55 再会
ややこしいのでセリナの名前をセレナに変えました。
これから西の空が茜色に染まり始め、街の輪郭が美しい夕闇に縁取られようとしている時刻。エデンへの帰路にあるカリナは、行きしなにも立ち寄ったカリンズの街へと足を運び入れた。
目的は、この街のギルド組合長ジュリアへの報告と、休息のためだ。夕食の支度をする煙が立ち上る大通りを歩くと、家路を急ぐ人々や店じまいを始めた商人達が次々に足を止め、カリナを振り返る。
「おい、見ろよ。あの子……!」 「ああ、間違いない。この間の悪魔騒ぎから街を救ってくれた召喚士様だ!」 「無事に戻って来たんだな……!」
数日前にこの街を悪魔の脅威から救った、可憐な英雄。その噂は既に街中に浸透していた。尊敬と感謝、そしてその愛らしい容姿への憧憬が入り混じった熱い視線を浴びながら、カリナは少し居心地悪そうになる。
以前も訪れたこじんまりとした組合の建物の前に立つ。扉を開けて中に入ると、入口から見て右奥にある冒険者用のカウンター周辺は、夕刻時ということもあり、依頼を終えた冒険者達で賑わっていた。
だが、カリナが奥へ足を踏み入れた瞬間、喧騒が波が引くように静まり返る。そして次の瞬間、爆発したような歓声が上がった。
「カリナちゃんよ!」 「おお! 英雄のお帰りだ!」 「カリナさん! 先日は本当にありがとうございました! おかげさまで俺達もすっかり元気になりました!」
地下迷宮で助けられた冒険者達が、満面の笑みで駆け寄ってくる。以前のボロボロだった姿とは打って変わり、傷も癒えて活気に満ち溢れていた。もみくちゃにされそうになるカリナを見て、右奥のカウンターの中にいた受付の女性が慌てて身を乗り出した。
「ちょっと皆さん、そこで固まらないでくださ……って、ええっ!?」
人垣の中心にいる人物に気付いた彼女は、目を見開いて声を上げた。
「カリナさんじゃないですか!?」
彼女は以前対応してくれた事務員だった。カリナの無事な姿を確認すると、安堵と喜びで瞳を潤ませ、すぐさまカウンターから飛び出してきた。
「皆さん、カリナさんがお困りです! 道を開けてください! ギルドマスターへの報告があるんですよ!」
彼女の凛とした声に、冒険者たちが「おっと、そうだったな」「悪い悪い、つい嬉しくて」「ごめんねー」と道を開ける。その間を縫ってカリナの元へ駆け寄った事務員は、弾むような声で言った。
「お久しぶりです! 聖光国でも大活躍されたそうですね。通達が届いてギルマスも心配されていました。ジュリアさんなら奥にいらっしゃいます、すぐに伝えて来ますね!」
「ああ、頼む。報告も兼ねて寄らせてもらったよ」
受付の女性は嬉しそうに頷くと奥へと駆けていき、すぐに戻ってくると「どうぞ」と恭しく案内してくれた。
周囲の冒険者達からの「すげえな」「やっぱ待遇が違うぜ」というひそひそ話と、熱い視線を背中に感じながら、カリナはケット・シー隊員を引き連れて奥の執務室へと入った。
「おかえりなさい、カリナさん。きっと立ち寄ってくれると思っていました」
執務室では、以前と変わらぬスーツ姿のジュリアが、夕陽が差し込む窓辺から振り返り、柔らかな笑みを浮かべて迎えてくれた。ソファーに向かい合って座ると、湯気の立つ温かい紅茶と、茶菓子が出される。
「受付から既に聖光国の件については伝わっていると聞いたんだけど」
「ええ、今朝方、姉のローザから早馬で通達が届きました。……大変だったそうですね。ですが、あなたのおかげで最悪の事態は免れました。既に聖光国から各国に向けて情報の共有が行われているそうです」
さすがは五大国の連携だ。動きが早い。カリナは紅茶を一口啜り、人心地ついてから本題を切り出した。
「ああ。今回判明したのは、悪魔共を束ねる現在のトップの存在だ。深淵公ネグラトゥス・ヴォイドロードと、災禍伯メリグッシュ・ロバス。奴らが率いる『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』という組織が、精霊を狙って動いている」
カリナの口から紡がれる禍々しい名前に、ジュリアの表情が引き締まる。
「深淵公に災禍伯……そして精霊を狙う組織、ですか。姉からの手紙で貴女の活躍も聞いていますが、想像以上に根深く、厄介なことになりましたね」
「そうだな。奴らの根城がこの世界の南西の大陸の何処かにあるということまでは分かっている。だが、この広大な大陸のどこに『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の本拠地があるのかは特定できていない」
カリナはカップを置き、真剣な眼差しでジュリアを見据える。
「南西の大陸……。あそこは未だ未開の地も多く、魔物の脅威度も高い場所ですね。そこに潜伏されているとなると、悪魔の本拠地を探し出すだけでも困難を極めそうです」
「ああ。私は一旦エデンに帰って、カシュー達とこれまでの情報を共有し、対策を練るつもりだ。今後もエデンの特記戦力を探す旅を続けるつもりだから、その道中で何かしらの手掛かりは掴めるかもしれないしな」
「そうですね。今はすぐに動けるほど各国の体制が整ってはいませんし、組合総本部からの指示待ちになるでしょう。五大国もかつてほどの力はありません。悔しいですが、後手に回ってしまうのは否めません」
ジュリアは眉を寄せ、デスクの上で手を組んだ。
「そうだな。でも組合と各国が協力すれば、その内何かしら見えて来るだろうさ。旅の途中で何かあれば、各地の組合に情報共有はさせてもらうよ。今後もそちらの連携は任せる。……ここには今回のお礼を言いに来たんだ。また明日には出発するしね」
「お役に立てたのなら良かったです。それに悪魔からの貴重な情報、こちらこそお礼を言わなければなりません。また旅の途中で近くに来ることがあれば、是非立ち寄って下さいね。新たな情報は、すぐにエデンのカシュー陛下にもお伝え致しますので」
「ああ、助かる。それじゃあ、ありがとうジュリア。またそのうち」
カリナが立ち上がると、それまでテーブルの上の菓子を無言で平らげていたケット・シー隊員が、ジュリアを見上げた。
「ごちそうさまですにゃ。ここのお菓子は絶品ですにゃ。……残ったお菓子を包んでもらってもいいですかにゃ?」
上目遣いでのおねだりに、ジュリアは思わず吹き出した。
「ふふっ、もちろんですよ。可愛いお土産ですね」
ジュリアが綺麗にラッピングして渡してくれたお菓子を、大事そうに抱えた隊員に呆れつつ、カリナは組合を後にした。
外に出ると、夕闇は濃くなり、街には穏やかな夜の帳が下りようとしていた。その後、以前宿泊した『翠風の木陰亭』へ向かうと、再会した女将に「おやまあ! 英雄様のお帰りだよ!」と大歓迎を受け、その日は極上の料理とふかふかのベッドで、旅の疲れを癒すことになった。
◆◆◆
翠風の木陰亭で一晩ゆっくりと英気を養った翌朝。カリナは女将に見送られて宿を出ると、街の外で慣れた様子で召喚の祝詞を唱えた。
「――轟け雷鳴、疾れ金色の閃光。
百獣を統べる王者の威厳をここに。
来たれ、霊装虎王ヴァジュラ!」
轟音と共に、再びその威風堂々たる姿を現した白く輝く虎。カリナはその首筋をひと撫でしてから、自然に形成された霊装鞍へ隊員と共に軽やかに跨った。自動展開される魔力装甲に身を包み、カリナはヴァジュラに合図を送る。
「頼むぞ、ヴァジュラ」
「ハッ!」
ヴァジュラが咆哮し、雷光を纏って大地を蹴る。カリンズへ向かう際にも世話になったその背中は、相変わらずの安定感と圧倒的な速度を誇っていた。流れる景色を楽しみながら、カリナは夕刻には懐かしきチェスターの街へと到着した。
ヴァジュラを労って送還し、街の中心部へ。組合のすぐ近くにあるシルバーウイングのギルド会館。その扉を開けると、一階のカフェからは夕食時の香ばしい料理の匂いと、コーヒーの芳しい香りが漂ってきた。
活気ある店内を抜け、二階の団員スペースへと上がる。
「失礼するよ」
声を掛けて入ると、そこには見知った顔ぶれが揃っていた。副団長の剣士エリア、スカウトのロック、重戦士のアベル。そして魔法使いのセレナ。奥の席には団長のセリスも座っている。彼らはケット・シー隊員を連れて現れたカリナに驚く。
「あっ! その声は……!?」
真っ先に反応したのは、やはりセレナだった。カリナの姿を認めるや否や、獲物を見つけた猛獣のような速度で席を蹴って飛び出してくる。
「カリナちゃぁぁぁぁん!! 会いたかったわぁぁぁ! その可愛らしい匂いを私に嗅がせ……ぶべらっ!!」
カリナに抱き着く寸前、横から伸びたエリアの強烈なチョップがセレナの脳天に炸裂した。カエルが潰れたような変な声を上げて、セレナがその場に崩れ落ちる。
「おかえり、カリナちゃん。そしてごめんなさいね、うちの汚物が」
エリアが笑顔で挨拶しつつ、倒れたセレナの襟首を掴んでズルズルと引きずっていく。
「汚物扱い酷い! でもエリアの暴力も愛……いや、やっぱりカリナちゃんの癒しが欲しいぃぃ!」
「はいはい、黙ろうねー」
相変わらずのやり取りに、カリナは苦笑しながらも肩の力が抜けるのを感じた。一方隊員はセレナの変態ぶりに引いていた。
「よう、お帰りカリナちゃん! 無事だったみたいで何よりだぜ!」
ロックが片手を挙げて明るくくだけた調子で声を掛けてくる。その隣で、アベルが腕組みを解いて深く頷いた。
「ああ、無事の帰還、何よりだ。おかえり、嬢ちゃん」
二人の歓迎に応えようとしたカリナの目に、意外な二人の姿が飛び込んできた。
「ジェラールにクリアじゃないか?」
そこにいたのは、この街チェスターの南にある『死者の迷宮』で悪魔から救出し、教会で別れたヤコフの両親だった。二人はシルバーウイングで恐らくセリスから譲られたのであろう、真新しい装備に身を包んでいた。
「カリナさん、ご無沙汰しております」
「ふふ、驚かせちゃいましたか?」
二人は席を立ってカリナに挨拶をする。顔色は良く、完全に復調しているようだ。
「あなたに言われた通り、ここを訪ねてみたんです。そうしたらセリス団長が快く受け入れてくれました」
「私たちも、もっと強くならなきゃって痛感したんです。ヤコフを守るためにも、フリーでやるよりまた組織に属して、しっかり連携や技術を磨こうと思いまして」
「そうか、二人共このギルドに入ったんだな。それは良かった。ここなら安心だ」
カリナが頷くと、奥から歩いてきたセリスが微笑んだ。
「ええ、Aランク相当の実力者お二人の加入は、ウチにとっても願ってもない戦力増強ですからね。紹介してくれたカリナさんには感謝していますよ」
「いや、いい縁が繋がったのなら何よりだ。……さて、セリス。積もる話もあるが、重要な情報を持ち帰った。少し時間を貰えるか?」
カリナの声色が真剣なものに変わると、セリスも表情を引き締めた。
「分かりました。……みんな、少し席を外してくれるかな? エリア達幹部とジェラール達は残って」
他の団員達が一階へ降りていくのを見届け、カリナ達はテーブルを囲んで座った。復活したセレナも、エリアに睨まれながら大人しく席に着いた。
「聖光国での一件、そしてそこから判明した悪魔達の組織についてだ」
カリナは、ルミナス聖光国での出来事、そしてカリンズの組合長ジュリアと共有した情報を包み隠さず話した。災禍伯が束ねる悪魔達と人間の組織。そして彼らが精霊を狙っていること。現在の悪魔軍のその頂点に立つ深淵公の存在などだ。
「深淵公に災禍伯……。それにしても、やはり公爵以上の存在がいたのですね」
セリスが腕組みをして唸る。PCである彼女には、その悪魔の裏の階級ともいうべき設定の重みと厄介さがより深く理解できているようだ。
「奴ら悪魔達の根城は、この世界の南西にある大陸の何処かだということまでは分かった。だが、詳細な本拠地の場所までは特定できていない。それに精霊を狙う組織についてもまだまだこれから調べないとだな」
「南西大陸か……。『暗黒大陸』とも呼ばれる未開の地だな。100年前は人間の国があったらしいが、襲撃事件で壊滅したとか。あそこは強力な魔物が多くて、そうそう近づけない危険地帯だぜ」
ロックが地図を思い浮かべるように天井を仰ぎ、渋い顔をする。
「ああ。噂では、あそこへ行って戻った者は少ないと聞くな。だが、今の我々の力ではまだまだだ。これからもっと力を付けなければ、悪魔に対抗することなどできん」
アベルが硬い表情で拳を握りしめ、自分達の現状を戒めるように言った。
「当面は、各国のギルドと連携して防衛体制を整えつつ、情報収集を続けるしかないわね」
エリアの言葉に全員が頷く。
「私も一旦エデンに戻って、カシュー達と今後の対策を練るつもりだ。この街も悪魔の標的になる可能性はある。セリスがいるから大丈夫だとは思うが、お前達、それにジェラールにクリアもヤコフのために頑張ってくれ」
「任せて下さい。二度と家族を危険な目には合わせません」
「ええ、今度こそ守り抜いて見せます」
二人の瞳には強い決意が宿っていた。かつて悪魔に後れを取った悔しさをバネに、彼らは確実に強くなっている。
「……ふふ、それにしてもカリナちゃん。真剣な顔も凛々しくて素敵……。ねえ、今夜私の部屋で……」
「させないわよ!」
隙を見てカリナの手を握ろうとしたセレナの手を、エリアが素早く叩き落とす。
「あたっ! ……もう、エリアったら。でも、こうやってまた皆で集まれて嬉しいです」
セレナの言葉に、場が和やかな空気に包まれる。それなりに深刻な状況ではあるが、信頼できる仲間達ができた。その事実に、カリナは改めて勇気づけられるのだった。
「さて、難しい話はこれくらいにして。カリナさん、今夜は再会を祝って、もう一度パーッとやりましょうか?」
セリスの提案に、全員が笑顔で賛同した。以前泊まった鹿の角亭。チェスターの夜は、再会を祝う宴の灯りで温かく更けていった。。




