49 〆のお風呂
カリナの抵抗も虚しく、五人の女性に囲まれながら女湯の脱衣所へと足を踏み入れた。男湯からは既にカーセル達の賑やかな笑い声が聞こえてくる。
脱衣所は清潔だが、宿屋兼大衆食堂ゆえに飾り気はない。しかし、カリナにとってはその無機質さが、かえって地獄を際立たせた。自分も含めて六人もの女性が同時に脱ぎ始めるという状況に、心臓は警鐘を鳴らし続けている。
ユナとテレサは慣れた様子でテキパキと服を脱ぎ始めた。エイラは聖女や組合長と一緒という状況に興奮しているのか、やや緊張しつつも期待に満ちた表情で衣装を解く。ローザはさすがに落ち着いており、優雅な手つきで装束を外していった。
サティアは「仕方がない」と覚悟を決めたような表情を崩さず、静かに服を脱ぎ始める。彼女は着替えながらも、時折、怯えきった様子のカリナに視線を送り、無言で『平静を装い、早く済ませなさい』と促していた。
目のやり場がない。この世界でも屈指の美女たちが次々と服を脱いでいく状況。この肉体はただの美少女アバターという器なのだが、これほど酷く罪悪感と羞恥心に苛まれるとは。
カリナが動けずにいると、ユナが明るく声をかけた。
「カリナちゃん、どうしたの? 早く脱がないと、お湯が逃げちゃうわよ!」
「あ、ああ。わかってる……」
カリナはパニックになりながら背中を向け、可能な限り素早く服を脱いだ。幸いにも、彼女の見た目は幼い美少女だ。周囲の女性陣は、カリナの極端な行動を『幼い子の羞恥心』として受け止めており、特に気に留めなかった。この誤解が唯一の救いだった。
服を脱ぎ終え、戦場から逃げ出すように浴場へ足を踏み入れたカリナを待っていたのは、更なる試練だった。浴場には洗い場がいくつか並んでいるが、ユナは一番奥のシャワー席にカリナを座らせた。
「さあ、カリナちゃん! 今日は疲れているでしょうから、私が特別に洗ってあげるわ!」
「え、いや、自分でやれるから!」
カリナが辞退しようとする間もなく、ユナは桶に湯を汲み、背後からカリナの華奢な肩に熱い湯をかけ始めた。
「ほらほら、遠慮しないでください。隊長なんだから、たまには甘えないといけませんよ」
すると隣に座ったテレサがボディソープを手に取った。悪ノリしているのか、彼女までカインの真似をして、部下のような口調になる。
「ユナ、私も手伝います。今日は全身を清めて、明日への活力を得ていただかないといけません」
ユナとテレサに挟まれ、カリナは身動きが取れない。二人はカリナのまだ幼さの残る美少女の身体を、まるで可愛らしい人形でも扱うかのように、優しく、そして丁寧に洗い始めた。
毎度のことだが、本当に勘弁して欲しい。頭を洗われるくらいはまだ耐えられるが、腕や胸、そして背中をわしわしと洗われるのは、もはや精神的な攻撃である。カリナは顔を俯かせ、目の前の石鹸の泡が弾ける音を聞くことしかできなかった。
さらに最悪なことに、近くではローザとエイラ、そしてサティアが身体を洗っている。エイラは時折目を輝かせながらカリナたちを見ており、ローザは涼しい顔で自分の髪を洗っている。そして、サティアは時折カリナをチラ見し、すっと目を逸らす。彼女は平静を装っているが、カリナの極度の緊張を見て「くくく」と笑いを堪えているのが分かった。
しかし、彼女はカリナの『美少女としての振る舞い』に配慮し、あえて何事もないように振る舞うことで、カリナの様子を見守っているのだ。中身を知ってはいるものの、この世界では自分も含めて所詮アバターだと割り切っている彼女には、カリナに裸体を見られようと気にはならないらしい。
「んー、えいっ!」
「ひゃぅっ!?」
昨夜と同じようにユナが後ろから胸を両手で掴んで来た。もみもみと乳房を揉まれる。
「ちょ、ま、やめてくれっ……!」
「うーむ、やはりその歳の割には大きいわね……」
「やめなさい、ユナ」
テレサのチョップが決まる。「あいたっ」と言ってユナが手を放した。全く勘弁して欲しい。この光景をサティアに見られていることが、カリナの羞恥心を更に倍増させた。
「はい、終わり! すっきりしたね、カリナちゃん!」
全身を丁寧に洗われたカリナは、ふらふらと湯船へと向かった。
大きな湯船に、カリナを囲むように六人の女性がゆったりと浸かる。湯船は広く、それぞれが距離を取ることはできたが、同じ湯に浸かっているという事実は変わらない。他にも数人の利用客がいる。
ユナとテレサは今日の戦いの話で盛り上がり、エイラはローザに冒険者組合での仕事の相談を持ち掛けている。サティアは静かに目を閉じ、湯の清らかさを享受しているようだった。
カリナは湯船の縁に頭を乗せ、天井を見上げた。心地良いはずの湯の温もりが、今はただ熱く感じられる。
これが毎回の試練。悪魔との戦いより、こっちの方がよっぽど消耗が激しい。この見た目と中身のギャップが埋まらない限り、カリナに平穏は永遠に来ない。
不意にユナが、湯船の向こうから屈託のない笑顔で声をかけてきた。
「ねえ、カリナちゃん。背中を流してあげたんだから、今度は私達が戦った影虚竜の話、詳しく聞かせてよ。まあ私達は怖くて見てただけなんだけどさー」
「そうですね、一番近くで対峙していた時の感想を聞きたいです」
「え? 何それ? 私も聞きたい!」
ユナの質問にテレサとエイラまで身を乗り出してくる。
「ははは……」
カリナは力なく笑うことしかできなかった。心の中では深く深く溜息を吐いていた。
湯船での試練をなんとか乗り越え、カリナは先に湯船から上がった。
サティアは最後まで何事もないように振る舞ってくれたが、それが逆にカリナの精神を削った。もう二度とこんな合同入浴には参加しないと心の中で誓う。
カリナはそう固く決意しながらも、脱衣所に行く前に軽くタオルで身体を拭いた。今回は、女性陣全員が湯船で寛いでいる間に上がることができたため、着替えの際の羞恥心は最小限に抑えられる。
「カリナさん、もう上がるの?」
サティアが湯船の縁から声をかけてきた。彼女の湯上がりの肌は、いつも以上に透き通るように白く、どこか神聖な輝きを放っている。
「ああ。あんまり長湯すると、逆上せるからな。先に上がって少し身体を冷ますよ」
「そうね、疲労回復が第一よ。ゆっくり休んでね」
サティアはそれ以上引き留めず、再び静かに目を閉じた。カリナは全員から顔を背けつつ脱衣所に出ると、備えてあるタオルで髪を丁寧に拭き、手早く寝間着に着替えた。
ルナフレアが選んだ衣装は既にアイテムボックスにしまってある。今は彼女が用意してくれた、上下ゆったりとしたパンツルックの寝間着だ。ラフな長袖のフリースパジャマのような手触りで心地よい。以前セクシーな薄い生地のワンピース姿で周囲を無自覚に惑わせたため、部屋の外ではもう着ないことにしている。カリナはそうして脱衣所を後にした。
女湯の戸を閉め、廊下に出ると、ちょうど男湯から上がってきたばかりのカーセル、カイン、そしてケット・シー隊員が、顔を赤らめながら出てくるところだった。
「おお、隊長! もう上がりか?」
カインは湯上がりの上機嫌な様子で、肩にタオルをかけていた。おのれイケメン。湯上りでも爽やかなイケメンである。
「ああ、上がったよ。お前達、うるさかったぞ」
「はは、つい熱くなってな。悪魔討伐の祝杯だ、盛り上がるに決まってるだろー」
「隊長、お先に良い湯だったにゃ」
隊員もご満悦の様子だ。
「そうか。お前達も疲れただろう。帰ったら早く着替えて休めよ」
カーセルは湯上がりのカリナの姿を見て、少し感心したような表情を見せた。
「それにしても、カリナ隊長は湯上がりの姿も可愛らしいね。まるで本当のお姫様みたいだよ」
「なんだよ、その感想は?」
カリナは素っ気なく返したが、内心ホッとした。中身の事情など知る由もない男衆の反応は、単純で健全だったからだ。それにしてもこのギルドメンバーは、今後も自分のことを隊長と呼ぶつもりなのだろうか? それだけは勘弁願いたい。
カリナ、カイン、カーセル、そして隊員は、浴場の休憩室の広間へと移動した。その後しばらく火照りを冷ますと、食堂へと移った。そこはまだ多少賑わっていたが、奥のテーブルではローザ、エイラ、ユナ、テレサ、そしてサティアが既に着替え終わって待っていた。
サティアが最初に別れの挨拶を切り出した。彼女も厚手の長袖の寝間着姿だが、落ち着いた大人っぽいスカートを穿いている。
「皆様、今日は本当にありがとうございました。今回の勝利は、カリナさんと、ルミナスアークナイツの皆様の尽力のおかげです」
「いえ、聖女様のお力添えがあってこそです」
ユナとテレサが同時に頭を下げる。
「では、私は一度教会に戻ります。エデンへの帰還の準備もありますので」
「サティア様、お気をつけて」
ローザが深々と頭を下げ、エイラもそれに倣った。 カリナはサティアに向き直る。
「サティア、今日のことは感謝する。そしてエデンに戻っても、お前は無理をするなよ」
「ふふ、お互い様です。あなたも、くれぐれも無茶はしないでくださいね。また会いましょう、カリナさん。それに王城から呼び出しがかかるかもしれませんからね」
「そうだった。明日には使者が来そうだな……」
「逃げないで下さいよ」
「さすがにそれはない」
二人は軽く頷き合い、サティアは教会へと向かうために宿を後にした。
次に別れを告げたのは、ローザとエイラだ。
「カリナさん、今日は本当に楽しかったです。そして、この街の平和を守ってくださり、感謝しています。また組合に立ち寄ってくださいね」
エイラが深々と頭を下げる。
「カリナさん。私も組合長として感謝します。あなたへの報酬は、希望通りに手配することを約束します。くれぐれも、気を付けて。あなたは今、悪魔たちにとって最も危険な存在ですから」
ローザは冷静な警告と共に、組合長らしい礼儀をもって別れを告げた。
「ああ、ありがとう。ローザもエイラも、気を付けて帰るんだぞ」
二人が去ると、残ったのはカリナ、隊員、そしてルミナスアークナイツの四人。
「じゃあ、ユナ、カーセル、カイン、テレサ。お前たちもご苦労だった。今夜はゆっくり休め。また明日、下手したら王城から呼ばれる可能性があるからな」
「はい。今日はありがとうございました、カリナさん」
「お疲れ様ー、隊長!」
「今夜は本当に楽しかったよ。今生きているのはカリナちゃんのおかげだ。僕たちはみんな感謝してるよ」
「カリナちゃんまたね」
風呂で酔いも覚めている。丁寧なテレサ、軽いカイン、礼儀正しく柔和な団長のカーセルに元気なユナ。ルミナスアークナイツの面々も、それぞれの帰る場所へと戻って行った。 一階に残ったのは、カリナとケット・シー隊員だけだ。
「ふう。ようやく終わったな」
「疲れたにゃ……。今日は色んな意味で激しい一日だったにゃ。早く寝るにゃ」
「そうだな。明日も、多分王城か……。さて、寝るか隊員」
カリナが隊員と自室に向かおうとしていたところ、閑散としてきていたホールを掃除していた従業員たちに混じって、若女将のルーシーが声を掛けてくる。
「いやー、今日は大繁盛だったよ。これもカリナちゃん達のおかげだね」
「いや、それはここの料理が美味しいからだよ。今日はありがとう。あ、食事代はまだだよな?」
「それならユナたちがもう払って行ったよ。何でも組合から報奨金がたんまり出たからだってさ。何だい、カリナちゃんが払うつもりだったのかい?」
「ああ、そのつもりだったんだけど。先に支払いをしてたとは……」
「ははは、まあこんなお嬢ちゃんに払わせるのは、さすがにあいつらも気が乗らないだろうさ。それにこの街を救ってくれたのに金を取るのも悪いくらいだったしね」
「いやいや、さすがにそれは悪いよ」
「ま、それくらい感謝してるってことさ。さあ今日はもう疲れただろう? 早く休むようにね」
「ありがとう。じゃあおやすみ、ルーシー」
「あいよ、おやすみ」
「おやすみにゃ、ルーシー」
心身ともに疲労困憊の一日だったが、カリナの中には、この街で出会った仲間たちと共に戦い、勝利を得たという確かな充実感が残っていた。彼女は隊員と共に階段を上がり、自室へと向かった。




