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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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46  サティアとのひと時

 カリナがサティアに案内されたのは、街の中心部から少し離れた、喧騒から切り離された静かな通りに面した場所だった。


 店の名は「Blanc Aile(ブラン・エール)」。ルミナス聖光国の建物の主流である白大理石がふんだんに使われているが、重厚感よりも、軽やかで優美な印象が際立っていた。


 外壁は磨き上げられた純白で、大きなアーチ型の窓には透明度の高いガラスが嵌め込まれている。窓枠は繊細な銀細工のような装飾が施され、その頂点には、左右対称に広がる羽根を模した意匠が埋め込まれていた。それはまるで白い翼を持った天使が今にも飛び立とうとしているかのような、優雅で神聖な佇まいだ。


 入り口の扉は明るい木製で、上部には蔦の絡んだ小さなサインボードが揺れている。軒先には、手入れの行き届いた鮮やかな深紅の薔薇が幾重にも咲き誇り、純白の建物に荘厳なコントラストを与えていた。


「ここです。お洒落なお店でしょう? ここのクレープは絶品なんですよ」


 サティアが控えめにだが、その大きな胸を張って見せる。


「そうだな。中から、焼いたパンと甘い菓子の良い匂いがする。雰囲気も良さそうだ」


「早く入るにゃ! 魚の匂いはまだしにゃいけど、早く美味しいものを食べるにゃ!」


 扉を開けて一歩足を踏み入れると、外界の音が遮断され、一瞬、静謐な教会の回廊のような錯覚を覚えた。


 店内は白と金を基調とした、息を呑むほど洗練された空間だ。天井は高く、中央には巨大な翼の形を模したシャンデリアが輝き、昼の光を反射して店全体を柔らかな金色に染め上げている。


 床は光沢のある大理石で、壁は真っ白な漆喰に金のモールディング(装飾縁)が施されていた。


「いらっしゃいませ、ようこそブラン・エールへ……って、まあ! 聖女様じゃありませんか! 今日はここでお食事ですか? それと、あらーこれは何て可愛らしいお嬢さん! ……それに、猫が歩いてる?」


 明るい茶髪のショートカットをした給仕の女性は、VAOの世界観の中世ファンタジーらしい、上品なメイド服を身に纏っていた。そんな彼女が聖女御一行とわかり、驚きと喜びを込めた声を上げた。


「こんにちは。今日は遠方から来た友人とランチに来ました。賑わっているみたいですが、席は空いていますか?」


「はい! 悪魔が討伐されたって噂で街中何処も浮かれたお客さんで混雑してるみたいですけど、大丈夫です。ちょうど今、窓際が空きましたので、すぐにご案内しますね」


 女性はカリナたちを窓際の明るい席へ案内してくれた。ケット・シー隊員を含む三人は奥の円形テーブルに腰掛ける。陽光が降り注ぎ、心地よい静けさが死闘の疲れを癒してくれる場所だった。


 テーブルは上品な木製で、椅子は柔らかなアイボリーのクッションが敷かれたアンティーク調。席間はゆったりと取られており、プライバシーが保たれている。


 腰掛けると、外の喧騒は嘘のように遠ざかり、店内に流れる静かな弦楽器の調べと、白と金で統一された空間が、死闘の後の張り詰めた緊張をゆっくりと解きほぐしていく。


「ふぅ……。やっぱり、こういう場所の空気は格別です」


 サティアが深く息を吐いた。白いテーブルクロスの上には、純銀のカトラリーと、可憐な白い小花が一輪、清らかに飾られている。


「ああ、確かに気が休まる。お前がこういう場所を知っているなんて意外だったな」


「聖女と言われようが私も人間ですよ。たまには息抜きが必要です。魔力を癒すには、美味しい食事と穏やかな時間が一番ですから」


 店のあちこちには、生花を飾ったシンプルな花瓶が置かれ、空気は薔薇とハーブの清涼な香りで満たされていた。


 カウンターの奥には、店名通りの白い翼をかたどった巨大な彫刻が飾られており、サティアのような「清廉な女性」が訪れる理由がよくわかる。客層も落ち着いた貴族や、裕福な商人、あるいは聖光国の高ランクの冒険者達が主だった。


「こちらがメニューになります。ドリンクはどうされますか?」


「私はアイスティーで。カリナさんと隊員はどうします?」


 メニューをぱらぱらと捲り、ドリンクのページを探す。珍しいドリンクも多いようだ。カリナはそこで鮮やかなベリーの色を想像させるジュースに目が留まった。


「じゃあ私はこの『太陽の輝きベリージュース』にするよ。隊員、お前はどうする?」


「隊長と同じベリージュースでお願いするにゃ。色も綺麗にゃ」


「畏まりました。ではアイスティーとベリージュースを二つですね。少々お待ち下さい。あ、ご注文が決まりましたらお呼び下さいね」


 給仕の女性はそう言うと、忙しそうに奥へと駆けて行った。


「サティア、ここの常連なんだろう? お勧めのメニューはあるかな? 私は夜の祝勝会に備えて軽めのやつがいいんだが」


「おいらは魚がいいにゃ」


「そうですね、初めて来るとさすがに迷いますよね。ではこの『シルフの羽衣クレープ』をお勧めしますよ」


 サティアはメニューの写真を指差した。


「見た目ほど重くありません。精霊樹の蜜は魔力回復を促しますし、この白いチーズ、フロマージュ・ブランは胃にもたれないんです。さっぱりしていて、戦闘の後の熱を冷ましてくれます。視覚的にも美しい一品ですよ」


「おお、何か洒落た響きだ。さすがは大都市で長く過ごしただけのことはあるな。じゃあそれにするよ」


「いえいえ。じゃあ隊員には、近くの清流で捕れる川魚の煮つけにしましょうか。ライス付きで」


「おおう、良いにゃ。 美味そうな響きにゃ」


 その時、給仕の女性が、カランと音を立ててドリンクをトレイに乗せて戻って来た。


「お待たせいたしました。もうご注文はお決まりですか?」


「大丈夫よ。私はいつもの『アミュレット』を。ポタージュは冷たいままでお願いします。彼女には『シルフの羽衣クレープ』。それと、そちらの猫ちゃんには川魚の煮つけにライスを付けてあげて下さい」


「承りました。 聖女様のいつものですね。ではクレープに煮つけライス付き、少々お待ち下さい」


 洗練された、慣れた口調でサティアが注文を締めくくった。これがこの国で過ごして来たシティ・ガールかとカリナは感心したが、それ以上にサティアが注文した品が気になった。


「『アミュレット』? そんなのメニューには載ってなかった気がするんだが」


 カリナが尋ねると、サティアは優雅にグラスを持ち上げ、冷えたアイスティーを一口飲んだ。


「これは、常連向けの裏メニューなんです。正式には『聖女の祝福アミュレット』と言って、私が昔体調を崩した時、店の人が特別に栄養を考えて作ってくれたのが始まりで。縁起がいいと評判になり、そのまま残りました」


「へえ、聖女の裏メニューか。どんなのなんだ?」


「薄切りのローストチキンや、香草を練り込んだ白いライ麦パンのオープンサンドイッチです。そして、ちょっと面白いでしょう? ユニコーンの角に見立てた白いアスパラガスが挟まれているんですよ。もちろん、本物ではありません。これは、店の遊び心です」


 サティアは楽しそうに目を細めた。


「添えられているポタージュも特別で、精霊草の根菜を使った黄金色のスープなんです。冷やして飲むと、疲労回復の効果が高まるんですよ。先程あなた達を回復させたり、結界術で魔力をかなり消耗しましたからね」


「なるほどな。やることがお洒落で凝っている店だな。だが、お前の聖女の神聖術は昔と変わらず凄かった。カーセル達も助かったし、何より私も助かったからな」


「ふふ。それは何よりです」


 カリナが素直に感謝を述べると、サティアは少し照れたように微笑み、二人の間に温かい沈黙が流れた。


 三人で他愛もない会話をしてしばらく経つと、奥から先程の女性によって、大きなトレイいっぱいに乗せられた料理が運ばれて来た。


「お待たせいたしました。こちらがお嬢さんに『シルフの羽衣クレープ』です。その奥が猫ちゃん用の川魚の煮つけライス付き。聖女様にはこちら、『アミュレット』です。ポタージュは冷たくしておきましたよ」


「ありがとう。良い匂いがするな」


「これは美味そうにゃ、じゅるり。良い魚の匂いにゃ」


「ありがとう、また何かあれば呼ばせてもらいますね」


「はい、ではごゆっくりどうぞ」


 女性は忙しそうにまたホールへと駆けて行った。


 カリナの前に置かれた『シルフの羽衣クレープ』は、何層にも重なった極薄の生地が光を透かし、まるで光の精霊の翼のように見えた。その上には、ルミナス名産の白いチーズと、鮮やかな赤いベリーが宝石のように散りばめられ、精霊樹の蜜のシロップがキラキラと輝いている。


 一方、サティアの『聖女の祝福アミュレット』は、白いライ麦パンの上に、ユニコーンの角を思わせる真っ白なアスパラガスが美しく盛り付けられ、純白のハーブソースが紋章のように描かれていた。小さな器に入った黄金色のポタージュからは、清涼なハーブの香りが立ち昇っている。


「これは……、見た目からして美味いな」


 カリナはカトラリーを手に取り、まずはクレープを一口。ライムの爽やかさが鼻を抜け、白いチーズの優しいコクと、精霊樹の蜜の上品な甘さが口の中に広がり、全身の力が抜けていくような安堵感を覚えた。


「――美味いな。身体が甘さを求めていたようだ。確かに、この優しい甘さは疲労した身体に染み渡る」


「でしょう? さあ、ゆっくり召し上がってください」


「にゃー! いただきますにゃ!」


 隊員は器用に低めのテーブルに上半身を乗り出し、皿に盛りつけられた川魚の煮つけに箸を伸ばす。ホクホクとした白身魚をライスと共に頬張り、その美味しさに目を輝かせた。


 サティアは、隊員が食べやすいように切ったローストチキンを皿の端に置いてあげた。隊員は礼を言うと、フォークを差してそれを口に放り込んだ。


 一方、彼女は自身の『聖女の祝福アミュレット』に手を付けた。まずは黄金色の精霊草のポタージュを一口。冷やされていることでハーブの香りが際立ち、喉を通り過ぎると同時に、微かに消耗していた魔力が癒されるような清涼感があった。


「ん……やはり冷たいスープは格別ですね」


 サティアは満足そうに目を閉じ、それから白いアスパラガスに見立てられた部分をフォークで切り分けた。


「カリナさん。この白いアスパラガス、本当に美味しいんですよ。ユニコーンの角に見立てたなんて、少しおふざけが過ぎますが、この食感は格別です」


「まさか本物を使うわけないだろう。角を切り落としたらユニコーンは死ぬ。そんなもの食ったら、お前は聖女失格だぞ?」


「ふふ、それはそうですね」


 サティアは上品に笑い、ローストチキンとハーブソースを乗せたパンを口に運ぶ。口の中で広がる繊細な塩気と香草の香りは、彼女の清廉なイメージそのままに、上品で洗練された味わいだった。


 三人は時折会話を挟みながらも、静かに食事を進めた。互いに言葉は少なくとも、共に死線を潜り抜け、互いの無事を喜び合う静かな安堵感が空間を満たしている。


 カリナは時折、クレープの間に挟まれた赤いベリーの酸味とジュースで口の中をリフレッシュさせ、再びクレープの優しい甘さを楽しんだ。サティアは優雅な姿勢を崩さず、時折アイスティーを挟みながら、ゆっくりと食事を堪能する。


 戦いの後の食事は、ただ空腹を満たす以上の意味があった。それは生を実感し、明日へ向かうための確かな活力となった。


「それにしても、あの悪魔は逃げましたが、手に入れた情報は大きいですね。特に深淵公の存在……」


 アミュレットを半分ほど食べたところで、サティアが真面目な顔に戻って言った。


「ああ。奴が言っていた『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』という組織。人間が悪魔と組んで精霊を襲っているというのも気がかりだな」


「はい。悪魔だけならまだしも、人間の悪意が絡むと、事態は複雑になります。エデンに戻ったら、すぐに情報分析に取り掛からないと……」


 サティアはポタージュを飲み干し、静かに頷いた。優雅な食事の最中であっても、彼女の頭の中は既に、今後の脅威と対策へと切り替わっていたのだが、カリナはそれを遮った。


「まあ今この状況ですぐにどうこうしようもない。それに既にエデンではカシューが調査や解析を行っているだろう。私達は今はこの平穏を楽しもう」


「確かに、それはそうですね。焦って考えてもどうしようもありません。カシューさんを信じましょう」


「そういうことだ。折角の美味い飯が不味くなるしな」


「ふふっ、それはそうですね」


 優雅な雰囲気の中、三人は静かに食事を楽しみ、束の間の平和を噛みしめた。


 食事が終わり、支払いの時間となった。カリナが手を伸ばそうとしたが、サティアがそれを制した。


「カリナさん。今のこんな少女の見た目のあなたに支払わせたら、この店の常連である私の人格が疑われます。ここは私の奢りにさせてください」


「そうか。それもそうだな。お前がそう言うなら甘えさせてもらうよ。でも、貸しにしておくからな」


 今の自分が少女の姿だと再確認させられたカリナは、大人しく奢られる羽目になった。サティアはカウンターへ向かい、スマートに精算を済ませた。


 支払いを済ませて外に出ると、まだ午後の太陽が燦々と輝いている。


「さて、私は夜まで暫く宿で休むよ。サティアはどうする?」


「私は一旦教会に戻ります。今回の件で色々と迷惑を掛けた方にお詫びもしなければなりませんから」


「そうか、じゃあまた夜に金砂亭で会おう」


「ええ、楽しみにしています」


「また後でにゃ、サティア!」


 そうしてカリナと隊員は宿へ、サティアは教会へと、それぞれ別の道を歩き始めた。

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