58 召喚士のプライド
聖衣が解除され、フロストリアが光の粒子となって消えた後もしばらくの間、騎士団演習場は静寂に包まれていた。
誰もが言葉を失っていたのだ。精霊の女王という伝説的な存在を、力と格でねじ伏せた事実。そして最後に放たれた、戦車の砲撃すら耐えうる「白銀鉱」の的すら粉砕する一撃。
パチパチパチ……
最初に拍手を送ったのは、観客席から降りてきたカシューだった。それを合図に、堰を切ったように割れんばかりの歓声と拍手が演習場に響き渡った。
「見事だったよ、カリナ。まさかあの精霊女王をこうもあっさりと従えるとはね」
カシューが歩み寄り、友としての顔で笑いかける。
「あっさりじゃないさ。魔力も体力もかなり削られた。あいつの氷の領域は反則級だ」
カリナが肩をすくめると、隣にいたエクリアが、艶やかな女性らしい所作で口元を扇子で隠しながら口を開いた。
「あら、それを『魔封剣』で無効化してしまう貴女の方が規格外ですわ。それに最後の『ダイヤモンドダスト・レイ』……私の最上級氷魔法より威力が高いのではなくて? 本当に、恐ろしい方ですこと」
エクリアは周囲の騎士達の手前、「完璧美女」を演じているが、その瞳の奥には友の強化に対する純粋な驚きと称賛が宿っていた。
「あの聖衣を纏った状態だと、氷属性の威力が跳ね上がるみたいだ。それに物理的な打撃力も加わるからな」
「物理と魔法の複合攻撃……。えげつないですわね。味方で良かったですわ」
エクリアが優雅に微笑むと、背後から控えていた騎士団長達が、興奮を抑えきれない様子で進み出てきた。
「カリナ様! 素晴らしいものを見せて頂きました!」
近衛騎士団長のクラウスが、感極まったように声を上げる。
「特にあの剣技……『テンペスト・イグニション・バースト』でしたか。三つの属性を剣に纏わせ、相反する力を制御しながら放つなど、神業としか思えません。今の我々騎士にとって、あれは到達不能な頂を見せつけられた気分です」
「全くだ。あの速度、あの威力。どれをとっても今の我ら王国騎士団の及ぶところではありません」
王国騎士団副団長のライアンも深く頷く。彼らの目は、カリナの可憐な容姿ではなく、その身に秘めた武人としての技量に向けられていた。
「それに、あの『魔封剣』……。相手の魔法を吸収し、己の力として撃ち返すなど、とんでもないですわ」
エクリアの代行を務める魔法使いレミリアが、震える声で告げる。魔法使いにとって、自らの放った魔法を剣で吸収されるというのは恐怖以外の何物でもない。
「あれを見せられては、魔法使いも迂闊に手出しできませんわね。……本当に、底が知れません」
レミリアの言葉に、周囲の騎士達も同意するように頷く。 そこへ、ドカドカと重い足音を響かせて戦車隊隊長のガレウスがやって来た。彼は粉々になった的の残骸を指さして叫んだ。
「いやいや、一番驚くべきは最後の一撃でしょう! あの的は戦車の砲撃訓練でも傷一つつかない、特殊な『白銀鉱』で作られた特注品ですよ!? それを素手の一撃で粉砕凍結させるとは……!」
ガレウスは信じられないといった様子で頭を抱えている。
「我々の戦車砲より威力がある拳なんて、冗談でしょう? カリナ様がいれば、戦車隊の出番がなくなってしまいますよ」
「ガレウス、そう腐るな。あれはここぞという時の切り札だ。普段の殲滅戦はお前達戦車隊が頼りだぞ」
カリナがフォローを入れると、ガレウスは「勿体ないお言葉です」と恐縮しながらも嬉しそうに敬礼した。
そんな喧騒の中、静かにカリナの元へ歩み寄る影があった。ルナフレアだ。彼女は清潔なタオルを差し出しながら、心配そうに眉を寄せた。
「お疲れ様でした、カリナ様。……ですが、無傷というわけにはいかなかったようですね」
「ん? ああ、これか……」
カリナが視線を落とすと、腕や足の数か所から血が滲み、衣装にも焦げたような跡があった。自身の身体を貫くように雷を通した際の反動と、フロストリアの凍気による凍傷だ。戦闘中はアドレナリンが出ていて気にならなかったが、指摘されるとズキズキと痛み出した。
「『ブレイジング・サンダー・ファング』……自らを雷で貫いて凍結を解除する荒業など、無茶が過ぎます」
ルナフレアは溜息交じりにそう言うと、カリナの傷口にそっと手をかざした。
「神聖術、ハイネス・ヒール」
柔らかな光が患部を包み込む。温かい日差しのような魔力が染み渡り、火傷と凍傷、そして裂傷がみるみるうちに塞がっていく。
「……ありがとう、ルナフレア。楽になったよ」
「どういたしまして。私の目の届く場所で良かったです。……皆様、驚かれていましたね」
治療を終えたルナフレアは、汗をハンカチで優しく拭きながら、誇らしげに微笑んだ。
「ですが、私にとっては当然の結果です。カリナ様が誰かに後れを取るなど、想像もできませんから」
「買い被りすぎだ。フロストリアも強敵だったよ。紙一重さ」
「いいえ。あの誇り高い氷の女王が、自ら膝を折って忠誠を誓ったのです。それが全てでしょう。……あの氷の聖衣、とてもお似合いでしたよ」
ルナフレアの言葉に、カリナは照れくさそうに鼻を擦った。
「さて、見世物はこれくらいにして、戻るとするか。カシュー、エクリア、また後でな」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。夜にはまた作戦会議だ」
「お疲れ様ですわ。また後ほど」
カシューと、完璧な淑女の礼をするエクリアに見送られ、カリナはルナフレアと共に演習場を後にした。
背後からは、未だ冷めやらぬ騎士達の熱狂的な声が響き続けていた。
◆◆◆
夕飯を済ませ、ルナフレアに見立ててもらったカジュアルな普段着に着替えてから、カリナはカシューの執務室に向かった。ノックをして確認する。
「カリナだ、入るぞ」
「うん、開いてるよー」
ドアを開けて入ると、中にはエクリアもいた。どうやら二人で夕食を食べている最中のようだ。向かい合っている二人の、エクリアの隣に座り、足を組む。
「お、今日はお疲れちゃん。やっぱああいうバトルは血沸き肉躍るよなー。俺も強敵と戦ってみたいぜ」
「まあ結構ギリギリだったけどな。さすがルミナス聖光国に封じられていただけのことはある。でもこれでさらに召喚術はバリエーションが増えた」
テーブルのポットから紅茶をカップに注いで一口飲む。
「そうだね、これからは召喚術の代行も必要になるだろうから、密かに募集してたんだよね」
「へー、でも召喚士はほとんどいないんだろ? そんな都合よく見つかるのか?」
「既に目ぼしい人材は見つけてるんだよ。アステリオンの故郷の、ここから北にあるエルフの住む街にそれなりの使い手が見つかってね。アステリオンがスカウトして来たところだよ」
話が早過ぎる。それにこき使われているアステリオンが不憫だ。
「そうか、優秀ならいいな。そう言えばサティアの代行はいるのか?」
「忘れたのかい? エルフと妖精族のハーフのジュネだよ。代行はPCの特性に合わせて長寿の種族を選んである」
確かにPCは年齢の変化はない。普通の人間では先に老衰してしまう。
「おお、考えてるなあ。でもエクリアの代行のレミリアは人間じゃないのか?」
「ああ、あいつは魔人族だ。魔力の素養が異常に高い。それに長寿だからな。これからも俺がこき使うつもりだ」
魔人族は絶対数が少ない希少な種族だ。見た目は人間と変わらないが、魔力を完全開放すると額から一本の角が生える。そのため、カリナは気付かなかった。
「なるほどなあ。道理で討伐に行った時にも妙に肝が据わっているなと思ったよ。エデンは何だかんだで人材には恵まれてるな」
「でしょ? そういう人材を募集するのも結構大変なんだよ。もっと褒めて欲しいなあ」
「おー、よしよし。エクリアとでも風呂に入って貰え」
「いやあ、さすがにそれはねーわ」
「それは僕もだよ。いくら見た目が良くても中身を知ってるしね。逆に拷問だよ」
「なにー、この完璧なプロポーションを目の前にして言ってくれるなあ」
「まあ、ネカマだもんな。確かにご褒美にはならんか」
「そういうこと、さて、食事も終わったし、その召喚士の代行を呼ぼうかな。仕える相手がこんな少女だと思ったらどう思うかな?」
「ちょっと待て、私のことを話していないのか?」
「だってその方が面白いじゃん」
「諦めろカリナ、こいつはこういう奴だ」
「はあ、大丈夫かな?」
カシューは部屋のデスクにある電話型の通信機でアステリオンに繋ぐ。
「アステリオン、スカウトした召喚士の代行候補を連れて来てくれ」
受話器の向こうから「承知しました」という声が聞こえる。それから暫くして、部屋のドアがノックされる。食事を済ませたので、彼らが到着する前にメイド隊が後片付けを済ませ、テーブルは綺麗な状態だ。
「入れ」
「はっ、召喚術の代行候補のリーサをお連れしました」
ドアが開かれ、アステリオンに連れられて緊張した面持ちのエルフの女性が現れた。
明るいオレンジのセミロングの髪をした、意志の強そうな瞳を持つ女性だ。ここで用意されたらしい召喚士の白に黄緑のデザインがなされたフード付きのローブを羽織り、インナーはまだエルフの里で着ていたであろう緑色の衣装を纏っている。尖った長い耳がエルフであることを物語っている。
「は、初めまして。リーサと申します。こんな陛下のお部屋に案内されるとは思わなくて緊張します」
リーサはカシュー王の威厳に圧されながらも、エルフ特有の気品を保ちながら丁寧に挨拶をする。
「まあ、気にせずとも良い。楽にすればいい」
「そうね、これでも陛下は気さくなお方ですよ」
瞬時に口調を切り替えるカシューとエクリア。いつもながらよくやるものだ。エクリアの完璧な淑女ぶりに、リーサも少しだけ緊張が解けたようだ。
「ありがとうございます。それで、ここに私が仕える召喚士筆頭のカリナ様がいらっしゃるとお伺いしたのですが……?」
リーサが部屋を見渡すが、そこには魔法使い筆頭のエクリアにカシュー王、それにそこには似つかわしくないカジュアルな衣装に身を包んだ、まだ幼さが残る美少女がいるだけである。
彼女の視線は、当然のように美少女を素通りし、どこかに隠れているであろう「カリナ様」を探している。
「ああ、そこに座っている少女が筆頭召喚術士のカリナだ。魔法剣の使い手でもあり、今は行方不明のカーズ王国騎士団長の妹だ。今後は彼女の不在のときは代行として力を貸してくれ」
カシューの言葉に、リーサは一瞬きょとんとして、それからゆっくりと視線をソファーに座る少女に向けた。紅茶を飲みながら軽く会釈した、幼さが残る絶世の美少女。
……え? リーサの思考が停止する。彼女が、エデン最強の召喚士? 噂に聞く、ルミナス聖光国に封じられていたあの上位精霊を屈服させたという召喚士が、この……子供?
「まさか、こんな少女が筆頭召喚術士なのですか?」
リーサの口から、思わず本音が漏れる。その言葉に、和やかな雰囲気が一瞬にして凍り付く。
「リーサ、失礼ですよ。彼女は凄まじい力量の召喚士です。あなたも側で仕えていればわかります」
アステリオンが慌てて嗜めるが、リーサの表情には納得の色はない。むしろ、侮辱されたような憤りすら滲ませている。
エルフは誇り高い種族だ。そして召喚術は、長い年月をかけて精霊との対話を重ね、信頼を得ることで初めて成る術。それを、こんな年端も行かない少女が極めているなど、到底信じられるはずがない。
「いえ、アステリオン様。いくら何でも冗談が過ぎます。こんな少女がそんな使い手とは思えません。精霊との契約は子供のお遊びではないのです」
リーサの言葉に、エクリアが扇子で口元を隠しながら「にしし」と、淑女らしからぬ笑いを漏らす。まあ確かに見た目ではとてもそう見えないだろう。
「そんなこと言われてもなあ。見た目はどうしようもないからな」
カリナが困ったように頭をかくと、その仕草さえも子供っぽく映ったのか、リーサの疑念は確信へと変わる。これは何かの間違いか、あるいは王族の戯れだ。
「陛下、納得がいきません。この少女が私よりも優れた召喚士であるのなら、私が仕えるに値する力量があるはず。……勝負させて下さい」
リーサは真っ直ぐにカシューを見据え、言い放った。その瞳には燃えるような闘志が宿っている。
「だってさ、どうするカリナ?」
カシューが面白そうにカリナを見る。
「エルフはプライドが高いことね。でも勝負すれば実力差がハッキリするんじゃなくて?」
エクリアも完全に面白がっている。こいつら、絶対に楽しんでいるに違いない。カリナは深いため息を一つ吐いて、答えた。
「いいぞ、そこまで言うのなら勝負しようか。リーサ、お前がどれほどの使い手かなど私は知らない。実戦でその力量を見てやろう」
「もう勝ったつもりですか? でしたら私も本気でお相手します。手加減は致しませんから」
どうも引き下がらないらしい。アステリオンは顔を手で覆い、胃が痛そうにしている。これも全て、カシューがカリナの素性を面白半分に隠していたせいである。
「リーサよ、お前の言い分も分かる。ならば明日、騎士団の演習場で召喚術で勝負するといい。正午過ぎに時間を空けておこう。存分にカリナの力量を確かめるといいだろう」
ニヤニヤしながらカシューが言う。それにエクリアも便乗して来た。
「いいですわね。まあ勝負は見えていますけど、リーサさんにはいい機会でしょう」
「畏まりました。明日の正午過ぎですね。カリナ様、逃げないで下さいよ。……失礼します」
そう言い捨てると、リーサは一礼し、踵を返して執務室を出て行った。その後をアステリオンが慌てて追いかける。
「ああ、リーサ! 待ちなさい!」
バタンとドアが閉まると、部屋には静寂が戻り……すぐに笑い声に変わった。
「いやー、中々気が強い子だったな。あれくらいガッツがないとね」
演技をやめてエクリアが半笑いでカリナに言った。
「うーん、サプライズのはずだったのになあ。思ったより食いついてきたね」
「お前らなあ……。また面倒くさいことになったぞ」
カリナは再び深いため息をつく。
「まあ、いいじゃねーか。実戦なら実力もよくわかるだろ。口で説明するより早いって」
「そうだね、アステリオンが連れて来たとは言え、彼女の力量は未知数だもんね。じゃあ明日は相手よろしく。軽く捻ってやって」
「はあ、まあ仕方ないか。確かにこんな見た目のやつが仕える相手だと言われたら面くらいそうだもんな」
こうして次の日、カリナは新入りのエルフ、リーサと召喚対決をする羽目になってしまったのだった。




