63 凱旋とランチ
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」
総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。
「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」
血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。
「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」
まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。
一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。
「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」
「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」
指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。
「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」
「あ、ああ……機会があればな」
熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。
「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」
「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」
「戦乙女に栄光あれ!!」
数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。
太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り付けている。出発してからまだそれほど時間は経っていない。眼下には、いつまでも手を振り続ける者達の姿があった。
◆◆◆
ザラーの街へ戻ったカリナは、ペガサスを送還し、再び冒険者組合のロビーへと足を踏み入れた。出発してから、まだ数時間といったところだろうか。時間はまだ昼を少し回ったあたりだ。ロビーにいた冒険者達は、戻ってきた緑のドレスコート姿の少女を見て、一様に「やっぱりか」という顔をした。
「お、帰って来たぞ」 「早かったな。まあ、まだ数時間だ。戦場を見る前に引き返して来たんだろう」 「賢明な判断だ。お昼ご飯でも食べに戻って来たのか?」
彼らはカリナが怖気づいて逃げ帰って来た、あるいは様子見だけで戻って来たのだと思い込み、同情と安堵の混じった声を掛けてくる。カリナは何も言わず、真っ直ぐに受付へと向かった。
「組合長に伝えてくれ。――終わった、と」
「え……?」
受付嬢がキョトンとする。
「討伐完了だ。敵の指揮官である悪魔『総裁』バズズ、及び魔物の軍勢は壊滅した。現在は現地のアレキサンド騎士団や冒険者達が残務処理を行っている」
カリナの淡々とした報告に、受付嬢は数秒間固まり――そして、悲鳴のような声を上げた。
「ええええええええっ!? か、壊滅!? 本当ですかぁ!?」
その声に、ロビー中の冒険者達が凍り付く。
「おい、今なんて言った……?」 「壊滅させた!? この短時間でか!?」 「嘘だろ、まだ出て行ってから3時間も経ってねぇぞ!?」 「往復の時間を引いたら、戦闘時間はどれだけ短いんだよ……!」
ざわめきが怒涛の如く広がる中、奥の扉が勢いよく開き、組合長のヒースが飛び出してきた。
「今のは本当か!!」
「ああ、本当だ。確認したければ斥候を出せばいいよ」
ヒースはカリナの瞳を覗き込む。そこには嘘も驕りもなく、ただ事実を告げる静かな光があった。歴戦の勘が告げている。この少女は真実を語っていると。
「……こっちだ。詳しい話を聞かせてもらおう」
ヒースに案内され、再び応接室へ。ソファーに座ると、ヒースは震える手で二本目の煙草に火をつけ、深く紫煙を吐き出した。
「信じられん……。斥候からの早馬もまだ来ていない時間だぞ。一体どんな魔法を使えば、あの大軍を一瞬で片付けられるんだ」
「まあ、私の召喚体達の御陰だよ。それより、あの悪魔は『総裁』と名乗っていた」
「総裁……。悪魔の階級で言えば『男爵』に相当するクラスか。我々人間にとっては災害級の化け物だが、君はそれを……」
「ああ、男爵クラスなら私にとっては雑魚だ。侯爵クラスともやり合って来たからな」
カリナがあっけらかんと言うと、ヒースは絶句し、やがて乾いた笑いを漏らした。
「はは……雑魚、か。Aランク冒険者というのは、皆こうなのか? いや、君が規格外なだけか」
ヒースは感服したように首を振り、金庫からずっしりと重い革袋を取り出してテーブルに置いた。
「礼を言う、カリナ。君はこの街の、いや、この地方全ての恩人だ。まだ昼時だというのに、これほどの大仕事をやってのけるとはな。私の組合長としての権限で、最大級の報酬を用意させてもらった。受け取ってくれ」
中にはこの世界の通貨、セリンがぎっしりと詰まっている。通常の冒険者なら一生遊んで暮らせる額だろう。だが、カリナは首を横に振り、革袋を押し戻した。
「報酬はいらないよ。私は金には困っていないんでね」
「なっ……しかし、これは君の正当な権利だぞ?」
「じゃあ、その金はあの砦で戦っていた騎士や冒険者達に配ってやってくれ。怪我人の治療費や、壊れた装備の修繕費、それに今夜の祝杯の代金にね。彼らが前線で持ち堪えていたからこそ、私は間に合ったんだ」
「……金には困っていない、か」
ヒースは眩しいものを見るように目を細めた。圧倒的な力、揺るぎない自信、そして金銭に執着しない高潔さ。
「……ふっ、実力だけじゃない。器まで英雄か」
ヒースは革袋をしまい、改めて目の前の少女――緑の戦乙女を見つめた。彼女の伝説は、ここアレキサンドの地から、さらに大きく広がっていくことになるだろうと確信しながら。
◆◆◆
ヒースとの会談を終え、カリナが応接室からロビーに戻ると、そこには先ほどまでとは打って変わった空気が流れていた。冒険者達が一斉に立ち上がり、カリナに注目する。その瞳には、畏敬と、そして熱烈なファンを見るような輝きが宿っていた。
「おい、出てきたぞ! 緑の戦乙女だ!」 「すげえ……本当にあの華奢な体で悪魔を倒したのか……」 「それにしても、改めて見ると滅茶苦茶可愛くないか? あのフリルの服、似合いすぎだろ」 「強くて可憐で……完璧かよ……」
どっと押し寄せる男達。
「カリナちゃん! いやカリナ様! 握手して!」 「俺のパーティに入ってくれ! いや、俺をパーティに入れてくれ!」 「その服、どこのブランドだ? うちの娘にも着せたいんだが!」
称賛の嵐と、アイドルに対するような僅かな黄色い声援と野太い声。戦場での殺気には慣れているカリナだが、こういう種類の熱気は苦手だ。特に「可愛い」という言葉と、リア達メイド隊が張り切って作ったこのフリフリ衣装を褒められるのは、何とも言えない恥ずかしさがある。
「勘弁してくれ。私は疲れているんだ、道を開けてくれないかな」
カリナは顔を赤くしながら、群がる冒険者達をかき分ける。
「あっ、待ってくれ! 英雄様!」
「隊長、人気者は辛いですにゃあ」
ニヤニヤする隊員を抱え、カリナは逃げるように組合の扉を開け、足早に路地裏へと姿を消した。
◆◆◆
組合からの追手を撒き、少し落ち着いたところで、カリナは大きく息を吐いた。
「はぁ……。悪魔と戦うよりこういうのが疲れるな」
「隊長、お腹空いたにゃ。お昼にするにゃ」
「そうだな。せっかくザラーに来たんだ。美味いものでも食べて一休みするか」
カリナは通りがかりの親切そうな初老の女性に声を掛け、お勧めのレストランを尋ねた。すると彼女は「それなら『黒鉄の鍋』って店がいいよ」と、職人街にある店を教えてくれた。
教えられた店は、鍛冶屋が立ち並ぶエリアの一角にあった。煤けたレンガ造りの外観に、鉄鍋を模した看板が揺れている。飾り気はないが、換気口からは食欲をそそる肉とスパイスの香りが漂ってきていた。
店内に入ると、昼時を過ぎているにもかかわらず、地元の職人や非番の兵士達で賑わっていた。カリナ達は奥のテーブル席に案内され、お勧めだというランチセットを注文した。
やがて運ばれてきたのは、熱々の鉄板に乗った『厚切りポークソテー・ハニーマスタードソース』だ。
「おお……! これは美味そうだな……!」
ジュウジュウと音を立てる分厚い豚肉。表面はこんがりと狐色に焼かれ、その上には黄金色のソースがたっぷりとかかっている。付け合わせには、バターで炒めたコーンと、皮付きのフライドポテト。
ナイフを入れると、驚くほど柔らかく、肉の断面から透明な肉汁が溢れ出した。一口サイズに切って口に運ぶ。
「んんっ! 美味い!」
カリナの目が輝く。豚肉の脂の甘みと、マスタードのピリッとした辛味、そして蜂蜜のコクが見事に調和している。噛むたびに溢れる肉汁が口内を満たし、白米代わりのバターライスが進んで仕方がない。
「隊長、これは最高にゃ! お肉がとろけるにゃ!」
向かいの席では、隊員がフォークを器用に使ってポークソテーを頬張っている。その口の周りは既にソースだらけだ。
「デザートの冷製カボチャスープも絶品だな」
濃厚でクリーミーなスープが、肉料理で満たされた口の中を優しくリセットしてくれる。英雄扱いされる喧騒から離れ、ただ美味しい食事に舌鼓を打つ。それはカリナにとって、何よりの安らぎの時間だった。
◆◆◆
満腹になり、店を出る頃には、街の空気が一変していた。 組合から正規の発表があったのだろう。街中の至る所で、歓声と安堵の声が響き渡っていた。
「聞いたか!? 魔物の群れが壊滅したってよ!」 「ああ! 『緑の戦乙女』様が悪魔を討ち取ったらしい!」 「これでザラーは救われたんだ! 今夜は祝い酒だぞ!」
通りを行き交う人々の表情からは、朝までの悲壮感が消え失せ、明るい笑顔が戻っていた。酒場の前では早くも樽を開けて乾杯する者達がおり、子供達は広場で走り回り、商人は嬉しそうに声を張り上げている。
その活気ある光景を、フードを目深に被ったカリナは路地の陰から眺めていた。
「隊長、みんな笑ってるにゃ」
「ああ。いい眺めだ」
報酬は受け取らなかったが、この光景こそが何よりの報酬だ。自分が守った街が、活気を取り戻していく。その事実だけで、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「だが、見つかるとまた揉みくちゃにされそうだな。こっそり宿に戻るぞ」
「了解にゃ。おいら、お昼寝するにゃ」
浮かれ騒ぐ街の喧騒をBGMに、名もなき冒険者のふりをして、カリナと隊員は宿泊している『月兎の微笑亭』へと足早に戻っていった。
明日はいよいよ、世界樹の森へ。英気を養った緑の戦乙女は、新たな冒険への予感を胸に、賑わうザラーの街での最後の夜を過ごすのだった。




