒板消しを掴み、教卓に全力で叩きつけた。
バンッッ!!!
雷が落ちたような轟音が教室内に響き渡る。一瞬にして静まり返る教室。生徒達は何事かと、入口に立つ小柄な少女に視線を集中させた。
「カ、カリナ様!?」
リーサが目を見開き、救世主を見るような目で駆け寄ってくる。カリナは「よく耐えたな」と短くリーサの肩を叩くと、鋭い視線を生徒たちに向けた。
「おい、そこのガキども。さっきから聞いていれば、随分と舐めた口を利いてくれるじゃないか」
教室の温度が数度下がるような、冷徹なドスを含んだ声。 生徒達は圧倒されつつも、目の前の少女の容姿に釘付けになった。
「だ、誰だあの子……?」「すっげぇ可愛い……。新入生か?」「いや、見てよあの衣装。それに、なんて綺麗な顔立ちなの……お人形さんみたい……」
男子生徒は頬を染め、女子生徒はその整いすぎた美貌に感嘆のため息を漏らす。カリナはフンと鼻を鳴らし、教壇の中央に仁王立ちした。
「新入生じゃない。私はエデン国筆頭召喚術士、特記戦力のカリナだ。リーサは私の大事な代行として、カシュー国王の任務でお前らを育てるためにここにいるんだぞ」
その名乗りを聞いた瞬間、教室がどよめきに包まれた。
「ええっ!? あれがカリナ様!?」「嘘だろ、あんなちっちゃい女の子が特記戦力!?」「でも、あの赤い髪……間違いないわ、本物よ!」
驚愕と好奇心の視線を浴びながら、カリナは不敵な笑みを浮かべた。
「召喚術が地味? ファイア・ボールの方が速い? ……笑わせるなよ。お前らが無知なだけだ」
カリナの全身から、凄まじい魔力の波動が立ち昇る。空気そのものが震え、生徒達は本能的な恐怖と畏敬の念でゴクリと唾を飲み込んだ。
「リーサは優し過ぎるんだよ。ここからは本家本元の私が教えてやる」
カリナはチョークを指で弾き飛ばし、黒板にカツンと当てる。
「席に着け。これからお前らに、本当の召喚術の恐ろしさと……その素晴らしさを、骨の髄まで教えてやる。授業を始めるぞ」
こうしてカリナの授業が始まった。
「召喚術は地味で難しい……か。……ふん、確かにその通りだ。それは否定しない」
カリナは教卓に腰掛け、生徒達を見下ろしながら淡々と語り始めた。その体からは、言葉の重みを裏付けるような濃厚な魔力が陽炎のように揺らめいている。
「なぜなら、強力な精霊ほど自我が強く、契約を結ぶこと自体が困難だからだ。生半可な実力しかない人間に、精霊は決して従わない」
生徒達は、カリナの圧倒的なオーラに飲まれ、静まり返って聞き入っている。
「精霊を屈服させ、認めさせるには、召喚術以外の『武』が必要になる。私の場合は魔法剣や格闘術だ。リーサもまた、攻撃魔法の達人だ。その基本技能があって初めて、高位の精霊と渡り合い、契約の土台ができる」
カリナはリーサの方をちらりと見た。リーサは恐縮したように、しかし誇らしげに背筋を伸ばす。
「だから、お前達がファイア・ボールや剣術を鍛えるのは間違っていない。だがな、その先にある精霊との契約……これこそが、術者の可能性を無限に広げるんだ」
一人の生徒が恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの……可能性って、具体的には……?」
「いい質問だ。契約した精霊は、単に呼び出して戦わせるだけじゃない。精霊の力は術者に還元される。身体能力の底上げ、魔力の増幅、属性耐性……。精霊は最強の『武器』であり、同時に鉄壁の『盾』となって術者を守る」
カリナが少しだけ魔力を解放すると、教室の空気がビリビリと震えた。生徒達の目に、畏怖と、そして憧れの光が宿り始める。ただの地味な術ではない。これは、最強へのパスポートなのだと。
「……どうやら、少しは興味が湧いてきたようだな。なら、座学は終わりだ。リディア先生、訓練場へ案内してくれ。実技を行う」
場所を屋外の訓練場に移すと、カリナはアイテムボックスからジャラジャラと大量の石を取り出した。
それは、黒と白、二色の輝きを放つ『精霊石』だった。かつてカリナがダンジョン探索で大量に入手していた戦利品だ。
「受け取れ。『シャドウナイト』と『ホーリーナイト』の精霊石だ。市場に出せば一つで家が建つが……今日は特別に教材としてくれてやる」
生徒達は震える手でそれを受け取った。
「手に取って強く念じろ。相性が良ければ、頭の中に『祝詞』が浮かぶはずだ。それを口に出して唱えてみろ」
カリナの指示に従い、生徒達は石を握りしめて目を閉じる。やがて、一人、また一人と目を開き、拙い口調で呪文を紡ぎ始めた。
「――闇より出でよ、我が剣……シャドウナイト!」 「――光の守護者よ、我が声に応えよ……ホーリーナイト!」
ポン、ポンと煙が上がり、生徒達の前に人型の精霊が姿を現した。だが、現れた騎士たちは、鎧は錆びつき、剣は刃こぼれし、どこか頼りなげで弱々しい姿だった。
「す、すげぇ! 本当に出た!」「やった! 私にもできたわ!」「でも……なんかボロボロじゃね? これで戦えるのか?」
喜びつつも困惑する生徒達。カリナはそれを見て、ニヤリと笑った。
「勘違いするな。それが今の『お前達の実力』だ。精霊は術者の魂の鏡。お前らが未熟だから、騎士も相応の姿でしか現界できない」
カリナは生徒達の前に歩み出ると、パチン、と指を鳴らした。
「――見本を見せてやる。よく見ておけ」
詠唱破棄。指を鳴らしただけのその一瞬。
ドォォォォンッ!!
地面が揺れ、重厚な金属音が響き渡る。カリナの左右に現れたのは、先程の生徒達のものとは比較にならない、威圧感の塊のような二体の騎士だった。
漆黒のフルプレートメイルに身を包み、闘気を纏う大剣を構えた『シャドウナイト』。白銀に輝く装甲に神聖な紋章が刻まれ、巨大な盾と片手剣を構えた『ホーリーナイト』。 どちらも新品同様に磨き上げられ、ただ立っているだけで歴戦の猛者であることがわかる。
「なっ……!? で、でけぇ……!」「嘘……詠唱してないのに!?」「か、かっこいい……!」
生徒達はあんぐりと口を開け、その異常な存在感に圧倒された。
「信頼関係ができれば、このように無詠唱で、一瞬で喚び出すことができる。そして――」
カリナが視線を動かすと、騎士達は音もなく瞬動し、更に標的の背後にも数体の騎士が一瞬で召喚され、数十メートル離れた標的の案山子を挟み撃ちにした。
「自在な場所に、自在なタイミングで展開できる。魔法使いが悠長に『ファイア・ボール』と唱えている間に、背後から首を刎ねることも可能だ」
ズバンッ!
シャドウナイトの大剣が案山子の首を一撃で切断した。そのあまりの速さに、誰も反応できなかった。
「これが召喚術だ。数は力になり、壁になり、奇襲の刃になる。どうだ……、これでもまだ『地味』だと思うのか?」
カリナが問いかけると、生徒達は首がちぎれんばかりに横に振った。その瞳にあるのは、もう退屈や侮蔑ではない。底知れない召喚術の奥深さと、それを操るカリナへの純粋な尊敬だった。
「すげぇ……俺、もっと練習してあんなの出せるようになります!」「私も! リーサ先生、教えて下さい!」
興奮してリーサに詰め寄る生徒達。リーサは感極まったように目を潤ませ、何度も頷いている。その光景を眺めながら、リディアもまた、呆然としながらも感嘆の息を漏らしていた。
「……規格外とは聞いていましたけど、まさかこれほどとは。教育者としても一流だなんて……」
「……さて。最後に一つ、お前達未来ある若者へ、私からのサービスだ。餞別代わりに良いものを見せてやる」
カリナは生徒達の興奮が冷めやらぬうちに、再び空間に向かって手をかざした。先程までの騎士達とは違う、より高潔で、神聖な魔力が場を支配する。
「来い――ペガサス!」
嘶きと共に、天から一筋の光が降り注いだ。眩い光の中から現れたのは、純白の翼を持つ天馬。その体毛は真珠のように輝き、瞳は宝石のように澄んでいる。
ただそこにいるだけで周囲の空気が浄化されていくような圧倒的な神聖さに、生徒達は言葉を失い、ただ呆然と見上げることしかできない。
「げ、幻想種……ペガサス……!?」「うそ、お伽話の生き物じゃ……?!」
ざわめく生徒たちを制し、カリナはペガサスの鼻面を優しく撫でた。ペガサスは主人の手に擦り寄るように甘える。
「召喚術の真髄は、喚び出して終わりじゃない。魂から召喚体と心を通わせることができれば――その力を我が身に纏うことができる」
カリナはペガサスの瞳を見つめ、短く告げた。
「頼むぞ、ペガサス」
ペガサスが高らかに嘶くと、その巨体が光の粒子となって弾けた。光は渦を巻き、カリナの身体へと収束していく。
輝きが晴れた時、そこに立っていたのは、神々しい『聖衣』を纏ったカリナの姿だった。純白と白銀を基調とした装甲に、背中には光り輝く翼。その姿は戦乙女そのものであり、見る者をひれ伏させるような荘厳な美しさを放っていた。
「これは……精霊との融合……!?」「なんて神秘的なんだ……!」「こんな、ことができるのか……!?」
生徒達が息を呑む中、カリナは遥か彼方、訓練場の端にある岩塊の的を見据えた。
「よく見ておけ」
カリナが左の拳を引く。たったそれだけの動作で、大気が悲鳴を上げるように軋んだ。そして、軽い気合いと共に拳が突き出される。
――ズドンッ!!
拳が何かに触れたわけではない。ただ虚空を斬り裂いただけだ。だが、音速を超えた衝撃波が塊となって射出され、一直線に空間を切り裂いた。一瞬の静寂の後、遥か遠くにあった岩塊が、爆発したかのように粉々に粉砕され、砂礫となって飛び散った。
遅れて届く暴風に、生徒達は悲鳴を上げて踏ん張るしかない。
「……なっ!?」「魔法を使ってないのに、拳圧だけで……!?」
静寂。
そして次の瞬間、爆発的な歓声が沸き起こった。
「すげえええええッ!!」「かっこよすぎる!! なんだよあれ!!」「カリナ様ー!! 素敵ですー!!」
その歓声は召喚術科の生徒だけではない。騒ぎを聞きつけ、他のクラスや校舎の窓からのぞき見していた騎士科や魔法科など他の術や兵科の生徒達までが、そのあまりの凄まじさと美しさに興奮し、喝采を送っていたのだ。
「こ、これが召喚術の到達点……!」
一人の生徒が、震える声で呟いた。自分達には一生かかっても無理だ、そんな諦めの色が浮かびかける。だが、カリナは聖衣を解除し、光の粒子を纏いながら凛と言い放った。
「勘違いするな。これは才能などではない」
カリナは生徒達一人一人の目を見て、力強く告げる。
「私も最初は何もできなかった。だが、血反吐を吐くような努力をし、精霊と向き合い、心を通わせたからこそ、彼らは力を貸してくれたんだ。……お前達も、諦めずに努力すれば必ずできる。私が保証する」
その言葉は、どんな教科書よりも深く、生徒達の胸に刻まれた。あんな風になりたい。あんな強さを手に入れたい。憧れこそが、人を成長させる最大の原動力だ。
「よーし! 俺、絶対すげぇ召喚術士になる!」「私だって負けないわよ!」「リーサ先生、契約のコツ教えてください!」
ワッと盛り上がる生徒達に、リーサも涙を拭って笑顔で応える。リディアも、興奮冷めやらぬ様子で拍手を送っていた。
こうして、学園一の問題児クラスだった召喚術科は、この日を境に学園で最も熱気のあるクラスへと生まれ変わったのだった。生徒達の瞳は希望に輝き、リーサもまた、自信を取り戻して教壇に立つことになる。
エデンの未来の召喚術の可能性は明るい。




