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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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42  影虚竜シャドウ・ヴォイド・ドラゴン

「そろそろ彼らは遺跡の悪魔と遭遇した頃でしょうか?」


 ルミナス聖光国教会。女神像の前で祈りを捧げる一人のシスターが、遠い戦場に想いを馳せて呟いた。


「そうかもしれない。先程から街を包む空気が重く淀んでいる。……お迷いですか、サティア様」


 問いかけに答えたのは、神父長のマシューだ。長い髭を蓄えた威厳ある老人だが、彼はまるで母に接するかのように、変わらぬ敬意を込めて「様」をつける。百年もの間、姿を変えずにこの街を見守り続けてきたPC、サティア。老いることのない奇跡の存在。この世界の住人には、彼女は生ける伝説として映っていた。


「ええ……。カリナさんは強い人です。私などがいなくても、きっと悪魔を討伐してくれるでしょう……」


 答えるサティアの表情は暗い。かつて共に旅をしたメインキャラ・カーズとしてもカリナの姿でも、彼女の強さは誰よりも理解している。数多の召喚体を使いこなし、魔法剣技に格闘術まで修めた彼女なら、並の悪魔に遅れを取ることはないはずだ。しかし、ここは「現実」となったVAOの世界。友人を死地へ送り出してしまったという事実は、棘のように彼女の心を苛んでいた。この世界での死は、還らぬ死かもしれないのだから。


「それにしては、随分と悲痛な面持ちですな。カリナさんは、貴女の御友人なのでしょう?」


「ええ……、とても大切な……友人です」


 サティアは、カリナがカーズとしてプレイしていた頃、初心者の自分が幾度となく助けられた記憶を反芻する。クエストでの共闘、成長のための情報交換、そして幾度となくその盾で守られた日々。彼に追いつきたくて神聖術を極め、聖女の御技に至り、エデンの特記戦力として肩を並べるまでになったのだ。


「本当は、助けに行きたいと思っているのではないですかな?」


「そんなことは……。彼女は私などいなくても……」


「もう御自身の心に嘘を吐くのは止めになさい」


「私は嘘など……!」


「私は幼い頃より貴女様を見て参りました。私はこうして老いてしまいましたが、貴女様はあの時の美しく気高い姿のままです。五大国襲撃事件で負った心の傷、それゆえにここで長きにわたり人々に尽くしてこられたことも存じております。……ですが、貴女様には戦う力がある。我々にはない、悪を制する聖女の力が」


 少年時代から憧れ続けたマシューには、聖女の心の揺らぎが痛いほど伝わっていた。


「私には……、もう戦う力なんて……!」


「心の傷が深いことは承知の上です。それでも神聖術の修行を怠らなかったのは、いつか貴女様を必要とする誰かのために、その力を振るうためではありませんか?」


「……ッ!」


「悪魔の中には、魔法を封じる結界術を持つ者もいると聞きます。もし、遺跡の悪魔がその使い手なら……、いくら凄腕の召喚術士とルミナスアークナイツといえど、苦戦は免れないでしょう」


「……魔法を封じる?」


「左様です。そうなれば、魔術を封じられた彼女など、悪魔にとっては羽をもがれた鳥も同然。そして、それを見捨てた貴女様は……自分の手を汚さずに友人を殺したことになる」


「マシュー神父長、言い過ぎです!」


 見かねたシスターが止めに入るが、マシューは構わずに続けた。


「そうなれば、この街の希望であるルミナスアークナイツも無事では済みますまい。助ける力を持ちながらそれを行使しなかった貴女様は、……再び悔恨の悪夢に苛まれることになる。それでも、彼らを見殺しになさいますか?」


「……私は……」


「サティア様!!!」


「!!!」


 老神父の裂帛の気合いが、教会内に木霊した。その声に込められた真意――愛と叱咤を受け止めたサティアは、弾かれたように顔を上げ、祭壇に安置していた愛用のメイデンロッドを掴み取った。


「ありがとう、マシュー。私はまた、誰も救えない愚か者になるところでした。感謝します」


 教会の中央通路を駆け抜けていくサティアの背中を、マシューは慈父のような眼差しで見送った。


「神父長、あなたは……?」


「ふふふ、姿が変わらぬのと同様、御心もあの時のまま。若く、気高い聖女サティア様のままなのですから」


 重い扉を押し開け、サティアは陽光の下へ飛び出した。目指すは北門、その先にある古代遺跡。


「ありがとう、マシュー。敢えて嫌われ役を買ってまで、私の弱虫な心に火を点けてくれたのですね。もう誰一人死なせはしません。待っていて、カリナさん!」


 風のように駆ける聖女の姿を、街の人々は驚きと共に見送った。その瞳には、かつてない決意の光が宿っていた。



 ◆◆◆



 巨大な魔法陣が、遺跡の床一面を侵食していた。


 幾重にも重なる円環、逆さに刻まれた古代文字、竜骨を思わせる幾何学模様――それらが黒紫の燐光を放ち、ゆっくりと回転を始める。泉の水は逆流し、空気は音を失ったように張り詰めた。


 次の瞬間、魔法陣の中心が「落ちた」。床が抜けたのではない。空間そのものが陥没し、底知れぬ冥界の口が開いたのだ。


 その穴から這い出したのは――影だった。遺跡の柱を覆い尽くし、天頂まで届くほどの巨大な影。そして、低く、腹の底を震わせる咆哮が轟く。


「――――――――――――!!!」


 音というより、空間そのものの軋みだった。闇の裂け目から、ゆっくりと姿を現す巨体。鱗は漆黒ではない。光を拒絶する虚無の皮膜のように、見る角度によって輪郭が溶け、影と同化する。頭部は竜のそれだが、眼窩に瞳はなく、ただ深淵を覗き返すような紫黒の虚光が揺らめいている。


 翼が広がる。皮膜でも骨でもない、影そのものが翼の形を成し、広げられた瞬間に遺跡全体の光が圧殺された。その足が魔法陣の縁に触れたとき、石床は音もなく崩れ、影に侵食されていく。完全に顕現したその名を、影霊子爵ヴァル・ノクタリスが厳かに告げた。


「――影虚竜シャドウ・ヴォイド・ドラゴン。よくぞ来た」


 実体と影の狭間に存在する虚無の古竜。そこに在るはずなのに輪郭が定まらず、瞬き一つで位置が曖昧になる。影虚竜は首を巡らせ、侵入者たちを見下ろした。その視線に殺意はない。あるのはただ、獲物を値踏みする圧倒的な静寂。


 空気が鉛のように重く沈んだ。それは圧力ではない。「そこに在るだけで心を縛る絶望」だった。


 誰も、カリナでさえも、一瞬思考が空白に染まった。カーセルは無意識に後ずさる。膝が笑うのを止められない。


「……冗談だろ……!?」


 口から出た言葉とは裏腹に、心臓は早鐘を打っている。数多の死線を潜り抜けてきた彼でさえ、本能が警鐘を鳴らしていた。勝てるかではない。生きて帰れるかという次元ですらない。


 ユナは護符を握りしめたが、指先が痺れて魔力が練れない。


「魔力場が……歪んでる……?」


 詠唱しようにも、影虚竜の存在が言葉を掻き消していく。まるで、魔法という概念そのものがここでは許されないかのような錯覚。カインはスピアの穂先を向けようとして、止めた。照準が合わない。視線を合わせたはずなのに、次の瞬間には輪郭が揺らぎ、どこを突けばいいのか分からないのだ。


「……あいつ、実体があるのか?」


 テレサは首から下げた女神の聖印を握りしめ、祈りの言葉を紡ぐ。


「女神様……!」


 だが、返答はない。影虚竜の絶望的な質量が、祈りすらも遮断しているようだった。恐怖で涙が滲む。それでも、足だけは逃亡を拒否していた。


 そしてカリナは、誰よりも近くで虚無と対峙していた。  ――これは恐怖だ。だが、背を向ければ終わる。


 影虚竜の視線が、ゆっくりとこちらを捉える。まるで魂の重さを量るかのように。この沈黙こそが、最大の威圧。逃げ場はないと、存在そのものが告げていた。


「ドラゴンとは面白い。これまで私は何体ものドラゴンを屠って来た。今更こんなこけ脅しで私が怯むと思ったら大間違いだ」


 カリナの脳裏に、自身の最強召喚獣カイザードラゴンのアジーンの姿がよぎる。だが、この狭い遺跡で召喚すれば崩壊は免れない。ならば、己の身ひとつで決めるしかない。


 ゴオオオオゥッ!!!


 カリナの身体から、闘気と魔力の奔流が噴き上がる。『真眼解放』。全能力がリミッターを超えて上昇する。さらに、これまで一属性に留めていた魔法剣に、相反する属性を重ね合わせる。


「これはこれは、凄まじい力だ。人間にしてはやるようだな。我が下僕よ、先ずはその小娘の魂から喰らってやれ。我が主への最高の手土産となる」


「――――――!」


 音なき咆哮と共に、影虚竜が顎門(あぎと)を開いて迫る。カリナは回転する尻尾の薙ぎ払いを空歩と瞬歩で紙一重で躱し、邪竜の眼前へと躍り出た。


「魔法剣、光×火! 魔法剣技、陽炎聖焔(かげろうせいえん)!」


 ザヴァアアアアアッ!!!


 揺らめく陽炎と神聖なる光が融合し、邪悪を浄化する白金の炎となって炸裂した。刃が影の顔面を切り裂き、影虚竜が苦悶にのたうち回る。


「おお、すげえ! やったか!?」


 カインが叫ぶが、無尽蔵の生命力を持つ古竜がたった一撃で沈むはずもない。即座に体勢を立て直した影虚竜は、カリナと背後の仲間たちに向け、昏い虚無のブレスを吐き出した。


「私を守れ、ホーリーナイト!」


 召喚された白騎士の一団が巨大な盾を掲げ、龍の息吹(ドラゴンブレス)を受け止める。だが、圧倒的な質量の前に一人、また一人と消滅していく。カリナは消えゆく白騎士達の背後で、聖剣ティルヴィングを抜き放ち、その柄を持って高速回転させた。


「剣技、スピニング・ソード・シールド!」


 バシュゥウウウウ……ッ!


 最後の騎士が消滅した瞬間、カリナの回転剣技が減衰したブレスを完全に相殺し、霧散させた。


「生きてる……?」


 死を覚悟して目を瞑っていたテレサは、無傷で立つカリナの姿に目を見張った。


「一体……、なんて子なのよ……?!」


 ユナの瞳には、最前線で戦う小柄な背中が、誰よりも大きく映っていた。あんなにも華奢な体躯から、巨大な竜を押し返すほどの闘気が溢れている。


「……まるで、聖騎士カーズ様のようだ」


 カーセルはその勇敢な姿に、伝説の英雄の面影を重ねずにはいられなかった。


「今のが奥の手か? ならばこちらも見せてやろう。ちまちまと削るのは性に合わない。一撃で終わらせてやる」


 ブレスを防がれて驚き、動きを止めた巨竜の隙を見逃さず、カリナは右手を天へ掲げた。黄金の魔法陣が天空に展開される。


「開け、黄道十二宮の扉よ。天蝎宮(てんかつきゅう)から顕現せよ、黄金の(さそり)よ!!!」


 眩い黄金の光と共に、巨大なスコーピオンの精霊カルディアが顕現した。黄金の甲殻は陽光そのもののように輝き、闇に染まった遺跡を照らし出す。


「召喚に応じ馳せ参じました。我が主カリナよ。なるほど、今宵の相手は邪竜ですか。百年経てども、貴女の闘争心は衰えを知らぬようだ」


「お前も久し振りだな、カルディア。壮健だったか? それに今はまだ昼だ」


「ふふっ、我等天の精霊は悠久の時を刻む者。たった数年で錆びついたりは致しませぬ」


 カリナは頼もしき黄金の相棒へ告げる。


「私の身体を纏え。あの邪龍と、奥で笑っている悪魔がお前の獲物だ!」


「主の御心のままに。我が力、存分に振るうがいい」


 カルディアが光の粒子となり、カリナの身体を包み込んでいく。光が収束した先には、黄金の蠍を模した鎧――聖衣(ドレス)を纏った戦乙女の姿があった。


 蠍の爪を模したガントレット。鋭角的なフォルムを描くショルダーガードとブレストプレート。スカートの上に展開されたウエストガード。しなやかな肢体を守る太腿までのレッグガード、額には蠍の牙のサークレット。そして腰の後ろからは、黄金の尾が死を運ぶ針のように鎌首をもたげている。


「何だ、あの姿は……?」


「あんな装備、初めて見るぜ……」


「カリナさんの身体から、強烈な力が溢れています」


「あれは『聖衣(ドレス)』にゃ。世界広しといえども、あれを纏えるのは隊長以外に見たことがにゃいにゃ」


「黄道十二宮の扉? それに黄金の鎧……。まだそんな力を隠していたのね、カリナちゃん」


 ユナを抱き上げた白騎士を連れてケット・シー隊員が他のメンバーのところまで歩いて来た。そして神々しいまでの黄金の輝きに、誰もが言葉を失い見惚れていた。


「さあ、遊びはここまでにしようか。さらばだ、邪龍よ。今楽にしてやる」


 カリナが左手を突き出すと、ガントレットの人差し指が赤く発光し、鋭利な爪へと変貌する。それは必殺の猛毒を宿す、蠍の針そのものだった。


「ファイナル・スティンガー!!!」


 ピシィッ!!!


 指先から放たれた真紅の閃光が空間を貫き、影虚竜の心臓を正確無比に貫通した。

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