39 光弧の騎士団
サティアとの話が終わって戻って来たところ、丁度ルミナスアークナイツの面々は治療を終えたようである。戻って来たカリナにカーセルが気付く。
「終わったのかい? 此方も治療はばっちりだ。でも出発は明日にしよう。まだ術士メンバーの魔力が戻っていないんだ」
「そうだな、私もそのつもりだよ。それに街にまで進軍はしてこないようだしな。今日は充分休んで英気を養ってくれ。出発は明日の昼にしよう」
「そうしてくれるとありがたいよ。じゃあ明日の11時頃に北門前に集合にしよう。遺跡までは徒歩で10分程度で着く。各自準備を怠らないようにしよう」
カーセルの言葉に他のメンバーも頷いた。
「でも、召喚士って大丈夫なのか? 俺は未だに見たことがないんだが……」
槍術士のカインは疑問を口にした。いつものことだが、カリナは召喚士が認知されていないことにうんざりする。
「大丈夫だ。明日は召喚術の素晴らしさを見せてやろう」
「凄い自信ね。でもソロで悪魔を4体も斃して来たんだから、私は心配してないわ。カイン、アンタこそカリナちゃんの足を引っ張るんじゃないわよ」
「分かってるよ。すまない、失礼なことを聞いたみたいだな。悪気はなかったんだ、許してくれ」
カインに突っかかる陰陽術士のユナ。そしてそれを素直に謝るカイン。こういうやり取りを見るだけでも彼らが仲が良いのがわかる。
「サポートは任せて下さい。明日には万全の状態で挑みますから」
最後に僧侶のテレサが意気込みを語った。ステータスが見れないのは残念だが、かつては鉄壁を誇った五大国の戦力である。カリナは久しぶりのパーティープレイを楽しみに思った。
「ありがとう、頼りにしてるよ。それにお前達は仲も良いのが感じられる。一緒に行動するのに信頼関係は大事だからな。明日一緒に討伐に行くのを楽しみにしてるよ」
「ふふふ、隊長は凄い召喚士なんだにゃ。どーんと構えているといいにゃ」
「うわっ、猫が喋った?!」
「これってケット・シーよね、文献とかで読んだことがあるわ。こんな珍しい召喚体を常時使役できるなんて」
これまで空気を読んでいたかのように静かにしていたケット・シー隊員が急に喋ったので、カーセルとユナが驚いた。カインとテレサは咄嗟のことで声が出ないようだ。
「ふふふ、隊長は魔力の自動回復の速度も凄いんだにゃ。おいらを召喚させておくことなど造作もないにゃ。それに召喚術だけじゃないにゃ。隊長は剣技と格闘術も一流にゃ。お前達は隊長の足を引っ張らないように気を付けるにゃ」
「余計ないざこざを産むようなことを話すんじゃない」
カリナは軽口を聞いた隊員の頭を叩く。
「うにゃっ、申し訳ありませんにゃ」
そのコミカルなやり取りをみていたルミナスアークナイツの面々から笑いが零れた。
「すげーな。召喚体とここまで信頼関係ができているとは。明日が楽しみになってきた」
「そうだね、カリナちゃんがいればあの悪魔を討伐できるかもしれない。僕は希望が湧いて来たよ」
「ギルマスが推薦して来る程の人物です。私は心配していませんよ。明日は全力でサポートします」
前向きな姿勢も仲の良さもシルバーウイングの面々を思い出させる。彼らのどのクラスも充分知っている。槍術もたまにグラザが使っていた。聖騎士は元々の自分が使っていたクラス。陰陽術士はカグラ、神聖術はサティアと、それぞれの特徴も理解している。後は彼らが上手く立ち回れるようにサポートすればいい。
「さて、じゃあ私は戻るよ。また明日な」
「ああ、うん。カリナちゃんは宿にでも宿泊しているのかい?」
「金砂の舞踏亭っていうところに昨日は泊まったよ。気に入ったから今日も宿泊しようと思ってる」
「お、いいわね。私はあそこの若女将とは友人なの。結構食事に利用しているから、今日も泊まるんなら夕食の時間に行こうかしら? みんなで明日の英気を養うためにも。どうかしら?」
「いいね。折角だし友好を深めておきたい」
「だな、これも一つの冒険だ。互いを良く知るにはうってつけだ」
「そうですね。それには私も賛成です。じゃあ夕食時にお邪魔しましょう。今は悪魔騒動で何処も客入りが減っていますから席は空いているでしょうからね」
ユナの提案にカーセルにカイン、テレサが同意する。どうやら夕食は賑やかになりそうである。
「わかった。互いの理解を深めるにも、一緒に食事を取るのは良いことだしな。これも冒険者の楽しみの一つだからな。じゃあ、夜に金砂の舞踏亭で。それまで私は街の観光でもしておくよ。行くぞ、隊員」
「はいにゃ。それじゃまた夜になのにゃ」
隊員を引き連れて去っていくカリナに、一同は再会の挨拶をし、その場は解散となった。
大聖堂を出て外に出ると、新鮮な空気が気持ち良い。聖光国は高地にあるため、気候が心配だったが、これなら問題はなさそうである。多少平地よりは空気が薄い程度だが、既に順応できている。バトルに問題はないだろう。
カリナは隊員を連れてルミナスの街を観光し、カフェで軽く昼食を取った。その後は明日に備えて余り動き回らないことにし、金砂の舞踏亭へと戻った。
◆◆◆
「カリナさんはもう帰りましたか?」
部屋から出て来たサティアはルミナスアークナイツの治療を行っていた若い僧侶に尋ねた。暫く泣いていた彼女の目はまだ赤くなっている。
「サティア様、あの少女ですか? なんでもルミナスアークナイツのメンバーと一緒に悪魔の討伐に向かうそうです。明日の11時頃と言っていました。しかし、大丈夫なのでしょうか? あのような可憐な少女が戦場に赴くなど、危険でしょうに」
「彼女は召喚術のエキスパート。それに魔法剣の使い手でもあります。あなたがそこまで心配することはないでしょう。きっと悪魔を討伐してくれます。……私がいなくても」
「今何か?」
「いえ、何でもありません。業務に戻りましょう」
カリナに言われた言葉が心に引っ掛かる。「力があるのなら、それを誰かを助けるために使う。自分の手が届く範囲ならできる限りその手を伸ばす」それがカリナがこの世界で戦う理由なのだろう。それに比べて自分は戦う力があるのにそれを誰かのために生かせてはいない。負傷して戻って来た冒険者達を治療しているに過ぎない。
「私にもう一度戦う勇気があれば……」
閑散としてきた大聖堂の中で、サティアの言葉に答える者はいなかった。
◆◆◆
「おや、お帰り。早かったね。まだ討伐には行かなかったんだね」
金砂の舞踏亭。まだ午後の3時頃である。早めに戻って来たカリナに若女将が声を掛けた。
「うん、討伐は明日になった。組合からルミナスアークナイツのギルドメンバーを紹介してもらったから、明日の昼前に彼らと一緒に討伐に行く予定だよ。それに街にまで侵攻してくる気配はないみたいだし、急がなくても大丈夫だよ」
「そうかい、ユナ達が一緒なら心強いね」
「ああ、何でも友人なんだってね。ユナが言っていたよ。それと今晩夕食を一緒に此処で食べることになってるんだ。テーブルを予約しておいて欲しい。それとそれまでは私も休むから部屋を使ってもいいかな?」
「ああ、大丈夫だよ。テーブルは空けとくとしよう。部屋も空いてるし、昨日の部屋でいいならすぐ鍵を渡してあげるよ。デカい街だから歩き疲れただろう? 晩飯までゆっくりするといいさ」
女将はカウンターの裏からカリナの部屋の鍵を取って来て渡してくれた。カリナは礼を言うと、二階の部屋に向かった。
コートやブーツ、ニーソを脱いで身軽になってからベッドにダイヴする。隊員は歩き疲れたのか、ベッドに上がるとすぐに寝息を立て始めた。そのとき左耳のイヤホンから声が聞えて来た。
「カリナ、切るのを忘れてるよ」
「おお、カシューか。そう言えばそうだった。完全に忘れてたよ」
「それにしてもサティアは精神的にかなり参っているみたいだね」
「まあ仕方ないさ。私も最初は返り血を浴びた時は驚いたしな。しかもお前達は襲撃事件で命を持ったNPC達が大勢犠牲になったのを見ているんだろう? 普通の現代人ならPTSDになっても仕方ない。だからサティアは静かに過ごせばいいと思う。でも、あの芯が強い女性がこのまま終わるとは思わないけどな」
「まあ、僕もそう思うよ。プレッシャーに感じて欲しくないからああ言ったけどね」
「その内切っ掛けがあれば立ち直るさ。人間はそうやわじゃないはずだ」
「それは経験談?」
「まぁ、そうかもな」
カリナの中身の和士はサッカーで将来を嘱望されながらも度重なる怪我で絶望を味わった。そこから立ち直れたのは、このVAOの世界で再び戦う意志を取り戻せたからである。切っ掛けさえあれば、彼女も立ち直れるとカリナは信じていた。
「それにしても、悪魔とつるんで精霊を襲っている連中がいるんだって? 初耳なんだけどー」
「すまん、丁度高山病でぶっ倒れたときだったから報告するのを忘れていたんだ。許せ。今から話すから」
カリナは精霊を襲っている人間の集団の存在、そいつらから悪魔の気配を感じたと精霊が口にしていたこと。そしてその精霊を守るために猫の式神が側にいたことを伝えた。
「……そして、その式神の名前は「にゃんのすけ」だ。私にはヘンテコネームを式神に名付ける相克術士に心当たりがあるんだが……」
「酷いネーミングだなー。まあとんちきなネーミングセンスの式神を操り、精霊を襲う程の連中を追い払うことができる実力者、まあ間違いなくカグラだろうね。彼女は陰陽術のレベルも半端ないから」
「やっぱりそう思うか。私もだ。この件はエデンでも調べておいてくれ。カグラの行方に行き着くヒントになるだろうしな」
「わかったよ、此方でも調べておく。じゃあ明日討伐に行く際はまた繋いでね。それじゃ」
通信が切れる。向こうから切れるならさっさとそうすればいいのにと思う。ここまでの行動や会話を全部聞かれていたのだと思うと何だか気持ち悪い。ベッドに突っ伏していると、心地良い疲労感が身体を包む。カリナは隊員と一緒に暫くの間眠りについた。
◆◆◆
「隊長起きるにゃ。もう夜にゃ」
「んあ?」
隊員に身体を揺すられて目が覚めた。だが何だかまだ眠い。
「あのギルドメンバーと約束してるにゃ。約束破りはダメにゃ」
「あ、ああ、そうだったな。起きるとしよう」
起き上がって両の頬をパンパンと叩く。それからベッドから降りて、脱ぎ捨ててあった衣装を身に付け、急いで階下の食堂に向かった。お腹も適度に空いている。食堂から流れて来る料理の匂いで更に空腹感を思い出した。
「お、カリナちゃん来たよ」
「おーい、カリナちゃんこっちこっち!」
カーセルとユナの声で彼らが座っている席に気付く。女将はちゃんとテーブルを予約しておいてくれたようだ。
「すまない、居眠りしていたら思ってたより寝てしまったみたいだ」
ルミナスアークナイツの面々に謝罪する。
「気にしなくていいさ。誰でもそんなときはあるってもんだ」
「カイン、あなたは寝坊の常習犯だから説得力がありませんよ」
テレサに言われてカインがぺろっと下を出す。おのれイケメンめ。そんな仕草でもイケメンなら格好いいのか。
「仕方ないわよ。ずっと旅をして来たんでしょ? 疲労が溜まっていてもおかしくはないわ。さあ、しっかり食べて明日に備えるわよ」
「そうだね、確かに知らない内に溜まる疲労はある。今日は栄養を取ってゆっくり休むのがいいよ」
ユナの言葉にカーセルが賛同する。他者に気を配れて、気持ちの良い連中だなとカリナは思った。そういう心、人格面も優れていないとAランクの冒険者にはなれないのだろう。
ユナの右隣の席に促されて腰掛ける。その隣には隊員用の子供椅子が置かれてあった。そこに座る隊員。席はユナから左にカーセル、テレサ、カイン、隊員にカリナという順だ。彼らは昼間の重装備を外して、身軽な普段着を身に付けている。
「ルー、カリナちゃん来たから適当にお勧めガンガン持って来てー!」
「はいよー。ったくお客の前であだ名で呼ぶんじゃないよ、ユナ」
「ごめんごめん、ルーシー。じゃあお願いね。飲み物はどうする? 私はオレンジジュース」
「じゃあ私と隊員はアップルで。いいか?」
「お任せしますにゃ」
その後各自がドリンクを頼み、料理が出来上がるのを待った。このギルドメンバーもアルコールは注文していない。シルバーウイングの面々同様、仕事の前日に酒は飲まないのだろう。
「プロ意識があって何よりだ」
「? あー、お酒のことね。そりゃ命が掛かってるのに二日酔いとか洒落にならないでしょ」
「その通りだね。過去に一度それで痛い目にあった奴がいるから」
そう言ってカーセルはカインの方を見た。
「いや、まああれは悪かったよ。もうそれでディスるのは止めてくれ」
「自業自得です」
テレサにぴしゃりと言われ、カインはしゅんとした。おのれイケメン。そうやってしゅんとするところもイケメンである。
暫くすると大量の料理が運ばれて来た。それらを食べながら、一同は大いに過去の冒険話などで盛り上がった。まだまだ夜は始まったばかりである。




