53 パーティと国交
天真爛漫な王女、セラフィナの号令(?)により、パーティは堅苦しい挨拶抜きで賑やかに始まった。
「うっわー! すごっ! ねえ見てテレサ、このお肉の山! 輝いてるよ!」
ビュッフェ台の前で歓声を上げているのは、青いドレス姿のユナだ。彼女の手元の皿には、ローストビーフ、鶏の香草焼き、ミートパイが、絶妙なバランス感覚でタワーのように積み上げられている。ドレスアップしても中身はわんぱくなままだ。隣にいる黒ドレスのテレサが、信じられないものを見る目で頭を抱えていた。
「ユナ……少しは自重してください。ここは王城ですよ? 周りの貴族の方々が引いています」
「えー、だって『遠慮なく』って王様が言ってたもん! ほらテレサも、このキッシュ美味しいよ!」
ユナに無理やり口に運ばれ、テレサは「んぐっ」と声を漏らしながらも、その味に目を見開いた。
「……! お、美味しい……。悔しいですが、普段の質素な食事とはレベルが違います……」
「でしょー? カーセルも食べてる?」
純白の燕尾服をバシッと着こなしているカーセルだが、彼は緊張でガチガチになりながら、フォークでちまちまとサラダをつついていた。
「あ、ああ……。凄いご馳走だね。喉を通るか心配だったけど、食べ始めると止まらないよ」
「お前らなあ、もう少し優雅に楽しめよ。見てみろ、俺のこのスマートな……おっと」
カインは片手にワイングラスを持ち、キザなポーズで通りがかりの貴族令嬢にウインクを飛ばそうとしたが、慣れない革靴で軽く躓き、危うくグラスの中身をぶちまけるところだった。あわれなりイケメン。
あいつらは完全に修学旅行気分だなと、遠巻きに仲間達のドタバタ劇を眺めながら、カリナは小さく嘆息した。英雄一行という肩書きがなければ、間違いなくつまみ出されているレベルだ。だが、不思議と嫌な気はしない。命懸けの戦いを終えたのだ、これくらいの羽目外しは許されるべきだろう。
カリナ自身も、目の前に並ぶ豪勢な料理には興味があった。特にあのベリーのタルト。朝食は食べたはずなのに、今の身体は無性に糖分を欲している。
意を決して手を伸ばそうと一歩踏み出すが、カツン、と足元がおぼつかない。慣れない高いヒールのサンダルは、ただ立っているだけでもバランスを取るのが精一杯だ。常に爪先立ちを強いられているようなもので、油断すると足首をグキリと捻りそうになる。一歩進むたびに、生まれたての子鹿のように足がプルプルと震えてしまうのが情けない。
慎重に、すり足気味に歩こうとしたその時、腕に温かい感触がまとわりついた。
「カリナ! あちらに当家自慢のショコラ・ファウンテンがありますのよ! 行きましょう!」
セラフィナだ。彼女はすっかりカリナを気に入ったらしく、先ほどからずっと腕を組んで離れない。並ぶとよく分かるが、女性らしい柔らかみと高さを持ち始めたセラフィナに対し、カリナはまだ発育途中の華奢な体つきで、頭一つ分背が低い。並ぶとまるで、姉に連れ回される妹のような構図だ。
「あ、ああ。すごいな、チョコレートの噴水か……」
「はい! あ、その前に……カリナ、お願いがあるのです」
セラフィナは少し屈みこんで、上目遣いでカリナの顔を覗き込んだ。整った顔立ちが至近距離に迫り、カリナは思わず仰け反りそうになる。
「お願い、とは?」
「私のこと、お友達にしてくれませんか?」
「……はい?」
予想外の申し出に、カリナは素っ頓狂な声を上げてしまった。王族が、どこの馬の骨とも知れない冒険者に友達申請? しかも相手は見た目的には年上の王女様だ。
「だ、ですが、私は一介の冒険者で、貴女は一国の姫君です。それに、見ての通り私はまだ子供のような見た目ですし……立場も違い過ぎます」
カリナがやんわりと断ろうとすると、セラフィナは頬を膨らませた。
「むー! そんなの嫌です! 私、ずっとお城の中で退屈だったんです。カリナみたいに強くて、綺麗で、素敵な方とお話ししたかったんですもの! ……だめ、ですか?」
うるうると湿ったスカイブルーの瞳で見つめられる。こんな表情で懇願されて、断れる人間がいるだろうか。下手に断って機嫌を損ねても、今後のエデンとの国交に響くかもしれない。カリナは観念したように息を吐いた。
「……わかった。いや、わかりました。お友達になりましょう」
「本当!? やったあ! じゃあ、私のことは『セラフィナ様』じゃなくて、『セラ』って呼んでください! 敬語も禁止です!」
「いや、さすがにそれは……周りの目が」
「王女命令です!」
ビシッと指を突きつけられ、カリナは苦笑するしかなかった。この姫様、見た目に反してグイグイ来る。
「わかったよ……セラ。これでいいか?」
「はい! ふふ、私ずっと可愛い妹が欲しかったんです! これからは『カリナ』って呼びますね!」
「い、妹……? まあ、見た目的にはそうなるのか……。好きに呼んでくれ」
中身とのギャップに一瞬遠い目になりかけたが、この外見では反論の余地がない。そんなやり取りをしていると、周囲の様子が変わった。遠巻きに見ていた若い貴族の男達が、ここぞとばかりに群がってきたのだ。小柄で可憐な「英雄」は、彼らにとって庇護欲をそそる存在らしく、目がギラギラしている。
「英雄カリナ殿! お近づきになれて光栄です! 僕はバロック伯爵家の三男で……」 「いやいや、私の方が先に! カリナ殿、その赤いドレス、情熱的で素晴らしい! どうです、一曲踊っていただけませんか?」 「なんと愛らしい……。僕とダンスを! 手取り足取りエスコートしますよ!」
次々と差し出される手。ダンスの誘いだ。カリナの脳内で警報が鳴り響く。ダンス? 絶対に無理だ。今のカリナはこの高いヒールで立っているだけでも必死なのだ。普段の冒険者ブーツとは勝手が違いすぎる。重心を少しずらしただけで転倒しそうな、こんな不安定な足元でワルツのステップなど踏もうものなら、盛大に転ぶか、相手の足をヒールで粉砕する未来しか見えない。
勝手に持ち上げられただけだが、英雄としての威厳が崩壊する危機だ。だが、「ヒールが高くて歩けないので踊れません」などと情けないことは口が裂けても言えない。カリナが冷や汗をかきながら言い訳を探していると、セラフィナが、カリナの前に立ちはだかった。
「――ごめんなさい皆様! カリナは今、私が独占中なのです!」
自分より小柄なカリナを背中に隠し、両手を広げて威嚇(?)している。
「えっ、王女殿下……?」
「カリナは私とこれから『重要な作戦会議(スイーツ巡り)』があるのです! ダンスなんて大人っぽいことは、まだ早いですわ! お相手はまたの機会にしてくださいな!」
王女にそう言われては、貴族達も引き下がるしかない。「そ、そうですか……まだお若いですしね……残念です」と肩を落とし、男達はすごすごと散っていった。
助かった。カリナは心底ホッとして、自分を庇ってくれた頼もしい背中を見上げた。これで足首を捻るリスクは回避された。
「ありがとう、セラ。助かったよ」
「えへへ、どういたしまして! 友達ならこれくらい当然です! それに……」
セラフィナは振り返り、悪戯っぽく舌を出した。
「あの男の人達、目がギラギラしてて怖かったですし。カリナみたいな可愛い子を、あんな風に囲むなんて許せません! 私が守ってあげなきゃ!」
どうやら、このお姉さんぶった姫は、かなり頼りになる味方かもしれない。
「さあ、邪魔者は消えました! カリナ、あそこのマカロン食べに行きましょう! 私が『あーん』ってしてあげますからね!」
「え、あーん!? いや、自分で食べられるから! 子供扱いしないでくれ!」
「だーめーでーす! お姉さんの特権です!」
「ちょ、ま、引っ張るな……! 足元が……!」
ヒールでよろめくカリナを気にする様子もなく、セラフィナは手を引いてスイーツコーナーへと連行していく。その様子を、少し離れた場所からサティアがワイングラスを片手に眺めていた。
「あらあら。カリナさんったら、悪魔より手強いお姉様に捕まってしまったようね」
聖女は楽しそうにクスクスと笑い、平和な午後のひとときを噛み締めるようにグラスを傾けた。
セラフィナによる怒涛のスイーツ攻撃がようやく一段落した頃、パーティ会場は最高潮の盛り上がりを見せていた。
マカロンにタルト、ショコラと、口の中に甘い余韻を残しつつ、カリナはセラフィナに連れられてテラス席の椅子に腰を下ろしていた。慣れないヒールでの立ちっぱなしから解放され、ようやく人心地つく。足の指先がじんじんと痺れていた。
「あーん、カリナ、口の端にクリームがついていますよ?」
「え、ああ。自分で拭くから……」
「動きません! 私が拭いてあげますから」
セラフィナはハンカチを取り出し、甲斐甲斐しくカリナの口元を拭う。完全にペットか妹扱いだ。精神的に抵抗感を覚えつつも、今のこの愛らしいアバターでは何を言っても説得力がない。カリナが諦めてされるがままになっていると、周囲の貴族達がざわめき立ち、モーセの海割りのように道が開いた。
「おお、ここにおったか」
現れたのは、先ほどまで奥で通信していた国王ジラルドだ。彼は上機嫌な様子で、ワイングラスを片手に近づいてくる。その背後には、いつの間にかサティアも合流していた。
「お父様!」
「うむ。楽しんでいるようだな、セラフィナ。それにカリナも」
「はい! カリナという新しいお友達……ううん、妹ができたんです!」
セラフィナがカリナの肩を抱き寄せ、自慢げに胸を張る。 ジラルドは二人の並んだ姿――プラチナブロンドの姉と、赤髪の妹のような構図――をまじまじと見つめ、満足げに髭を撫でた。
「ふむ……。こうして見ると、まるで本当の姉妹のようだな。絵になっておる」
「でしょう? カリナはとっても可愛くて、強くて、最高なんです!」
「うむうむ。……よし、ならばカリナよ」
ジラルドは突然、真顔でカリナに向き直った。
「いっそのこと、我が家の養子にならぬか?」
「……は?」
本日二度目の素っ頓狂な声が出た。カリナは目を点にする。冗談かと思ったが、ジラルドの目は割と本気に見える。
「いや、其方のような優秀かつ愛らしい英雄が娘になれば、この国にとっても万々歳だ。セラフィナも喜ぶし、将来の国軍を任せることもできる。どうだ? 悪い話ではないだろう?」
「きゃー素敵! お父様、ナイスアイデアです! ねえカリナ、そうしましょう! そうすれば毎日一緒にお菓子が食べられますよ!」
セラフィナが目を輝かせ、カリナの手をぎゅっと握りしめる。待て待て、話の飛躍が異常過ぎる。国王の養子? エデンの王城にも既に自室があり、専属の侍女までつけられている身だ。これ以上、他国の王族としての責務まで背負い込むわけにはいかない。身体がいくつあっても足りなくなる。
「い、いやいやいや! さすがにそれは無理があります、陛下! 私はエデンを拠点とする一冒険者ですし、あちらでも……その、色々と立場がありますから!」
カリナが慌てて手を振って否定すると、横で聞いていたサティアがくすりと笑った。
「ふふ、ジラルド様。あまりカリナさんをいじめないであげてください。彼女は根本的に根無草のような自由を愛する冒険者。籠の鳥には向きませんよ」
「むぅ、そうか……。サティアがそう言うなら仕方あるまい。カシュー王からも『カリナは我が国の重要戦力ゆえ、引き抜きは勘弁してくれ』と釘を刺されたばかりだしな」
ジラルドは残念そうに肩を竦めた。どうやら、通信の最中にもそんな話をしていたらしい。カシューめ、余計なことを……いや、今回はその言葉に救われたと言える。
「カシュー王とは、話がついたのですか?」
カリナが話題を強引に切り替えると、ジラルドは表情を引き締め、王の顔に戻った。
「うむ。実りのある話し合いができた。エデン国王カシュー……若いが、切れ者だな。我らルミナス聖光国とエデン王国は、これより正式に協力体制を敷くことで合意した。特に、あの『深淵公』と、精霊を狙う謎の組織に関する情報の共有だ」
「それは良かったです。五大国が動いてくれるなら、これほど心強いことはありません」
サティアが安堵の息を漏らす。
「ああ。カシュー王の話では、闇の組織『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』は未だ謎が多く、その全貌は見えていないらしい。だが、世界の何処かに巨大な本拠地を構えていることは間違いないとのことだ。我が国も、独自に調査を進めるつもりだ」
ジラルドの鋭い眼光に、カリナは黙って頷いた。敵の本拠地、か。この広大なアルカディアの何処かに潜んでいる闇。それを暴くのは容易ではないだろうが、国同士が連携すれば活路は開けるはずだ。
「それとな、カリナ。カシュー王は随分と突拍子もない提案をしてきおったぞ。何でも、エデンと我が国の間に『線路』なる鉄の道を敷き、そこを『魔導列車』という乗り物で繋ぐ計画があると言うのだ」
カシューのやつ、もうそんな話を切り出したのか。カリナは内心で呆れつつも、やはりあいつは現実世界の知識をこの世界で再現する気だと確信した。
「列車……ですか」
「うむ。私は聞いたこともない。カシュー王の説明では、馬を使わず、魔法の力で鉄の箱を走らせ、大量の人や物資を短時間で運ぶと言うのだが……。カリナ、其方は知っているか? 『れっしゃ』とは、一体どのようなものなのだ?」
ジラルドは不思議そうに首を傾げている。中世ファンタジー風のこの世界観において、それはお伽話に出てくる魔法の絨毯のようなものに聞こえるのだろう。だが、プレイヤーである自分達にとっては馴染み深い文明の利器だ。
「ええ、まあ……エデンではかなり研究が進んでいます。もし実現すれば、エデンからこのルミナスまで、馬車で何日もかかるところを数時間で移動できるようになるでしょうね」
「数時間だと!? 馬鹿な、鳥よりも速いと言うのか……!?」
ジラルドは目を丸くし、それからニヤリと不敵に笑った。
「面白い。カシュー王の大法螺かとも思ったが、其方の反応を見るに、あながち夢物語でもないようだな。良かろう、その計画、我が国も全面的に乗るとしよう」
さすがは一国の王、決断が早い。これで大陸の交通網が一気に変わるかもしれない。カリナがカシューの行動力に感心していると、ジラルドは思い出したように付け加えた。
「最後にな、カシュー王から伝言だ。『カリナによろしく。また無理をしていないか心配だが、土産話を期待している』とな」
「……あいつ、相変わらずだな」
王様相手に「あいつ」呼ばわりしてしまったが、ジラルドは気にした様子もなく、豪快に笑った。
「はっはっは! 信頼されているではないか。……まあ、養子の件は諦めるとしても、其方がこの国の英雄であることに変わりはない。いつでも遊びに来るがよい。セラフィナも待っておるしな」
「はい! カリナ、絶対ですよ? 次に来るときは、もっと可愛いお洋服を用意して待ってますから!」
セラフィナが再び抱き着いてくる。甘い香水と、柔らかい感触。ヒールの痛みも、見えない敵の影も、この天真爛漫な笑顔の前では霧散してしまうようだ。
全く……大変な国と縁ができたものだと、カリナは心の中でぼやきつつも、自分を見上げるセラフィナの頭を、諦め混じりにそっと撫でた。くすぐったそうに笑う王女と、それを見守る国王と聖女。戦いの後の束の間の休息は、温かな夕暮れの光と共に過ぎていった。




