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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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75  極光の裁定と精霊王の加護

 精霊の塔・最上階。  


 石床は砕け、空気は灼け、カリナの呼吸は荒くなっていた。剣を振るうたび、腕に重くのしかかる衝撃。魔法剣士として精霊と呼吸を合わせることができない純粋な剣技だけでは、それを振るう悪魔の膂力の前では分が悪すぎる。


「くっ、はぁっ……!」


 アグノス・レギウスの大剣が、横薙ぎに唸る。受け止めきれず、カリナは後退する。衝撃を殺しきれず、床に深い溝が刻まれる。一撃一撃が、確実にカリナの命を削りに来ていた。


「終わりだ、召喚士カリナ。その剣では、ここまでだ」


 アグノスがトドメの構えに入る。もはや回避も防御も間に合わない距離。絶望的な質量が頭上から迫る。


 その瞬間――


 カラン、と乾いた音が響いた。カリナは、手から刀を離し、剣を下ろしたのだ。


「諦めたのか? 剣を捨てるとは」


 刃を止めたアグノスがカリナに問う。彼女の心が折れたのか? 否。その膝は折れていない。視線は、アグノスを超え、広間の天井――開かれた空へとまっすぐ向けられている。その瞳に映るのは、絶望ではなく、遥か高みにある星々の理。


「……まだだ」


 彼女は、静かに息を整えた。乱れた呼吸を強制的に鎮め、左手を翳し意識を宇宙(そら)へと飛ばす。


「黄道十二宮の扉を、開く」


 その言葉と共に、塔の最上階を支配していた熱気が一瞬で引いた。精霊達のざわめきが止まり、塔全体が、一つの星座を映すかのように暗転する。カリナの足元に浮かび上がるのは、波打つ水と壺の意匠――『黄道十二宮・宝瓶宮』の紋章。


「天の高位精霊――」


 彼女は、真名を呼ぶ。それは契約精霊の中でも最上位、太陽の通り道に座す絶対なる権能。


「水と叡智を司る者。我が魂と心を量り、応えよ」


 光が、降り注いだ。黄金。ただの輝きではない。天の理そのものの色が、カリナを包み込む。光の中から現れたのは、水瓶を抱えた黄金の鎧の乙女。長い髪は淡い蒼。瞳は氷晶のように澄み、その佇まいは、神話の一頁そのものだった。


 ――宝瓶宮の天精霊、デジェリア。


 彼女は、傷ついたカリナを見つめ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「呼び声、確かに聞きました。我が主よ……あなたは、選ばれています」


 次の瞬間。デジェリアの姿が輝き、音もなく砕け、ほどけ、光の粒子となって舞い上がった。それは再びカリナの身体を包むように形を成し、聖衣(ドレス)へと変わる。


 召喚体と真に心を通じ合わせた者のみが纏える、聖なる衣。


 黄金と白を基調とした、鎧でありながらドレスのように優美な装甲が、カリナの身体に装着されていく。肩、腕、腰、脚、胸元――。一つ一つが、彼女の動きと呼吸に完全に同調し、膨大な魔力が奔流となって精霊力が溢れ出した。


 アグノスは、その光景に動きを止めた。兜の奥の赤光が、わずかに見開かれる。


「それが、それが……精霊王の系譜か!?」


 驚愕と、理解が混じる声。


「これが……そうなのか?!」


「お前の剣技と精霊や魔法を受け付けない装備は強力だった。しかし、それは精霊の意に反した現象。この黄道十二宮の扉を開くことで召喚される天の精霊は、太陽の通り道に座す最上位精霊。ならば、その力が宿った聖衣(ドレス)なら、その異質な力をぶち抜ける!」


 カリナは、前に出る。剣はもう構えない。拾い上げもしない。彼女はゆっくりと両腕を上げ、頭上で両手の指を組んだ。


 その動きに合わせて、両腕を覆う黄金の聖衣(ドレス)のパーツが連結し、重なり合い、天の宝瓶を模した形状へと変化する。


 空気が、凍る。音が、消える。広間に満ちていた「反転精霊」による熱の支配が、より上位の概念によって塗り潰されていく。


 空間そのものが、軋んだ。世界は「凍る直前の沈黙」に包まれる。アグノス・レギウスは、その致命的な異変を肌で感じ取り、初めて半歩、後退した。


「……ただの精霊の力ではない。これは、天の裁定か……!」


 カリナは、まっすぐ前を見据えたまま、告げる。


「宝瓶奥義――」


 両腕を組んだまま、前方へ、アグノスへと向けて振り下ろす。


オーロラ(極光)ヘヴンズ(天凍)クライオ(裁決)!!!」


 その瞬間。水瓶から解き放たれたのは、光ですら凍結する絶対零度の凍気の奔流。


 白蒼の極光が帯状に広がり、天から地へと「裁き」を落とす。防御など意味を成さない。原子の動きそのものを停止させる凍気の前では、炎は燃え尽きることなく、その燃焼現象ごと凍結した。


 反転精霊の刻印が施された装備は、キィィィィン……と悲鳴のような音を立て、機能を停止していく。


 だが―― 、凍結したのは、装備ではない。その内側にいる、アグノスの本体のみ。


「……馬鹿、な……!?」


 声が、途中で途切れる。悪魔としての強靭な肉体、膨大な魔力、存在そのものが、内側から瞬時に凍りつき、黒い氷像と化した。


 次の刹那。ピシ、と小さな音を立てて亀裂が走る。


 そして――砕け散った。


 粉雪のように、悪魔の本体は細かな氷片となって崩れ落ち、光に溶けるように消滅する。あとに残されたのは、床に崩れ落ちた反転精霊の装備と悪魔の核となっていた闇の魔法結晶だけだった。


 ガシャァァァン……


 黒鉄と赤紋で構成された鎧、歪んだ大剣、刻印の施された盾。中身を失ったそれらは、ただの鉄屑のように散らばった。そこにはもう、悪魔の気配も、意志も、熱もない。ただ、異質な兵装の残骸として、冷たく横たわっているだけだ。


 カリナは、静かに腕を下ろした。黄金の聖衣(ドレス)は淡く輝き、天の精霊デジェリアの声が、優しく響く。


『――裁きは、果たされました。あなたの心は、曇らなかった』


 聖衣(ドレス)は光の粒子となってほどけ、再び、デジェリアの姿に戻った。


「お見事でした、我が主カリナ。これで力を奪われた精霊も喜ぶことでしょう」


「ああ……、そうだな。ありがとう、デジェリア。また力を貸してくれ」


「我が主の御心のままに」


 光の粒子となり、デジェリアが天に還っていく。塔の最上階には、静寂と、微かな冷気だけが残った。


「……ふぅ」


 カリナはその場に座り込んだ。精霊の塔は、確かに記憶した。宝瓶宮の極光が、強大な悪魔を裁いた瞬間を。


 そして床に残された反転精霊装備は、主を失ってもなお不気味な存在感を放ち、やがて訪れる新たな戦いの「証」として、冷たく鈍く輝いていた。


「やったにゃ、隊長!」


 しゃがみ込んだカリナに、陰から見守っていたケット・シー隊員が飛びついて来た。悪魔が討伐され、異質な空気が消えたからだろう。


「ああ、今回はヤバかった。あんな武具がもし量産されているとしたら、ぞっとしないな」


「隊長傷だらけにゃ、エイルを喚ぶにゃ」


「そうだな、来い、ワルキューレ・エイル」


 展開した魔法陣から、白と黄金の鎧を纏った美しい戦乙女、エイルが現れる。


「主様、お怪我をなさっているではありませんか。すぐに治療します。サンクチュアリ・ヒール」


 暖かい光に包まれ、カリナが負った切り傷や、盾で吹き飛ばされたときに負った内臓の損傷が一瞬で完治した。痛みが引き、体力が戻ってくるのを感じる。


「ありがとう、エイル。お前を最初から喚べれば良かったんだがな……」


 カリナの目線の先に、反転精霊装備が転がっている。


「……あれが私達の声を遮断していたのですね。精霊の力をこんな風に利用するなど、この世界への冒涜です」


 エイルもまた、その残骸に嫌悪感を隠さない。


「そうだな、これから精霊王に会って、あれに対抗できる力を借りるつもりだ。また力を貸してくれ」


「はい、それではご武運を」


 送還されていくエイルを見送って、カリナは立ち上がった。



 ◆◆◆



 悪魔の残滓が完全に消え去り、カリナが最初に獄炎騎士が座していた階段に足を掛けたその瞬間、空間そのものが深く、静かに鳴動した。


 天井も、壁も、床も。すべてが淡く発光し、世界が裏返るような感覚が訪れる。カリナの足元に、巨大な精霊陣が展開された。――否。それは陣ですらなかった。精霊界そのものへの門だった。


 次の瞬間、彼女の身体は光に包まれ、意識ごと引き上げられる。


 気づいた時、カリナは神聖なる転移空間に立っていた。天も地も定かでなく、無数の精霊光が星のように漂う広大な虚空。あらゆる色が混ざり合い、それでも濁ることなく輝く、原初の海のような場所。


 その中央に――精霊王が姿を現す。


 山のように巨大でありながら、形は流動し、光と自然の象徴が重なった存在。樹木のような威厳、獣のような生命力、風のような自由、水のような受容。火、雷、闇、光。すべての精霊の概念が、ひとつの威容として結実していた。それは畏怖であり、同時に絶対的な安らぎでもあった。


 声は、直接心に響く。言葉の形を取らない、純粋な意思の伝達。


『よくぞ、来た。精霊を道具とせず、友として、共に戦った者よ』


 カリナは膝をつこうとするが、見えない力により、静かに制される。


『跪く必要はない。これは、支配の儀ではない』


 その瞬間、カリナの装備と衣服は光となって消え去る。羞恥や不安が生まれる前に、精霊王の声が告げた。


『力を受け取るには、何ものにも覆われぬ「魂のまま」である必要がある』


 ここには視線も、評価も、欲も存在しない。あるのは、精霊と命の本質だけ。カリナの全身を、温かく澄んだ精霊光が包み込む。それは触感ですらなく、心に直接注がれる祝福だった。


『汝に与えるは――精霊王の加護』


 光が、彼女の胸、背、額、両手、足元へと刻まれていく。  熱く、それでいて優しい刻印。


 ――精霊王の加護、レグナ(Regna)スピリトゥス( Spiritus)


 その力がカリナの魂に焼き付けられると同時に、彼女の脳裏に新たな能力の情報が流れ込んでくる。


 精霊との同調率が常時最大化される『魂の共鳴』。精霊への干渉・反転・汚染に対する『完全耐性』。契約精霊の消耗を肩代わりする『王の循環』。精霊王の領域・遺跡・聖域への自由な出入りを許す『王の鍵』。そして――悪魔とヴォイド・リチュアル・サンクトゥムに対する、絶対的な『存在特攻』。


『これより汝は、精霊にとって「盾」であり、「声」であり、「剣」となる。悪魔とヴォイド・リチュアル・サンクトゥム――精霊を喰らう者たちとは、決して相容れぬ』


 最後に、精霊王は静かに告げる。それは命令ではなく、父が子を送り出すような響きを持っていた。


『恐れるな。精霊は、汝を見捨てぬ』


 光が、ゆっくりと収束する。


 次の瞬間、カリナは再び精霊の塔の最上階に立っていた。  衣服と装備は元の姿に戻っている。だが――胸の奥で、精霊達の声が、かつてないほど明瞭に響いていた。風の囁きが、光の温もりが、土の鼓動が、まるで自分自身の感覚のように鮮明に感じられる。


 戦いは、終わっていない。そして今、彼女は確かに――精霊王に認められた召喚士となっていた。


 カリナは自身の掌を見つめ、強く握りしめた。その加護は、来たる闇との戦いにおいて、決定的な意味を持つことになるだろう。

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