4 執務室にて
ルナフレアに見送られて、玉座の間の裏手にある王の執務室までやってきた。カリナが廊下を歩いている間、やたらと兵士や城仕えの侍女達に「可愛い」「あの子がカーズ様の妹君か」などと噂話をする声が聞こえてきた。ひらひらの衣装を着ているだけで恥ずかしいのに、何とも言えない気分になる。
執務室の入り口のドアの両脇にはアステリオンと近衛騎士団長のクラウスが待っていた。
「気にし過ぎですよクラウス。陛下とも顔見知りのようでしたし、カーズ様の妹君なら滅多なことなど起こりませんよ」
「いや、あの娘は何か異常な力を持っている。俺の剣が掴まれただけで動かせなかったのだ。妙な力を使ったに違いない。何かあれば我々が陛下をお守りしなければ……」
「陛下がそう簡単にやられるとは思いませんが……。おや、到着ですね。カリナ様、では此方へどうぞ」
アステリオンがドアを開けて中へ導いてくれる。クラウスは憮然とした表情でカリナの方を見た。
「妙な真似をするなよ。陛下に何かあれば許さんからな」
「いや、ただ呼ばれたから話をしに来ただけなんだけど」
「そんな衣装を着て、陛下を誘惑でもする気なのか?」
カリナの来ているファンシーな衣装を見て、クラウスは意味不明なことを言い、右手を剣の柄にかけている。カリナはそんなことを想像するだけで気持ち悪くなった。
「いや、しないから。話するだけだから」
アステリオンに一礼をして、クラウスをじとーっと見た。
「お前達、いつまで私を待たせる気だ!」
中からカシューが怒った演技の声を出した。
「「申し訳ありません!」」
二人は謝罪をすると、カリナを部屋の中に送りドアを閉めた。
執務室のデスクにいるブルーの髪色をしたカシューがカリナの方を見て、もう邪魔は入らないなという風に笑顔になった。100年経過しているということだがまるで年老いていない。かつて共に冒険をしたときの姿のままだ。
「国王のロールプレイをこなすのも大変そうだな」
デスクの前のソファーにどかっと腰掛けてからカリナが言った。
「そうなんだよね、我ながらよくやってると思わない?」
カシューは恰好を崩した口調で答えた。一応国王をやっているので、配下の前では威厳のある態度で通しているのだ。それが久々に現れた友人の前で素に戻る。
「そう思う。俺には無理だ」
「だったらもっと褒めてよー。君達がいない間大変だったんだからさー」
デスクに突っ伏してぐだぐだと愚痴をこぼすカシュー。
「おー、よしよし。偽物のおっぱいでいいなら揉ませてやるぞー」
友人同士のたわいもない冗談が飛び交う。
「いやいや、それはさすがにキツイ。で、色々聞きたいことがあるんでしょ?」
ふっと真面目な顔になって互いに腕を体の前で組んだ。
「ああ、まずこの世界はどうなっている? NPCもまるで生きているみたいな反応をするし、100年経っているとか言うし、ログアウトもできない。何が何やらさっぱりだ」
「うーん、まあそうだね……。確かにこれまでのNPCだった者達は僕達と同じで生きている。人格もちゃんとある。最初は僕も多分君と同じでただのアップデートがあったのかと思ったよ」
ふぅと溜め息を吐きながら、カシューは真面目な表情になって語り始める。
「100年前、初期五大国に悪魔の大軍が攻めて来たんだ。人類は多大な犠牲を払って何とかこれを撃退したんだけど、そのときからPC達はほとんど姿を消してしまったんだ。うちの国も被害は甚大。他国とPvPなんてやってる場合じゃなくなってね。今後に備えて国力を蓄えている最中だよ。またいつ悪魔達が攻めて来るか分かったもんじゃないからね」
「防衛力では誰も太刀打ちできない初期大国がそこまでの被害を出したってのか? 嘘だろ……」
初期五大国はプレイ開始時にとりあえずどこかを選択してスタートするという、MMOではよくある初期設定である。その分その大国は防衛NPCのレベルが異常に高く、戦争を仕掛けても一方的にボコボコにされる。そのため、PvPで五大国を倒すのがある意味エンドコンテンツに近いものという扱いである。その大国達が甚大な被害を受けるということは攻めて来た悪魔のレベルが異常か、数が異常かのどちらかであろう。
「で、カーズ、いや今はカリナのキャラか。この100年間、君は今まで何をしていたんだい?」
「何をしてたと言われてもなあ……。ちょっとログアウトして入り直したら今の惨状だったってだけだぞ。まさかほんの数分ログアウトしていただけでそんなことになっているなんて、意味がわからないのはこっちだって。しかもコマンドが機能しないし、ステータスも開けないんだ」
目の前の空間を指でスワイプする。今までならそれで現在レベルやステータスなどが表示されていたのだ。それが全く機能しない。
「あー、それね。多分レベルとかステータスの概念は無くなってるよ。現実世界と同様に鍛えた分しか強くなれない。スキルは覚えたり使えるけど。でもね、冒険者の腕輪、ここをこうすると……」
カシューが左手首にある細い腕輪の赤いボタンを押す。
「ほら、フレンドリストやマップ、所属ギルドや王国なんかが見れるよ。そして黄色のボタンでアイテムボックスも開ける。残念ながらログアウトなんかの機能はもれなくなくなってるけどね」
カシューがやった様に、左腕にある腕輪を操作すると、カリナの眼前に各種情報がウインドウの様にオープンした。やはりログアウトのボタンはない。
「ね? あ、あとアイテムはアイテムボックスから直接取り出せるよ。制限は今のところないみたいだから、大切なものは今までみたいに個人アカウントの共同倉庫とかに入れてたりなんかすると……」
「ほう、入れてたら?」
「それが使えなくなった。だから持ち歩かないのなら部屋にでも置いておくことだね。はあー、僕のコレクションの宝剣や鎧やらレアドロップが全部水の泡だよー」
「ま、マジか……。俺もカーズのときに集めた聖剣やら魔剣が入れっぱなしだったぞ」
アイテムはボックスに持ち切れない物は全てアカウント共有のサーバー倉庫に幾らでも保管することができた。有料アイテムではあるのだが。どうしても捨てるのがもったいない物なんかは全てそこに突っ込んであった。レアアイテムなどが一瞬で消え去ってしまった事実を知ってショックを受ける。
「まぁ、もうどうしようもないから諦めたよ。それに今は国家運営が第一だから、僕が勝手に旅に出る訳にもいかないからね。権力者は大変だよー」
カシューの心が泣いているのをカリナは感じた。いや自分も大切なコレクションが消えたことはショックなのだが、カシューの方が身動きが取れない分不憫に感じられる。
「うん、まあそれは仕方ないから諦めるとしよう。また手に入れればいいだけだしな。ところで、もしこの世界で死んだらどうなるんだ? 教会の女神像の前で復活するのか?」
ゲームが現実になっているのは、もう散々理解できた。だがゲーム内の死が本当の死になるのかは別問題である。
「うーん、死んだことがないからわからないけど、多分本当に死ぬんじゃないかなと思う。100年も経った時間を生きてると周りの人間と死別することだってたくさんあったからね」
「でもそれはNPCの話だろう? 俺達はPCだぞ。まさか……」
カリナはそう言うと腰から片手剣のティルヴィングを左手で抜いた。その刃を右手の甲に近づける。スッと軽く斬り付けると、そこから真っ赤な鮮血がじわりとあふれ出た。鋭い痛みに血が流れる感触。ぞわっとした感覚がして、すぐに回復魔法で傷を塞いだ。
「ちょっと、何やってるのさ! そんなの血が出るに決まってるじゃないか! しかもそんな切れ味の剣で斬るとか、手首が飛んでもおかしくないよ!」
カシューの反応と自身の身体で感じた痛覚で全てを悟った。
「済まない。ちょっと気になったんだよ。でも理解した。痛覚もちゃんとあるし、血液がエフェクトではなくてちゃんと流れている。ゴブリンを斬った時も肉を斬り裂く感触がしっかりとあったし、返り血まで浴びたんだ。普段なら消える死体も残っていた。これは現実だ。致命傷を負えば死ぬ……」
「わかってくれて良かったよ。しかし相変わらず無茶するんだからさあ、寿命が縮まったよ」
もはやVRMMOなんかではない。これはリアルな現実世界だ。己の血を流して改めて理解できた。
「まぁ、わかってくれたのなら良かったよ。だから対人戦になっても無闇に剣を抜くのはお勧めしないよ。魔物相手なら別だけどね」
ほっと一息をついて、カシューは安堵した。
「で、話は変わるけど、やっぱりその恰好は恥ずかしいかい?」
カリナが着ているフリフリの衣装を指差しながらカシューがにやけた。我に返ったカリナの顔が赤くなる。
「お前なあ……。当たり前だろ、わざわざメイド隊を部屋まで寄こしてくれて。これじゃまるで魔法少女だよ」
「あはは、リア達はノリノリだったからねぇ。今はもう次の素敵衣装の制作に取りかかってるみたいだよ」
ニヤニヤとカシューが笑う。「今後も着せ替え人形役よろしくね」と悪戯好きな笑顔で言う。
「スカートのときは股を閉じた方がいいよ」
「うるさいな。あ、そうだ、アバターボックス持ってるか? あれがあれば男キャラに作り直せる!」
「課金アイテムのやつだよね、まあ一応一つ持ってるけど……」
そう言ってカシューはアイテムボックスから課金アイテムのアバターボックスを取り出した。そのままカリナの目の前に立ち上がって持ってくる。
「それだ、頼む譲ってくれ! 何でもするから!」
「まあ別にあげるのは構わないんだけどねー」
そう言ってカリナはその箱に手を伸ばしたが、手が宙を切る。そして勢い余ってカシューを押し倒してしまった。ドスンという音が室内に響く。
「何事ですか、陛下! なっ、貴様やはり本性を現したな!」
クラウスが剣を抜いて室内に飛び込んで来た。その後ろからやれやれという顔でアステリオンも顔を出す。
カシューの腰の上にカリナが跨がっている状態。変な疑いを掛けられても仕方がない体勢だった。
「まぁまぁ、クラウス。一見彼女が陛下を押し倒したかの様に見えますが、陛下の手を見て下さい。しっかりと両手で揉んでいらっしゃいます。どうせ何かの拍子に二人して尻もちを着いただけでしょう。さあ、お邪魔してはいけません。我々は席を外しますよ」
なんとも冷静な分析である。しかもカシューの両手はカリナを押しのけようとして、その双丘に押し付けられていた。これではどちらが悪いとも言えない。
「お前ら、何か勘違いしてないか?」
入って来た二人にやれやれという顔で応じるカリナ。
「そうだぞ、私がそのような不埒な真似をするわけがなかろう! ただの事故だ。わかったらさっさと出て行け!」
国王らしい口調でカシューが反論する。
「いいではありませんか、カリナ様ならカーズ様の妹君。血筋の問題はありませんよ」
「うむむ……、これは陛下のお世継ぎの問題でもあるのか……」
ぶつぶつと言いながら二人は退室して行った。立ち上がるカリナとカシュー。はー、と長いため息を吐く。
「わかったでしょ、課金アイテムは譲渡禁止。ゲーム時代からそうだったじゃないか」
「そうだった……。気が動転していた。すまん」
ソファーに向かい合って腰掛ける。そのとき隣の部屋から大人びた女性の声と共に王国の魔法使い筆頭のエクリアが入って来た。ウェーブの掛かった金髪のロングヘアー。魔法使いらしい白いローブだが、インナーは少々露出が多いセクシーな衣服となっている。彼女もまたカリナとは旧知の仲である。
「カリナが帰って来たってのは本当か?!」
まだまだ執務室での談義は終わりそうにない。
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