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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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3  着せ替え人形

 執政官のアステリオンに連れられて城内を歩く。玉座の間を出てから廊下を右に曲がり、階段を昇った先に城仕えの役人達が住む居住区が備えられている。


 かつて自分が騎士団長としてのロールをこなしていた時期に何度も来た場所だが、100年の月日の変化が感じられる。当時とは比較にならないほど快適になっていた。居住区の一番奥の豪華な一室がカーズ時代に与えられたものだった。


「ここです。鍵はこれを。では準備が整いましたら迎えを寄こしますので」


 カードキーを手渡され、恭しくお辞儀をするとアステリオンは来た道を引き返して行った。当時は普通の鍵だったのが進歩したものである。手にしたカードキーを扉にかざすと両開きの扉が自動的に開いた。


 中に入ると、自室は当時のまま残されていた。壁には鎧姿のカーズの勇ましい自画像。棚にはカシューから受勲した数々の勲章が所狭しと飾られている。


「ここはしばらく来てなかったけど、何だか懐かしく感じるな」


 とりあえず謁見で無駄に疲れたので、巨大なベッドにダイヴしようかと思ったが、今の自分は返り血などで装備が酷く汚れている。飛び込みたい気持ちを抑えながら、まずはなんとなく催して来たのでトイレに向かう。今のこの状況が現実ならば、ログアウトして自宅のトイレに行くこともできない。覚悟を決めてトイレに入り、スカートをたくし上げて洋式の便器に座り、下着を降ろした。


「我慢がまんガマン……」


 普段とは違う感覚で小便が流れて行く。なんてことだろうか、これからはこの身体と現実的に向き合わなくてはならなくなってしまったのかもしれない。何とかしてログアウトする方法を見つけなくてはならないという思いが一層強くなった。と同時に自分の身体とはいえ何とも言えない罪悪感が駆け巡る。


 自己嫌悪しながら便器に座っていると、突然トイレのドアが向こうからバタンと開けられた。独りだと思って鍵をかけるのを完全に忘れていた。


「カーズ様なのですか?! え? 女の子……?」


 カリナの方を見て驚いた顔をしているのは、長い銀髪ストレートで美しい翠眼にメイド服を着たエルフとは異なる妖精族のルナフレアだった。


 エデンの幹部には側仕えの世話役があてがわれる。彼女はカーズに仕えていたNPCであるが、今目の前にいる彼女はまるで本当の命を吹き込まれた一人の人間の様に感情が感じられた。しかし、今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。


「貴女は誰ですか? ここはエデン王国騎士団長カーズ様のお部屋ですよ」


「あ、いや、俺、いや、私はカーズの妹のカリナだ。とりあえず事情を説明するから出て行ってくれ!」


 あたふたしながら弁明すると、ルナフレアもここがトイレであると気が付いて我に返ったのか、「失礼致しました」と言いながらそそくさとドアを閉めて出て行った。


「はー、そういえばこいつがいたんだった……。しかもなんちゅう現場を見てくれてんだよ……」


 溜息を吐いて処理を済ませ、居たたまれない気分でトイレを後にする。初めての女性体での経験が悪夢に変わった瞬間である。


 外に出ると、申し訳なさそうに頭を下げたルナフレアが待っていた。キッチンの方からほんのりと料理の香りがする。さっき姿が見えなかったのはそういうことかとカリナは納得した。


「先程は申し訳ありません。カーズ様が帰還されたのだと思い込んで居ても立ってもいられず……」


「いや、確認しなかった俺も悪かった。許可されたとはいえ君がいることを完全に忘れていたから」


「いえいえ、それにしてもカーズ様に妹君がいらっしゃったなんて。そんなことは一度も聞いたことがなかったものですから」


 それは当然である。本来何の関係もないサブキャラ、妹設定も先刻カシューが勝手にでっち上げたものに過ぎない。両者の間に何とも居心地の悪い空気が流れる。


「にしても、貴女の様な綺麗な女の子が「俺」なんて言ってはいけませんよ。折角こんなにも可愛らしい姿をなさっているんですから、丁寧な言葉遣いを心がけてくださいね」


「はぁ、善処します……」


 気まずい空気が流れていたとき、入り口からアステリオンが入室して来た。


「忘れてました! ルナフレア、此方はカーズ騎士団長の妹君です。彼女は陛下の命令で此処に住んで頂くことになったのでお世話を御願いしま、す……?」


 一瞬で奇妙な雰囲気を感じ取ったのか、彼の声は途中から上擦っていた。それでもこの空気を変えてくれた客人にカリナは心の中で感謝した。


「アステリオン様、そういうことでしたか……。承知致しました。それではこれからはこのルナフレアがカリナ様にお仕え致します。先ずは汚れた衣服を取り換えて……」


「ええ、お願いします。準備ができ次第、陛下の執務室に来るようにとのことですので。では私はこれで」


 用件だけを伝えると、さっさと彼は退室してしまった。


「あ、あのー」


「はい、何でしょうカリナ様?」


「君のことは兄から聞いているよ。ずっと留守にして済まない。でもいつ帰って来てもいいように綺麗にしてくれていたんだな。兄に代わって礼を言わせて欲しい。ありがとう」


 実際は本人なので胸が痛んだが、感謝の気持ちは本物だった。それを聞いたルナフレアの瞳から一筋の涙が零れる。


「ありがとうございます……。もうずっと会えないのかと思っていましたから、少しでも手掛かりが見つかって嬉しいです。カーズ様が帰還されるまで、貴女のお世話をしっかりと務めさせて頂きますね」


「そこまで思ってもらえているんなら、兄も喜んでいると思うよ。こちらこそこれからよろしくお願いするよ」


 カリナは申し訳なさもあって頭を下げた。側仕えのNPCに実はこんな感情があったのかという驚きもあった。いや、今は本当に普通の同じ人間なのかもしれない。VAOに起きた変化はただのアップデートなどではないのだろう。


「それで、カーズ様は今何処にいらっしゃるのですか? 妹のカリナ様ならご存じではありませんか?」


 やはりその質問が来るとは思っていたカリナは、何とか誤魔化そうと頭をフル回転させる。


「あ、いや、多分何処かで武者修行の旅をしてるんじゃないかな? 偶然再会したときにエデンに行って来いって言われただけだから、今は何処にいるのかまでは……」


「そうでしたか、さすがはカーズ様ですね。今もなお高みを目指して修行の旅を続けているのですか……」


 嘘を吐いたことに罪悪感を感じたが、今のサブキャラの自分がカーズだとは言っても信じてもらえないだろう。そもそもこの状況でサブキャラとかメインキャラとか通じるのかも分からないからである。それでもカーズが生存していることの証拠にはなったのか、彼女の顔には安堵の表情が浮かんでいた。


「では、汚れた装備を洗濯しますね。この奥に浴場がありますので汚れを落として来て下さい。その間に着替えを用意しておきますから」


 ルナフレアは笑顔でそう言うと、パタパタとキッチンに走って行った。料理の途中だったのを邪魔してしまったことをカリナは申し訳なく思った。


 しかし風呂か、とカリナは思った。VRゲームの部屋の設定上そういうものが設置されているが、ゲーム中にプレイヤーが風呂に入ることなど基本的にない。装備もステータス画面上で切り替えれば瞬時に切り替わる。返り血で汚れるなんてことも今迄はなかったことである。だが今は明らかに現実である。


「はぁ……、覚悟を決めるかー」


 長い溜息を吐いて、カリナは浴場へと進んだ。脱衣所で意を決して纏っていた装備に下着を一気に脱いだ。ゲーム時代には決して見えなかった乳房の先端までがちゃんとある。これは現実だと改めて理解した。そのまま衣服を備えられていた洗濯籠に突っ込み、浴場に突入した。


 いきなり湯船に浸かるのはまずいと思い、シャワーを流して、置いてあったシャンプーやボディソープで身体を隅々までゴシゴシと洗う。だが女性の肌が繊細なせいで強く擦ると少々痛みがした。仕方がないので優しく洗う。そして長い髪は量が多く、洗うのも濯ぐのも手間がかかった。


 漸く全身を洗い終えると、湯船に深く浸かった。髪を浸けてはいけないというのは何となく知っていたので、タオルを頭に巻いて髪の毛が湯船に浸からない様に注意した。


「はぁ、女子の風呂が長いはずだよ……」


 カリナは人知れず女性の苦労を思い知った。独りで使うには広過ぎる湯船に浸かっていると、今まで緊張していた身も心も解きほぐされていくように感じられる。独りでスーパー銭湯を貸し切っているかの様な感覚は贅沢過ぎる。


 うとうとしかけたところで、このままでは居眠りをしてしまうと思い、さっさと浴場を後にした。


「げっ……!」


 全裸で脱衣所に出ると、ルナフレアと恐らくカシューが派遣して来たメイド部隊が待機していた。リボンやひらひらのレースが付いたゴスロリっぽい衣装を見せびらかして来る。カリナは一瞬で理解した。「あ、これは着せ替え人形にされる展開だ」と。


「キャー! 本当に可愛い! それに小柄だけどスタイルも抜群ね! これは着せ甲斐がありそう」


「あの厳ついカーズ隊長にこんな妹がいたなんてねー」


「だよねー、全然似てないわ!」


 メイド達は好き勝手なことを口走りながら、カリナの全身をバスタオルで拭き、持って来た衣装を着せて来た。カリナは女性達のパワーに為す術もなくロリロリな衣装を着せられた。「もう、勘弁して欲しい……」カリナの心の叫びは虚しく霧散した。


「これで戦えるんだろうか……? スカートはまあ、そこまで短くはないけど。それとブーツはちょっとヒールが気になるかも」


 着せ替えられた衣装はどう見ても一般冒険者が旅をする時に身に付ける装備には見えない。上から羽織った白いロングコートには袖や胸元にリボンやフリルがこれでもかと付いている。下着も上等なレースでできた物を身に付けさせられた。


「ご心配なく。これでもそこいらの冒険者の装備よりも格段に防御性能が高い一級品です。陛下が私達に機能とファッションを両立させた装備を生産するようにと仰られたので、我々は日々研鑽を怠っていませんからね!」


 メイド部隊のリーダーのリアと名乗った女性が胸を張った。あいつは何をやっているんだとカリナは心の中で溜息を吐いたが、性能が良いのなら問題はない。置いていたソードと刀を腰に装備すると、まあ何とか一端の美少女冒険者に見えなくもない。


「良かったですね、カリナ様。これで何処へ出しても立派な淑女に見えます!」


 興奮気味にルナマリアが言う。まあ彼女達が満足したのならそれでいいだろう。そのときは軽く考えていたカリナだが、その後新作が出来る度に着せ替え人形にされる運命をまだ彼女は知らなかった。


「は、ははは……、わざわざありがとう。助かったよ……」


 カリナはそう答えるしかなかった。



 ◆◆◆



 メイド隊が引き返して行ったので、ルナフレアの夕食を頂いた。カーズの好物を反映しているらしく、それは本人であるカリナの口にも勿論合うものだった。味覚も完全に現実世界のそれと変わらない。食べると満腹感を得られるのも通常はVRで体験できないものだった。


「やはり妹君なのですね。カーズ様と好みが全く同じなのですから」


「あ、ああ、そりゃあね……」


 すっかり時間が経ってしまったが、満足したカリナはルナフレアに見送られてカシューの執務室へと向かった。


お読み頂きありがとうございます。

コメントいいななどお気軽にして下さいませ。

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