52 ドレスアップ
仕切られていたカーテンが一斉に開かれ、着替えを終えた女性陣が姿を現した。
「じゃーん! どうかな? 似合う?」
一番に声を上げたのはユナだ。彼女が纏うのは、晴れ渡る正午の空のような鮮やかな青のドレス。ふんわりとしたスカートが彼女の元気さを引き立てつつも、透明感のある生地が少女から大人への過渡期にあるあどけない色気を醸し出している。彼女がくるりと回ると、裾が花びらのように舞った。
「あの……陽の下だと少し肌が出すぎている気がしますが、変ではないでしょうか……」
対照的に、恥ずかしそうに身体を小さくして出てきたのはテレサだ。彼女のドレスはシックな漆黒。だが地味ではない。身体のラインに沿ったマーメイドラインが、神聖術士として後衛で鍛えたしなやかな肢体を強調し、黒い生地が彼女の透き通るような白い肌を際立たせている。明るい日差しの中で見る黒のドレスは、彼女の清楚な魅力をより一層引き締めて見せた。
「ふふ、二人ともとても素敵ですよ。まるで物語のお姫様のよう」
最後に現れたサティアは、二人とは一線を画す落ち着きを放っていた。選ばれたのは深みのある上品なカーキ色のドレス。一見落ち着いた色味だが、光沢のあるシルク素材が窓から入る陽光を受けるたびに黄金の輝きを帯びる。露出は控えめながら、聖女としての気品と、大人の女性の包容力を感じさせる洗練された装いだ。
「サティア様こそ、凄く綺麗ですよ」
「ええ、やはり聖女様は何を着ても絵になりますね」
互いに褒め合い、少し浮き足立つ三人。だが、その視線が最後にゆっくりと歩み出てきたカリナに注がれると、その場の空気が一瞬止まった。
「……お待たせ。変じゃないか?」
照れ隠しにぶっきらぼうに言いながら、カリナが姿を見せる。 燃えるような真紅のスリットドレス。あえてドレスと同系色で合わせた赤髪のツインテールが、歩くたびにふわりと揺れる。その特徴的な金色の毛先が、昼下がりの陽光を反射して砂金のような輝きを放ち、彼女の周囲に光の粒子を纏わせているようだった。
大胆に開いた背中と、スリットから覗く健康的な太腿。ただ立っているだけで視線を釘付けにするその姿は、可憐な少女というよりは、社交界の華、あるいは国を傾ける傾国の美女そのものだった。
だが、その優雅な立ち姿とは裏腹に、カリナの内面は悲鳴を上げていた。 足元には黒いストラップ付きのピンヒール。踵が高いなんてものではない。つま先立ちで爪楊枝の上に乗っているような感覚だ。一歩踏み出すたびに足首がぐらつき、油断すれば生まれたての子鹿のように無様に転倒しかねない。
「わあ……」
ユナがぽかんと口を開け、言葉を失う。
「カ、カリナちゃん……そ、それは、その、刺激が強すぎませんか? 直視できません……」
テレサが顔を真っ赤にして、慌てて手で目を覆う。
「ふふ、やはり私の目に狂いはありませんでしたね。カリナさん、あなたが一番輝いていますよ」
サティアだけは満足そうに微笑み、深く頷いている。
三者三様の美女達が霞むほどの圧倒的な存在感。その光景を腕組みして眺めていたメイド長のカレンは、ふん、と鼻を鳴らした。
「どうです? 私の見立てに間違いはなかったでしょう」
その表情は、まさに『ドヤ顔』と呼ぶにふさわしい。自身の最高傑作を前に、カレンは「勝った」と言わんばかりに胸を張り、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
◆◆◆
中庭のパーティ会場へ向かうと、そこでは既に着替えを済ませた男性陣が待っていた。雲ひとつない青空の下、美しく手入れされた植栽と色とりどりの花々に彩られた会場の入り口付近に、見違えるような姿の二人の青年が立っていた。
カーセルとカインだ。
カーセルは、彼の誠実さを表すような純白の燕尾服を纏っていた。金糸の刺繍が施された高貴なデザインが、降り注ぐ太陽の光を浴びて眩いほどに輝いている。いつもの鎧姿とは違う、まるで絵本から抜け出した王子のような気品だ。
一方のカインは、漆黒の礼服をラフに着崩すことなく、完璧に着こなしていた。長身痩躯のスタイルが際立ち、明るい日差しの中でその黒が一層の鋭い色気と知性を放っている。黙っていれば、どこぞの公爵家の若様と言われても疑わないだろう。おのれイケメン。やはりイケメンは何を着ても似合う。
二人は談笑していたが、カリナ達の足音に気づき、同時に振り返った。
そして、その動きが完全に止まる。
数秒の静寂。目を見開き、口を半開きにしたまま硬直する二人。その反応は、先ほどのメイド達以上のものだった。
「お、おいおい……マジかよ……」
最初に再起動したのはカインだ。彼はわざとらしいほど大きくため息をつき、額に手を当てて天を仰いだ。こいつは本当に軽い奴である。
「太陽が二つになったのかと思ったぜ。なんだよこれ、全員女神か? 昼間っから俺の心臓を止める気か?」
「カ、カイン、茶化すんじゃない……。でも……」
カーセルは顔を耳まで真っ赤に染め、直視できないのか視線を彷徨わせている。
「す、すごい……。みんな、本当に綺麗だ。いつもの装備姿も頼もしくて好きだけど、その……言葉が出ないよ」
「えへへ、そうかな? そう言ってもらえると嬉しいな!」
ユナが青いドレスの裾を摘んでお辞儀をしてみせると、テレサは恥ずかしさでカインの視線から逃げるようにサティアの背後に隠れる。
「あ、あまり見ないでください……落ち着かないんです」
「ふふ、二人とも似合っていますよ。男性陣も、見違えるほど凛々しいですね」
サティアが大人の余裕で微笑むと、カインとカーセルの視線が、最後に中央のカリナへと吸い寄せられた。
陽光の下で燃え立つような赤のスリットドレス。そして、それと同じ色を持つ、カリナの美しい赤髪。ふわりと揺れるツインテールの毛先は金色に輝き、太陽光を反射してキラキラと眩い光を放っている。
真昼の光の中に立つその姿に、二人の男は完全に言葉を失った。特にカインは、カリナの大胆なスリットから覗く白い足と、普段の強さとのギャップに、本気で動揺しているようだった。
「……カリナちゃん。それは反則だろ」
カインが真顔で呟く。
「そのドレス、刺激が強すぎる。こんな真昼間からその格好されたら、俺達全員、敵より先にカリナちゃんに見惚れて全滅するぜ」
「カインの言う通りだ……。カリナちゃん、本当に美しいよ。まるで、この国の姫君が新たに誕生したみたいだ」
カーセルは真摯な瞳で、真っ直ぐにカリナを見つめてきた。その純粋すぎる賛辞は、カリナにとって一番のダメージだった。顔が熱くなるのを感じながらも、カリナは精一杯のポーカーフェイスを維持し、ふいっと顔を背ける。こいつらは、どうしてこうも直球で褒めてくるのか。心臓に悪いことこの上ない。
「……馬子にも衣装ってやつだろ。お前達こそ、中身がただの冒険者とは思えないほど様になってるぞ」
冷たく言い放とうとしたが、足元の不安定さのせいで声が少し上ずってしまった。このヒール、本当に敵だ。早くブーツに履き替えたい。
「ははっ、手厳しいな!」
「カリナちゃんには敵わないね」
憎まれ口を叩いても、二人は嬉しそうに笑う。着飾った六人が揃うと、その周囲だけ華やかさが一段階増したようだった。パーティ会場に集まり始めていた貴族達の視線が、次々とこの輝く一行に向けられ始めていた。
パーティ会場となる中庭は、陽光の下で華やかな社交の場へと変貌していた。
芝生の上には純白のテーブルクロスが掛けられた長机が幾つも並べられ、そこには山海の珍味が所狭しと並んでいる。
香ばしい匂いを漂わせる仔羊のロースト、氷の器に盛られた新鮮な魚介のマリネ、色とりどりの果実や宝石のような一口サイズのケーキ。そして、クリスタルのグラスに注がれた最高級のスパークリングワインが、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
形式は堅苦しい着席ではなく、自由に行き来できるビュッフェスタイルだ。だが、そこ集う人々の視線は、豪華な料理ではなく、会場に入ってきたカリナ達一行に釘付けになっていた。
「おお、あれが……」
「なんと美しい……」
さざめきのような感嘆の声が広がる。集まっているのは、この国の高位貴族や騎士団の上役、そして城の重鎮達だ。普段は冷静沈着な彼らでさえ、目の前の光景には息を呑んでいた。
彼らの視線の先、特に注目を集めていたのは、やはりカリナとサティアの二人だった。
サティアが進むと、人々は自然と道を空け、恭しく頭を下げる。上品なカーキのドレスを纏った彼女は、聖母のような慈愛に満ちた微笑みを絶やさず、軽く会釈を返していく。
「聖女サティア様だ。伝説の通り、時が止まっているかのような美しさだ」
「ああ、あの微笑みを見ているだけで心が洗われるようだ」
貴族達の間から漏れるのは、畏敬と崇拝の念に近い言葉だ。彼女の周りだけ空気が清浄に保たれているような、そんな錯覚さえ覚えさせる。
対して、カリナに向けられる視線は、より熱っぽく、そして困惑を含んだものだった。燃えるような赤のスリットドレスに、金色の光を孕んだ赤髪。その姿は「悪魔を討伐した勇者」という武骨な響きとはあまりにかけ離れている。
「あちらの紅のドレスの少女が、英雄カリナ殿か?」 「信じられん。あのような可憐な少女が、あの遺跡の悪魔を?」 「まるで妖精か、異国の姫君のようだ。だが、あの瞳……ただの少女ではない、強い意志を感じる」
若き貴族の男達は頬を染めて彼女を目で追い、着飾った貴婦人達も、その斬新かつ洗練されたドレスの着こなしにため息を漏らしている。
全身に突き刺さるような視線の雨に、カリナは肌が粟立つのを感じた。好奇心、憧憬、そして幾分かの劣情。それらが入り混じった空気は正直居心地が良いものではない。
だが、ここで縮こまっていてはナメられるだけだ。祭り上げられたとはいえ、英雄として堂々と振る舞わなければならない。
カリナは内心の焦りを表情に出さぬよう、近くの給仕から飲みもしないのにワイングラスを受け取った。しかし、踏み出した一歩が僅かにふらつく。このヒールの高さは異常だ。威厳を保とうにも、物理的なバランス感覚がそれを阻む。転ばないように、そして優雅に見えるように。それは悪魔との戦闘以上に神経をすり減らす作業だった。
その時、会場の奥の王族専用のテラスへと続く階段から、一人の少女が軽やかに降りてきた。周囲の貴族達が一斉に姿勢を正し、先ほど以上に深く頭を下げる。
「お父様から聞きました! 貴女が、英雄のカリナ様ですね!」
鈴を転がすような愛らしい声と共に現れたのは、このルミナス聖光国の第一王女、セラフィナ・ルミナスだ。
年齢は16、7程だろうか。国名を体現するかのような、眩いプラチナブロンドの髪をハーフアップにし、瞳は澄み渡るようなスカイブルー。純白に淡いピンクの刺繍が入った可愛らしいドレスを纏った姿は、まさに『深窓の姫君』そのものだった。
彼女は護衛の騎士が止めるのも聞かず、小走りでカリナの目の前までやってくると、その手を取った。
「は、はじめまして、セラフィナ王女殿下。冒険者のカリナです」
突然の接近戦に、カリナは少し面食らいながらも挨拶を返す。てっきり高慢な王族が出てくるかと身構えていたが、目の前の少女はまるで人懐っこい小動物のようだ。
「はじめまして! セラフィナです。すごい、お父様の話ではもっと恐ろしい戦士の方かと思っていましたけれど、こんなに可愛らしい方だなんて!」
セラフィナは青い瞳をキラキラと輝かせ、カリナの顔とドレスを交互に見つめた。
「その赤いドレス、とっても素敵です! 私の髪色だと赤は負けてしまうから着られないのです。貴女のその綺麗な赤い髪と、金色の毛先……本当に燃える炎みたいで、凄く格好いいです!」
「あ、ありがとうございます……」
王女からの屈託のない称賛に、カリナは毒気を抜かれたように瞬きをした。どうやらこの姫様、かなりのお転婆というか、好奇心旺盛な性格らしい。この純粋な瞳で見つめられると、演技をするのも少し罪悪感を覚える。
「それに、そちらは聖女サティア様ですね!」
セラフィナは次にサティアの方を向いた。
「教会の記録でしか存じ上げなかった伝説の聖女様に、こうしてお会いできるなんて夢のようです。城にも何度か来て頂いているのに会ったことはなかったのですから。サティア様、この度は我が国を救っていただき、本当にありがとうございました」
セラフィナは王女という立場でありながら、スカートの裾を摘み、深々と感謝の礼をした。その純粋で真摯な態度は、周囲の大人達の心を温かく打った。
「顔を上げてください、セラフィナ様。貴女のような清らかな心を持つ姫君がいるこの国を守れたこと、私達も誇りに思いますよ」
サティアが優しく声をかけると、セラフィナは花が咲いたような笑顔を見せた。
「ふふ、ありがとうございます! さあ、立ち話もなんですわ。あちらに美味しいお菓子がたくさんあるんです。私、お父様の目を盗んでこっそり食べるのが好きで……あ、これは内緒でした!」
口元を手で隠して「しまった」という顔をするセラフィナに、カリナの口元も自然と綻んだ。会場の空気は、天真爛漫な姫の登場によって、堅苦しいものから和やかで華やいだものへと変わっていった。




