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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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42/123

41  突入

街外れの丘を越えると、風化して白く晒された石柱が立ち並ぶ遺跡が姿を現した。屋根はとうに崩落し、折れた柱が無言で青空を突き上げている。それはまるで、時という概念だけが支配する巨大な墓標のようだった。近づくほどに、静寂が重く沈殿していく。


 遺跡へ足を踏み入れた瞬間、肌を撫でる空気がひんやりと冷えた。吹き抜ける風が砂と草の乾いた香りを運び、石の床をかすかに鳴らす。頭上には雲ひとつない蒼穹が広がり、柱の影が日時計のように長く伸びて、地面に古の文様を描いていた。


 中央へ進むにつれ、大気の質が変わる。石壁に残る彫刻、苔むした階段、朽ちた装飾……。かつてここが盛大な儀式の場であったことを語り継ぐように、残骸は静かに、しかし確かな存在感を放っていた。


 今のところ探知に反応はない。敵は気配を殺すことに長けているらしい。だが、肌を刺すような緊張感が警鐘を鳴らしている。間違いなく、ここにいる。


「そろそろだ。全員、準備を」


 カーセルの指示と共に、空気が張り詰めた。  カーセルは背の大剣を抜き放ち、盾を構える。カインはスピアの石突きで床を打ち、ユナは数枚の護符を扇状に展開し、テレサは強く杖を握り締めた。カリナもまた、いつでも抜刀できるよう鯉口に親指を添える。


 神殿の最奥。半ば崩れた祭壇の上に、一尊の女神像が佇んでいた。白大理石に刻まれたその姿は流れるような衣をまとい、どこか悲しげな眼差しを前方へ向けている。長い歳月を経てもなお、その表情は聖なる光を帯びているかのように穏やかだった。


 像の足元には澄んだ泉が湧き、崩れた石隙から溢れる水が宝石のように陽光を弾く。水面には女神像の影が揺らめき、まるで廃れた神殿を今も見守り続けているかのようだった。


 ――瞬間、世界の色が変わった。


 穏やかな廃墟の空気が、急激に凍りつく。風が止まり、泉のさざ波すらも畏怖に震えて静止したかのような錯覚。その元凶は、遺跡の最奥、女神像の前に座す「影」だった。


 濃密な闇が凝り、黒い靄となって滲み出す。やがて影は人の形を結び、ゆっくりと輪郭を露わにした。やはり、気配を断っていたか。カリナの探知スキルが爆発的な魔力反応を捉える。こいつが、元凶だ。


 影霊子爵ヴァル・ノクタリス。白磁のように冷たい肌。闇そのもので編まれた黒衣が、風もないのに不気味にはためく。深紅の瞳が、侵入者を値踏みするように細められた。その佇まいは遺跡を占拠した魔物などではない。まるでここが彼自身の城であり、玉座であるかのように、骨で作られた椅子へ堂々と腰掛けていた。


 彼の周囲には、影から生まれた魔界兵団が蠢いている。痩せた獣骨の如き影狼兵、黒い甲冑に身を包み無言で槍を構える影霊騎士。空中には実体を持たぬ幽影兵がゆらめき、風鈴のような微かな音を響かせて漂う。どの兵も、主人の意志ひとつで喉元へ食らいつかんとする殺気を内包していた。


 女神像を背にしたヴァル・ノクタリスは、薄く笑った。底知れぬ深淵を覗かせる笑みだった。


「……ようこそ、侵入者よ。静かで美しい場所だろう? だからこそ、闇がよく映える」


 言葉が紡がれるたび、石柱の影が揺れ、泉の影が黒いタールのように波打つ。遺跡そのものが彼の支配下にあるかのようだ。 兵団達は沈黙を保ちながらも、じり、と一斉に重心を低くした。影の瘴気が広がり、光を飲み込み、神殿跡は一瞬にして夜の帳に閉ざされる。


「女神の息吹が残る聖域……。だからこそ、穢す価値がある。――さあ、我が影たちよ。客人のもてなしを始めようか」


 号令と共に魔界兵団の影が一斉に膨張し、遺跡の奥は冥府に通じるかのような暗黒の気配で満たされた。


「来るぞ! 先ずは僕達の力を見ていてくれ!」


「ああ、取り巻きは任せる。来い、私の騎士達よ。彼らを守り援護せよ!」


 カリナの声に応じ、虚空より黒き甲冑のシャドウナイトと、白き甲冑のホーリーナイトが10体ずつ顕現する。


「ほう、面白い。召喚術か。ならば先ずはこ奴らを蹴散らしてみせよ」


 ヴァル・ノクタリスが指を弾くと、黒い魔法陣が展開され、20体ものレッサーデーモンが吐き出された。金切り声を上げて迫る尖兵の群れに対し、ルミナスアークナイツと騎士たちが迎撃を開始する。


「剣技、スラッシュ・エッジ!」


 カーセルの盾が敵の爪を弾き、返す刃で下段からの斬り上げが走る。重い一撃がレッサーデーモンを両断した。


「ほう、隙の少ない基本技だが大した練度だ」


 カリナはカーセルの無駄のない動きに感嘆した。だが、続く男の動きも負けてはいない。


「さあ、いくぜ! 槍技(そうぎ)、サウザンド・レイン!」


 カインの繰り出した槍が、視認不可能なほどの高速連撃となり雨のように降り注ぐ。穂先が残像となり、押し寄せる5体のレッサーデーモンを一瞬にして穴だらけの肉塊へと変えた。


「なるほど、カインも中々の使い手だな」


「闇の結界を浄化します! 神聖術、 サクルム・ワード(聖域化結界)! みんなに光の加護を、ディヴァイン(神聖)シュラウド(外套)!」


 テレサの詠唱と共に、闇に侵食された空間へ清浄な光が満ちていく。全員の身体を光の膜が包み込み、迫りくる敵の攻撃を白騎士が弾き、黒騎士の大剣が粉砕した。


「最後は私ね。そこでおとなしくしていなさい! 陰陽術、影縛呪(えいばくじゅ)!」


 ユナが護符を振るうと、地面の影が粘性を帯びた腕となり、レッサーデーモンの群れを絡め取って動きを封じる。


「とどめよ! (えん)(らい)(こく)、喰らいなさい!」


 三枚の護符が放たれた。陰陽術、焔狐火(えんこび)雷切符(らいきりふ)、更に黒煙牙(こくえんが)。焔狐火からは狐の形をした妖焔が、雷切符からは迸る雷が、そして黒煙牙からは黒き狼煙が牙の形で敵を噛む呪撃が放たれる。


 グギャアアアアアアッ!!!


 二十体のレッサーデーモンは瞬く間に壊滅した。わずかな撃ち漏らしも、カリナの黒騎士が容赦なく首を刎ねる。カリナは彼らの連携に舌を巻いた。これがAランク冒険者の実力か。


「やるじゃないか。素晴らしいコンビネーションだ」


 掃討を終え、カリナのもとに4人が集結する。


「まあ、このくらいはね。所詮レッサーデーモンだよ。本番はこれからだ」


「やりますにゃ。隊長の手を煩わせずに済むにゃ」


 何故かカリナの隣でドヤ顔を決めるケット・シー隊員。


「お前は何をしてるんだ? 危ないから下がっていろ」


「はいですにゃ!」


 隊員は脱兎のごとく白騎士の後ろへ隠れた。


「どうだカリナちゃん。俺達も中々やるだろ?」


「ああ、そうだな。期待以上だよ」


「でも、まだただの雑魚よ。これからアイツの主力が来るわ」


「ええ、前回敗走した原因……。あの兵団はレッサーデーモンとは格が違います」


 一同は緊張を解くことなく、玉座のヴァル・ノクタリスを見据えた。高身長の人型に、仮面のような白い素顔。貴族然とした装束の奥で、赤い燐光が揺らめいている。人の形を模してはいるが、側頭部から伸びる二本の角、裂けた口から覗く牙、背中の蝙蝠ごとき翼、そして四本の指に備わった鋭利な爪が、彼が異界の住人であることを雄弁に物語っていた。


「中々やるではないか。おや、お前達は昨日も此処に来た冒険者共か? ククク、結構なことだ。またしても醜態を晒しに来たのか?」


「悪魔ごときが人間の真似事をしても滑稽だな。それに今回は違う。私がいるからな。お前達の企み、ここで暴かせてもらう」


 カリナの挑発に、影霊子爵は高笑いを上げた。その精神はどこまでも傲慢で、下位の存在など眼中にない。所詮は余興、遊び相手に過ぎないのだ。


「クカカカカッ! 笑わせてくれるではないか、人間の小娘よ。貴様の様な小娘に何ができる? 我に挑みたければこの試練を突破して見せよ。――さあ次のショーの始まりだ。掛かれ、我が精鋭たちよ」


 待機していた影狼兵10体、影霊騎15体、幽影兵10体が前進する。さらにヴァル・ノクタリスが手を掲げると、影から生まれた狩猟魔獣――光を喰らう漆黒の焔を宿した『影喰犬』10体、影の粒子で霊矢を番える『影霧弓兵』7体、そして巨魁な黒き全身鎧『兵影霊甲冑』1体が召喚された。


 総勢43体。ここからは総力戦だ。カリナは即座に召喚陣を展開した。海魔女セイレーン、土精霊ノーム、光精霊ウィル・オー・ウィスプ、火蜥蜴サラマンダー、そして風精霊シルフィード。五体の召喚獣が一斉に顕現する。


「おやおやご主人ー、今日はなんだか賑やかですねー」


 美しい肢体に蠱惑的な衣装を纏ったセイレーンが、翼を羽ばたかせながら軽い口調で微笑む。


「ああ、見ての通り悪魔との決戦だ。お前は味方の士気を上げるために歌ってくれ」


「わかりましたー♪」


 セイレーンの歌声が戦場に響き渡る。その音色はカーセルたちの精神を高揚させ、四肢に力が漲っていくのを感じさせた。


「これは……? 凄い、力が湧いて来るよ!」


「まだだ、お前達もできる限りのバフ(能力上昇効果)を掛けろ!」


「あいあいさー!」


 ウィスプが光を明滅させて応える。幻惑補助、精神集中強化の光が降り注ぎ、全員の輪郭が淡く輝いた。続いてサラマンダーの炎が火力を、ノームの土が物理耐性を、シルフィードの風が敏捷性と跳躍力を飛躍的に向上させる。


「凄いわ……、これが召喚術の力?」


「これならいけるぜ! ありがとうよ、カリナちゃん!」


「全身の感覚が研ぎ澄まされていきます。いきましょう!」


「さあ、第2ラウンド開始といこうか!」


 カリナの号令と共に、強化された召喚体と冒険者達が突撃する。サラマンダーの炎が闇を焼き払い、シルフィードの風が鎌鼬となって敵を切り刻む。ノームが隆起させた地面に足を取られた敵兵へ、黒騎士とカーセル、カインが激突した。


「そろそろ私も出よう。魔法剣ホーリーライト」


 カリナは愛刀・天羽々斬(あまのはばきり)を抜く。刀身に聖なる光を纏わせると、敵陣最奥に控える兵影霊甲冑へ向けて、空歩と瞬歩を駆使して空を駆けた。


「刀技、黒曜天断(こくようてんだん)!」


 バキィイイイイイィン!!!


 空中で縦回転の遠心力を乗せた一撃が、防御に入った巨大な盾ごと甲冑を両断する。黒曜石のような鋭利な軌跡は、天をも断つとされる絶技。断ち切られた装甲の内部を光の魔力が焼き尽くし、巨人は灰となって崩れ落ちた。


 カリナは、すぐ近くの玉座で頬杖をつきニヤついているヴァル・ノクタリスを一瞥すると、着地と同時に次なる標的へ刃を向けた。


「さすが聖騎士カーズ様の妹だ、剣技も相当だな。僕達も負けてはいられない。いくぞみんな!」


「「「おう!!」」」


 宙を舞う幽影兵に対し、ユナが護符を構える。詠唱の隙を狙う攻撃は、全て白騎士の鉄壁の盾が弾き返した。


「呪いの鎖よ、敵を縛り自由を奪え! 陰陽術、 呪連鎖・万縛(じゅれんさ・ばんばく)


放たれた護符が空中で無数の鎖へと変貌し、浮遊する幽影兵たちを雁字搦めにする。動きの止まった的へ、追撃が放たれる。


「邪なるものを我が光で穿て! 破邪陽弾(はじゃようだん)!」


 ドドドドドドウッ!!!


掌の護符から撃ち出された陽気の弾丸が、幽影兵たちを次々と爆散させた。


「はぁはぁ、これで空飛ぶ連中は全滅よ。……魔力が、限界だけど」


 膝をつきかけたユナを白騎士が抱え上げ、速やかに後方へ退避する。一方、最前線。カーセルとカインには、剣を持つ影狼兵と槍の影霊騎士が殺到していた。降り注ぐ弓兵の矢は白騎士が防いでいるが、数は圧倒的だ。


「いくぞ! 剣技、メテオスマッシュ!」


 ドゴオオオオオオォッ!!!


 カーセルが大剣を叩きつける。聖なるオーラを纏った衝撃波が隕石の如く地面を割り、密集していた影狼兵たちを粉々に粉砕した。


「やるじゃねーか! なら俺も特大の一発をお見舞いしてやらぁ! 槍技、メテオダイブ(流星落下)!」


 呼応するようにカインが高空へ跳躍した。最高到達点から、穂先を下に向けて垂直落下する。その姿はまさに墜ちる流星。


  ズドオオオオンッ!!


 轟音と共に、衝撃波がクレーターを作り出し、残る敵陣を吹き飛ばした。だが、大技の硬直を狙い、影喰犬が牙を剥いて襲い掛かる。回避不能のタイミング。しかし二人は微動だにしない。


 斬ッ!


 死角から飛び出した影喰犬は、すべてカリナの操る黒騎士達によって空中で両断されていた。


「光よ、彼の者達の力を取り戻したまえ。ミラクル(奇跡的)サージ(活力上昇)


 消耗した二人にテレサの回復魔法が降り注ぐ。息を吹き返した二人が顔を上げると同時に、カリナ自身も魔法剣を振るい、奥から矢を放っていた影霧弓兵をすべて斬り伏せていた。


「これでお前の兵隊は全員おねんねだ。次はお前の番だな」


 静寂が戻った遺跡。カリナは刀の切っ先を突きつけ、玉座の悪魔を見据える。  兵団は全滅した。だが、ヴァル・ノクタリスは余裕を崩さないどころか、さらに深く椅子に持たれかかっていた。


「なんて少女だ。あれだけの敵を相手にして、息一つ乱れていないなんて」


「ああ、同じAランクには思えねーわ」


「そうですね……。でも私達は露払いの役目は果たしました。後はあの悪魔の出方を待ちましょう」


 カーセル達はカリナの背中を守るように、少し距離を取って布陣する。


「ククク、カカカッ! 素晴らしい余興だ。これほど楽しめたのは久しいぞ」


 影霊子爵は愉悦に震えながら立ち上がり、両手を広げた。


「だが、まだ我には特大の戦力が残っておる。さあ、闇より出でよ! 我が力の一端を担う邪竜よ!」


 その言葉と共に、遺跡全体を覆うほどの特大の魔法陣が起動した。

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