80 聖光の誓いと、銀翼の決意
ルミナス聖光国、王都。
白亜の城壁と尖塔が立ち並ぶその美しい都は、常に神聖な鐘の音と人々の祈りに包まれている。その中心、ルミナス王城の最奥にある『聖光の玉座』の間。普段は静寂に支配されるその広間に、今日は重々しい空気が満ちていた。
玉座に座すのは、聖光王ジラルド・ルミナス。その髪には白いものが混じり始めているが、肉体は鋼のように引き締まり、眼光は鋭い。老人と呼ぶにはあまりに精悍な、脂の乗り切った壮年の王である。彼の御前には、四人の男女が跪いていた。
温和な顔立ちに誠実さを滲ませる、聖騎士のカーセル。 その隣で軽薄そうな笑みを浮かべ、長槍を肩に担ぐ男、槍術士のカイン。巫女装束に似た衣装を纏い、快活なオーラを放つ陰陽術士の少女、ユナ。そして、法衣を正しく着こなし、慎ましやかに控える神聖術士のテレサ。
この国が誇る精鋭、冒険者ギルド『ルミナスアークナイツ』の面々である。
「面を上げよ」
ジラルドの重厚なバリトンボイスが響く。四人が顔を上げると、王は深く息を吐き、口を開いた。
「急な呼び出しですまない。だが、事態は一刻を争う」
「陛下。我らルミナスアークナイツ、王の命とあらばどのような地獄へも馳せ参じます。……して、どのような事態でしょうか」
リーダーであるカーセルが、穏やかながらも芯の通った声で問う。ジラルドは傍に控える宰相に目配せをし、広げられた大陸地図の一点を指し示した。
「北西の不毛の地、『ビィタールの谷』。そこに、大陸全土を脅かす闇の組織『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の本拠地が判明した」
その名を聞いた瞬間、テレサが眉をひそめた。
「ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム……。確か、精霊を汚染する実験を繰り返しているカルト集団ですね。まさか、拠点を突き止めたのですか?」
「うむ。情報をもたらしたのは、騎士王カシューが治める国、エデンだ」
「エデン……あの国ですか」
カインが「へぇ」と興味深そうに口笛を吹く。
「そして、問題はそれだけではない。その組織の背後には、魔界の有力者『災禍伯メリグッシュ』の影がある。さらに……我々の隣国である小国、ガリフロンド公国の影もな」
「ガリフロンド公国……ですか?」
ユナが首を傾げた。ガリフロンドはヴィクトール大公が治める、ごく普通の貴族階級によって統治される小国だ。軍事力もそこそこで、特に目立った脅威はないはずの国だった。
「うむ。お前たちも知らぬだろうが、ガリフロンド公国の重鎮、『ドゥーカス公爵』。奴が裏で悪魔と手を結び、禁忌の兵器開発に関与している可能性が高いのだ」
「なっ……!?」
温厚なカーセルですら、驚きを隠せなかった。一国の公爵が悪魔と結託しているとなれば、これは単なるカルト討伐では済まない。国家を揺るがす大スキャンダルであり、人間界の裏切り行為だ。
「ドゥーカス公爵……。表向きはヴィクトール大公を支える忠臣と聞いておりましたが、裏ではそのような……」
テレサが信じられないといった様子で口元を覆う。
「陛下。我々がその本拠地を叩けばよろしいのですか?」
「そうだ。だが、ルミナス単独ではない。エデン国王カシューより同盟の申し入れがあった。我々はエデン、そして北西の陰陽国ヨルシカと共に『対魔連合戦線』を結成し、総力を持って闇を祓う」
ジラルドは玉座から立ち上がり、四人を見下ろした。
「そなたらには、ルミナス聖騎士団の先陣、遊撃部隊として参加してもらいたい。……そして、この作戦の中心には『ある人物』がいる」
「ある人物、ですか?」
怪訝そうな顔をするカーセルに、ジラルドはニヤリと口の端を吊り上げた。
「エデンの特記戦力、召喚術士カリナだ。彼女が精霊王の加護を得て、敵の虚無を無効化する『鍵』となる」
その名前が出た瞬間、四人の表情が一変した。驚き、そしてパッと花が咲くような歓喜へ。
「カリナちゃん! あの子が中心に!?」
ユナが思わず声を弾ませた。以前、彼らが共に闘った際、圧倒的な召喚術と愛らしい姿で助けてくれた少女。その恩と、彼女の底知れない実力は、彼らの心に深く刻まれている。
「へぇ……! カリナちゃんかぁ。あの子、可愛い顔してとんでもないことやるからなぁ。精霊王の加護だなんて、またすげぇもん手に入れたもんだ」
カインが楽しそうに笑い、槍をくるりと回した。
「カリナさん……。またご一緒できるのですね。あの方の清らかな魂に触れられると思うと、身が引き締まる思いです」
テレサが胸の前で手を組み、祈るように呟く。
「ふっ、カリナちゃんが共にあるならば、百人力どころではないですね。彼女には以前の借りを返さねばならないと思っていたところです」
カーセルも静かに、しかし熱い闘志を燃やす。彼は深く頷き、改めて王に向き直った。
「陛下! その任務、謹んでお受けいたします! 世界の危機を救うため、そして我らの恩人であり友人でもあるカリナちゃんを支えるため、ルミナスアークナイツの剣を捧げます!」
「うむ! よい返事だ。決行の日時は追って伝える。それまで英気を養い、牙を研いでおけ。……頼んだぞ、勇者達よ」
四人は深く一礼し、玉座の間を後にした。回廊を歩きながら、ユナは笑顔でスキップした。
「やったぁ! またカリナちゃんに会えるんだね! 今度こそ、あの子の役に立ちたいな!」
「ああ。彼女一人に背負わせるわけにはいかない。僕達が支えるんだ」
カーセルの言葉に、全員が力強く頷いた。聖光の国に、熱い決意の風が吹き抜けた。
◆◆◆
一方その頃。エデンから遠く離れた商業都市『チェスター』。
多くの冒険者や商人で賑わうこの街の中心に、大手ギルド『シルバーウイング』の本部があった。
そのギルドマスター室に、一人の男が訪れていた。エデン騎士団副団長、ライアン。質実剛健を絵に描いたような彼は、カシュー国王からの親書を携え、ギルドマスターのセリスと対峙していた。
セリスは、腰まで届く美しい銀髪を流した、美貌を持つ女性だ。彼女は長い指で書簡を開き、静かに目を通した。
「――以上が、カシュー陛下からの書簡の内容です」
ライアンは読み終えたセリスの反応を待った。セリスはふぅ、と小さく息を吐き、凛とした声で応えた。
「エデン、ルミナス、ヨルシカによる三国同盟……『対魔連合戦線』。そして、敵は悪魔と結託した公爵家、ですか。とんでもないお話を持ってこられましたね、副団長殿」
「だが、事実です。既に各国の王も合意しています」
ライアンは真剣な眼差しでセリスを見据えた。
「この作戦には、信頼できる遊撃戦力が必要不可欠。カシュー陛下は、シルバーウイングの実力と、何より『カリナとの縁』を見込んで、君達に白羽の矢を立てた」
「カリナさんとの縁、ですね……」
セリスの瞳が、ふっと和らいだ。彼女の脳裏に、あのリボンを揺らす小さな召喚術士の姿が浮かぶ。セリス自身は、カリナとまだ戦場を共にしたことはない。だが、二人は互いにこの世界の「PC」であるという秘密を共有し、語り合った仲だ。 同志であり、友人。しかし、彼女の戦う姿はまだ部下からの報告でしか知らない。
カリナさん……。ついに、貴女と共に戦う時が来たのですね
と、セリスは静かに決意を固めた。
「分かりました。この依頼、シルバーウイングとして……いいえ、私個人としても喜んでお受けします」
セリスは立ち上がり、執務室の扉を開け放った。そこには、ライアンの来訪を聞きつけ、心配そうに待機していたギルドの主力メンバーたちの姿があった。
副団長であり、快活な剣士のエリア。身軽な装備に身を包んだ、軽妙な口調のスカウト、ロック。全身を鎧で固めた重戦士、少々堅物だが頼れるアベル。そして、ローブを纏った魔法使いのセレナ。
「みんな、入りなさい。大事な話があります」
セリスに促され、四人が部屋に入ってくる。セリスはカシューからの依頼内容、世界の危機、そして作戦の中心人物について説明した。
「……というわけです。作戦の鍵を握るのは、エデンの特記戦力、カリナさん」
「カ、カリナちゃんですって!?」
真っ先に反応したのは、元気娘のエリアだった。彼女は目を輝かせ、ライアンに詰め寄った。
「本当ですか!? あのカリナちゃんと、また一緒に戦えるんですか!?」
「あ、ああ。彼女が精霊王の加護を得て、最前線に立つことになる」
ライアンが少し引き気味に頷くと、エリアは「やったー!」とガッツポーズをした。
「私、カリナちゃんに会いたかったんです!『死者の迷宮』でも、この街が『悪魔』に襲われた時も……いつだってカリナちゃんが助けてくれた。あんな凄くて可愛い人とまた冒険できるなんて、夢みたい!」
「おっと、エリア、落ち着けよ。騎士団の方の前だぞ」
ロックが苦笑しながらエリアを諌めるが、彼自身の表情も明るい。
「ま、俺も異論はねぇよ。カリナちゃんには借りがあるしな。あの小さな体に似合わぬ強さと度胸……俺達は二度も救われた。今度は俺達が盾になって、彼女を守る番だ」
「ふむ、あの嬢ちゃんか……」
アベルが腕を組み、ぶっきらぼうに、しかし嬉しそうに呟いた。
「無茶ばかりする嬢ちゃんだからな。俺達がついていてやらんと、危なっかしくて見てられん。……力を貸そう」
三人がやる気を見せる中、魔法使いのセレナだけが、怪しげな吐息を漏らしていた。
「はぁ……はぁ……カリナちゃん……」
セレナは恍惚とした表情で、自分の頬を両手で包んでいる。
「あの愛らしいお姿……震えるような魔力……そして何より、あのあどけない表情! ああ、思い出すだけでゾクゾクしますぅ……!」
彼女は重度の「可愛いもの好き」であり、特にカリナに対しては変態的な執着を見せていた。過去にも、どさくさに紛れてカリナを抱きしめようとして物理的にエリアに撃退されている。
「精霊王の加護だなんて、さらに神秘的な魅力を増しているに違いありませんわ! 今度こそ、あにゃっ!」
暴走しかけたセレナの頭を、エリアが手刀で叩いた。
「あんたはいい加減にしなさい!」
「セレナ、そうですよ。カリナさんに嫌われますよ」
「ううっ……すみません、セリス団長。でも、愛が止まらなくて……」
四者四様の、しかし一点の曇りもない決意。それを見届けたセリスは、満足そうに頷き、ライアンに向き直った。
「聞いた通りです、副団長殿。彼らはやる気満々です。かつてカリナさんに命を救われた彼らにとって、これは恩返しの戦いでもあるのです」
そして、セリスは自身の胸に手を当てた。
「そして、私も出ます。私はまだ彼女と戦場を共にしたことはありませんが……同じ『理』を知る友人として、今度は背中を預け合いたいと思います」
「感謝する、セリス殿。あなた達がいてくれれば心強いです」
ライアンは安堵の息をついた。
「作戦の開始時期はまだ未定だが、準備が整い次第、エデンに集結することになる。それまでは……」
「ええ、分かっています。これよりシルバーウイングは臨戦態勢に入ります。そして総員、出撃まではエデンへ移動し、現地で待機することにしましょう」
セリスの号令に、全員が「応ッ!」と声を上げた。
「待っててね、カリナちゃん! 今度は私達が、あなたの剣になるから!」
エリアの声が、ギルドホールに響き渡る。かつて受けた恩義と、新たな友情を胸に、銀の翼を持つ者たちもまた、決戦の地エデンへと飛び立とうとしていた。
ルミナス、ヨルシカ、そしてチェスターのシルバーウイング。カリナという一人の少女が繋いだ縁が、今、世界を救うための巨大なうねりとなって集結しつつあった。
そしてその中心にいるカリナもまた、ペガサスの背に揺られながら、仲間たちが待つエデンへと急いでいた。




