47 祝勝会開始
食後の腹ごなしも兼ねて、ルミナス聖光国の街中を散歩してから、カリナとケット・シー隊員は宿泊先の金砂の舞踏亭に戻って来た。
扉を開けて中に入ると、すぐ入口の近くで掃除をしていた若女将のルーシーがカリナの姿を認め、いきなり飛びつくように抱き着いて来た。華奢な身体の骨がきしむほどの強い力で抱擁される。
「おかえりー、カリナちゃん! 聞いたよ、悪魔を討伐したんだってね! いやー、本当にやっちまうなんて大した子だよ!」
「う、うん。結局逃げられたんだけどね。でも、うぐぐ……っ」
更に強く抱き締めて来るルーシーの背中を、カリナは慌ててタップする。
「おおっと、ごめんごめん! つい興奮しちゃってね!」
ようやく解放されたカリナは、ごほごほと咳き込んだ。
「あ、ああ、大丈夫。でもかなりの致命的なダメージは与えたから、暫くは身動きできないだろうね。ここにも近づくことはないと思う。今後の標的は私だろうから」
「そっかぁ。きっと凄い戦いをしてきたんだろうね。でも、今後狙われるって、大丈夫なのかい?」
心配そうな表情を浮かべるルーシーに、カリナは不敵な笑みを浮かべて答える。
「まあ、狙ってくれる方が都合が良いよ。返り討ちにしてやればいいだけだからね。それに関係のない人達が巻き込まれるよりは、よっぽどマシだから」
「はー、大した自信だねぇ。でも、その心意気は気に入ったよ。ちゃんと今日はテーブルを予約しておくね。来るのはユナ達だけかい?」
「うーん、私とこの隊員と、ルミナスアークナイツの四人。それにサティアと、多分、組合長のローザが受付嬢のエイラも連れて来る可能性があるから、その人数がゆったり座れるテーブルがいいかな」
「まあ、聖女様までいらっしゃるのかい?! それにローザさんまで!」
「ああ、今回はサティアが来なかったら完全に負けていたくらい危なかった。だから主役はあいつだよ。ローザには組合に報告に行ったときに声を掛けておいた」
「そっかそっか、こりゃ今夜は忙しくなりそうだね。今でも悪魔が討伐されたお祝いで客足がひっきりなしだからね。これもカリナちゃん達の御陰だよ」
「そうか、街を歩いてみたけど、みんな明るい顔をしてたもんな。でも私は、するべきことをしただけだよ」
「謙虚だねぇ。でも、そこがいい! さて、夜まで休んでいくかい? 死闘を演じて来たんだろう? さっと風呂にでも入って来たらどうだい? 鍵は取っておいたから、はいどうぞ」
ルーシーはポケットから、カリナが宿泊していた部屋の真鍮の鍵を出して手渡してくれた。その機転の良さに感心する。
「ありがとう。そうだな、じゃあ軽くひとっ風呂浴びて来る。夜にはみんな来るだろうから、ご馳走を頼むよ」
「はいよ、任せときな! じゃあそれまではゆっくり休むんだよ」
「ありがとう」
「ありがとにゃ」
カリナは隊員を連れて、宿の奥にある浴場へと向かった。
隊員が男湯に入り、カリナは女湯の脱衣所へ。真昼間なので誰もいない。浴場は貸し切り状態だった。
「おお、やっぱり貸し切りだ。ゆっくりできるな」
カリナはさっさと衣装を脱ぎ、シャワーの前に腰掛けて、髪の毛と身体を丁寧に洗い始めた。鏡に映る自分を見ると、悪魔に切りつけられた身体や顔の傷跡が、サティアの聖女神聖術によって微塵も残らず、綺麗に修復されている。改めて、彼女の癒しの能力の卓越さを思い知った。
カリナも回復魔法は多少使えるが、小さな傷を塞いだり、僅かに体力を回復させるヒール・ライト程度だ。この際だから、神聖術も多少習得するべきなのかもしれない、とカリナは今後の課題をぼんやりと考えた。
「広い湯船を占領できるのは贅沢だな」
湯船に浸かり、縁に頭をもたせて天井を見上げる。心地良い風呂の温かさが、張り詰めていた筋肉の奥の疲れまで溶かしていくような感覚。目を閉じていると、そのままうとうとと寝入ってしまいそうになる。だが、それは部屋に戻ってからにしようと思い、ある程度リフレッシュしたところで湯から出た。
ぬるめのシャワーで火照った身体を冷ましてから浴場を出る。夜の宴会は私服でいいだろう。そう思ったカリナは、一旦寝間着に着替えてから、ルナフレアが選んだコーディネートを取り出した。
胸元の開いた穴あきニットの薄手の黒いタートルネックの長袖カットソーに、下はライトブルーのワイドレッグジーンズでゆったりと。足元は太いヒールの白いストラップがついたベージュのサンダル。これでいくかと決めて、ひとまとめにしてアイテムボックスに入れた。
早めに浴場を出たので、隊員は丁度男湯から出て来たところだった。
「おや、隊長、今日は早いのにゃ?」
「まあな。一人だったし、あんまり長湯してると居眠りしそうだったからな。さっさと洗って出たよ」
「おいらも少し眠いにゃ。部屋に行ってお昼寝するにゃ」
「そうだな、私も少し疲れが出てきた。部屋に行って休もう」
二階へ上がり、昨日も泊まっていた部屋の鍵を開ける。さっさとお昼寝したい隊員は我先にとベッドに飛び込み、すぐに丸くなっていびきをかき始めた。
「まあ、こいつにも今日は心配をかけた。主のベッドを先に使うくらいは許してやるか」
カリナはベッドの縁に腰掛け、タオルで髪の毛を乾かす。先程選んでおいた夜に着る洋服を部屋のテーブル席に掛けてから、自分も隊員の横に静かに寝転んで目を閉じた。
今日の戦いは紙一重だった。サティアが来なければ、本当に危なかった。ルミナスアークナイツのメンバーも危険に晒してしまったことになる。まだまだだな、と自分の力量を更に伸ばす必要を感じた。
そして恐らく、近々王城からお呼びがかかるだろう。億劫で仕方ないが、ここで自分が上手く立ち回れば、エデンとのパイプが五大国の一角との間にできる。恐らくサティアも一緒だろうから、その心配はないか――などと、ぼんやりと考えている内に、深く穏やかな眠りに落ちて行った。
◆◆◆
コンコン、と部屋のドアがノックされる音で、深く寝入っていたカリナは目が覚める。
「カリナちゃーん、もう夜だよ。ユナ達も来てる! 早く降りて来なー」
ルーシーがわざわざ起こしに来てくれたのだ。
「んあ?! もうそんな時間か、ありがとうルーシー。すぐに準備して行くよ!」
「はいよ、待ってるからねー!」
階段を降りて行く音が聞こえる。時計を見ると、既に午後7時を回っていた。カリナはまだ夢の中にいる隊員の身体を揺すって起こす。
「起きろ、もう祝勝会の時間だぞ」
「んにゃ?! もうそんにゃ時間にゃ? 隊長、おはようにゃ」
「ああ、おはよう。みんなもう来ているらしい。さっさと準備して下に行くぞ」
カリナは顔を洗い、髪の毛を梳かしてから、テーブルに準備していた私服を身に纏った。姿見でその姿を確認してみる。
胸元の開いた穴あきの黒い長袖のタートルネックのカットソーに、ライトブルーのワイドジーンズが、メリハリの利いたスタイルによく映える。そして足元の太いヒールのストラップ付きベージュのサンダル。カリナの美少女アバターには、極論何を着せても似合うのだが、少し大人びた雰囲気の服装は何だか新鮮だった。
「うん、悪くないな。さすがルナフレアだ」
近代的な発展を遂げたエデンの商品であるこの服は、この中世ファンタジーの世界には似つかわしくないが、少々大人な見た目になったカリナは上機嫌だった。
「隊長、準備できたにゃ。 ん? ずっと鏡を見て、その服が気に入ったのにゃ?」
「ああ、ルナフレアが選んでくれたんだ。さて、行こうか。みんながもう待ってるらしい」
「うにゃ」
カリナとケット・シー隊員は、今日の勝利を祝う宴の場へと向かうため、部屋を出た。
二階の階段を降りると、宿屋兼大衆食堂である金砂の舞踏亭の広間は、既に熱気に包まれていた。悪魔討伐の成功を受けて賑わいは最高潮に達しており、酒場のホールは立錐の余地もないほど客で溢れ、陽気な笑い声とジョッキのぶつかる音が響き渡っている。
その喧騒の中、奥の最も広いテーブルには、ルミナスアークナイツの面々、サティア、そして招待されたローザとエイラの姿があった。カーセル達は先日の様に普段着である。ローザとエイラは仕事上がりなのだろう、組合の制服を着ている。
「カリナちゃんが来たよー!」
ルーシーがカウンターから手を振る。テーブルに向かって歩き出したカリナの姿を見て、最初に反応したのは、やはりルミナスアークナイツのメンバー達だった。
「おお、カリナ隊長! 来たか! 待ってたぜ!」
カインは豪快にジョッキを掲げた。いつの間に自分はこいつの隊長になったのだろうかとカリナは思ったが、隊員の真似をしているのだろうと思い、スルーした。
「カリナさん。お疲れ様です」
テレサは立ち上がり、心からの笑顔を見せる。
しかし、彼らの視線は、普段の戦装束でも冒険者服でもない、黒のニットとワイドジーンズにサンダルという現代的な私服に釘付けになった。
「えっ……カリナちゃん、何そのお洒落な服……!?」
ユナは驚きに目を見開いたまま、思わず声を上げた。
「普段と雰囲気が全然違うね。まるで、大都市から来た貴族のお嬢様みたいだよ」
カーセルが感嘆の声を漏らす。
「貴族よりは、異邦の旅人といった感じだな。さすがカリナちゃんだ。何を着ても可愛いぜ!」
カインは目を輝かせて褒めちぎる。おのれイケメン。さらりとそういうことを言ってのける。
そのカリナの隣で、聖女サティアは穏やかに微笑み、立ち上がって迎えた。彼女はきちっとした法衣を纏っている。この街での体裁があるからラフな格好はしにくいのだろう。
「お疲れ様です、カリナさん。よく似合ってますね。ルナフレアさんが選んだ服なのでしょう? あなたの魅力をより引き出していますよ」
サティアはカリナのリアルな姿と元の世界の感覚を知っているため、そのファッションセンスを素直に受け入れている。
一方、組合長ローザと受付嬢エイラは、カリナの姿を見て、まるで目の前に別の人物が現れたかのように目を丸くした。
「ほ、本当にカリナさん? いつもの姿からは想像もできないわ……とても素敵ですね」
エイラは憧れの眼差しでカリナを見つめる。
「ふむ、これが若者の最先端なのね。この服装で王城に赴いたら、また騒ぎになりそうです」
ローザは冷静さを装いつつ、興味深そうにカリナの服装を観察した。
カリナはみんなの視線に少し気恥ずかしさを感じながらも、その褒め言葉に満足する。
「まあ、オフで夜の宴だ。たまにはこういう格好もいいだろう。さあ、みんなも座ってくれ。待たせてすまなかった」
カリナは指定された上座に向かうと、手前から空いている席に着いた。カリナから見て左隣の席にはケット・シー隊員が飛び乗り、その左隣には静かにサティアが座った。さらに左隣にユナ、その向かいのカリナの正面寄りにカーセルとカイン、そしてテレサが並んでいる。右側には、招待客であるエイラとローザが、他の席の様子を伺うように落ち着いて座った。
カリナと隊員がテーブルに着くと、ルーシーが運ばせていた豪勢な料理が次々と並べられた。大衆食堂兼宿屋である金砂の舞踏亭の祝勝会は、洗練されたカフェとは真逆の、量と活気が勝負だ。
テーブルの中央には、まず巨大な『岩塩焼きの山賊肉』が鎮座している。それは仔牛の骨付き肉を丸ごと焼き上げ、粗挽きの岩塩と香辛料をまぶした豪快な一品で、立ち上る湯気と香ばしい匂いが広間全体に食欲を刺激する。
その脇を固めるのは、この宿の名物である『金砂亭風煮込みシチュー』。大きな土鍋に、地元の野菜と数種類の肉、そして隠し味のスパイスがたっぷり使われており、スプーンで掬うと濃厚なブイヨンが湯気を立てた。
更に焼きたての黒パンが山積みになり、大皿にはニンニクとバターで炒めた香草ライスが盛り付けられている。聖光国の東側が海に近いこともあり、大皿には色鮮やかな『海の幸の香草グリル』が並べられた。鯛やイカがレモンとハーブと共に香ばしく焼かれており、豪快さの中に繊細な海の恵みが感じられる。
各自の手元には、エールやワインが並び、テーブルの隅にはサティアやローザのための上質なフルーツワインのデキャンタが置かれていた。カリナと隊員にはフルーツジュースである。
「おまたせ! 悪魔討伐の英雄達への、金砂亭特製スペシャルだ! さあ、今日はとことん飲んで食って、景気づけしな!」
ルーシーがそう宣言すると、カインが真っ先に立ち上がった。
「よっしゃ! じゃあ、まずはサティア様とカリナ隊長に! この街と俺達の命を救ってくれたことに感謝! 乾杯!」
「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」
「乾杯にゃ!」
ホール全体が響き渡るほどのジョッキの音が鳴り、祝勝会は熱狂的に幕を開けた。カリナもジュースを掲げ、豪快にそれを呷ったのだった。




