60 世界樹への誘いと学園への使命
演習場での模擬戦は、カリナの圧倒的な勝利に終わった。リーサは完膚なきまでに叩きのめされたが、その表情は晴れやかだった。目の当たりにした召喚術の神髄に、彼女は心の底から感動していたのだ。
その後、一行は玉座の間へと移動した。カシュー王が玉座に腰を下ろし、エクリア、アステリオン、レミリア、そしてカリナとリーサがその前に並ぶ。騎士団の面々やルナフレアは、少し離れた場所で見守っていた。
カシュー王が威厳のある声で告げる。
「これより、エルフの召喚士リーサを、エデン王国筆頭召喚術士カリナの代行として任命する」
リーサは緊張した面持ちで、カシュー王の言葉に耳を傾ける。
「リーサよ、カリナはエデンの特記戦力であり、その力は我が国の要である。しかし、彼女は多忙な身であり、常にこの地に留まることはできない。其方には、彼女の不在時にその力を代行し、エデンを守る重要な役割を担ってもらいたい」
「ははっ、身に余る光栄にございます」
リーサは深く頭を下げ、カシュー王の言葉を承諾した。
「カリナ、其方からも言葉をかけてやってくれ」
カシュー王に促され、カリナが前に出る。彼女はリーサを見つめ、静かに語りかけた。
「リーサ、お前の実力は認める。だが、召喚術の道は険しい。決して慢心せず、精進を怠るなよ」
「はい! 肝に銘じます、師匠!」
「だから師匠はやめろと言っただろう」
カリナは苦笑しながらも、リーサの熱意を嬉しく思っていた。
「リーサ、お前には期待している。エデンを、そして民を守るために、力を貸してくれ」
「はい! この命に代えても、エデンをお守りします!」
リーサは力強く宣言し、カリナに忠誠を誓った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
カシュー王は満足げに頷き、玉座から立ち上がった。
「うむ。これにて任命式を終了する。皆の者、これからもエデンのために力を尽くしてくれ!」
「はっ!」
玉座の間に、騎士達の力強い声が響き渡る。
こうして、エデンに新たな優秀な召喚士が加わった。リーサはカリナの代行として、そして一番弟子として、召喚術の道を歩み始めることとなる。
その後、カシュー王は皆を労い、祝宴が開かれることとなった。宴の席では、騎士達がカリナの武勇伝を語り合い、リーサも熱心に耳を傾けていた。
カリナはルナフレアにジュースのグラスを傾けながら、静かに呟いた。
「これも、ルナフレアのおかげだな」
ルナフレアは微笑み、そっとカリナの手を握り返した。
「いいえ、カリナ様ご自身の力ですよ。私はただ、側で見守っていただけです」
二人の間には、言葉にしなくても通じ合う、深い信頼関係があった。
宴は深夜まで続き、エデンの夜は賑やかに更けていった。
リーサとの決闘から一夜明けた翌日。カリナは再びカシューの執務室へと呼び出されていた。部屋にはカシューとエクリア、アステリオン、そして昨日の今日ですっかりカリナ信奉者となったリーサの姿があった。
「よく来てくれたね、二人とも。今日は今後の動きについて話があるんだ」
カシューが真剣な表情で切り出すと、場の空気が引き締まる。
「昨日の戦いで、エデンにおける召喚術の有用性は証明された。そこでだ、カリナ。君には新たな場所へ向かってもらいたい」
「新たな場所? 次はどこの国だ?」
「国じゃない。場所はここから北西、深い樹海を越えた先にある『世界樹の森』だ」
「世界樹……? あのゲーム内でもランドマークになっていた巨大な樹か?」
カリナが記憶を探る。VAO時代、世界樹は存在したが、そこは高レベル帯のモンスターが蔓延る中々の危険地帯だったはずだ。
「そうだ。アステリオン、説明を」
カシューに促され、アステリオンが一枚の古地図をテーブルに広げた。
「はい。文献によれば、その森は『迷いの森』とも呼ばれ、入り組んだ迷路のような構造をしており、侵入者を拒む結界が張られています。そしてその中心、世界樹の麓には『神樹の神』と呼ばれる高位の存在が鎮座していると言われています」
「神樹の神か。会えば何か分かるのか?」
「可能性は高いです。あそこは別名『精霊の森』とも呼ばれ、世界中の精霊達が生まれる場所とも、還る場所とも伝えられています。精霊を狙う『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の目的が精霊の捕縛や力の奪取にあるならば、あそこは奴らにとって格好の狩り場になるはずです」
「なるほど、奴らと鉢合わせる可能性があるわけか。それに、その神とやらなら、悪魔共の動きや、この世界の異変についても何か知っているかもしれないな」
カリナは腕を組み、納得したように頷いた。危険な場所だが、それだけ得られる情報も大きいはずだ。それにこの世界が現実になったのならその神とやらも実在する可能性は高い。
「そういうことだ。現在では未知の領域だが、今のカリナなら踏破できると信じている。頼めるかい?」
「ああ、望むところだ。悪魔の尻尾を掴めるなら、迷いの森だろうが何だろうが進むだけだ。それに上を飛べばなんてことはないしな」
カリナの力強い返事に、カシューは満足げに頷く。すると、隣で聞いていたリーサが一歩前に出た。
「陛下! でしたら私もカリナ様に同行させて下さい! 代行として、そして弟子として、師匠の盾となり矛となります!」
やる気満々のリーサだったが、カシューは首を横に振った。
「いや、リーサ。お前には別の重要な任務がある」
「別の、任務ですか?」
「うむ。エデンの西にある『王立学園』へ向かってもらいたい」
エデン王立学園。そこは騎士や術士に冒険者も育成する機関だが、召喚士のコースは長らく廃れ、希望者もほとんどいない状態が続いているという。
「現在、エデン、いやこの世界では召喚術は『習得するのが難しい術』としか認識されていない。だが昨日のお前達の戦いで、それが戦局を覆すほどの強力な術であることが証明された。私はこの力を、エデンの国力として根付かせたいのだ」
カシューはリーサの目を見据えて告げた。
「お前は学園へ赴き、特別講師として召喚術の普及と、後進の育成に尽力してもらいたい。カリナが世界を救う剣なら、お前は国の未来を育てる土壌になってくれ」
「私が、講師……普及……」
リーサは戸惑っていたが、ちらりとカリナの方を見た。カリナは小さく頷いてみせる。
「いい話じゃないか。私がいない間、お前が召喚術の凄さを広めてくれれば、私の株も上がるしな。頼んだぞ、私の『代行』」
憧れのカリナからの言葉に、リーサの表情がパァッと輝いた。
「は、はいっ! お任せください師匠! このリーサ、学園中の生徒を全員召喚士にしてみせます!」
「いや、全員は困るけどな……。まあ、その意気だ。あと師匠はやめろ」
カシューが苦笑する。
「あら、頼もしいですわね。未来の召喚士部隊、期待していますわよ」
エクリアも優雅に微笑みかけ、リーサは恐縮しながらも深く頭を下げた。
「では、方針は決まりだね。カリナは準備が整い次第『世界樹の森』へ。リーサは数日後にアステリオンと共に『王立学園』へ向かってくれ」
「承知した、カシュー王よ」
「畏まりました!」
二人の召喚士は同時に返事をする。こうして、カリナは未知なる神域へ、リーサは未来を育む学園へ。それぞれの新たな戦いが始まろうとしていた。
◆◆◆
カシュー達との会合を終え、カリナは少々重い足取りで自室へと戻った。明日にはもう出発だ。戻って来たばかりだというのに、ルナフレアには悪いことをしてしまう。カードキーで扉を開けると、そこには既に夕食の準備を整えつつあるルナフレアの姿があった。
「おかえりなさいませ、カリナ様。話し合いは終わりましたか?」
「ああ、ただいまルナフレア。……その、言いにくいんだが、明日また出発することになった」
カリナが申し訳なさそうに告げると、ルナフレアの手が一瞬止まる。だが、彼女はすぐに柔らかな笑みを浮かべて振り返った。
「そうですか。……薄々は予感しておりました。カリナ様はエデンの、いえ、世界の希望ですから。一所に留まる方ではないと」
「すまない。せっかく帰って来たのに」
「謝らないで下さい。その代わり……今夜はたっぷりとお世話させて頂きますからね?」
ルナフレアの瞳が妖しく、そして爛々と輝いた気がして、カリナは背筋に悪寒を感じた。
「さあ、まずは旅立ちの前の垢を落としましょう。お風呂の準備は万端です」
「あ、ああ。頼む……」
そのままバスルームへと連行される。広々とした浴槽には、何故かバラの花びらが浮かべられ、甘い香りのアロマが焚かれていた。脱衣所で、ルナフレアが慣れた手つきでカリナの服を脱がせていく。
「ふふ、少しは筋肉がつきましたか? でも肌の白さと滑らかさは変わらず……陶器のようです」
ルナフレア自身も豊満な肢体を惜しげもなく晒し、二人で湯船に浸かる前に洗い場へ。椅子に座らされたカリナの全身を、ルナフレアがたっぷりの泡で包み込む。その手つきは慈愛に満ちているが、少々執拗だ。
「ルナフレア、そこは自分で洗うから……」
「いいえ、ダメです。背中も、指先も、脇も……私が隅々まで綺麗に致します」
ぬるりとした泡と、ルナフレアの温かい手が素肌を滑る。特に首筋や脇腹など、くすぐったい場所を丁寧に洗われると、カリナは変な声が出そうになるのを必死で堪えなければならなかった。
「んっ……! だ、だからくすぐったいって!」
「我慢して下さい。ああ、本当に可愛らしい……。このまま食べてしまいたいくらいです」
「お前、目が据わってるぞ……」
洗い流した後、二人で花びらの浮く湯船に浸かる。ルナフレアは小柄なカリナを背後から抱きしめるようにして、その温もりを確かめていた。当たる感触が豊満すぎて、カリナは赤面しながら天井を見上げるしかなかった。
◆◆◆
風呂から上がり、さっぱりしたところで待っていたのは、ルナフレア特製の豪華なディナーだった。テーブルには、燭台の灯りに照らされた料理の数々が並ぶ。
「今夜は精をつけるために、最高級のキングバイソンのフィレ肉を赤ワインソースで仕上げました。それと、カリナ様がお好きな手長エビの濃厚ビスク、デザートには季節のフルーツをふんだんに使ったタルトをご用意しました」
「おお……、相変わらず美味そうだ」
ナイフを入れるだけで肉汁が溢れ出すステーキを口に運ぶ。濃厚な旨味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。
「美味い。やっぱりルナフレアの料理が世界一だな」
「ふふ、ありがとうございます。明日からの旅路、粗食になることもあるでしょうから、今のうちに栄養を蓄えて下さいね」
ルナフレアは甲斐甲斐しくワインのような葡萄ジュースを注ぎ、カリナが食べる様子を幸せそうに眺めていた。
◆◆◆
食事が終わり、就寝の時間が近づいた頃。ルナフレアがおもむろに巨大な包みを持ってきた。
「カリナ様、これを」
「ん? なんだこれ?」
「リアさん達メイド隊からの新作と餞別です。なんでも、世界樹の森は神秘的な場所だから、それにふさわしい衣装が必要だと……」
嫌な予感がして包みを開けると、そこには大量の衣装が詰め込まれていた。森の妖精をイメージしたようなフリルたっぷりの緑のドレスの様なコート、冒険者風だが妙にセクシーインナー、なぜか猫耳がついたフード付きローブ……。
「あいつら……森に何しに行くと思ってるんだ……」
「ふふ、どれもお似合いになりそうですよ? 全てアイテムボックスに入れておいて下さいね。向こうで着た感想を聞かせて欲しいと、リアさん達が目を輝かせていましたから」
「はぁ……。まあ、防寒具代わりにはなるか……」
カリナは溜息をつきつつ、その愛と欲望の重さが詰まった衣装の山を収納した。
◆◆◆
夜も更け、部屋の明かりが落とされる。広いベッドに二人並んで入る。布団の中で、ルナフレアがそっとカリナの手を握ってきた。
「……明日には、もういらっしゃらないのですね」
先程までの明るい振る舞いは消え、その声は寂しげに震えていた。
「ああ。だが、今回の行き先は世界樹だ。神樹の神に会えれば、この世界の謎に近づけるかもしれない」
「はい……。分かっております。ですが、やはりお傍にいられないのは寂しいです。もし何かあれば、すぐに駆けつけたいのに……」
握られた手に力がこもる。カリナはその手をギュッと握り返した。
「心配するな。私にはアジーンやフロストリアのような召喚体達、そして新しい代行のリーサがこれから普及する召喚術もある。必ず無事に戻ってくるさ」
「……約束ですよ? 傷一つつけずに、私の元へ帰ってくると」
「ああ、約束だ。次に帰ってきたら、また美味い飯を作ってくれ」
「はい。腕を振るって、お待ちしております」
暗闇の中で、二人は互いの体温を感じながら、静かに目を閉じた。訪れる別れの寂しさを、繋いだ手の温もりで紛らわせながら、カリナとルナフレアは安らかな眠りへと落ちていった。
翌朝。エデンの空は、旅立ちを祝福するかのように一点の曇りもない快晴だった。城門の前には、今回の旅立ちを見送るために主要な面々が集まっていた。
「カリナ様、お忘れ物はありませんか? ハンカチに予備の水、それから……」
ルナフレアが大きなバスケットをカリナに手渡す。その瞳は少し潤んでいるようにも見えたが、気丈に振る舞っていた。
「ああ、大丈夫だ。このバスケットは?」
「特製のお弁当です。サンドイッチや果物、保存の効く焼き菓子も入れておきました。道中、お腹が空いたら召し上がって下さい」
「ありがとう、ルナフレア。味わって食べるよ」
カリナはバスケットを受け取ると、ルナフレアの手を一度だけ強く握った。言葉はなくとも、昨夜の約束はお互いの胸に刻まれている。そしてバスケットをアイテムボックスに仕舞い込む。
「さて、と。カシュー、エクリア。留守は頼んだぞ」
「ああ、任せておけ。国内の守りと、他国との連携は僕たちが完璧にこなしておくよ」
カシューが頼もしく親指を立てる。
「にしし、あなたも無茶するんじゃないわよ? 世界樹の森なんて未開の地なんだから」
「分かってるさ。……それと、アステリオン。リーサのことを頼む」
「はい。彼女が学園でその才能をいかんなく発揮できるよう、私がしっかりサポート致します」
アステリオンが恭しく礼をすると、その後ろで真新しいローブに身を包んだリーサが一歩前に出た。
「カリナ様! ……いえ、師匠! 私が学園で召喚術の素晴らしさを広め、必ずや師匠の名に恥じぬ成果を上げてみせます!」
「だから師匠はやめろと言っただろう……。まあいい、期待しているぞ、私の代行」
「はいっ!」
リーサの晴れやかな笑顔に、カリナも満足げに頷く。これで心置きなく出発できる。カリナは視線を足元に向けた。そこには、お菓子を詰め込んだ小さなリュックを背負ったケット・シー隊員が、ビシッと敬礼して待機していた。
「準備はいいか、隊員?」
「いつでもOKですにゃ、隊長。世界の果てまでお供するにゃ」
「よし、いい返事だ。行くぞ!」
カリナは門前の開けた場所に進み出ると、空を見上げて右手を掲げた。
「天空を駆ける翼よ、我が声に応えよ。――来たれ、ペガサス!」
高らかな嘶きと共に、空から一筋の光が降り注ぎ、純白の翼を持つ天馬が舞い降りた。昨日の戦いで見せた勇壮な姿そのままだが、今は主を乗せるために穏やかな空気を纏っている。カリナはペガサスの首筋を優しく撫でると、軽やかにその背に跨った。
「ほら、お前も乗れ」
「はいにゃ!」
手を差し伸べて隊員を引き上げ、自身の前に座らせる。
「じゃあ、行ってくる」
カリナがそう言うと、カシュー達や見送りの兵士達が一斉に手を振り、歓声を上げた。ルナフレアは胸の前で手を組み、祈るようにその姿を見つめている。
「行ってらっしゃいませ、カリナ様……!」
「――翔べ、ペガサス!」
純白の翼が大きく広げられ、力強く空気を叩く。ふわりと浮き上がったかと思うと、次の瞬間には風となって空高く舞い上がった。
「うにゃー! 高いにゃー! でも気持ちいいにゃー!」
眼下に見えるエデンの城下町、手を振る仲間達がみるみる小さくなっていく。風を切る音と共に、カリナは進路を北西へ――遥かなる『世界樹の森』へと向けた。
青空に溶け込むように飛翔する白き天馬。新たな冒険の幕開けに、カリナの胸は高鳴っていた。




