71 カシューとの連携と精霊の塔へ
再会の喜びと現状の共有を一通り終えると、カナミが手ずから淹れた茶を差し出してくれた。湯飲みから立ち上る深蒸し茶の香りが、畳の部屋の静けさと相まって心を落ち着かせる。
「……さて。状況は整理できたが、これからどう動くかだな」
カリナは茶を一口啜り、湯飲みを置いた。
「相手は『ガリフロンド公国』のドゥーカス公爵と、その背後にいる災禍伯メリグッシュ。一国の軍事力と、上位悪魔の力が組み合わさっている」
「ええ。私達『相律鎮禍連』の術士達は精鋭揃いだけど、正面から公国軍と戦争をするわけにはいかないわ。数でも負けているし、何より政治的なリスクが大きすぎる」
カナミが扇子で畳を軽く叩く。確かに、いくら義があろうとも、民間組織がいきなり他国に攻め込めば、それは「侵略」や「テロ」と見なされかねない。
「ああ。だからこそ、こちらもそれ相応の『後ろ盾』と『戦力』が必要だ」
カリナは左耳の通信機に魔力を流し、エデンにいるカシューへの回線を開いた。
「カシュー、聞こえるか?」
「聞こえてるよ。どうしたんだい? まだ世界樹の森?」
通信機から、カシューの声が響く。
「いや、もうそこは通過した。色々あって今、ワダツミにいる」
「えっ? もうワダツミにいるの? 何があったんだい?」
カシューは驚きつつも、カリナの規格外な行動には慣れているのか、それほど深くは追求しなかった。
「これから話すよ。……それよりカシュー、お前に最高の土産話があるぞ」
カリナの通信機から聞こえて来た声に、カナミは悪戯っぽく微笑み、口を開く。
「久しぶりね、カシュー。相変わらず忙しくしてるの?」
「……ん? この声……嘘だろ、カグラか!?」
常に余裕のあるカシューの声が、完全に裏返った。
「正解。今は訳あって『カナミ』と名乗っているけれどね。元気そうで何よりだわ」
「ははっ、驚いたよ! いや、本当に良かった。君がいなくなってから、みんな心配していたんだ。そうか、ワダツミにいたのか……」
カシューの心底嬉しそうな声に、カリナも目を細める。 だが、感傷に浸っている時間はない。カリナは再び会話を引き取った。
「感動の再会は後回しだ、カシュー。『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』と『災禍伯メリグッシュ』の件だが、より詳細な情報が掴めた」
「ああ、情報を待ってたよ。各方面からの情報で奴らが動いているのは把握しているけど、本丸がどこか分からなくてね」
「本拠地の場所が割れたぞ。リシオノールの街の支部を潰した時、支部長が吐いた。『ビィタールの谷』だ。そしてガリフロンド公国のドゥーカス公爵が絡んでいる。もしかしたら国ぐるみで悪魔の儀式に加担していることになる」
「ビィタールの谷……そして公爵か。国家権力が盾になっているとなると、僕達エデン一国と組合の冒険者達だけでは動きにくいね」
カシューの声色が真剣なものに変わる。
「そこで提案だ。カシュー、エデンは既に『ルミナス聖光国』と同盟関係にあるだろう? ジラルド国王とはすぐに話せるか?」
「ああ、通信は定期的に繋がってるよ。友好国として、対悪魔・対組織の情報共有は密に行っているからね」
「なら話は早い。ジラルド王に協力を要請してくれ。相手が悪魔となれば、聖なる教義を掲げる彼らにとっても看過できない事態だ。大義名分はこちらにある」
ルミナス聖光国。光の精霊と女神を信仰する宗教国家であり、対悪魔のエキスパート集団を擁している。彼らが動けば、それは「正義の進軍」となる。
「特に、私が以前共闘した『ルミナスアークナイツ』のカーセル達だ。彼らの実力は信頼できる。彼らを遊撃隊として派遣してもらいたい」
「分かった。ジラルド王には僕から直接掛け合ってみるよ。彼らも、君が関わっていると知れば喜んで剣を取るだろうしね」
「それと、チェスターの街にいる『シルバーウイング』にも声をかけてくれ。ギルドマスターのセリス……彼女の剣技と指揮能力は戦局を左右するはずだ。彼女達にも協力を頼みたい」
かつて共に戦った仲間達の顔が脳裏に浮かぶ。彼らならば、この世界の危機に必ず立ち上がってくれるはずだ。
「こちらの戦力は、私と多数の召喚体軍団、そしてカナミ率いる『相律鎮禍連』の相克術士や陰陽術士の部隊だ。これにルミナス聖光国の騎士団と、シルバーウイングの冒険者達が加われば、公国軍とも渡り合える」
カリナは自信を持って告げた。ペガサス、シャドウナイト、フロストリア、黄道十二宮の天の精霊達、最強のアジーン……他にも控えている数多の召喚体達の存在があれば、彼女が「一人で一国の軍隊に匹敵する」程の戦力になる。
「へぇ、カナミの組織も動いてくれるのかい? それは心強いな」
「ええ、任せてちょうだい。私の可愛い式神達も腕を鳴らしているわ」
横からカナミが力強く請け負う。これで役者は揃った。
「よし、方針は決まったね。作戦目標はビィタールの谷にある本拠地の制圧。ルミナス、シルバーウイング、相律鎮禍連、そしてエデンによる合同作戦だ」
「ああ。作戦名は……そうだな、『対魔連合戦線』とでもしておこうか」
「ははっ、いい名だね。すぐに手配するよ。各勢力が集結するポイントと日時は、調整して追って連絡する」
「頼んだぞ。……ああ、それと」
カリナは横にいるカナミを見た。
「カナミにもエデンの回線を繋いでおいてくれ。これからは連携が鍵になる。私の通信機を渡しておくぞ」
「了解。カグラ……いや、カナミ。君の帰還を歓迎するよ。また一緒に戦えるなんて、ワクワクするね」
「ふふ、ありがとう。カシューも無理しすぎないでね」
通信が切れると、部屋には心地よい緊張感が漂っていた。カリナ、カグラ、そして通信の向こうにいるカシュー、更にまだルミナスにいるサティア。かつてのエデンのトッププレイヤー達が中心となり、世界を巻き込んだ大反攻作戦が始まろうとしている。カナミはカリナから渡された通信機を左耳に装着した。
「忙しくなるわね。私も組織の子達に招集をかけないと」
カナミが立ち上がり、気合を入れるように袴の裾を払った。
「ああ。私も召喚体達の編成を整えておく。……いよいよだな」
「負けられない戦いにゃ! おいらも爪を研いでおくにゃ!」
隊員が畳の上でバリバリと爪を研ぐ真似をして、二人の笑いを誘った。窓の外には、夜の海が広がっている。その暗闇の向こうで待ち受ける邪悪な気配に向けて、カリナは静かに闘志を燃やした。
「待っていろ、メリグッシュ。お前の『虚無』は、私達が断ち切る」
◆◆◆
通信を終え、方針が固まったことで、カリナは腰を上げた。カシューがルミナスやシルバーウイングと調整をつけるまでには、数日はかかるだろう。その間に一度エデンに戻り、補給や装備の点検をしておきたい。
「さて、カシュー達が動くまで少し時間がかかるだろう。私は一旦エデンに戻る。体制を整えてから、指定された合流ポイントへ向かうよ」
カリナがそう言って立ち上がろうとすると、カナミがスッと扇子でその動きを制した。
「待って、カリナちゃん。エデンに戻る前に、どうしても行っておいて欲しい場所があるの」
「……行っておいて欲しい場所?」
カナミの真剣な眼差しに、カリナは座り直した。
「ええ。ここから西の海へ出て、しばらく進んだところにある『孤島』……そこに聳え立つ『精霊の塔』よ」
「精霊の塔……? ゲーム時代にはそんなのなかったよな」
「うん、そこにはね、この世界の精霊達を統べる『精霊王』と呼ばれる存在がいると言われているわ。……ただの伝説じゃない。私はこの目で、その島から天に昇る強大な精霊力の輝きを見たことがあるの」
カナミは窓の外、西の海の方角を指差した。
「災禍伯メリグッシュと戦うには、人間の力だけじゃ足りないかもしれない。精霊を蝕む『虚無』に対抗するには、精霊の王たる存在の助力が必要不可欠よ」
「なるほど。精霊王を味方につけろ、ということか」
「そう。でも、精霊王は気難しくてね。私のような『術士』では塔の結界すら抜けられない。だけど……精霊と心を通わせ、彼らを使役して力を借りる『召喚術士』であるアンタなら、きっと塔の最上階へ辿り着けるはずよ」
召喚士にしかできない試練。それはカリナにとって、戦力を増強するまたとない機会でもある。もし精霊王の力を借りることができれば、対魔連合戦線の勝率は飛躍的に上がるだろう。
「よし。その話、乗った。精霊王に会ってくるよ」
「ありがとう! そう言ってくれると信じてたわ」
カナミはパッと笑顔になり、パンと手を叩いた。
「よし! じゃあ今日はもう遅いし、私の屋敷に泊まっていきなさい。久々の再会なんだから、積もる話もあるでしょ?」
「ふふ、そうだな。遠慮なく世話になるよ」
「やったにゃ! ご馳走だにゃ!」
隊員が嬉しそうに飛び跳ねた。
◆◆◆
その夜、カナミの屋敷の広間で豪勢な宴が開かれた。
運ばれてきたのは、ワダツミ近海で獲れた新鮮な海の幸の数々だ。透き通るようなイカの活け造り、脂の乗った寒ブリの刺し身、香ばしいサザエの壺焼き、そして特大の伊勢海老の味噌汁。屋敷に仕える術士達の自慢の料理だ。
「ほら、どんどん食べて! ワダツミの魚は世界一よ!」
「おお、これは絶品だ。海沿いの街ならではだな」
舌鼓を打つカリナに、カナミが一升瓶を持って近づいてきた。
「さあさあ、秘蔵の吟醸酒を開けたわよ! カリナちゃんも一杯どう?」
なみなみと注ごうとするカナミに対し、カリナは呆れたように手で制した。
「おい、よせ。今の私の見た目を考えろ」
「え? ……あ、そうだった」
カナミはカリナの幼さが残るあどけない美少女の姿を見て、ポンと手を打った。
「中身はともかく、今のアンタはその身体だもんね。未成年の美少女にお酒を飲ませたら、私が補導されちゃうわ」
「分かっているならお茶にしてくれ。ルナフレアにも『お酒は身体が成長してからです』と言われててな。PCは変化しないってのに」
「ふふっ、真面目ねぇ。じゃあ、アンタは特製の果実水で、私はお酒で乾杯しましょう!」
冷たい果実水と日本酒で杯を交わし、二人は深夜まで語り合った。エデンでの思い出、この世界に来てからの苦労、そしてお互いの変わらない信念。笑いあり、涙ありの時間は、戦いの前の貴重な癒やしとなった。隊員も、刺し身の船盛を独占して幸せそうに腹を膨らませていた。
その後、屋敷の檜風呂で旅の汗を流し、ふかふかの布団に潜り込んだカリナは、泥のように眠った。
◆◆◆
翌朝。
早朝の澄んだ空気の中、カリナは目を覚ました。朝食には、炊き立てのご飯と焼き魚、出汁の効いた卵焼き、そして温かい豆腐の味噌汁が並んだ。そして休憩中に補給できる弁当も渡してくれた。
「朝からこんなに美味いものが食えるとは。……ありがとう、カナミ」
「いいのよ。これから大仕事に向かうんだから、精をつけてもらわないとね」
カナミは白い狩衣にピンクの袴といういつものスタイルで、玄関まで見送りに来てくれた。屋敷の術士達も一緒だ。
「精霊の塔は、ここから西の海を渡った先にある孤島よ。霧が深い海域だから気をつけて」
「ああ、分かった。必ず精霊王の力を借りて来る」
カリナは頷くと、屋敷の広い庭へと出た。
空は快晴。海風が心地よい。ここから海を越えて孤島へ向かうには、空を飛ぶ翼が必要だ。
「大空の覇者よ、我が呼び声に応えよ――神鳥ガルーダ!」
バサァッ!!
カリナの召喚に応じ、炎のような紅蓮の翼を持つ巨大な神鳥が、空から舞い降りた。翼を広げれば10メートルにも及ぶその巨体は、まさに空の王者だ。
ガルーダは鋭い鳴き声を上げ、カリナの前に頭を垂れた。
「行くぞ、ガルーダ。目指すは西の孤島、精霊の塔だ」
カリナは隊員を抱えてガルーダの背に飛び乗った。白いリボンのコートとフリルのスカートが風にたなびく。その姿は、巨大な怪鳥を操る小さなお姫様のようだ。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい! 武運を!」
カナミ達の手を振る姿に見送られ、ガルーダは力強く大地を蹴った。グングンと高度を上げ、ワダツミの街を眼下に見下ろしながら、広大な西の海へと飛び出していく。
青い海原をしばらく飛ぶと、水平線の彼方に濃い霧に包まれた島影が見えてきた。その島の中央には、天を衝くように聳え立つ巨大な塔がある。白亜の塔身は螺旋を描き、周囲には虹色の魔力がオーロラのように揺らめいている。
その神秘的で荘厳な姿に、カリナは息を呑んだ。
「あれが……精霊の塔か」
「す、すごいにゃ……。あそこだけ空気が違うにゃ。魔力がビリビリくるにゃ」
隊員が毛を逆立てて身震いする。あそこに精霊王がいる。そして、この世界の運命を変える力が眠っているかも知れない。
カリナはガルーダの背を強く握りしめ、孤島に立つ塔の麓を目指して一直線に加速した。




