66 カナミ
テントの中には重苦しい沈黙が流れていた。
支部長のノードが、椅子に縛り付けられた『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の兵士を見下ろし、低い声で問い詰める。
「さて、単刀直入に聞くぞ。お前達の目的は何だ? なぜ精霊を狙う?」
「……フン、殺せ。喋ることはない」
男は頑なに口を閉ざす。その瞳には狂信的な光が宿っていた。カリナはその様子を少し離れた場所から観察しながら、通信機越しにカシューと小声で話す。
(カシュー、聞こえるか? 今、敵の兵を捕らえて尋問中だ。音声はそっちにも流す)
(了解。それにしても、随分と口が堅そうな相手だね)
通信機越しにカシューの声が響く。カリナは小さく頷くと、尋問に行き詰っているノードの横に進み出た。
「代わろう。私が聞く」
「カリナ嬢ちゃん? しかしこいつは……」
ノードが戸惑うのを手で制し、カリナは捕虜の男の前に立った。そして、冷徹な視線で男を射抜く。
「お前は、自分達の組織が悪魔と繋がっていることを知っているのか?」
その言葉が放たれた瞬間、男の表情が凍り付いた。
「あ……悪魔、だと……?」
「そうだ。以前、私が半殺しにした影霊子爵ヴァル・ノクタリスが言っていたぞ。お前達の組織のトップは、『災禍伯メリグッシュ・ロバス』だとな」
カリナがその名を告げると、男は顔を真っ赤にして激昂した。
「貴様! 気安くあのお方の名を呼ぶな! メリグッシュ・ロバス様は、この腐った世界を『虚無の儀式』によって浄化し、あるべき姿に戻してくださる崇高な指導者だ! 悪魔などという穢れた存在と一緒にするな!」
男の反応を見て、カリナは確信した。やはり末端の構成員には、トップの正体は伏せられているのだ。
「崇高な指導者、か。滑稽だな」
カリナは冷ややかに鼻で笑った。
「教えてやろう。お前が崇拝しているそのメリグッシュ・ロバスの『災禍伯』という称号は、ただの飾りじゃない。魔界における爵位だ。そいつは正真正銘の悪魔なんだよ」
「う、嘘だ! デタラメを言うな!」
「嘘かどうかは、あの世で確かめればいい。もっとも、悪魔に魂を売ったお前が行ける場所があるかは知らないがな」
カリナは冷酷に言い放つと、隊員に合図を送った。
「隊員、拘束しろ」
「了解にゃ! 影よ、鎖となりて縛り上げるにゃ! アストラル・バインド!」
隊員が発動した魔法により、星屑のような輝きを持つ光の鎖が男の全身を締め上げた。肉体だけでなく、魂ごと拘束する強力な魔法だ。男が悲鳴を上げる中、カリナは更に追い打ちをかける。
「口を割らないなら、少し冷やして頭をスッキリさせてやろう。――来い、フロストリア!」
室温が一気に氷点下まで下がる。現れたのは、透き通るような美貌と冷徹な瞳を持つ氷晶の女王。
「お呼びですか、我が王よ」
「ああ。こいつの口が凍り付いているようでな。少し『手伝って』やってくれ」
「承知致しました」
フロストリアが優雅に指先を向けると、男の足先から徐々に氷が侵食し始めた。
「ぎゃああああっ!? つ、冷たい! 痛いっ!!」
「安心なさい。私の氷はゆっくりと神経を蝕みます。壊死する直前の激痛が永遠に続く……死ぬよりも辛い時間ですよ?」
女王の冷酷な微笑みと共に、氷は膝、太ももへと這い上がってくる。信仰心を上回る死の恐怖が男を襲った。
「ひぃぃっ! や、やめろ! 分かった、話す! 話すから助けてくれぇ!」
恐怖と激痛に耐え切れず、男は泣き叫んで懇願した。カリナが頷くと、フロストリアは氷の進行を止める。
「吐け。精霊を集めて何をする気だ?」
「ぐっ……。精霊の力を抽出し……それを反転させることで、兵器や強力な魔装具を作っているんだ……。精霊の力を埋め込んだ人造兵による軍隊を組織するために……、そして『虚無の儀式』で神聖なる存在を蘇らせるらしい……」
「精霊の力を反転させた兵器……だと?」
ノードやシフト達が息を呑む。自然の摂理を冒涜する行為だ。
「本拠地は何処だ? メリグッシュは何処にいる?」
「し、知らない! 俺達は指令を受けるだけで、本部の場所までは知らされていないんだ! 本当だ!」
「なら、お前が所属していた支部は何処だ?」
「こ、ここから北にある……リシオノールの街だ。そこの地下にアジトがある……」
男は知っている情報を全て吐き出した。カリナはフロストリアを送還し、ノードに向き直る。
「裏は取れたな。こいつの身柄はどうする?」
「ああ、貴重な情報源だ。我々の本部へ護送して、更に詳しく調べさせてもらう」
シフトとフラックスが男を連行していく。一息ついたところで、カリナは以前から気になっていたことをノードに尋ねた。
「ノード支部長。この相律鎮禍連の中に、『カグラ』という名の術士はいないか? エデン出身の凄腕の相克術士であり、陰陽術士でもある女性なんだが」
カグラ。それは行方不明になっているエデン創立の主要メンバーで、特記戦力の一人だ。この組織の技術体系がカグラのものに酷似していることから、カリナは彼女が関わっていると確信していた。それに、以前出会った猫の式神。あれも恐らく彼女のものだろう。
しかし、ノードは首を傾げた。
「カグラ……? いや、聞いたことがない名だな。我々は互いをコードネームで呼び合う掟がある。本名を知る者は少ないんだ」
「そうか……」
「だが、我らが組織を束ねる棟梁の名が『カナミ』というとんでもなく凄腕の術士だ」
「カナミ……?」
名前の響きは似ているが、別人か、あるいは偽名か。
「その棟梁がいる本部は、何処にあるんだ?」
「陰陽国ヨルシカの南西、海沿いにある『ワダツミの街』だ。そこに総本部がある」
ワダツミの街。カリナは脳内の地図を広げる。現在地は世界樹の森。北に行けば敵の支部があるリシオノール。ワダツミはさらにその先、大陸の北西の海岸沿いだ。
「ありがとう、十分な情報だ」
カシューへも今の情報は伝わっているはずだ。
「よし、決めたぞ」
「どうするんですにゃ、隊長?」
「まずは北のリシオノールへ向かい、敵の支部を叩いて精霊の軍事利用と儀式を阻止する。その足で、ワダツミへ向かい、『カナミ』という棟梁に会いに行く」
敵の野望を挫き、仲間の手掛かりを追う。カリナの瞳に、新たな決意の炎が灯った。
「忙しくなるぞ、隊員」
「望むところにゃ! 世界の果てまでついて行くにゃ!」
(そういうことだ、切るぞ)
(了解。また支部に乗り込むときは頼むよ)
カシューとの小声の通信を切る。
尋問を終えた後、支部長のノードは懐から和紙のような質感の紙を取り出し、筆でさらさらと文字を走らせた。書き終えると、それを封筒に入れて蝋で封をし、カリナに手渡した。
「これがワダツミの本部にいる棟梁への紹介状だ。俺の署名と霊印を押してある。これがあれば、門前払いされることはないだろう。海沿いの高台にある白い家だ」
「すまない、助かるよ」
カリナは紹介状を受け取り、大切にアイテムボックスへとしまった。これで次の目的地への道筋は確保できた。あとは、目前の脅威、支部の一つを取り除くだけだ。
「礼を言うのはこっちだ。お前さん達のおかげで、我々の活動の元凶を突き止められたんだからな」
ノードは豪快に笑うと、テントの外に向かって声を張り上げた。
「おい野郎ども! 今日は客人が来てくれた特別な夜だ! とっておきの『森の御馳走』を振舞ってやんな!」
その号令に、キャンプ全体がドッと沸いた。
◆◆◆
キャンプの中央にある広場では、大きな焚き火がパチパチと爆ぜていた。車座になった術士達の中心に招かれたカリナと隊員の前には、ワイルドな料理が次々と運ばれてくる。
「さあ、食ってくれ! この森で獲れた猪の岩塩焼きだ!」
料理番の術士が差し出したのは、木の串に刺さった分厚い猪肉の塊だ。表面は直火でカリッと焦げ目がつき、したたり落ちる脂が炭火でジュワッと音を立てて香ばしい煙を上げている。味付けはシンプルに粗塩と香草のみ。
カリナは串を手に取り、大きく口を開けてかぶりついた。
「ん……ッ! これは美味い!」
噛みしめると、野性味あふれる肉の旨味が口いっぱいに弾けた。臭みは全くなく、適度な歯ごたえと脂の甘みが絶妙だ。
「こっちも自信作よ。『森キノコと山菜の相克鍋』。体の中から温まるわよ」
フラックスが木のお椀によそってくれたのは、何種類ものキノコと山菜、それに根菜がたっぷり入った鍋料理だ。スープを一口啜ると、複雑な出汁の風味と味噌のようなコクが広がり、疲れた体に染み渡っていく。
「はふはふ……最高にゃ! この魚も美味いにゃ!」
隊員は、串焼きにされた川魚を骨ごとバリバリと食べている。周りの術士達も、酒を酌み交わしながら、シフト達から聞いたカリナの武勇伝に盛り上がっていた。
「シフトから聞いたぞ! あの猫耳姿で、大の男を格闘術で沈めたんだってな!?」 「しかも妖精の加護持ちで、毒も効かないとか。見かけによらず化け物じみた強さだなぁ!」 「おい、失礼な言い方をするな。彼女は俺達の仲間を救ってくれた命の恩人だぞ」
カリナは苦笑しながらも、彼らの素朴な温かさに居心地の良さを感じていた。戦いの緊張が解け、満腹感と共に心地よい眠気が訪れる。
「カリナさん、今日は私のテントを使って。私はシフト達と交代で見張りをするから」
「悪いな、フラックス。恩に着るよ」
好意に甘え、カリナはフラックスのテントへと潜り込んだ。
◆◆◆
テントの中は清潔に整えられており、敷かれた毛布からは微かに香草の良い匂いがした。隊員は既に丸くなって寝息を立てている。カリナは枕元に愛刀を置き、横になりながら左腕の腕輪を操作し、フレンドリストを確認した。
『カグラ:オンライン』
この世界に来てからずっと表示されている、変わらぬ文字列。彼女が生きていることは分かっている。問題は、どこにいるかだ。
リシオノール、そしてワダツミ。脳裏に浮かぶのは、まだ見ぬ敵の拠点と、その先に待つであろう人物。
棟梁『カナミ』。名前の響きといい、この組織が使う術といい、偶然にしては出来すぎている。相克術や陰陽術といった技術は、エデンの主流というわけではない。だが、カグラはその手の術士や仲間を好んで集めている。この『相律鎮禍連』という組織の在り方は、カグラの趣味嗜好に酷似している。
カグラ、お前が『カナミ』なのか。もしそうなら、なぜ連絡を寄越さないのか。様々な疑問が胸の内を去来するが、今は推測しても始まらない。まずはリシオノールで敵の野望の一端を挫き、その足でワダツミへ向かう。そこで全てが明らかになるはずだ。
「……待ってろよ、カナミ」
小さく呟き、カリナは目を閉じた。森の静寂が、彼女の意識を深い眠りへと誘っていった。
◆◆◆
翌朝。朝霧が立ち込める中、カリナと隊員は出発の準備を整えていた。ノードを始め、シフトやフラックスが見送りに来てくれている。
「世話になったな。飯も寝床も最高だったよ」
「なに、礼を言うのはこっちだ。お前さんのおかげで、我々も動きやすくなる。リシオノールの件、頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ。そちらも護送、気をつけてな」
カリナは短く挨拶を交わすと、開けた場所へ移動し、空を見上げた。
「天翔ける翼よ、我が元へ! ペガサス!」
朝の光を浴びて、純白の天馬が舞い降りる。カリナが軽やかにその背に跨り、隊員が前に飛び乗る。その姿は、朝日の中で神々しいほどに美しく、見送る術士達から感嘆のため息が漏れた。
「行くぞ、ペガサス」
「行くにゃー」
高らかな嘶きと共に、ペガサスが力強く地面を蹴る。一気に高度を上げ、眼下に広がる世界樹の森と、手を振る仲間達が小さくなっていく。
目指すは北。敵の支部が潜む街、リシオノールへ。
カリナの新たな戦いの旅が、今、再び始まったのだ。




