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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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64  世界樹の下へ

 一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。


「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」


 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。


「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」


 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。


「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」


 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。


「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」


 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。


「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」


「うるさい。行くぞ」


 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。


「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」


「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」


「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」


 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。


 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。



 ◆◆◆



 ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。  


『世界樹の森』。  


 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。


「でかいな……。遠近感がおかしくなりそうだ」


 あまりに巨大すぎて、近くに見えるのに実際はまだ何十キロも先にある。下を見れば、森は迷路のように入り組み、霧が立ち込めている。地上を行けば数日は迷うことになりそうだが、空からなら直線距離で進める。


「このまま一気に……と言いたいところだが、少し休憩するか。ペガサスも疲れただろう」


 数時間の飛行を経て、カリナは森の中にポッカリと開けた場所を見つけた。そこには美しい泉が湧き、キラキラと水面を輝かせている。カリナはペガサスをゆっくりと降下させ、柔らかな草地に着地した。


「ふぅ……いい場所だな。水も綺麗だ」


 ペガサスから降り、泉のほとりで水を汲む。冷たくて甘い天然水だ。ペガサスも翼を畳み、優雅に草を食んでいる。すると、ガサガサと茂みが揺れ、森の奥から小さな影がいくつも現れた。


「ん? なんだ?」


 現れたのは、野生のリスやウサギ、それに小鹿たちだった。本来なら警戒心が強いはずの彼らが、逃げるどころか目を輝かせて近寄ってくる。  


 彼らの視線の先にあるのは――ペガサスだ。


「そうか、ペガサスは聖獣で動物の守護者でもあるからな。慕われているのか」


 動物たちはペガサスの周りに集まり、その脚に体を擦り付けたり、鼻先で挨拶をしたりしている。ペガサスも優しげな瞳でそれを受け入れている。と、その中の一匹のリスが、カリナの方を見てクリッとした目を瞬かせた。


『……!』


 リスはカリナの猫耳フードを見ると、何かを確信したようにタタタッと駆け寄ってきた。そして、カリナの肩にヒョイと飛び乗ったのだ。


「うおっ!? なんだ!?」


 それを合図に、他のウサギや小鳥たちも「この人間は仲間だ!」とばかりにカリナに群がってきた。膝の上にウサギが乗り、頭の猫耳フードの上には小鳥が止まる。


「ちょ、ちょっと待て。私は止まり木じゃないぞ」


「隊長、大人気にゃ。その猫耳のせいで同類だと思われてるにゃ」


 隊員が腹を抱えて笑っていると、彼の元にも一匹のタヌキが近づいてきた。タヌキは隊員の匂いをクンクンと嗅ぎ、不思議そうに首を傾げると、おもむろに隊員の毛づくろいを始めた。


「お、おい、やめるにゃ! くすぐったいにゃ! おいらは猫の妖精であってタヌキの弟分じゃないにゃ!」


 抵抗する隊員だが、タヌキの愛は止まらない。その横では、カリナがリスに頬袋を押し付けられ、ウサギに指を甘噛みされ、もみくちゃにされていた。


「くっ……! 戦場より手強い……! このモフモフ攻撃、防御不能だ!」


「隊長、もう諦めて癒されるにゃ……」


 神秘的な泉のほとり。聖獣ペガサスが見守る中、猫耳の少女と二足歩行の猫が、森の動物達と戯れて遊ばれる光景は、とてつもなく平和でコミカルなものだった。魔物との戦いを忘れ、カリナ達はひと時の安らぎを堪能するのだった。


 泉での休憩を終え、カリナは再び出発しようとした。しかし、ここで問題が発生した。動物達が、カリナから離れようとしないのだ。


「おい、待て。私は行かなきゃならないんだ。降りてくれ」


 カリナが困り顔で言っても、肩に乗ったリスは「嫌だ!」とばかりにフードの猫耳にしがみつき、膝上のウサギは服の裾を咥えて引っ張る。どうやらこの「猫耳の同胞」をいたく気に入ってしまったらしい。


「隊長、モテモテですにゃ。もうこのまま森の主として暮らすのもありですにゃ?」


「冗談じゃない。……隊員、ペガサス、説得を頼む」


 カリナに泣きつかれ、隊員とペガサスが前に出た。隊員は仁王立ちになり、ビシッと言い放つ。


「いいかお前達! ここから先は『世界樹』の領域にゃ。おいら達のような手練れでも危険な場所にゃ! 遊び場じゃにゃいから、お家へ帰るにゃ!」


 ヒヒィィィンッ!


 ペガサスも同意するように、優しく、しかし厳格に嘶いた。聖獣の言葉は動物達にも通じるらしい。彼らはシュンと耳を垂れると、名残惜しそうにカリナの頬や手を舐め、トボトボと森の奥へと帰って行った。


「……ふぅ。悪いことをしたが、連れて行くわけにはいかないからな」


 カリナは小さく手を振り、再びペガサスに跨って空へと舞い上がった。



 ◆◆◆



 そこから数時間の飛行を経て、ついに目の前に圧倒的な質量が迫ってきた。世界樹ユグドラシル。雲を突き抜ける幹は、それ自体が巨大な壁のようだ。根の一本一本が山脈のように太く、大地に深く食い込んでいる。


「到着だ。降りるぞ」


 カリナは世界樹の根元、苔むした広大なスペースにペガサスを降ろした。静寂に包まれた神聖な場所。空気中の魔力濃度が桁違いに高い。だが、カリナが地面に足をつけた瞬間だった。


 ブォンッ!!


 空間が振動し、半透明の緑色の結界がドーム状に展開され、カリナ達を閉じ込めた。


「なっ、結界か!?」


 警戒して刀に手をかけた瞬間、目の前の地面が盛り上がり、植物の蔦が絡み合いながら人の形を成していく。現れたのは三体の異様な存在だった。樹皮のような肌をした老人、花弁のドレスを纏った若い女性、そして若葉のように瑞々しい青年。彼らは地面から生えたまま、無機質な瞳でカリナを見下ろしていた。


『訪問者よ』と老人が言った。『珍しい客だ』と青年が笑った。『猫の耳を持つ人間とは、奇妙な生態ね』と女性がクスクスと笑った。


 彼らこそが、この森の主『神樹の神』である。


「私は冒険者のカリナ。敵対するつもりはない。少し聞きたいことがあって来た」


 カリナは警戒を解かずに問いかける。


「この森や世界樹周辺で、精霊を狙う『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』という組織、あるいは悪魔の動きがないか知りたい」


 神々は顔を見合わせた。


『質問か』『我らに問うか』『ならば対価が必要ね』


「対価? 情報料か?」


『土産だ』『土産を寄越せ』『珍しい人間の食べ物がいいわ』


 神とは思えない俗な要求にカリナは拍子抜けしたが、すぐにアイテムボックスを探った。幸い、ルナフレアが持たせてくれたバスケットがある。


「これでいいか? 私の連れが作った焼き菓子だ」


 カリナがクッキーやマドレーヌの包みを差し出すと、蔦が伸びてそれを受け取り、神々の口へと運ばれた。


『ほう……』『甘い……』『高密度のエネルギーね』


 彼らは満足げに頷いた。


『悪くない』老人が言った。『だが、もっと直接的なものでもよかったぞ』青年がニヤリと笑う。『そうね。貴女、魔力が高いから……ここで排泄してくれても、とても良い肥料になったのだけど』


「ぶっ!!?」


 女性の神の爆弾発言に、カリナは盛大にむせた。


「は、排泄!? 何を言ってる!」


『なんだ、植物にとっては排泄物こそが最高のご馳走だぞ?』『恥ずかしがることはない、ここでしてみろ。我々が根で吸い尽くしてやろう』


「絶対にお断りだ!」


 カリナは顔を真っ赤にして叫んだ。植物独特の倫理観にはついていけない。 ありがとうルナフレア……。お前がお菓子を持たせてくれていなかったら、尊厳に関わる事態になっていた……と心の中で、遠く離れた彼女に深く感謝した。


「そ、それで情報は!?」


 話を強引に戻すと、神々は興味なさげに答えた。


『世界がどうなろうと我らには関係ない』『自然は巡るものだ。滅びもまた自然』『でも――最近、この森に不粋な連中が入り込んでいるのは確かね。精霊を捕らえ、穢す者たちが』


 やはり、敵はこの森に来ている。


『奴らは森の奥、精霊の住処を嗅ぎ回っているようだ』『だが我らは手を出さん。それもまた淘汰だ』


「場所は分かった。感謝する」


 十分な情報は得られた。カリナはすぐにでも向かおうとするが、結界は消えない。


「……この結界を解いてくれないか?」


『それはできん』老人が首を横に振る。『入るのは自由だが、出るには試練が必要だ』青年が言う。『世界樹の内部に、おしゃべりな巨大花がいるわ。その子が欲しがっている「世界樹の種」を10個、食べさせてあげなさい。そうすれば道は開かれるわ』


 そう言い残すと、三体の神はズルズルと地面の中へ戻っていった。


「勝手な連中だな……。仕方ない、探すぞ隊員」


 カリナ達は世界樹の幹に空いた洞へと入った。中には確かに、部屋ほどもある巨大な白いラフレシアのような花が鎮座しており、「腹減ったー! 種食わせろー!」と騒いでいた。


「隊員、出番だ! その鼻で種を見つけろ!」


「任せるにゃ! お宝の匂いは逃さないにゃ!」


 隊員の特殊能力『トレジャーサーチ』が発動する。彼は鼻をヒクヒクさせると、世界樹の根元の茂みや、高い枝の隙間を指さした。


「あそこに反応ありにゃ! あっちの岩陰にもあるにゃ!」


「よし、でかした!」


 カリナは隊員の指示に従い、ペガサスを使って高所に飛んだり、草むらを掻き分けたりして、拳大の黄金色に輝く「世界樹の種」を集めて回った。  


 広大な神域を駆け回ること数十分。どうにか隊員の嗅覚のおかげで集めた10個の「世界樹の種」を、騒がしい巨大花の口へと放り込む。


「んぐ、んぐ……。ぷはぁ! 食った食った、満腹だぁ」


 花は満足げにゲップをすると、巨大な花弁を広げてカリナ達を招き入れた。


「約束通り、外に出してやるよ。アタイの花弁に包まりな。この樹の下を流れる地底の水脈まで送ってやるから、その流れに乗っていけば結界の外に出られるはずさ」


「水脈、か。分かった、世話になる」


 カリナが隊員を抱えて花の中央に立つと、分厚い花弁がシュルシュルと閉じていき、視界が闇に包まれた。直後、エレベーターのように急速に下降する浮遊感。


「うにゃー、揺れるにゃ」


「植物の感覚だ、私達の価値観は通じないみたいだな」


 数秒の後、花弁が開くと、そこはひんやりとした冷気と水音が響く広大な地底空間だった。目の前には、激しい勢いで流れる地下の川があった。


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